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意識を失ったジグの応急処置を済ませたセツたちはギルドへ駆け込んだ

ワダツミの冒険者たちは戦闘後と自分たちの治療のために魔力をほとんど使い果たしていたので簡単な処置しかできていない

そのためしっかりと医者に診てもらう必要があった


「急患です!」

「誰か、医者はいないか?回復術を使える奴でもいい!」


日頃荒事を生業にしている冒険者達やそれを相手にしているギルドの対応は早い

食事をしていた冒険者が机の上の食器等を薙ぎ払うと自分の外套をかぶせて簡易ベッドにする


「ここへ寝かせろ。」


セツたちが血まみれのジグをゆっくりと寝かせる

医学の心得があるギルド職員が駆けつけてうつ伏せに寝かされたジグの衣服をナイフで裂くとその傷を見て顔をしかめた


「ひどいな。何でやられた?」

「魔術です。」

「魔術なら毒の心配はないが出血がひどい。すぐに止血しよう。綺麗な布と水を頼む。」


職員の指示で手際よく治療が進められていく

傷口を洗浄して異物がないことを確認すると回復術を掛け始める

しばらくすると思わぬ事態に眉をひそめて呟いた


「……なんだこの男。異様に回復術の効きがいいぞ……?」


回復術は万能ではない

風邪には効かないし瀕死の重傷者を何の後遺症もなく快復させるほどの効力もない

折れた骨を繋ぎなおす程度や傷口を塞ぐのは早いが内部を治すには本人の体力を大きく消耗することになる

下手をすれば傷が治っても衰弱死してしまうことすらあるのだ

魔力に頼らない体力と自然回復力を持ったジグはこちらの人間と比べて回復術の効力が大きくなっていた

結果、職員が首をかしげるほどの速度で治っていく怪我


(なんという術者だ。これほどの回復術の使い手がギルドにいたなんて……)


それを見たワダツミの冒険者が勘違いをしているがその誤解を解ける人間はここにはいなかった



処置が終わると医者の所へ行かせていた仲間が担架をもって駆けつけてきた

乗せられたジグのあまりの重さに一瞬ぐらつくがそこは冒険者

気合と身体強化で堪えると落とさぬよう、しかしなるべく急いで運んでいく

ワダツミの負傷者たちは皆自分で歩ける程になっていたのでそれを追いかけるように


それを見送ったセツとミリーナはギルドに残る

ギルドに賞金首討伐の経緯と異常を報告する義務があった


「彼は確か噂の新人の保護者……いや、同行者だったかな?なぜ彼が君たちと一緒に?」


先ほどジグを治療していた眼鏡をかけた中年男性が手を拭きながら尋ねてくる

ギルドではそれなりの立場のようで落ち着いた物腰はしつつもその眼光は鋭い

しかしセツとミリーナも事情を知っているわけではないので言葉に窮してしまう


「そのことについては俺が説明します。」


そこにケインが回収してきた双刃剣を置いて話しに割り込んできた

視線だけで先を促す職員とミリーナたち


「彼は今回俺の同行者として来てもらいました。ただそれは建前で、彼にはうちのベイツから賞金首討伐に向かったワダツミのクランメンバーを護衛する依頼をしています。」


予想はしていたのか二人はさして驚かない

職員は書類にメモしながら頷く


「なるほど。経緯は分かった。同行者申請が出ているならば問題はないし、依頼に関してはギルドの関与するところではない。……本来同行者の怪我は自己責任だが、死にそうな人間を見捨てるほど私も鬼ではないつもりだ。手間賃は要求するが。」

「費用に関しては後程ワダツミに請求を。」

「結構。ではそちらの報告を聞こう。」


ケインが下がり、セツとミリーナに視線が向かう

ミリーナは後半ほとんど見ていないためセツがメインに報告をする

職員の男性はしばらく無言で話を聞いていたが、魔繰蟲の件になると眉を動かした

しかし口は挟まずにそのまま報告を聞き終える


「まずは賞金首討伐、おめでとうと言っておこう。後程確認に行かせるが、素材と賞金は君たちのものだ。」

「……ありがとうございます。」


職員からの祝いの言葉を聞いても二人の反応は鈍い

この状況で素直に喜べるほどお気楽ではないようだ

その様子を見てさもありなんと肩を竦めると話を続ける


「異常成長した魔繰蟲の件についてだが、過去に似たような報告がある。研究者がそれに関しての論文を上げていたはずだ。」


職員は受付嬢に言って書類を持ってこさせるとそれを読み上げた




魔繰蟲は宿主の魔力を喰って糧にする魔獣でミミズの様な幼体の頃に寄生先を選ぶ

成体になると新たに寄生することはできないためこの時選んだ宿主が魔繰蟲の強さに影響する

しかし魔繰蟲自体は弱い魔獣だ

ある程度以上の魔獣には例え幼体であろうとも魔力量が違いすぎて排出されてしまう

しかしごく一部例外がある

親の栄養状態が良く大きな魔繰蟲であれば幼体時に非常に脆弱な、例えば羽化するタイプであればそれなりの魔獣にも寄生できることが確認された

その場合、本来の魔繰蟲よりも一回り大きな成体が生まれて強さも通常の魔繰蟲とは一回り違ったようだ

しかし悲しいかな所詮は魔繰蟲、それなり程度の強さでしかなかった


そう言って論文を切り上げた職員は顔を上げる


「もし運よくそれなりの魔獣に寄生出来て、運よくその個体が長生きして歴戦とまで呼ばれる魔獣になったのなら……それほど巨大な魔繰蟲が出現する可能性もあるかもしれないな。」


