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「セツさん、ミリーナさん!」

「っ、ケインか。」

「ミリーナさん!?やられたんですか!」

「……ちょっとヘマした。」

「ケイン?何故ここに……いえ、それはいい。負傷者の手当てと安全圏までの避難を手伝って。」


ケインが冒険者たちの元にたどり着く

負傷者は半分ほどいるが怪我の具合はまちまちだ

命に関わるほどの怪我をした者はいないが自分で歩くのは難しい程度には負傷している

衝撃波が面制圧目的の拡散型だったおかげもあるだろう

しかしミリーナは防御術が得意ではなかったのと術の中心部にいたため防ぎきれなかった


(威力を散らした攻撃術でもこれほどの殺傷力を持っているとは。)


改めてあの魔獣の脅威に肝を冷やす

無事だった冒険者が比較的軽傷な者を優先して治療しているのでケインは治療に時間がかかりそうな怪我人から担ぎ上げて運ぶ

セツの指示で術が得意な冒険者は治療を、剣が得意な冒険者は撤退を分担して行っていく


セツは素早く指示を出し終えると魔獣の足止めをするべく動き出す

魔獣は無くなった頭部を再生しきっており先ほどの攻撃の主を探している


(さっきの攻撃はただの物理攻撃ですか。ほとんど効いていないが時間は稼げました。……しかし一体誰が?)


