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ワダツミのクランハウスを出てから宿に向かう
その道中もシアーシャはジグと腕を組んだまま一言も話さない
(随分と機嫌を損ねてしまったようだな……)
誤解だが、休日とはいえ共に過ごす自分の護衛が女を二人も買おうとしていたのだから無理からぬことではある
ジグは表情には出さぬままどう機嫌を取ったものかと思案する
だがその手の経験が薄いためあまり良い案が思いつかないでいるとシアーシャがポツリと呟く
「あんな感じでよかったですか?」
「……え?」
言葉の意味が分からずに間の抜けた返しをしてしまう
聞き返されたシアーシャがジグの方を見上げつつ首を傾げた
「困っているようだったので適当に抜け出せるように一芝居うちましたけど、余計でしたか?」
「あ、ああ……いや、助かったぞ。詫びとはいえ女なんて貰っても処理に困る」
(誤解だと気づいていたのか……いや、彼女は世間知らずだが頭はいい。気づいていて当然か)
それを利用してジグの役に立てたのだからシアーシャも成長している
「ですよね。ジグさんが女性を買うわけありませんよね?」
「あ?ああ……」
多少、圧を感じるような気はするが気のせいだろうと気にしないことにする
ようやくいつもの様子に戻ったシアーシャが血の匂いに鼻をひくつかせた
「ジグさんまた怪我していますね?本当に生傷が絶えない人です」
あとで治療しましょうとなぜか嬉し気なシアーシャ
多少、憮然としたようにジグがため息をついた
「一応、俺から積極的に手を出したことはないんだがな……」
イサナの時も、この前の人身売買の時も、そして今回のことも含めてジグから手を出したことは一度もない
相手から害意を向けられたときにのみそれに応戦しているだけだ
「そうなんですか?そういえば仕事って感じでもないですが、今回は一体どういった状況で?穏やかじゃありませんでしたけど」
「朝のギルドでの騒ぎを覚えているか?あれの被害者が先ほどのクラン……ワダツミの連中らしい。そしてその容疑者の有力候補が俺だったんだ」
ジグはあの事件の詳細をシアーシャに説明した
襲撃犯は一人で、双刃剣を使っていたこと
五人相手を一人で半壊させ、死人まで出ていたこと
自分がその時間帯はあまり表向きではない仕事をしていたので目撃情報がなく、仕事内容もおいそれと他人に教えられるものではなかったために黙秘したこと
そこを怪しんだワダツミの人間に暴力をもって聞き出そうとされたため相応の対処をしたこと
誤解が解けたために迷惑をかけた賠償をどう清算するかの交渉をしていたことなどを話す
一連の話を聞いたシアーシャが複雑な顔をする
「……確かに、状況証拠だけなら誰がどう見てもジグさんが犯人ですね」
「俺もその自覚があったからこそ、なるべく殺さないように対処していたわけだ。……まあ、後から来た二人の方は殺すつもりだったが」
「私、もしかして余計なことしちゃいました……?」
賠償の交渉を完膚なきまでにぶち壊してしまったことを思い出してシアーシャが気まずそうにする
確かにその気になればワダツミから大量に金を毟り取ることはできた
一般的な感覚でいえば激怒してもおかしくはないがジグはさして気にした様子もない
「いや、構わない。俺も丁度良い落としどころが見つからなくて困っていたんだ」
向こうでは”落としどころは相手の首”と相場が決まっていたが、こちらでそれを安易にやると非常に面倒なことになる
今回は相手に任せるような形にしたため向こうが勝手に相場程度の貸しを返してくれるだろう
舐められて相場以下しか返さない可能性は、シアーシャが十分以上の脅しを入れてくれたため心配する必要はない
魔女という生物の格が人間とは違うためか、彼女の発する威圧は尋常ではなかった
「しかしそうなると犯人は誰なんでしょう?」
「さてな。わざわざ目立つ武器を使うのもおかしな話だし、普段は別の得物かもしれんな。どちらにしろ俺達には関係がないことだ」
「そうですね」
例え余所の冒険者が何人やられようとジグたちには関係がない
目の前で犯行に及んでいるならついでに倒すことも考えるがそうでもなければこれ以上関わるつもりもない
その事件についての話題はそれで終わりにすると、二人はこれからの冒険業について話し合う
臨時で組んだパーティーは明日は休みにするそうだ
シアーシャ達のペースが異常なだけであり、一般的な冒険者は休みと仕事を同じ日数を目安に活動する
先日の大規模討伐で等級も上がっていたためシアーシャが新しい狩場をいくつか見繕っていた
その場所で生息する魔獣の特徴を聞きながら次の行動指針を立てる
「私としてはこの
「ほう、何でまた?」
蜥蜴に何か思い入れでもあるのだろうか
彼女は得意気にその魔獣を狩る利点と説明する
「実は一部の蜥蜴系魔獣は一風変わった魔術を使うらしいんです。その素材を用いた魔具や魔装具も中々に面白いものが出来上がるそうでして」
他に比べて一獲千金とまではいかなくとも臨時収入を見込みやすいとシアーシャは語る
彼女自身は臨時収入などより一風変わった魔術が見たいのだろう
ジグとしても魔具は扱えなくとも特徴的な魔装具には興味があるので異論はない
「では次はそこにしようか」
「楽しみですね。蜥蜴の皮を使ったローブとか結構惹かれます」
魔獣の素材の使い道を考えて楽しそうにするシアーシャ
ジグは彼女の言葉にあることを思い出す
「そうだ、鍛冶屋に行っても構わないか?胸当てが駄目になってしまってな。買い替えたい」
