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転移石板で移動したのは初めに来た森林のさらに奥地だった
小型の獣型魔獣が多かったあそことは異なり、ここでは蜥蜴型の魔獣が多く生息している
他の昆虫型や獣型もいることはいるが小型のものはほとんど見かけず、大物が稀に見つかる程度だという
「強さも今までの魔獣とは一味違うらしいので要注意、だそうです」
”冒険者の手引”と記された本を見ながらシアーシャが解説する
ジグは周囲を警戒しながら彼女の説明に耳を傾けた
「この辺りから本格的に魔獣が術を使うようになってくるので、単純な強さとは違った難易度になります。対応力や判断力が試されるため、ここから先に進めるかどうかが冒険者の線引きになるようです。」
「なるほどな。ここを越えられるかどうかは冒険者にとっては意味が大きいわけか」
今回受けたのは七等級が受けられる依頼だ
七等級以下が冒険者の過半数を占めることを考えればまさしくここが境界線といったところだろう
無論シアーシャは七等級で終わるつもりなどない
さして気負った様子も見せずに進む彼女の後をついていく
近場には他にも冒険者の姿が見える
人口の厚い層なので仕方がないが、少し煩わしい
「私たちは少し奥に行きましょうか。ここでは他所の冒険者と干渉しそうです」
他の冒険者と獲物の取り合いになることを嫌ったシアーシャが人の少ない奥の方へと向かっていく
しばらくそうして進み周囲に他の冒険者も見えなくなった頃
微かに届いた草木を踏みしめる音にジグが反応する
「二時の方向、数は一。それなりに大きいな」
聞こえた音は小さいが、深く沈むような音は重量のある体を静かに動かそうとしたものだ
武器を抜いていつでも動けるように緩く構える
茂みをかき分けて一匹の魔獣が姿を現した
体長は5mほど
ぬるりとした鈍い光沢のある鱗を持つ大きな蜥蜴の魔獣が舌をチロチロと口元から覗く
宝石をそのまま埋め込んだかのような眼球がこちらを警戒してギョロギョロとせわしなく動いている
「お出ましですね。いきなり
「来るぞ」
しばらく威嚇するかのようにこちらと対峙する
しかし退く様子のないシアーシャ達を敵と判断した綺晶蜥蜴が障害の排除に動いた
ジグが独特の刺激臭を
シアーシャが魔力の流れから
二人は別々の手段で相手の動きに気づく
唸るように掠れた鳴き声を上げる綺晶蜥蜴
それに呼応するように宙に生み出された結晶の礫が射出された
日の光を浴びて輝く結晶は美しくも危険だ
飛来するそれにジグが動くより先にシアーシャが手をかざす
結晶と彼女の中間にある地面が盛り上がると長方形の土で出来た盾を作り出す
人ひとり覆い隠せるほどの大きさがあるそれに結晶が直撃する
土と結晶
どちらが打ち勝つかなど比べるまでもないほど分かり切っている
しかし魔術で生み出された物は本来の性質とは別に注ぎ込まれる魔力と使い手の技量に依存する
結果、綺晶蜥蜴の結晶は粉砕
シアーシャが生み出した土盾の表面をわずかに削り取る程度に終わった
綺晶蜥蜴はなおも結晶を散発的に撃ちだすがその悉くを防がれる
効果がないことに気づいた蜥蜴が攻撃をやめると身を強張らせた
怯えたのではない
さらに術を使おうとしている魔獣に戦闘を放棄する意思は感じられない
ジグが目を凝らすと魔獣の体の表面を何かが覆っていくのに気づく
「……なんだあれは」
魔獣の体を覆っているのは結晶だ
結晶は徐々にその勢いを増していき、とうとう体のほとんどを覆った
結晶の鎧を身に纏い、頭部からは大きな頭角を生やしている
首をぶるりと振ると頭角をこちらに向けて走り出す
尾でバランスを取り四足を用いた走りは大きさの割に素早く力強い
「面白い。力比べですか」
迫る魔獣にシアーシャが不敵に笑うと魔力を注ぎ込み土盾をさらに精製する
三枚まで増えた土盾を操り三重にすると綺晶蜥蜴の突貫を迎え撃つ
輝く頭角が突進の勢いを乗せて土盾とぶつかった
一瞬の抵抗の後一枚目を貫き、二枚目の中ほどまで突き刺さった
しかしそこまでだった
深く突き刺さった頭角は抜けず、突進の勢いも完全に止められてしまった
どうにか抜こうと足掻いているが破壊した土盾が見る間に再生して頭角を固定してしまっている
シアーシャはさらに四肢を土で拘束する
「助かりました。どうやって素材を傷つけずに倒そうか悩んでいたんですよ。まさか自分から捕まりに来てくれるなんて」
土盾に手を置いて足掻く魔獣ににっこりと微笑む
それを見た魔獣が一層激しく暴れるが拘束はびくともしない
動けない魔獣
