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「灼光蜥蜴の討伐依頼お疲れ様でした。新しい狩場でも順調のようですね。」
「これぐらいなら問題ないです。」
「流石ですね。でも油断は禁物ですよ?」
シアーシャが持ち帰った討伐証明部位を受付に渡している
綺晶蜥蜴の素材は売らないことにしたようだ
金は別の方法でも手に入るが珍しい素材はいつまた入手できるか分からないので、急ぎで金が必要ではない場合手元に置いておくことも多い
手続きを済ませるシアーシャを待つジグがさりげなく周囲を見る
「……」
こちらを窺っている視線は感じない
肩透かしを食らったような気分になって首をかしげる
先ほど感じた気配によく覚えのある感覚
こちらの成果に手を出してくるものかと思っていたが
(仕掛けてくるかと思っていたが……存外冷静だったな)
慎重な相手は面倒だ
いっそ手を出してくれれば遠慮なく処理できるのだが
そんなことを考えながら周囲を警戒していると、ふと誰かの視線を感じた
視線を感じた方向に顔を向けずに目線だけ移動させる
そして意外な人物に態度には出さないように内心で驚く
その人物は隣の同僚にひと声かけるとジグの方へ歩いてくる
規則正しい歩幅と足音が相手の性格を表現しているようだ
「今よろしいでしょうか?」
そう言って相手……いつかの無愛想な受付嬢が声をかけてくる
美人ではあるが非常に無愛想な顔で相変わらず表情に変化は見られない
彼女に話しかけられる要件が思いつかないジグは怪訝な表情をする
「俺に何か用か?」
すると受付嬢はおもむろに頭を下げた
腰を九十度曲げた姿は見事なもので謝罪の形をとっているというのにまるで卑屈なところがない
その姿勢のまま受付嬢が謝罪の言葉を口にする
「先日は身内が大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。今後このようなことが起こらないようよく言い聞かせておきますので、どうかご容赦を。」
唐突な謝罪に困惑するジグ
「……何の話だ?あんたに謝られる覚えがないんだが。」
「申し遅れました。私、アオイ=カスカベと申します。ワダツミで経理を担当しておりますアキト=カスカベは私の愚弟です。」
「……あいつの姉だったのか。」
それを聞いてようやく納得する
しかしギルドの受付嬢とクランの経理が姉弟だとは妙なところで妙な縁があるものだ
それならば彼女の謝罪も理解できるというもの
「アレのせいで誤解を受けてお怪我までさせてしまったと聞いています。本来であればそれなりの処罰を受けてしかるべきところをジグ様の温情で不問にしていただいたとか。その件に関しまして、お礼と謝罪を。」
「頭を上げてくれ。その話はもう手打ちになっている。温情などではなく取引としてもう終わった話だ。何度も蒸し返されるのはお互いに格好がつかない。」
同じ話をいつまでも引っ張る傭兵は基本的にいない
依頼次第でその時々敵味方が変わる戦場ではそれが普通だったからだ
ジグにとって終わった取引であり、それを何度も持ち出されるのはあまりいい気分ではない
それを理解したわけではないだろうが、これ以上同じ話をするのはジグの機嫌を損ねると判断したアオイが頭を上げてジグと視線を合わせる
無表情と営業用スマイル
種類こそ違うものの姉弟どちらもそれより先を読み取らせないことに長けているようだ
ジグも鈍い方ではないがカスカベの演技には見事に騙された
「聞いているかは知らないが、カスカベが誤解するのも仕方がない状況だった。あまり責めてやるな。」
身内をフォローする言葉にアオイが首を振る
「たとえ九分九厘そう判断出来るとしても、万が一を想定して迂闊な行動に出るべきではありません。それが大人というものです。アレが未熟なのです。」
弟に辛辣なアオイにジグがたじろぐ
普段無表情な彼女が身内のことになると怒りを隠さないことを意外に思う
静かに弟への怒りをくゆらせた瞳がジグに向けられた
「ジグ様は先ほど取引として終わった話とおっしゃいましたが、それはあくまでワダツミとの交渉についてです。身内として、ご迷惑をおかけした相手にはそれなりの賠償が必要かと思いますが、いかがでしょうか?」
「あいつもガキじゃないんだ。自分のケツくらい自分で拭くだろう。」
