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「ああ、あったあった。ホイこれ。」

「これは……グローブか?」


しばらくしてガントが目当てのものを見つけたようだ

彼が持ってきたものは一見ただの丈夫そうなグローブのようだが、特殊な材質で造ってあるのが見て取れる

指部分に何か詰め物の様な膨らみがあるのが特徴的だ


「つけて。」


詳しい説明はそれからだと言わんばかりのガント

それに従いグローブをつけると掌を開いたり閉じたりして感覚を確かめる

手首の部分に魔力核と思われる薄紅色の宝石がついている


「ふむ、バトルグローブの様なものか。この詰め物は砂鉄か?」



付け心地は意外に悪くない

手を保護する造りになっているそれは頑丈に出来ていながらも操作性を損なわないラインになっている

握り込むとナックルパート部分の詰め物が硬くなりインパクトの威力が増す造りのようだ


「人差し指の所にあるスイッチを押しながらあれ殴ってみて。衝撃、強いから腕気を付けてね。」


言われて親指で探ってみると確かに突起物の様なものがある

それを確かめながら以前にも試し斬りの際に使ったのと同じタイプのフルプレートの前に立つと構える

反動があるかのような口ぶりだったので本気では殴らず、抑えめに拳を放つ


「シッ」


鋭く、しかし軽く

威力より速度を重視したそれは本来であればバトルグローブを付けていたとてフルプレートにわずかなへこみをつけるのが精々のはずだった


「あ、やば」



製作者であるガンツは想像以上の拳速に思わず不吉な言葉を零したが今さら止められるものでもない

ガンツの言葉と同時、プレートに拳が当たる

拳が接触した瞬間に魔力という燃料を使いバトルグローブに刻まれた魔術が起動する


パコーン!


ナックルパートに詰まられた触媒から伝わった魔術で発生した衝撃波が乾いた音を立ててフルプレートの装甲を撃ち抜いて後方へ抜けた


「うおっ!?」


同時に発生した斥力によって腕が勢いよく跳ね返される

事前に備えていなければ腕を痛めていたかもしれないほどの勢いにたたらを踏む


「ジグ様、大丈夫ですか?」

「……ああ、平気だ。」


体勢を崩したジグに店員が駆け寄るのをを手で制しながらグローブを見る

グローブに傷はなく、少し熱を持っているくらいだ


「あちゃー……出力がパンチの強さに比例するからやりすぎないようにって声掛けとくの忘れてたよ……」

「すまん、加減はしたんだが。」

「加減してコレなら僕がちょっと見くびってたかも。まあそれはいいや。」


ガントが鎧を持ち上げて見せてくる

拳が当たった胴体部分には丸い穴が開いて見事に貫通していた


「これが衝撃の魔術刻印を刻み込んだ僕の自慢の一品、インパクトグローブだよ。効果は見ての通り。」

「なるほどな……素手で重装甲兵に致命打を与えられるとは恐れ入った。」

「いや魔獣用なんだけど。なんで人に使うこと前提なの。」


ガントが何か言っているようだがジグはそれを上の空で聞き流しつつこの魔具を分析する


(威力は悪くない。最大出力でどこまで出るのか……それに伴う反動も気になる。際限なしなら腕が壊れかねんな。問題はこれ自体の耐久力と……)