じっくりと魔力を練って狙いを絞った地の杭が結晶の鎧を容易く貫通し急所を正確に貫いた
「む、結構固いですね。」
倒した魔獣の眼球を抉り取ろうとシアーシャがナイフを使って四苦八苦している
彼女が苦戦しているのを横目に見ながら魔獣の鱗を剥ぐ
鈍い光沢をもつ灰色の鱗を手に持ってみる
「こいつはどういう素材なんだ?」
剥いだ鱗は思っていたよりも軽く、少し柔らかい
このままでは防御の役割を果たせないだろうが、それはあくまで魔力抜きでの話だ
「このっ、綺晶蜥蜴は、結晶を操る……よいしょっ!取れたぁ……!」
宝石のような眼球を抉り出してジグに掲げる
神経らしきものがでろんと付いていて中々にグロテスクだ
「結晶を作り出すのが鱗の性質で、その結晶を自在に操れるのがこの眼球のおかげなんです。左右で別々の術を制御しているらしいですよ。」
「ほう。これは武器に使うのか?それとも防具?」
「鱗は防具で、眼球は武器や魔具ですね。魔力ある限りいくらでも刀身を生み出せる武器とか作れるらしいですよ。」
「おお!それはとても興味深いな……」
武器の損耗は剣士最大の悩みどころだ
それを解消できるのならこれほど心強いことはない
それだけにジグは自分に魔力がないことを心から悔やんだ
興奮すると同時に消沈するジグを見てシアーシャがおかしそうにする
「結構魔力消費するらしいんでいうほど便利って訳でもないらしいですけどね。どちらにしろ面白い素材です。特に眼球の方は無傷で手に入れるのが大変なんで価値が高いんですよ。」
高く売れるが、素材にして魔具を作ってもらうのもいい
眼球の使い道に頭を悩ませていると名案を思いついたかのように顔を上げる
「そうだ、もう一匹狩ればすべて解決です。そうと決まれば早く解体してしまいましょう。」
そう言ってもう片方の眼球に取り掛かる
シアーシャの強引な解決方法に苦笑しながらジグも自分の仕事を続けた
その後も魔獣を順調に狩っていく
しかしシアーシャのお目当てである綺晶蜥蜴はそれっきり出会うことがなかった
成長が遅く、幼体の間は隠れていることが多いため珍しい部類に入る魔獣のようだ
そのため道中見つけた魔獣の中で依頼があったものを優先的に倒している
「ふっ!」
ジグの双刃剣が襟巻きを巻いたような頭部の蜥蜴を叩き潰す
すぐにその場を離れると熱線が先ほどまでジグのいた場所に着弾する
襟巻きを広げた蜥蜴が口から熱線を放ちながらジグを追う
しかし木を盾にしながら高速で走り回るジグに追いつけない
やがて息切れをするように熱線が途切れたタイミングで接近すると一撃で胴体を吹き飛ばす
この辺りの魔獣の攻撃としてはかなりの高威力なのだが、溜めも遅く小回りが利かない
おまけに燃費も悪いのですぐに息切れをするため単体の脅威度としてはさほどではない
群れていたり他の魔獣との戦闘中に乱戦になると非常に厄介なので駆除依頼が絶えないが、素材としての価値は少ない上に報酬金も高くはない
ギルドからの評価値は高いので等級を上げたい冒険者が積極的に受ける依頼だ
「何故こいつらの素材は価値が低いんだ?強力な魔術に思えるが」
討伐証明部位として襟巻きを剥ぎながらシアーシャに気になったことを聞いてみる
ジグに渡された襟巻きをシアーシャが紐で通してまとめながら縛っていく
「一つは燃費の悪さですね。並の魔術師ではあっという間に魔力を使い切ってしまうそうです。運用できるほどの魔力を持っていたとしても普通に術を使った方がずっと効率的ですから。」
まとめた襟巻きを荷台に乗せる
この荷台は魔具の一種で、通常の荷台とは違い車輪がついていない
浮遊の術式が刻まれており、魔力を通すと腰ほどの高さまで浮かぶ
紐を繋いで引けば地形に左右されない便利な荷台で冒険者のみならず広く使われている
値段もそれなりにするのだがレンタル業者もいるため間口は広い
その荷台に先ほどの綺晶蜥蜴や灼光蜥蜴の素材が満載されている
「もう一つは調節機能がない事です。常に最大出力で放射する性質があるので微調整が一切利かないんです。これでは危険すぎて魔具にも使えません」
「強くはないが放っておくと厄介で価値にならない魔獣という訳か」
それでは素材の価値が低いのも、冒険者に嫌われているのも当然というものだ
「等級を早く上げたい私達にはうってつけの相手なのでいいんですけどね。できればもう一匹くらい綺晶蜥蜴を倒したかったですけど。」
未練がましく周囲を見回すシアーシャ
だが既に荷台は一杯でこれ以上の荷物を持つのは難しい
「今日はこれくらいにしておけ。もうこれ以上乗らんぞ」
「残念です……荷台も自分達用に大きいのを買いたいですね」
今使っている魔具はレンタル品だ
