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賞金首はいなくなった
しかし冒険者の数が少なくなったとはとても言い難い
短期間とはいえ抑圧されていた冒険者たちが邪魔者が倒されたと知るや否や波打って押し掛けたからだ
とりわけ借金を抱えている者たちは鬼気迫る表情で我先にと魔獣を探している
ジグは以前ローンを持ち掛けられたときに尻尾を巻いて逃げたが、冒険者にとって借金をすることはよくある話だ
上手く優良なクランに所属できれば話は別だがそうでない者の方が多い
元手がなく始めた者、怪我の治療費で首が回らなくなった者、散財して必要な消耗品すら買えなくなった者などなど金がない理由には事欠かない
だがそういった冒険者は大抵浅い部分で狩りを行うため、七等級とはいえ深部に行けば比較的マシだった
それでも同じ理由で深部に行く冒険者が増えていつもより数は多いのだが
シアーシャ達はそこで狩りをしていた
対峙するのは岩石蜥蜴と呼ばれる鉱物を取り込んで硬い外殻を纏った大きな魔獣だ
普通に肉食ではあるがざらついた舌で岩や鉱物を削り取ることで外殻を生成しているので、それらを与えない環境で成長すれば大きいだけの普通の蜥蜴と同じ見た目になるとシアーシャから雑学を聞いていた
「新しい術の実験台にはちょうどいいですね。」
そう言って彼女が詠唱を始める
彼女の前に構成された術により生み出される新技
生成されたのは細長い普通の岩槍に見える
いつものものより一回り以上も小さく、女性の腕ほどしかない
先端がただの岩とは違う色をしているのが特徴的だがそれだけだ
生み出されたそれを魔獣めがけて撃ち出す
速い
恐らく魔力の配分を射出に大きく割いているのだろう
防御に秀でているが動きに難のある岩石蜥蜴は高速で撃ち出された岩槍を回避できずにまともに受けた
硬い外殻をものともせず貫いた岩槍
(駄目だな。体が大きすぎて致命傷には程遠い。)
岩石蜥蜴の巨躯からすればあのサイズでは倒すのに数十発は必要になる
そう考えていたジグの目の前で岩石蜥蜴が苦しみだした
「……なんだ?」
訝しむジグを余所にさらに数発の岩槍が撃ちこまれる
見悶えていた魔獣は見る間に弱り始めやがて動かなくなった
穿たれた穴は六つ
とてもではないがあの魔獣が死に至るほどのダメージには見えない
(……毒か?)
警戒しつつ魔獣の死体を調べるが毒物の様な匂いや痕跡は見られない
首をかしげるジグにシアーシャが不敵に笑う
「ふっふっふ。どうですかジグさん?綺麗な死体でしょう。」
「ああ、見事だ。どんなカラクリだ?」
ジグの質問を待ってましたとばかりに一本の岩槍を生成して見せるとその先端を指差すシアーシャ
そこをよく見ると色が違うだけではなく材質が違うことに気づいた
「この部分、実は粘土で出来ているんですよ。」
「粘土?」
「はい。籠める魔力を増やすことで硬質化させています。」
当然だが粘土より岩の方が硬いので必要な魔力量は増える
それ故にサイズがあの程度まで小さくなっているのだろう
なぜわざわざそんな手間を掛けるのか理解できない様子のジグに説明を続けるシアーシャ
「特別硬質化させるのはこの粘土のさらに先端だけです。これが命中すると……」
言葉を切って術を唱える
いつもの土盾を生成するとそれに向かって加減して撃ち出した
岩槍は先端は突き刺さったが特に硬質化していない粘土部分は潰れてキノコの傘状に広がってしまっている
「ここがキモなんです。魔獣の体に入った岩槍の傘状の部分が抵抗となって内部をぐちゃぐちゃにかき回すんです。ただ貫通させるよりもずっと深手を負わせられますし、肉や筋がズタズタなので回復術での治療も非常に困難なとても画期的な魔術なんですよ!」
「……うむ。」
得意気に語るシアーシャ
そのえげつない凶悪な魔術にジグですら思わず閉口してしまう
とんでもない魔術だ