セツのその疑問はすぐに解かれた

魔獣が標的を見つけたのか術を使おうと手をかざすと木立から何者かが飛び出てきた

セツにとってその人物はあまり思い出したくない相手であった

苦い思い出をまだぬぐい切れていない相手に自然と顔が歪む


「あの男が、なぜ……?」


新たに生まれる疑問を余所に魔獣が術を放つ

男はそれを予期していたかのように完璧なタイミングで回避した

魔獣が何度か術を放っても男を捉える様子はない


「一体どうやって……」


不可視の衝撃波は予兆や攻撃範囲などが読みにくいのもあって回避するのが非常に難しい

しかしまぐれなどではないことはすでに何度も目の前で証明している



「……とにかく、今は敵ではないようです。それよりも時間を稼がないと。」


様々な疑問を脇に置いてセツが後ろを見た

ワダツミの仲間たち、そして相棒のミリーナを見てサーベルの柄を強く握り込む


「皆を失うわけにはいきません。」





衝撃波が先ほどまで隠れていた木を軋ませながら破壊する

ジグは魔繰蟲の衝撃波を躱しながらその注意を一身に引き受けていた

次々放たれる魔術を躱し続けているジグ

しかしその実、見た目程の余裕はなかった

攻撃のタイミングや方法は分かっても衝撃波が見えない以上確実に回避できる距離を動くしかない

先の攻撃で冒険者がまとめて吹き飛ばされていたことから決して狭くはない範囲攻撃をよけ続けるのは至難の業であった


「くっ!?」


何発目かの攻撃を回避した後、ジグの足が止まった

彼自身に何かあったのではない

これ以上行くと怪我人を運んでいる冒険者たちを射線上に巻き込んでしまう位置にまで来ていた

一瞬の躊躇がジグの動きを鈍らせる

ほんのわずかな時間、しかしギリギリの回避を続けていた均衡を崩すには十分すぎる時間だった

動きの止まった標的に魔繰蟲が衝撃波を放とうとする

ジグは躱しきれないと悟りながらも直撃は回避するべく体を動かす


収束した魔力を撃ち出そうとする魔獣

しかし術が打ち出される直前、氷塊が魔繰蟲に叩きつけられた

突然の横撃に体勢を崩し、あらぬ方向に衝撃波が発射された

ジグはその間に冒険者たちを巻き込まないように反対の位置まで移動する

そこには先ほど魔術で攻撃したセツがいた



「助かった。セツ……だったか?」


セツは手の平から冷気を立ち上らせながらジグを見ると沸きあがる警戒心を冷静に押さえつけて口を開く



「気にしないでください。先に助けられたのはこちらですから。……しかし何故あなたが?」

「仕事だ。」


セツはジグのその言葉で察してため息をついた


「もう、私達だけでやるって言ったのに……」

「面倒見のいい先輩に感謝しておくことだ。」


事実、その保険が効いたのだから口をつぐむしかない


「俺では有効打を与えられない。任せられるか?」

「……難しいですね。私も魔力を多く消費してしまった。」


蒼双兜での消費に加え先ほど魔繰蟲の衝撃波を防ぐのに大量の魔力が必要だった

体力はまだいけるが身体強化術を考慮するともう余力がない

魔獣の耐久力も未知数なため残りの魔力全てを注ぎ込んでも倒せるかは分からない


苦い表情をするセツとは対照的にジグは軽く頷いただけだ


「分かった。なるべく引き付けるからでかいのを頼む。」

「え、ちょ……」


言うや否や駆け出すジグ

セツは何かを言おうとしたがジグは既に行ってしまった

話も聞かずに行ってしまったジグに呆れつつも今はそれしかないと残った魔力を丁寧に練り上げ始めた



体勢を立て直した魔獣がジグに向かって敵意と魔術を放つ

先ほどまでの衝撃波ではなく、黒い斬撃を飛ばしてくる

障害物を切り裂きながら進むその斬撃はかなりのスピードで迫ってくる

範囲は狭まったが速度と威力はこちらの方が上のようだ


ジグは斬撃を体捌きで躱しつつ懐から取り出した硬貨を弾く

その硬貨はさらに斬撃を放とうとする魔獣に当たるとそれを妨害する

形を成そうとしていた魔力が散らされ、まるで嫌なものに触れてしまったかのように体をびくりと震わせた魔獣


「結構効くじゃないか」


ジグは蒼金剛の予想以上の効果に口端を釣り上げた

魔獣はジグの行為に強い怒りを覚えたようでセツを無視して集中砲火を食らわせる


「おっと!お気に召さなかったか?」


斬撃は苛烈さを増したがその分狙いが甘くなっている

確かに威力と速度は上がったが制圧力のあった衝撃波の方がジグにとってよほど厄介だった

セツに魔獣の矛先が向かわないようにつかず離れずの距離で挑発し続ける

斬撃を躱し、蒼金剛の指弾で術を妨害しながら時間を稼ぐ




(なんであれを避け続けられるんですかね……)


セツは感心半分呆れ半分といった感じでそれを見ていた

躱すこと自体は自分でも可能だと思う

だがそれを続けられるのは七、八回までといったところだ

いずれ体勢を崩すか体力が追い付かなくなってやられてしまうだろう

あそこまで避け続けながら、注意を引くための指弾までこなすには並外れたスタミナと体幹が必要だ

そんなことを考えながらもセツの術を組む工程は順調に進んでいく

魔力回復促進効果のある薬を飲み干し、足りない分は気力と技量で補う

術が完成するにつれて空気が軋んで冷気が立ち込み始めた


だがその魔力の揺らぎに魔獣が反応してしまった

自らを害するほどの脅威の気配に魔獣が首をセツに向けた

不気味に輝く赤い瞳と目が合ってしまい顔を引きつらせるセツ


(まずい!)


しかし今は術に形を与える構成の真っ最中

最も重要な工程でもあり、ここを中断してしまえば折角振り絞った魔力をただ放出してしまう


避けるべきか、続けるべきか

逡巡がセツに咄嗟の動きを躊躇わせる



「続けろ!」

「っ!」


ジグが叫んだ

手持ちの指弾を全て叩き込みながら全力で駆けだす

蒼金剛の効果は有効だが、サイズの小ささに加えあくまで含有しているだけの硬貨なので不意打ちには使えるが来ると分かっている相手には半減する

それでも数に任せて多少は魔術の発動を遅らせることができた

僅かに稼いだ時が明暗を分ける


最速でセツの所まで駆け寄ったジグが彼女を掻っ攫うように抱えて横っ飛びに回避

迫る斬撃から彼女を守り切る


そしてセツは魔術を中断してはいなかった

ジグに抱えられ未だ宙にある身で魔獣を見据えると術を発動する


魔獣の周囲に漂っていた冷気が形を成した

無数の鋭い氷槍が魔獣を半球状に包囲するように形成される

攻撃を放った直後の魔獣は防御術を使おうとするがそれを待たずに氷槍が撃ち出された

魔力で出来た体に雪をかき分けるかのような音を立てて氷槍が突き刺さる

刺さった所から血のように黒い靄があふれ出していく

それまで頭を吹き飛ばされようとジグの攻撃にさしたるリアクションを見せなかった魔獣が身をよじり苦しんでいる


セツが魔力の限りに撃ち出し続けた氷槍がやがて終わりを迎えた

魔力欠乏症で全身を倦怠感が包み込んでいる

頭痛のする頭を押さえながら起き上がると魔獣を見た


全身から氷槍を生やしながら弱々しく蠢く魔繰蟲

脚は二本しか残っておらず、体も穴だらけでいたるところから黒い靄を流している

やがて動きを止めるとその体がさらさらと崩れ出した

砂のように小さい粒子が風に吹かれたかのように徐々に流れていく

全身が崩れ終えた後には赤い球の様なものが一つ残るのみだった



「勝った……みたいですね」


もう無理だ、これ以上は一切戦えない

魔力も気力も使い切ってしまった


「よく術を続けたな。言っておいてなんだが、普通あの状況なら避けるぞ。」


横に立つジグが感心したように言うのを聞いてセツが苦笑する

ジグが間に合う保証もなく、確かにあの場面は回避を優先するべきだった

赤の他人の言葉など無視して自分を守るのは当然だ


(自分が術を続けることを選んだのは、ただ……)



「ただ単に、魔獣よりあなたの方がおっかない。……そう思っただけ。」


ジグはセツの答えを聞いて目を丸くする

ややあってから噴き出す


「そうか。」

「はい。」


遠くから声が聞こえてくる

撤退を終えたワダツミの仲間が音が収まったのに気づいたのだろう


仲間の方へ歩を進めようとしたセツがふと掌が何かで濡れているのに気づいた

生暖かい真っ赤な血に首をかしげる

自分は先の蒼双兜を含めて擦り傷程度しか負っていない

さっきの攻撃もジグが抱えて回避したためほぼ無傷―――

そこまで考えたところで慌てて後ろを振り向く


そこには背中から夥しい量の血を流しながら膝をつくジグの姿があった

遅れて濃厚な血の匂いが鼻腔を刺激する


「ちょっと、大丈夫ですか!?」


駆け寄って肩を支える

脂汗を流しながら青い顔をしたジグが呻いた


「……少し、まずい、な。」

「少しどころじゃないですよ!今治療を……ああもう魔力がっ!ちょっと誰か!」


セツが仲間を大声で呼んでいる

その声をどこか遠くに聞きながらジグの意識は途絶えた


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