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馬車を乗り継いで2日ほど

ジグたちは調査団に潜り込むべくエスティナに来ていた

海に面したこの国は貿易、漁業が盛んで常に多くの船が出入りしている


「これはまた…見事な物ですね」


その中でもひときわ大きく頑丈そうな船を見てシアーシャが感嘆の声を上げる


「あれが例の調査船だ。調査団の主要人物たちはあれに乗っている。俺たちが潜り込むのは周囲にある外様の船だな」


周りにある一回り小さな船を指す

魔女はそれを見て目を細めた


「小さい方じゃ不満か?」

「子供ですか私は…そうではなくて」


魔女はかぶりを振って物憂げな眼で語る


「こんなにすごい技術があるのにどうして争うことにばかり使おうとするのかなと、思いまして」

「何かを成すよりも、成した奴から奪い取る方が楽だからな。そこから始まる戦争もごまんとある」

「世知辛いですね」

「技術革新に貪欲な奴もいれば、奪うことに貪欲な奴もいる」

「方向性は違えど貪欲な人間が時代を動かすんですね」

「そういうことだ。…町に入ったら宿をとるぞ。それから船旅の準備だ」

「はい」


食料や野営道具など必要なものは山ほどある

ジグも装備がボロボロなので買い替える必要があった


調査団の関係で人の出入りがとても激しく宿をとるのにかなり苦労した

何とか空き部屋を見つけたがそれなりの高級宿、おまけにこの騒動の特別価格でかなりの金額をとられてしまった


「ふ、二人部屋で、十三万だと…」

「ジグさん抑えて抑えて」


財布に大打撃を食らったジグがぷるぷる震えているのをシアーシャがなだめる

魔女に臆せずあれだけ激しく剣を振るった男が財布事情で新兵のように震えている

シアーシャはそのギャップに思わず笑ってしまう

立ち直るまで少々かかったが気を取り直してジグが必要なものをまとめる


「こんなところですかね。さあ、買い出しに行きましょう」

「いや、その前に換金に行くぞ。金がない」

「はいはい」


宝石を換金しないと現金がないため二人は宝石店に向かった

商人の出入りも多いためそれなりに大きな宝石店を見つけられた

店に入る前にジグがシアーシャの一歩後ろに回る


「どうしました?」

「換金はお前がやってくれ」

「ええ!?私そういう経験一切ないですよ…?」

「傭兵が急に宝石をいくつも持ち込んでみろ。盗品扱いされてすぐにお縄だ。大丈夫だ、それなりに大きい店はあまり阿漕なことはしない。店の品位や評判に関わるからな。それに奴らは宝石だけでなく客も見る」

「客、ですか?」

「そいつの立ち居振る舞いに身分や格というものがでる。それがある客は太客にしたがる…らしい」

「ちょっと!最後に不穏なこと言わないでくださいよ!」

「昔商人に酒の席で聞いただけの話だからな。まあそう間違ってはいないんじゃないか?…たぶん」


なおもギャーギャーと文句をいうシアーシャを押して店内に入る

静かな店内に入った二人に視線が向けられる

護衛と思しきジグには興味どころか石ころのように無視される

すべての視線は美しい黒髪に整った顔のシアーシャに注目していた

多くの視線にシアーシャが怯む


「あいつらは敵だと思え。魔女として、接してやれ。やりすぎるなよ?」

「…はい」


途端、空気が変わる

そう錯覚するほどの雰囲気の変化に店内の温度が下がった

艶然と微笑むシアーシャに店員客問わず釘付けになる


「…本日はどのようなご用件でしょうか」


しかし流石はプロ

殺気こそないものの、魔女の威圧から店員の一人が持ち直し接客する


「買い取っていただきたいものがあります」


商売人のたくましさに感心しながらシアーシャが無造作に宝石を取り出す


「買取ですね。お預かりします」


そのサイズ、輝きに内心驚き、しかしそれを微塵も表に出さず店員がトレイで受け取って奥へ下がる

しばらくして店員が戻り金額を提示する


「大変良い状態ですので、すべて買い取らせていただきたく思います。これすべてで、三百万でいかがでしょう?」

「…っ」


想像をはるかに超える金額にジグは表情を抑えるので精いっぱいだった


「ではそれで」


相場の分からないシアーシャは顔色一つ変えずに決める

それもまた彼女の底の知れなさを助長していた

立ち居振る舞い、美貌、金銭感覚

間違いなく高貴な身分の人間だ

店の誰もが信じて疑わなかった


取引が終わり店をでる

シアーシャが体を伸ばす


「ふぃー肩凝った。どうでしたか?」

「上出来だ。いい品だとは思ったがあそこまでの値段が付くとは思わなかったぞ」


思わぬ収穫にジグは満面の笑みだ

宿でとられた金額も三百万の前では霞む


「ちなみにどのくらいの金額なんですか?」

「そうだな…一般的な兵士が飲まず食わずで一年働いてもらえるのが大体三百万くらいだ。同じ額を貯めようと思ったら節制して過ごしても4,5年はかかるだろうな」

「おー素晴らしい。では前金には十分ですね?」


ぱちぱちと手を叩きながら言うシアーシャにジグは上機嫌に笑う


「何を言う、前金どころか手厚いエスコートをしてもまだ足りないくらいの金額だぞ」

「いえ、前金で構いませんよ」

「…何?」


上機嫌だったジグは一転して怪訝な顔になる

高すぎる報酬に危機感を抱くのはこの稼業をやっていれば当然の反応だった


「お前、どこまでやらせる気だ?」

「あなたには向こうについてからも護衛と、指導役をお願いしたいと思っています」

「指導役?」


シアーシャは歩きながら周囲を見る


「ここに来てからも思いましたが、私は世間を知らなさすぎます。あの露店で売っている食べ物が何かも、どうすれば買えるのかも分かりません」


あれ食べたいです、とシアーシャが指した露店は鶏肉の串焼きだった


「オヤジ、二本くれ。あと飲み物も適当に」

「はいよ」


すぐに渡されたものをもって歩きながら食べる

串をもってどう食べようか悩んでいる彼女に見せるようにかぶりつく

真似して上品に食べてその味に笑みを浮かべながら続ける


「つまり私が一般常識を身に着けるまでいろいろ教えてほしいんですよ」

「そうはいっても俺も知らない場所に行くんだが」

「それでも、私よりはずっとましでしょう」

「そりゃあな。だがそれなら現地のガイドを雇った方がよくないか?」

「信用の問題です」


シアーシャが果実水を飲む

酸味のあるそれは食後の口直しに最適だった


「信用、ねえ…俺はそこまで信用を得られるようなことしたか?」

「少なくとも依頼なら魔女とだってやりあうくらいにお金好きなのはわかりました。私が良い金づるでいる間はとても信用できます」

「なるほど、確かに金は大好きだ」


納得したジグの表情を見て満足げに頷く


「依頼料はある程度毎に必要分お支払いしますので。これは必要経費込みで前金としてお渡ししておきますね」

「そうさせてもらおう」


ずっしりと重みのある袋を受け取る


「金額分は働かせてもらうさ」

「期待してます」


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