先ほどの戦闘でもともとガタの来ていた防具はとうとうその役目を終えた
ミリーナとセツの攻撃に晒された胸当ては既に襤褸切れ同然で防具の体を成していない
明日の冒険業の前に買い替える必要があった
破損した防具についてはカスカベからワダツミに請求書を送ってもらうように言われていたので財布の心配もする必要がなく気楽だ
「大丈夫ですよ。行きましょうか」
そう言うとシアーシャが歩く方向を変える
彼女に腕を引かれたまま繁華街を歩いて鍛冶屋へ向かった
道中、街行く人の視線を集めるがここに来てからいつものことなので慣れている二人に気にした様子はない
いつもの鍛冶屋に入ると一仕事終えた冒険者たちが店内に見受けられる
しかしまだ早めの時間なのでそこまで混んでいるという訳でもなく丁度良い時間に来れたようだ
いつもの店員がジグたちに気が付いて接客をする
「いらっしゃいませ。早速来ていただいて申し訳ありませんが、実はまだお連れ様への候補を絞りきれていなくて……」
「いや、今回は別件だ。防具が駄目になってしまってな。急ぎで替えが必要になったんだ。昼間に見せてもらったやつを持ってきてもらえるか」
「……かしこまりました、少々お待ちを」
店員は昼間見た時は無事だった防具がこの短時間で見るも無残な姿になっていることに疑問を覚えたがそれを表に出さず裏方に指示を出す
(彼は今日、お連れの女性がいないので休みにすると言っていたはず。つまり冒険業以外で戦闘をしたということ。それにこの防具の壊れ方は魔獣によるものではない……あの噂も信憑性が出てきた)
とある筋から流れて来た噂
それを裏付けるかのようなジグの様子に店員がどう対応したものかと思案する
直接何かをせずとも犯罪者に武器を流したとあっては店の評判に関わる
しかし決めつけて追い出し、もし噂が間違っていた場合も同様だ
それに何より自分の勘が噂の内容に違和感を感じていた
あまりにも”怪しすぎる”
衝動的な犯行ならばともかくここまで不審な点が見つかるのはおかしい
もし犯人だとしてここまで堂々としていられるものだろうか
「昼間来たときはご予算の都合がつかないとのことでしたが、同じ商品でも構わないのですか?」
金をどう用意したのか遠回しに探ってみる
すると予想だにしないあまりにも直球の答えが返ってきた
「金が入ったわけではないんだ。壊した相手に弁償させるだけだ。ワダツミの連中に仲間を襲ったやつと勘違いされてな。少々揉めた」
「……そうでしたか」
噂のことはワダツミも当然知っているものとは思っていたが、まさかもう動いていたとは
そしてこうして何事もなかったかのようにしている以上、この話は既に終わったことのようだ
(安易に動かなくて良かった。やはり噂は所詮噂ですね)
将来有望な客を逃さずに済んだこととワダツミの賠償ならば値段を気にせずに薦められることに商機を感じた店員はこれ幸いにとジグの要望を満たす防具を選ぶ
しかしジグはそれに待ったを掛けた
「あまり高いものは選ばなくていい」
「……よろしいのですか?クランが賠償を申し出たのであれば少々高いものでも出し渋るということはないと思いますが」
「身の丈に合わんものを使うとなくなった時に苦労するからな。自分の稼ぎで買える範疇に収めたい」
どれだけいい物でも装備は消耗品だ
高価なものに慣れすぎてしまうと安物に戻った時に感覚が狂ってしまう
だからジグはもし失っても自分の稼げる範疇で用意できるものを選びたかった
”身の程を弁えた道具を使え”
師の教えを思い出しながらジグはそう答えた
「……かしこまりました。すぐに用意します。」
店員は珍しい考えのジグに内心で驚きつつも嫌な顔一つせずに動く
普通は自分では手の届かない装備が手に入ると聞いて喜ばない冒険者はいない
それが他人の財布であるなら尚更だ
高額な商品を売りつける機会を失うことになったのは残念だがそれとは別に収穫があったので彼女の機嫌は悪くない
(面白い考えですね。でも長生きしそう。ここは堅実な商売がより大きな利益になると見ました)
そうと分かれば昼間に見せた防具の中でも尖った所がなく比較的ジグの反応が良かったものを選ぶ
「こちらの商品はいかがでしょう?」
「……いいな。肩回りを少し加工してほしいんだが頼めるか?」
「お任せください。ではこちらへ。」
目論見通り好感触を得られたことに満足げにしながら店員とジグは話を詰めていった
防具の調整が終わった頃には店内に冒険者で溢れかえっていた
人ごみを四苦八苦しながら抜けるとシアーシャが辟易したように言った
「人ごみは苦手です……」
「すまんな、思ったより時間がかかった。」
「あっいえ、気にしないでください。いい物が見つかってよかったですね。」
「ああ。そっちも気になるものは見つかったか?」
ジグが防具を選んでいる最中シアーシャは彼から聞いていた魔具としての機能も持った防具を見ていた
シアーシャは求めていたものを見つけられたのか満足そうだ
「それはもう、沢山。試しに魔力を通してみましたが、あの程度の消費量ならば全然問題なさそうです。これで一気に選択肢が広がりますよ!」
流石というべきか、やはり彼女の魔力量は圧倒的なようだ
「素材を持ち込んでオーダーメイドもできちゃうらしいです。その分予算も時間もかかっちゃうんですけど、それでも普通に買うよりはずっと安く済むんですよ。明日から狩る魔獣の中で面白い術を使う個体がいたら是非倒してみましょう!」
興奮気味のシアーシャに苦笑しながら宿に戻った
怪我を治してもらい、帰りに露店で買った夕食を食べると明日に備えて早めに眠る