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「よし、あと一息だ!」


ケインの声に意識を戻す

いつの間にか戦闘も終わりが近づいていた


脇から生える腕の片方は凍らされ、もう片方は中ほどから斬り飛ばされている

手数の減った雌はなおも抵抗しているが戦いの趨勢は見えたと言っていいだろう

雌の暴れようは凄まじく、何人かの前衛は負傷して下がっている

しかし全員重症には至らず応急処置だけで戦闘に復帰できるものばかりだ

ミリーナとセツが上手い事注意を引き付けたおかげで最小限の被害で済んでいる

僅かの手傷を負わされるのと引き換えに雌の一対の腕を封じることに成功した彼女たちは堅実に魔獣の体力を削りにかかった


「セツ、いける。」


とうとうミリーナ一人でも問題なく抑えられるほどに消耗した蒼双兜

セツは相方の視線を受けて下がると他の術師たちと術を組み始める

先ほどの雄と同じ戦法だ

雌が最後の足搔きとばかりに渾身の一撃を振るう

しかし消耗して動きの鈍った甘い攻撃を見逃さずにミリーナが動く

鉤爪の軌道から身を逸らしつつ長剣を腕の内側に合わせるように滑り込ませた

肘の内側、関節を狙った斬撃が雌の攻撃の勢いを乗せた腕を斬り飛ばす

そのまま魔獣の後方に抜けて距離を取った

その瞬間、セツたちの術が解放される

氷の槍が幾本も打ち出され魔獣の甲殻を穿つが防御態勢をとった雌はそれでも耐えている



「喰らえ!」


セツの放った一際大きい氷槍が身動きの取れない蒼双兜の胴に直撃する

氷槍はそれまでどんな攻撃も防いでいた胸部甲殻を突き破り串刺しにする

全身から緑色の体液を流していた蒼双兜はそこでようやく動きを止めた

雄の方も既に事切れているようでピクリとも動かない


「……よし、成功だ!」


しばらくその様子を窺って死んだふりでないことを確認するとミリーナたちが声を上げた

他の冒険者たちもそれを聞いて歓声を上げる

大きな稼ぎを得られるのもあるが、自分達だけで大物を仕留めたという満足感が彼女たちを沸き立たせた

とりわけミリーナとセツの興奮は大きい

ベテランたちの手を借りずに若手だけで成功したという事実は彼女たちにとって大きなものだった


ワダツミは若手を優遇しているクランだ

しかしそれはあくまでクランの方針であって全員が全員それに納得している訳では無い

誰かを優遇すれば誰かが割を食うのは当たり前のことで、ワダツミではそれが常に古参達だった

自分の利益を上げたいものからすれば何の苦労もなく御膳立てをしてもらえる若手に反感を持つのは自然な流れだろう

いかに御膳立てしてもらおうと結局は本人たちの努力次第なので苦労をしていないわけではない

しかし何かあったとしてもクランが支えてくれるという精神的な支えは非常に大きかった

無所属ならば狩りが上手くいっても装備の消耗と諸経費、利益が釣り合わなければ働くほどに貧していく

駆け出しの冒険者に金を貸してくれる者などおらず、居たとしても法外な利子で身を滅ぼす

クランならば装備を借りることも足りないメンバーを紹介してもらうこともできるので闇金に手を出す心配もなく計画的に依頼ができる

そうした苦労を一切していない若手をいつまでたっても一人前扱いしない古参連中はワダツミでさえそれなりにいる

彼らの助けなしで大きな仕事を終えられたことはミリーナたちにとって大きな一歩だった


「これであいつらにでかい顔されずに済むな。」

「……ええ。私達だけでも十分やれます。」


若い冒険者たちもそういった古参達とは仲が悪い

彼らは元が才能ある者達をカスカベやベイツたちが勧誘していたので自分の腕に少なからず自信がある

いつまでも半人前扱いして自分たちを軽んじる古参達に鬱憤を溜め込んでいた

ミリーナとセツも例外ではない

二人はお互いの健闘を称えるように笑顔で拳をぶつけ合う

今後は自分たちの動き方も変わる

しかし今は目の前の喜びを分かち合いたかった




ドクン


「……え?」


何かが脈打つような音

歓声を上げる冒険者たちにもそれが聞こえたようだ

静まり返った彼らが音の出所を探る


ドクン


「あ、あれ……!」


もう一度響いたその音に人が気づいて指をさし皆がその先を見る



ドクン



音は蒼双兜の雄の死体から出ていた

脈打つ音と共に震える死体

その背が徐々に盛り上がり、めきりという音をさせながらその背が裂けるように弾けた

裂けた背中から黒い何かがもたげるように姿を現す


細長い棒のような体

更に細い手足が六本、支えるように蒼双兜の背に置かれた

ゆっくりと、サナギから抜け出るように黒い何かがその全貌を見せた



一見するとナナフシのような形をしている

節くれだった手足、棒状の体で全長は蒼双兜を上回るほどある

何よりおかしいのはその体色だ

どろついた黒い見た目をしており靄の様なものが体を包んでいる


その黒い何かは赤い目を動かしながら呆気に取られて動かないミリーナたちを見た

生理的な嫌悪と、それ以上に背筋を走る悪寒にセツが叫んだ


「っ、防御術用意!!」


その声に我に返ると慌てて術を組む冒険者

自分も術を組みながらセツが正体不明の敵への対処法を考える


(……あんな魔獣は見たことがないです。少なくとも肉弾戦は向いていない、術タイプの魔獣ですね。第一波を防いでから反撃で一気に潰します。あの見た目なら耐久はないはず。)