「しかし……」
「ギルドの受付をやっているなら俺の依頼主を含めこれから頼ることも増えるだろう。その仕事に期待している……これではダメか?」
アオイは少し思案するようにしたが渋々といったように頷いた
「……分かりました。ではなにか困ったことがあったら、是非とも私にご相談を。……この場を凌ごうとしてでまかせを言ったわけでは、ありませんよね?」
「もちろんだ」
きっちり図星を突かれたジグが冷や汗を流す
それを知ってか知らずか改めて頭を下げたアオイが受付に戻っていくのを見送った
(なぜ、謝罪されている俺が焦っているんだろう)
手続きを終わらせたシアーシャを迎えに行きながら首をかしげるジグ
「ジグさん、何かありましたか?」
「いや、何でもない。それよりどうだった?」
ジグに聞かれると満足そうにシアーシャが胸を張る
「報酬金額はそこまででもありませんでしたけど、評価値はたくさん稼げましたよ。この分ならそう遠くないうちに等級も上げられると思います。あ、それと後で魔具店に行きましょう。これを見てもらってなにか作れないか聞きたいです。」
宝石の眼球を手にシアーシャが子供のように目を輝かせる
それに苦笑しながらギルドを出た
「あ、そういえば賞金首が出たらしいですよ。」
「賞金首?例の襲撃犯とやらか?」
「そちらは現在調査中とのことです。なにぶん情報が少ないので。私が聞いたのは魔獣の賞金首のほうです。」
魔獣にも賞金がつくことがある
ギルドが判断した優先的に排除して欲しい対象などにつけられるもので、討伐すると報酬と評価が多くもらえる
対象は様々で単体であったり複数であったりするが、単純な強さというよりは危険度や被害度で判断されるのが特徴だ
その場にそぐわない危険度の魔獣などが出ると低い等級の冒険者の犠牲が多く出てしまう
しかし収入のために仕事をしないわけにもいかないので行くなとも言えない
そのためその手の魔獣を早急に討伐してもらうために賞金がかけられる
リスクもリターンも大きいため腕に自信のある冒険者がこぞって狩る競争のようなものになる
基本的に早い者勝ちだが、賞金がかけられるほどの魔獣は危険度も高いため複数のパーティーが組んで動くことなどもある
クランは不確定要素の多い賞金首にやや消極的で、それを倒したときに得られる報酬と掛かる費用や危険度を見積もって十分な利益が出ると判断した場合にのみ動く
そのため自分の所属するクランが動かない場合はよそのパーティーとの混成部隊で挑むこともしばしばある
「今回目撃情報が上がってきたのは
「聞き覚えがあるな。確か俺の武器に使われている魔獣の素材がそいつだったはずだ」
自分の武器の材料になった魔獣にジグが興味を持つ
今の武器には満足しているためその素材となった魔獣は一目見てみたいと思っていたのだ
「ただの成虫ではなく長年生き残ってきた歴戦の個体だそうですよ。その驚異度は通常の個体を大きく上回るとか。」
「……虫って経験積んで強くなるのか?」
甲虫の類は成虫になれば大きさなども変化せずにそれっきりのはずだが
「魔獣は倒した他の魔獣から魔力を得るので基本的に長く生きているものほど強くなっていきますよ。蟲型の魔獣でもそれは同じ。蒼双兜自体結構強めの魔獣なんで、七等級の冒険者じゃ太刀打ちできないはずです。」
それほどの魔獣が出現すれば賞金もかけられるというもの
「そうなると、明日辺りは冒険者の数も増えそうですね……」
リスクが高くとも賞金首を狩ってやろうと動く冒険者は多い
明日は様子見も兼ねて多くの冒険者が訪れる可能性があった
「どうする?日を改めてもいいが。」
「うーん……結局賞金首が倒されるまではこの状態が続きそうなんですよね。それまでずっと待っているわけにも行きませんし、多少人が多いのは我慢しようかと思います。」
「分かった。気休めだが、少し早めに出るとしようか。」
「……毎朝、ありがとうございます」
自分の寝起きが悪いのは自覚しているが、百年以上この生活をしてきたのでそうそう治せるものではない
余計な手間をかけているのでバツの悪そうな顔でお礼を言うシアーシャ
その肩を軽く叩いて歩き出すジグ
「……ふふ」
何も言わず先を行く彼の後を弾む足取りでついて行く
迷惑をかけてもいい相手がいることは嬉しいものだ
それを初めて知ることができた