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「駄目ですからね。」

「……何がでしょうか。」


次の日、早朝

周囲はいつもより早い時間だというのにそれなりに人がいた

賞金首を狙っている連中だろうというのは物腰でわかる

ジグたちが早くからギルドを訪れて依頼を選び、手続きをしようと受付に行って真っ先に掛けられた言葉がこれである


「無論、賞金首のことです。偶然を装って倒してしまおうなんて考えているでしょう?」

「何のことでしょう…?」


小首をかしげるシアーシャの表情に嘘をついているようには見えない

しかし僅かに動揺したのがジグには感じ取れた


「しらばっくれても無駄です。……先日は随分と熱心に賞金首について聞いて回っていたそうじゃないですか。資料室で蒼双兜の載っている魔獣大全を借りているのも確認済みなんですからね。」

「くっ……」


受付嬢が追い詰めるようにシアーシャを見やる

整然と証拠を並べられて誤魔化しは効かないと悟り悔しげにうめいた


どうやら彼女は賞金首をこっそり倒してしまおうと考えていたようだ

そしてそれを事前に察知した受付嬢が阻止しようと動いていた


「そんな危険な真似は断じて許しません!」

「そ、それじゃあ偶然出会ってしまった場合はどうすれば……」


苦し紛れに口実を得ようとするシアーシャに受付嬢がにっこりと笑う


「逃げてください。全力で。」

「しかしそれでは……」

「もしギルド関係者の再三の警告を破って交戦したと見なされた場合、謹慎と降格処分の可能性すらあります。そして今警告は済ませました。記録までバッチリつけちゃいました。」

「そ、そんな……」


言い訳や逃げ道を完全に塞がれている

これで強引に倒したところで評価されるどころか罰せられることすらありうる

上を目指す彼女にとっては無視できない痛手だ

項垂れるシアーシャに受付嬢がため息をついた


「あのですね、まだあなたは八等級なんです。それが七等級の狩場に出る賞金首に手を出すのが許されるわけないじゃないですか。今回発見された蒼双兜の討伐に要求される戦力は最低でも六等級は必要なんです。……確かにシアーシャさんはとても才能があると思います。あるいは現時点でも賞金首の討伐を成しえるかもしれない。」


受付嬢の言葉に真剣な声音を感じたシアーシャが顔を上げる


「でも、もしそれを見た他の人が自分もできるかもしれないと思ってしまったら……あなたはその責任を取れますか?」

「それは……」

「無理ですよね。なぜならそれはあなたではなくギルドの負うべき責任だからです。一人の無茶を許せば自分もいいじゃないかと思う人は大勢います。そして多くが死んでいく。そうならないためにギルドが、規則があります。ご理解、いただけますね?」

「……はい。」


受付嬢の完璧な正論になすすべのないシアーシャがとぼとぼとその場を後にする

それ背を見送った後、何も言わないジグに受付嬢が視線を向けた


「……」


ジグと受付嬢の視線が数舜交わる

ジグは肩を竦めてシアーシャの後に続き、それを見た受付嬢がため息をついて自分の仕事に戻った







転移石板で森林についた後、先日と同じように奥地へ向かう

やはりほかの冒険者が多く、狩場が被らないようにするためにはある程度進む必要があった



「……残念です。」


その道中で心底無念そうにシアーシャが呟いた

話しかけるというよりは思わずこぼれてしまったその言葉にジグが苦笑する


「まあ、今回は諦めた方がいいぞ。彼女の言い分は正しい。何か起きた時に責任を問われるのはギルドだ。この手の仕事が自己責任重視だったとしても、無法地帯にするわけにはいかない。結果的に損するのはギルドだからな。」


多数に対しての”今回だけの特例”は必ずと言っていいほど破られる

いずれそれが当たり前になってそれ以上を求めてくるようになる

それが分かっているからギルドも強めに釘を刺したのだろう


しかし特例はなくとも例外はある

部外者、つまりジグが倒してしまう分には何も問題ないのだ

正確には罰する規則がない

だからこそあの受付嬢は余計なことをするなとジグを牽制するように視線を向けていたのだ

ジグはそれに対して可とも不可とも返さなかったが、倒すつもりはない

賞金首の強さが未知数なのもあるが、無用にギルド関係者の不興を買うのを避けたかった


(なんだかんだシアーシャのことを気にかけてくれている相手を無碍にするのもな。……それに、手続き全般を任せている人間を怒らせるとろくなことにならん。)