セツの考えを余所に黒い魔獣は節くれだった細い腕を向けた





「……なんだあれは?」


ジグは怪訝そうな顔をしながらその様子を見ていた

ワダツミの冒険者たちが勝ったと思ったら雄の死体から別の魔獣が出てきた


「寄生虫……にしてはデカすぎるな。」


しかし脱皮というには姿が変わりすぎている

だが明確な敵意を感じるのは間違いない

ジグと同じく唖然として見ていたケインがハッとする


「……もしかして、魔繰蟲まくりむし……なのか?」

「知っているのか?あれを。」


ジグに聞かれたケインが歯切れ悪くする

知識としてはあったが聞いていたものと大きく違ったためだ


「寄生生物だよ。魔力を食うために他の魔獣に寄生してある程度行動を操れるらしい。……ただ、俺が知ってるのはもっと小さい奴だ。」

「大きい個体は珍しいということか?」

「少し違う。正確には魔繰蟲自体はかなり弱い魔獣なんだ。強い魔獣に寄生できるほどの力もないし成長しても七等級相当の魔獣にしかならない……はずなんだけど。」


そう言って魔獣を見る二人

異様な雰囲気を纏う魔繰蟲がワダツミの冒険者たちの方を向いている

不気味に光る赤い眼に気圧されながらも迎撃態勢を取る冒険者たち


「とてもではないが、七等級相当には見えんな。」

「で、でも賞金首よりは弱いはずだ……たぶん。」


自信なさげに言いながらも負けることはないだろうとケインは考えていた

連戦になるがミリーナたちの損害は軽微だ

消耗を加味しても倒すのはともかく逃げることぐらいは問題ないはず

そう考えていたケインの目算は大きく狂わされることとなった


防御態勢を取る冒険者たちに魔繰蟲がゆっくりと片腕を上げる

見た目通り接近戦は苦手なようで魔術による攻撃が主なのだろうな、などと暢気に構えていたジグ


次の瞬間漂い始めた刺激臭の濃さに目を見開いた


「受けるなっ、躱せ!」


しかしそんな言葉が今さら届くわけもない

魔繰蟲の腕の先から不可視の衝撃波が放たれた

衝撃波は防御術と接触すると拮抗の後に貫通、冒険者たちを吹き飛ばした

轟音が悲鳴をかき消して蹂躙する



「行くぞ!」


ケインに声を掛けると返事も待たずに駆け出すと呆然としていたケインが慌ててついてくる

個人で力量差があるため全ての防御術が破られたわけではないが半分の冒険者は今の一撃で吹き飛ばされて行動不能に陥っている

凌ぎきれた残りの半分が急いでカバーに入るが体勢を立て直すにはまだ時間がかかる

魔獣はあれが全力の攻撃では無いようで次弾を放とうと魔力を収束させている


(くそ、間に合わん!)


全速力で走るが魔獣が第二波を放つ方が速い

アレを連発されれば遠くないうちに死傷者が出てしまう


そう判断したジグは双刃剣を抜いて片腕で持つ

走る勢いをそのままに左足で地面を踏みしめると上体をひねる

脚から腰、腰から肩へ

全ての運動エネルギーを伝播させた双刃剣が投擲された


凄まじい勢いで迫るそれに気づいた魔獣が腕の向きを変えて双刃剣に手をかざす

既に目前にまで迫っていた双刃剣に至近距離で衝撃波を放った

激突する二つの攻撃

一瞬の拮抗の後、双刃剣が衝撃波を突き破り魔獣の頭部に着弾した

頭部を貫通、などという生易しい衝撃ではない

勢いで魔獣の頭部を丸ごと消滅させてもなお止まらずに立ち木に根本深くまで突き刺さった


霧散したとはいえ衝撃波の余波にジグの足が止まる

頭部のなくなった魔獣を見て一息つこうとして―――


「まだだ!」

「!?」


ケインの声に事情を把握する前に止まっていた足を動かす

追いついてきたケインと並走しながら手短に説明を要求する


「どういうことだ?」

「あれは純粋な魔力生命体だから普通の武器は効果がほとんどない。魔術か魔具を使うんだ!」


それを聞いてジグが顔をしかめると魔獣の方を見た

頭部がなくなったというのに動きを止めることはなく徐々に再生しつつある

先ほどの攻撃は魔力を散らされた程度でしかなく、ほとんど効果がないというケインの言を裏付けるものだった

そういった魔獣がいると話には聞いていたがよりによって今遭遇してしまうとは


「魔術も魔具も使えんぞ……まあいい。引き付けるから冒険者たちの撤退を手伝ってやってくれ。」

「……分かった。あんたも無理するなよ。」

「多少の無理は仕事の内だ。」


魔術はともかく魔具すら使えないというジグに怪訝そうな顔をしたケインだが、今それは重要なことではないと意識を切り替えて自分の仕事に集中する


二人は別れるとジグは魔獣の方へ、ケインは冒険者たちの所へ急いだ


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