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「調子に乗ってやりすぎました……」


シアーシャは本日二度目の後悔を今度は口に出してため息をついた

彼女は魔獣をちぎっては投げちぎっては投げしていたが、報酬をもらうには討伐証明部位が必要だ

今はそのための剥ぎ取りをしているところなのだが……いかんせん死体の状態がひどい

バラバラになっている程度ならマシな方で、圧殺された死体などはすでに元が何の魔獣であったのかの判別すらつかない肉塊と化していた

素材自体に価値があるならともかく、討伐証明部位ならば素材の損壊はギルドもおおらかだが元が何かもわからないミンチではさすがに対処ができない

そのような死体がそこら中に転がっていて、血だまりと土が混じりドス黒い汚泥が生まれていた

臭いは既に何も感じないほど鼻が馬鹿になっている


シアーシャの魔術は性質上どうしても質量攻撃が多い

普段彼女が地の杭を多用するのはそういう事情もあったが、今回はその辺お構いなしの八つ当たりだったのでご覧の有様というわけだ

周囲の警戒など必要ないほど倒し尽くし、木々もなぎ倒され見通しが良くなったために二人で手分けして討伐証明部位を剥ぎ取っていた


「うむ。中々の惨状だな」


数多くひどい戦場を見てきたジグをしてもそう言わしめる光景のようだ

この二人だから顔をしかめる程度で済んでいるが普通の冒険者なら即座に嘔吐しているだろう


「……ちょっと、魔術のレパートリー増やしておきます……」


神妙な顔でシアーシャが呟いた


今まで攻撃対象の損壊状況を考慮した魔術など考えたこともなかったため術の選択肢が少ない

そのうち何とかしなければならないと考えていたがいよいよその時が来たようだ

シアーシャは以前から構想自体はなんとなく程度に思い描いていた術を本格的に詰めることにした


「ジグさん。明日明後日はお休みにしましょう。」

「了解した。ここ数日仕事漬けだったからな。ゆっくり休め。」


ジグとは別行動をとっていたがシアーシャもずっと冒険業をしっぱなしだった

ここもしばらく騒がしくなりそうだし休みを取るのは賛成だ


「ありがとうございます。いい機会なのでもうちょっと術を考えておきます。その間に賞金首が倒されていれば儲けものですし。」

「そうだな……毎度これではさすがに効率が悪い。」


ジグの軽口に苦笑いで返すと剥ぎ取りを続けた

結局倒した魔獣の半分も回収できなかったが、それでも荷台から溢れんばかりの素材が積みあがる

それ以上狩っても持ち帰れないため本日の冒険業はこれで終了となった




「随分お早いお帰りですね……成果は十分みたいなのでいいんですが、どうやってこれほどの魔獣を見つけたんです?群れでもいましたか?」

「ええ、まあ、そんなところです。こう、不意を突いてどーん。と……」


まさか大暴れして向こうから来てもらったなどとは口が裂けても言えないため適当に濁す

朝の様子とは違うシアーシャに首をかしげながらも信じてくれる受付嬢


「安全に仕留められたなら素晴らしい事です。……朝は口うるさく言って御免なさい。ただ無茶してほしくなかったんです。」

「ハハハハ心配してくれてありがとうございます。私も先走りすぎました。」

「分かってくれて本当に嬉しいです!シアーシャさんなら必ず上に行けますから、頑張ってください!」

「ハイ。」


嬉しそうに笑う受付嬢

後ろめたい気持ちで一杯のシアーシャはその顔を真っ直ぐ見ることができない

斜め下へ視線を逸らしながらひきつった顔で愛想笑いする彼女を見てジグが笑いをこらえている



手続きを終わらせてシアーシャが戻ってくる


「……ああいうのは苦手です。」

「まあ、頑張れ。」


これも経験と渋い顔をしているシアーシャに笑う

ぎこちなく歩きながら資料室へ行ってくるという彼女を見送った

明日魔術を考案するのに参考文献を借りるようだ

時間がかかるので先に帰ってくれても構わないと言われたが、やることもないので待っていることにした

人間の研究した効率的な魔術と、魔女の魔力量及び魔力操作が合わさるとどうなるのだろうか


(とんでもないものが出来上がるかもしれないな)