「今のを何発撃てるんだ?」


肝心な燃費について聞いてみる


「今くらいの威力なら十発ってところかな……言っておくけど装甲の厚い魔獣や剣の効かない魔力生命体用だからね?人間相手に使わないでね?」

「十発か……」


微妙な数字だ

切り札として見るなら多いが手段として見るなら少ない、そんな数


「魔力核は交換すればまた使えるよ。形を加工する必要はあるけど。」

「ほう、それはいい。いくらだ?」

「グローブ本体で百五十万。交換用の魔力核は加工費含めて一回四十万。」


値段を聞いたジグが無言でするりとグローブを脱ぐと店員の方を見る


「……さて、魔力核の買取をしてほしいんだが。」

「まって、まってよ。今のはあくまで正規価格。魔力核持ち込みだし交換いらないでしょ?お客さん将来性もありそうだしもう少し安くできるって!」


慌てて引き留めるガントにため息をついて振り返るジグ


「一発四万もする魔具が多少安くなった程度で気軽に使えるものか。いったいどれだけの魔獣を倒せば元が取れるというんだ?」

「いやいやこの魔力核なら相性もいいしそこらの奴よりずっと効率よく撃てるよ!」

「それでも本体価格が高すぎる。」

「でも値段に見合うだけの性能は……」


実際買えない金額ではないがそこまで払ってまで欲しいかというと微妙だ

しかしガントもどうにか買ってもらおうと食らいつく


高い、いや適性価格だ

値段について言い合っている二人をしばし無言で見ていた店員が埒が明かないと動く


「ガントさん、よろしいですか?」

「ん、なに?今取り込み中なんだけど……」


面倒そうに見てくるガントににっこりと微笑む店員

しかし続く言葉にガントの顔色が変わった


「そちらの魔具を造られたのはいつのことでしょうか?」

「それは……二年前、かな……?」

「四年前でございます。」


あれーそうだったかなーと白々しいセリフを吐くガント

対して店員は笑顔のまま詰め寄る


「以前も伝えたかと思いますが、売れない在庫をいつまでも抱えている訳にはいかないんですよ。売れないままでいるくらいなら多少安くとも売れるうちにお金にしてしまうのがお店の為にもなります。……今期ちょっと売上利益微妙ですし。」


合間にチラリと本音を覗かせる

ガントはそれに対して反論が出来ずにまごついていたが、そこにジグが口を挟む


「何故売れ残っているんだ?なにか欠陥でもあるのか?」

「そういう訳ではありません。ジグさんもあの両剣を使っているので知っているかもしれませんがガントさんは優秀な鍛冶師です。……ただ少しばかり、ニーズより自己満足を優先させる傾向がありまして。」


遠回しに表現する店員

それにガントが投げやりに言い放つ


「”性能が良くてもわざわざ魔獣を殴りに行く奴はいない”ってさ。別に何もこれをメイン武器にしろって言ってるわけじゃないのに……」

「なるほどな。」


冒険者たちの言い分もよくわかる

遠くから安全に攻撃する手段があるのにわざわざ近づいて殴ることのメリットがデメリットを上回るのは難しい

ガントの言うサブウェポンにするには高すぎるうえに打てる数にも制限があり補充も安くないとくれば、多少性能がいい程度ではとてもではないが買い手は付かないだろう

無骨な見た目なのでその手のコレクターにも需要がなさそうだ

拳で相手を倒すことに拘りがあるような余程の物好きがいれば話は別であるが


ジグは物好きでもなければ、もちろん拳に拘るわけでもない

だが遠距離攻撃など精々投擲ぐらいしかできず、先日のように物理攻撃に耐性のある魔獣に対する手札が欲しいだけだ


「こういった次第でして……ジグ様、率直に聞きますが予算はいかほどで?」


既に元を取れればいい程度に考えている店員が値段交渉諸々をすっ飛ばして聞いてくる

彼女の口ぶりを考えるに少なくない原材料費がかかっているようだ

ジグは今現在の持ち金と向こうひと月分ほどの必要経費を差っ引いて自分が自由に使える額を計算する


「……百二十万、それ以上は出せない。これの加工費込みでだ。」


魔力核を見ながら伝えると店員はガントに目配せする

彼はしばし唸っていたが、やがて肩を落とすと両手を上げた

それを見届けた店員が良い笑顔で告げる


「商談成立です。」




ジグの手を採寸するとそれに合わせて微調整をしにガントが奥へ引っ込む


「加工も合わせてすぐ終わりますが、待ちますか?よろしければ宿にお届けしますが。」

「早速明日試してみたいからな。待つことにする。」

「承知いたしました。」

「すまんな。無理に値下げさせたようだ。」

「いえ、在庫が捌けず困っていたのも本当でして。」


店員はそう言って代金を受け取るとそれをまじまじと見る


「どうかしたか?」


何か不備でもあったのかと思って声を掛けると店員が笑って首を振る


「いえ……ついこの前来たばかりだというのに、もうこれだけ稼ぐようになっていたことに驚いていまして。」


初めて見た時から何となく感じていたが想像以上だった


(私の勘もまだまだ甘い。)



「ありがたいことに、仕事が次々来てくれてな。この街には仕事のタネが沢山転がっていそうで何よりだ。」


戦争がないと聞いた時には食うに困るかと焦ったものだが、実際は大きく違った

本来起きるべき戦争が起こせない歪みが様々なところに波及していてここは平穏とは程遠い

大規模な殺戮こそ起こらないものの、そこかしこで騒動や諍いが尽きることはなかった

冒険者繋がりで来る依頼がほとんどなため、シアーシャの護衛のおかげともいえる


彼女と出会ってから多くのことが変わった

まさか伝え聞く異大陸に自分が渡る日が来るとは夢にも思わなかった

そこでは魔術がまだ残っていて、魔獣という異形の化け物と殺し合っている


思わず笑ってしまう

あちらの古馴染みたちに話したらなんというだろうか


(頭がおかしくなったと思われるだろうな。)


自分が聞かされてもそう思うだろう

しかし彼らの様な狂人におかしくなったと言われているのを想像すると非常に腹が立つ

自分だけは彼らの中でも比較的マシだったはず


方向性が違うだけで十分に狂人の枠に入るジグはそう考えながら魔具ができるのを待った

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