ギルドと提携している業者が安価で貸し出してくれている良くも悪くもそれなりの品
破損したときはギルドが費用を負担してくれるが、当然ある程度は冒険者側も支払うことになる
何より貸し出せる数に限りがある
より多く持ち帰りたかったら自前の荷台を用意せねばならない
レンタルはギルド側も金のない初心者救済措置のため利益はほとんどない
ある程度稼げるようになったら自分たちで用意するのも冒険者としてのマナーだ
剥ぎ取り終わった二人が荷物をまとめて帰る準備をする
「しかし値段が上がるとどう違うんだ?積載量が増えるのは分かるんだが」
「高性能なものだと持ち主の魔力波長を記録して自走してくれるらしいですよ。座標指定しておけば勝手に配達とかできるんですって。」
「すごいな。そんなことまでできるのか。」
「人間の技術探求心には本当に驚かされますね。」
魔具談議に興じながら帰り支度を済ませると来た道を戻っていく
「おい、あれ……」
「うん?……おぉ、すげえな」
道中すれ違う冒険者たちが魔獣の素材で満載になった荷台に目を奪われる
まだ仕事上がりには早い時間だというのに二人でこの成果
少なからず嫉妬の念を抱くものもいる
そのほとんどが灼光蜥蜴だが奥に非常に状態の良い綺晶蜥蜴が埋もれていることに気が付くと幾人かの目の色が変わった
綺晶蜥蜴の素材は高く売れる
あれほど状態が良ければしばらくは遊んでいられるほどの金額になる
金に困った人間を狂わせるには十分な金額だ
数人の男たちが無言で目配せし合うと散開して包囲するべく動きだす
「待て」
その肩を掴む者がいた
男たちはぎょっとして振り向く
「なんだ、ケインか。脅かすなよ」
それが知り合いであると気が付くと胸をなでおろした
別の男が下卑た笑いを浮かべる
「なんだ、お前も混ぜてほしいのか?悪いが先に目を付けたのは……」
「あの二人には」
ケインが男の言葉を遮るように喋る
等級は同じだが年下のケインの行動に男たちが苛立ちを覚えた
ケインは男たちがこちらを見ているのを確認してはっきりと伝わるように口にする
「あの二人には、手を出すな」
命令ともとれるケインの言動に男たちが剣呑な雰囲気を漂わせる
「……おい、ケイン。正義ごっこは結構だがあまり調子に乗るなよ?てめえは確かに才能があるかもしれねえが、頭ごなしに命令されるいわれはねえぞ。」
ケインの胸ぐらをつかんで睨みつける
その恫喝を受けてもケインの表情は変わらない
男がさらに苛立ちを募らせせながら脅し文句を口にしようとした
しかし次のケインの言葉に耳を疑う
「これは、ワダツミの意向だ。この意味が分かるな?」
「なっ……そんな、馬鹿なっ!あいつらはフリーのはずだろう!?なんでてめえらが出てくるんだよ!!」
「話す義理はない」
冷たく言い放つケインに疑惑の目を向ける
しかし彼の言動には微塵の動揺も見られない
(ブラフか?クランが無関係の個人に肩入れするとは思えねえ。優秀な新人を自分のところに誘い入れたいんなら俺たちに襲わせたところを助けてから恩に訴えりゃあいい話だ。理屈で言えば嘘って事になるが……こいつは胸糞わりい善人だが感情的な野郎だ。あいつらと親しくて嘘をついたんならもうちょいぼろが出るはず。だというのにこの無感情っぷりはどういうわけだ……ワダツミからの強制的かつ、コイツにとっては本意ではない命令でやらされている可能性が高いな)
男は冒険者の才こそなく燻っているが頭は悪くなかった
ケインの態度や推測から限りなく近いところまでたどり着いていた
ちらりと先ほどのルーキー達を見る
綺晶蜥蜴は惜しいが、万が一ワダツミの怒りを買ってしまえばとても割に合うものではない
(しかしあの女)
男の視線が粘ついた色を帯びて黒髪の女を舐め回すように見る
あれほどの上玉はそうはいない
冒険者などやらせておくのが惜しいほどのいい女だ
(仮にワダツミの怒りを買ったとしてもあの女だけでも手に入れられれば……)
「これは善意からの忠告だが」
黙していたケインからの言葉に意識を戻す
ケインは男の視線から何を考えていたのかを察していた
「あの女性に手を出すのだけはやめておけ」
「はぁ?」
言葉の意味が分からずに男が怪訝な表情をする
「おい、どういう意味だ」
「これ以上は何も言えない。俺は警告したからな」
それっきり話すことは何もないと口を閉ざしてしまう
男はしばらく考え込むように下を向いていたがやがて強い舌打ちとともに踵を返した
不満そうにしていた仲間と思しき者も仕方なくそれに続く
ケインはしばらくそれを見送ったあとに一瞬だけジグたちの方を見てからその場を去っていった