そんな予感を感じつついつものテーブルに座って時間を潰す

時刻はまだ昼過ぎくらい

周囲を見渡すとこの時間は仕事中なので冒険者の姿はまばらだ

逆に戦闘向きとは思えない人間がちょくちょく出入りしては受付に向かっている

荷物を運びこんではサインをもらっているところを見るに一般の業者のようだ

受付嬢たちはその対応で忙しく動いている


「冒険者の相手をするだけが仕事ではないのだな。」


昼間は暇をしているのかと思ったが失礼な勘違いだったようだと考えを改める

何とはなしにその仕事ぶりを眺めていると誰かが近づいて来た


「やあジグ。珍しい時間にいるね。」


そう言ってアランが話しかけてきた

ここ、いいかい?という視線に頷いて返すと向かいの席に座った


「仕事が早く終わってな。そういうお前は?」


今日は彼一人のようで周囲に仲間は見当たらない


「今日は休みなんだ。俺はちょっと知り合いに仕事の話で呼び出されてね。」


そう言いいながら周囲を見渡すが相手はまだ来ていないようだ

肩を竦めて飲み物を頼むアラン


「少し遅れているみたいだから、話し相手になってくれないかな。」

「連れが戻るまでならば構わんぞ。」

「助かるよ。」


そうして世間話に興じる

話題は主に冒険業についてだ

ジグたちの近況にアランが呆れながらも感心し、アラン達の経験談にジグが興味深そうに先を促す




「そういえば賞金首のこと聞いた?」

「ああ、おかげでうちのお姫様がおおかんむりだ。」


昼間の様子を思い出して苦笑いするジグ


「あそこはただでさえ人が多いからね……ご愁傷様。」

「明日は休みにして色々済ませておくんだそうだ。」

「それが賢明だね。」


しばらくそうして話しているとこちらに向かう人影があった

アランの待ち人が来たようだ

シアーシャはまだ来ていないが邪魔をするのも悪いと席を立とうとする

しかし聞き覚えのある声に動きを止めた


「お待たせしてすみません、アランさん……っ!?」

「待たせたな兄貴。出がけに先輩に捕まっちゃって……え?」

「遅いぞ二人とも。付き合ってくれてありがとうジグ。俺はこれで……ジグ?」


動きを止めたジグにアランが怪訝そうにするが、彼以外はそれどころではなかった

特に声を掛けてきた二人組の動揺が激しい


(本当に、世間は存外に狭い)


内心でそう嘆息しながらアランの待ち人……セツとミリーナを見てため息をついた




「もしかして、知り合いなのかい?」

「ああ、まあ、少しね……」


実際は少しどころではない諸々があったのだが言葉を濁すミリーナ

セツは険しい顔つきでジグを警戒しているがジグはそれに構わずミリーナに声を掛ける


「兄妹だったとはな。剣筋が似ているとは思っていたが。」

「あんたこそ、兄貴と知り合いなんだ?」

「色々と縁があってな。」


ミリーナは以前ジグと話したこともあり、過ぎたことを引きずらないタイプだと知っているのでそこまでの警戒はしていない

置いてけぼりにされたアランが我に返る


「面識があるなら話が早いね。妹のミリーナだ。ワダツミってクランに入っているんだよ。」

「らしいな。」

「今日はミリーナにワダツミからの仕事の話として呼び出されたんだけど、せっかくだしジグも聞いていいかないか?」

「ちょっと、兄貴……」


仕事の話に部外者を同席させようとするアランにミリーナが苦言を呈す

ジグもアランがそういうタイプだとは思っていなかったので目を丸くした


「おい、アラン。冒険者でもない俺にそう言う話を聞かせるのはまずいんじゃないか?」

「うーん、仕事の話はともかく、ワダツミとの関係に影響がないとは言い切れないんだよね。」

「なに?」


彼らとの交渉に自分が関係している理由がわからずにジグが困惑する


「兄貴、どういうことだ?」


ミリーナの問いにアランがにこりと笑う

―――しかし目は全く笑っていない


「剣筋が似ているって言ってたよね?それがわかるくらいミリーナの剣を見る機会があったようだけど……一体いつ、どんな理由でそんなことになったのか是非教えてほしくてね?」

「……」


ニコニコと自分を見つめるアランにミリーナが顔をひきつらせた

ジグは自分の失言に思わず顔を覆った


「そういえば、つい最近ワダツミで乱闘騒ぎがあったって聞いたんだけど……セツさん何か詳しいことを知らないかな?」

「それは……」


口ごもるセツにアランは表情を変えないままだ

笑顔のまま滲み出る実力差の威圧にセツとミリーナが身を強張わせる


「聞かせてくれるかな?」


二人はそのまま洗いざらいを吐かされることとなった





「……なるほどね。色々話は繋がったよ。」


二人の弁明を聞いたアランが頷いた

あったことを説明するだけだが二人は冷や汗をかいていた


(やばい、兄貴が切れてる。)