仮に親指サイズのそれを腕に一発貰っただけでも戦闘不能どころか治療が遅れれば命に関わる致命傷
運よく助かっても腕は切除か、どちらにしても使い物にならないだろう
「あー、シアーシャ。この術はあまり広めない方が……」
「もちろんです。というか、結構複雑な構成しているので並の魔術師ではまず扱いきれませんよ。」
「うむ、それは良かった。」
あんな魔術が広く知れ渡ったりしたらおちおち外も歩けない
内心胸をなでおろすジグ
「そもそも資格のない人間が攻撃魔術を教えるのは厳しい罰則があるんですよ。」
「そうなのか?」
「簡単なものでも攻撃術は十分人を殺傷することが可能ですからね。近所の言い争いや痴話喧嘩が魔術の応酬になったりしないためだそうです。」
それもそうかと納得する
「魔獣の内部のみを破壊するこの魔術なら素材に傷をつけずに回収できるんです。手を無駄に汚さずに済むし実にエコだとは思いませんか?」
「……そうだな?」
エコってそういうものだったかなという疑問を考えないようにして返す
実際彼女の術は実用的で、かなり高等技術なのだろう
ジグは魔術について詳しくないが他の魔術師が使うものを見ていればある程度の察しは付く
一つの魔術にここまでの構造を持たせているのを他に見たことがないのは無関係ではないだろう
そうしていると次の魔獣の気配を感じ取ったジグが注意を促す
「次、来るぞ。」
「入れ食いですね。残らず平らげましょう。」
ジグが剣を抜き、シアーシャが術を組む
現れた魔獣たちに向かって魔術が叩き込まれるのに合わせてジグが駆けだした
先頭の魔獣が魔術の直撃を受け血を撒きながら倒れ伏す
出鼻を挫かれた魔獣が味方の死体にもたついている間に距離を詰めたジグが双刃剣を振るう
体を回転させ次々と放たれる斬撃により、ミキサーに突っ込まれた野菜の如く触れた端からバラバラになっていく魔獣
正面からでは勝負にならない魔獣が包囲しようと左右に広がるのをシアーシャが的確に撃ち抜いていく
足並みを崩された魔獣の群れが壊滅するのも時間の問題だった
「そういえばジグさんのそれは魔具ですか?」
倒した魔獣を剥ぎ取っているとシアーシャが例のグローブについて聞いて来た
ガントが加工した魔力核はリング状になっておりブレスレットのように手首周りについている
その魔力を感じ取ったのか興味深そうに見ていた
「ああ。外部ソースに頼ったタイプなら俺でも扱えるみたいでな。使い切りで補充が必要だが、いざというときの切り札としてな。」
「ふむふむ、面白そうな魔術刻印ですね。後で見せてください。」
「……壊すなよ?高かったんだからな。」
話しながら素材を剥ぎ取っていたジグが死体の山を見て疑問を覚えた
魔獣は特筆するところのない蜥蜴タイプばかりであったが、妙に種類が多い
「こいつら、集団で行動するタイプだったか?」
ジグの指摘にシアーシャが視線を鋭くする
魔女の顔であらためて魔獣を確かめると首を横に振った
「そういうタイプもいますが、ほとんどは群れない魔獣ばかりですね。……以前は騒ぎを起こしたから魔獣が沢山寄ってきましたけど、今回は心当たりがありません。」
となると何か別の要因があるようだ
魔獣の死体を観察するが、取り立てておかしなところは無い
操られていたという線は捨てていいだろう
偶然以外に残る可能性は
「……寄って来たのではなく、逃げてきたのか?」
「その可能性が高そうです。あちらを。」
同じ考えに至っていたシアーシャが指す方を見る
複数の魔獣が来た方向は草木が踏みにじられてちょっとした道になっている
その痕跡はさらに奥の方へと向かっていた
「どうしましょう?」
興味が隠し切れないといった目をしながら聞いてくる
既に答えが固まっている様子のシアーシャにやれやれとジグが肩を竦める
「依頼主のご希望道理に。」
満足いく答えを聞けた彼女は艶然と微笑んで黒髪を靡かせて歩き出す
その後を苦笑しながらジグがついていった