過去所属していた傭兵団の経理がへそを曲げてしまいその機嫌を取るのに大変な苦労をしたのを思い出す

剣の通じない相手には基本無力な傭兵にとって最も怒らせてはいけない相手だ

そう言う事情もあってジグはあえてシアーシャにその抜け道を教えないことにした


「分かってはいるんですけどね……」

「そんなに倒したかったのか。何か欲しい素材でもあったか?」


ジグの疑問にかぶりを振ると周囲を見た

それなりに歩いているがまだちらほらと同業者の姿が見える

周囲を探り簡易拠点となりそうな場所を確認しつつも障害になる魔獣を蹴散らしていくのがそこかしこで見られる


「この状態を早く解消したかったんです。ただでさえ人の多い狩場なのに……」

「気持ちは分かるがな。」


得物の取り合いになるほど冒険者が多いと仕事もしにくい

等級が上がれば要求される評価値や実績も多くなるので刃蜂の時のようにすぐに昇級してしまうというわけにもいかない

今の狩場が最も効率がいいというのもあるが


「仕方ありません。こうなったら一刻も早く賞金首が倒されることを祈りましょう。」


いつまでも嘆いていても仕方がないと切り替えたシアーシャが顔を上げる

やる気になったようで全身から魔力が迸っている

長い黒髪が僅かに浮かび上がるほどの魔力を練り上げていく


「今日は遠慮なしで行きますので、ジグさんは休んでいてください。」

「了解した。後ろは気にせず好きにやれ。」


その返答に満足げに笑うとシアーシャが前を向く

おもむろに手をかざすと術を組む

生み出された岩槍が射出され木の陰に隠れていた魔獣を障害物ごと貫いた

彼女の魔力で凝縮された岩槍は威力強度共に尋常ではない

胴体に風穴を空けられた魔獣が何が起こったのかも分からず絶命する


その一匹を合図に蹂躙が始まった


樹上から襲い掛かる魔獣

指をくいっと上に向けると地の杭が突きだし魔獣を宙に縫い留める

羽の生えた蜥蜴が飛来する

機動力を生かし杭を躱しながら接近する魔獣に対し、両の手の平を打ち鳴らす

それと同時に地面がせりあがる

二枚の板を合わせるように土壁が魔獣に迫る

点ではなく面の攻撃に回避が間に合わず圧し潰された

群れで狩りを行う魔獣が数で来るのをそれ以上の圧倒的な弾幕で蹴散らす


後ろを気にする必要はない

あの男がそう言ったのだ、疑う余地はない

周囲を気にせず殲滅に本気になった彼女を止められる魔獣などこの辺りには一匹たりともいなかった

瞬く間に積み上げられていく魔獣の死体

見るも無残に蹴散らされたそれは原形をとどめている物の方が少ない



「なんだあれは……化け物かよ」

「冗談じゃねえ。おい、場所を変えるぞ。巻き添えはごめんだ」



破壊と威圧を振りまくシアーシャの魔術に巻き込まれてはかなわないと冒険者たちが距離を置く

彼女が腕を振るうたびに空気が震え、足を踏み鳴らすたびに大地が裂ける

思うままに死を撒き散らす魔女の姿は伝承の通りだった


騒ぎを聞きつけて逃げる魔獣と寄ってくる魔獣

後者が周辺からいなくなるまで長くは掛からなかった

彼女の通った場所は大地が捲れ上がり木々がなぎ倒されていた

魔獣の血をも糧とする木々の成長は著しく、聞くほど荒らしてもしばらくすれば元通りになってしまうというのだから驚きだ


その爆心地でシアーシャが立ち尽くしていた

先ほどまでの威圧はどこへやらといった雰囲気で宙を眺める

こうしているとただの娘にしか見えない

ジグは彼女の元へ行くと声を掛けた


「満足したか?」


声に反応して視線をジグに向ける

ジグはその瞳に多少の不安を感じ取ったが、特に態度を変えることはなかった

彼女はそれを見て不安の色を消すとはにかむように微笑んだ




(調子に乗ってやりすぎた……)


シアーシャはジグに怖れられる可能性に気づいて心底から恐怖していた

過去に魔女の力を目の当たりにした人間は例外なく恐怖に顔を歪め、離れていった

人はその力が自分に向けられた時のことを考えずにはいられず、強大な力に本能的な恐怖を抱く


もしそれを感じない者がいるとしたら、きっとどこかが壊れているのだろう



「どうかしたか?」

「……いいえ。久々に大暴れしてスッキリしました。ありがとうございます。」

「そうか。」


短い一言に拒絶の意思は感じない

そのことに目を細めると手の平をジグの頬に添える


「……?」


ジグはシアーシャの行動に怪訝そうにしているが、それだけだ

先ほど殺戮の限りを尽くしたその手をなんの疑問も抱かずに受け入れてくれている

その安息に浸るシアーシャはしばらくそのまま動かずに彼を見つめ続けた

それを不思議そうにしながらもジグは彼女のしたいようにさせた

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