身内であるミリーナはアランが怒りを抱いていることを敏感に感じ取っていた

普段怒らない兄が珍しく怒っているというのも驚きだが、それがあの男に関係しているというのもまた戸惑いを強くする


やがて重苦しいため息をついたアランが口を開く


「いいかい?ジグは僕たちの恩人なんだ。一度ならず二度までも仲間の命を助けてもらった。その恩人にとんでもない無礼を働いたんだよ?……これではワダツミとの関係も考え直さなくちゃいけないね。」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


セツがたまらず口を挟んだ

アラン達のような有力な冒険者との繋がりは非常に大切だ

クランに属していないのならば尚更

自分たちの不手際でその繋がりが断たれてしまったとあれば責任問題だ


「……っ」


そう思って口を開いたがアランの視線に言葉がでてこない



そのやり取りを見ていたジグがやれやれと助け舟を出した


「その辺にしておいてやれ。もう何度言ったか分からないが、済んだ話だ。」

「……そうはいかないよ。それじゃあ筋が通らない。」

「俺が納得している。それ以上の筋が必要か?」



ジグの感覚は向こうの大陸特有のもので、アラン達に理解しろというのは難しい

しかし周りからどういわれようとまるで気にしないジグが、同じ話を何度も蒸し返されることに少し苛立っているのに気づいたアランが対応を変えた


「……すまない。自分の意見をジグに押し付けてしまった。この話は終わりにしよう。」


そう言って矛を収めるアラン

セツたちも異論はなくこれで話は流れることなった


(……彼の考え方はやはり異質だ。傭兵という職業だけでは説明がつかない。まるで、文化自体が違うところから来たみたいだ。)


アランは横目でジグを観察しつつ話を切り替えた


「じゃあ仕事の話をしようか。ジグ、すまないけど。」

「ああ。こっちも丁度連れが来た。」


階段を下りてくるシアーシャの方を見ながら立ち上がる




去っていくジグを見送ったアランがミリーナへ視線を戻す


「……悪かったよ。」


気まずげに言うミリーナの手をアランが握りしめる

いきなりのことに動揺するミリーナ


「ちょっ、兄貴?」

「どこも怪我はしていないかい?後遺症とかは?」


聞きながら全身を触って調べるアラン

気恥ずかしそうにミリーナがそれを押しのける


「だ、大丈夫だよ。少し筋肉痛になっただけだから。」

「良かった……」


心底安心したように息をつくアラン

すると今度は真剣な表情でミリーナの肩を掴んで言い聞かせる


「いいかいミリーナ。クランの仲間のためというのは分かる。だけどな、戦う相手は選ぶんだ。」

「……仲間を見捨てろってことか?」


兄の言葉に反感を覚えながら聞き返すがアランは首を振ってそうではないと言葉を続ける


「勝てない相手に無策で戦いを挑むのはただのバカのすることだ。搦め手、交渉、謝罪でもなんでもいい。生き残れる最善を尽くすんだ。」


実力も才能もある兄の言うこととはとても思えない台詞に唖然とするミリーナ


「彼は確かに恩人だけど、決して情で手を緩める相手じゃない。ハッキリ言って、お前が生き残っているのは運がいいか、最初から彼に殺す気がなかっただけだ。」

「……それは」

「二人がかりでも届かなかったんだろう?完璧に挟撃に成功したのにいい様にあしらわれたんだろう。」


この二人に前後を挟まれてまともに相手どれる剣士がいったいどれほどいるというのか

少なくとも自分にはできないとアランは確信している

セツが思わず口を挟む


「あと一息でした。もう一人いれば確実に……」

「そういうのはジグの本当の得物くらい引き出してから言ってくれ」

「……あっ」


呆れたアランの履き捨てるような言葉にセツが顔を青くする

ジグはあの時足元に転がっていた剣を拾って使っていた

そもそも彼が容疑者として挙がっていたのは珍しい両剣の使い手だからだ


(私達は、あり合わせの武器を使っているだけの彼にすら届いていない……)


もしあの時、彼が両剣を手にしていたとしたら

腕一本で振るわれた片手剣ですらあの重さだ

重量のある両剣を受けていたらどうなっていたか

想像し、今さら背筋が震えた


ようやく自分たちがいかに綱渡りをしていたか気が付いた二人によく言い聞かせる


「相手を見なさいとはそういうことだ。……幸い彼はこちらから手を出さなければ無害な上に執念深いタイプでもない。以後彼との接触は細心の注意を払うように。」


改めて危険人物だということを認識した二人はアランの忠告に素直に頷いた


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