偶然に偶然が重なって起きたのが今回の事態だという職員

ミリーナがそれを上手く呑み込めずに思わず口を開く


「……そんなことが、ありうるんですか?」

「現に起きているのだからしょうがないだろう。運が悪かったな。……いや、結果だけ見れば運が良かったんじゃないか?賞金は手に入った、死人は出ていない、さっきの男もあの分ならそう遠くないうちに復帰できるだろう。」


確かに結果だけ見れば彼の言うとおりだ

しかし二人は納得できず、その心中には言い様のないしこりの様なものが残ってしまっていた


(自分たちの力だけで何でもやりたいと思っている奴は面倒臭いな。生きているだけ儲けものだろうに。)


長くこの仕事をしている職員はその理由に気づいていたが、指摘もアドバイスもしない

そんなことは自分の仕事ではないし、何よりこの程度のことでいちいち立ち止まっているようではこの先やっていけないからだ


”納得”とは、時にそれを得るためだけに命を掛けるものすらいる程の贅沢品なのだ






繁華街の端にある小さな病院

ワダツミが懇意にしているその個人経営の病院は本日満員であった

賞金首討伐にでるので怪我人が来る可能性が高いとあらかじめ聞いていた院長は慌てず騒がず迅速に治療していく


「よし、これで大丈夫だよ。」

「ありがとうございます、先生。」


今ので最後の患者を診終わった

幸い軽傷者が多く手持ちの薬と魔力でどうにかなった


「……とはいえ、流石に数が多いなぁ。」


凝った肩をほぐすように伸びをしていると視線を感じた

先ほどの女性患者がまだ診察室から出ずにこちらを見ている

まだどこか悪いのだろうかと穏やかな顔を意識して作る


「どうかしたかい?」

「あの、先に運び込まれた男の人はどうなりましたか?」

「ああ……彼か。」


院長は作っていた表情を思わず崩して難しい顔をしてしまう

それを悪い意味に捉えた彼女は暗い顔をする


「ああ、ごめん。誤解しないでくれ。彼の経過は良好だよ。……良好すぎるくらいだ。」

「いいこと、なんですよね?」

「……もちろん。さあ、今日はゆっくり休むんだ。傷は治っても体は疲れ切っているはずだよ。」


改めてお礼を言いながら診察室を出る彼女を見送ってから院長は件の大男が運び込まれてきたときのことを思い出す

急患だと運び込まれてきた男の背中には傷こそあったもののそれほど大きなものではなかった

それでも内部が傷ついているかもしれないと治療をすると、見る間に傷が塞がっていくではないか

出血の跡や服の破損具合、周囲の慌て方を見るに彼が大怪我をしていたのは間違いない

それほどの傷が異様な速度で治っていくことに軽い恐怖すら感じた


(まるで体のつくりが根本から違うかのようだ)


魔獣が化けている可能性も考えて血を調べてみたが結果は白

彼は亜人ですらない純粋な人間だった

当の本人はまだ意識が戻らないが、怪我はほとんど治っている

血を流しすぎたせいか顔色はよくないがそう遠くないうちに退院できるだろう


(特異体質、で済ませていいものかな)


ただの人間にあそこまでの回復力があるなど聞いたこともない

恐らくは高価な魔術薬か魔具を使用したのだろう

これほどの効果をもたらすものとなると劇薬の可能性も高く、一般に流通している物ではない


「しかしそうなると反動が怖いな……今の内に準備しておくべきかな?」


彼がどこでそんなものを手に入れたのかは今は気にしないことにする

院長は経緯はどうあれ目の前の患者を治すのに理屈を求めないタイプだった


彼がこの後の処置を考えていると診察室をノックする音が聞こえた


「どうぞ。」

「失礼します、先生。」


入室してきたのはケインだ

彼にとってもここはよくお世話になっているのでケインの態度も目上の者に対するものだ


「おやケイン君。どこか怪我を?」

「そうしょっちゅう怪我ばかりしているわけじゃありませんよ。俺は今回何もしていないので。ジグ……あの大男はどうですか?」

「彼ならもう大丈夫だよ。……そういえば、彼はワダツミの人間じゃないよね。何があったのか聞いてもいいかい?」


ケインはこの件の経緯と負傷するに至った理由などを説明する

彼は口が堅く、ワダツミはこの病院に頭が上がらないほど世話になっているのである程度のことならば話しても問題ない

以前に勘違いで襲い掛かってしまったことなども合わせて話を聞いた院長が目を丸くした


「なんというか、すごく割り切った性格しているんだね。」

「……先生がそれを言いますかね。」

「僕は仕事だから……ああ、彼もそうなのか。」


怪我人ならば犯罪者だろうと構わず助けようとするこの困った院長とジグには近いものがあるようだ

そんなことを話しているとノックもせずに診察室の扉が勢いよく開かれた

不躾な客にケインが眉をひそめて振り向きながら苦言を呈そうとした



「おい、ノックもせずに……ジグ!?」



しかしそこに立っていた予想外の人物に驚いて椅子から立ち上がった

患者用の服を着たジグは苦し気に腹部を抑えて扉にもたれるようにしている


「……っケイン、か。」

「ちょっと君、まだ出歩いちゃだめだよ!」


院長が慌てて駆け寄るとジグを支えようとするが、体格差があるために非常に頼りない

ケインも手伝って反対の肩を貸して何とかベッドに座らせた



(この男がこれほどの状態になるとは、傷はかなり深いのか……)


足元すらおぼつかない様子のジグを見てケインが事態を重く捉える

そんな彼に弱々しくジグが声を掛ける


「ケイン、頼みがある……ぐっ!」

「な、なんだ?」


言葉途中で腹部を抑えて身を丸めるジグ

依頼のために負傷した彼の要望を可能な限り叶えてやろうと身を乗り出すケイン

ふとそこで負傷したのは背中ではなかっただろうかと疑問を抱いた



「腹が、減った」

「……あ?」


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