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事態をすぐに把握できたジグとは対照的に赤青女たちは警戒を解かない

彼女たちからすればジグは自分たちのクランで暴れていた危険人物なのだから当然ではあるが


「ベイツさん、どういうことなんですか?」


武器を構えたままベイツに問いかける赤髪女と無言で有利な位置に移動している青髪女


彼女たちにお構いなくジグは自分の手当てを始める

所々破けている服と酷使した防具がまたしても余計な出費となるのを見てため息をついた

警戒心剥き出しの自分たちなどいないかのように振舞うジグに赤青女が表情を険しくし、ベイツが愉快そうに笑った


「だからまずは武器を降ろせって。詳しいことはこの惨状を何とかしてからだ。まずは倒れている奴らに手を貸してやってくれ。カスカベ、テーブル直すの手伝え」

「はい」

「……後で絶対説明してもらいますからね」


ベイツに促され渋々動き出す

まだ警戒は解いていないがジグが余りにも他人事のように手当てしているのを見ていると自分だけ気を張っているのが馬鹿らしくなったようだ

倒れている仲間を介抱して下に運ぶと医者を呼んで診てもらう

幸い死人も致命的な怪我を負っている者もおらず、しばらく安静にしていれば問題なく快復するとのこと

二人が医者の言葉に胸をなでおろす


「おい、こっちは片付いたぞ。そろそろ始めようや」

「今行きます」

「あ、ついでに奥に立て掛けてある武器も持ってきてくれ。珍しい武器だからすぐにわかる」

「…?、はい……」


そう言われて取りに行く

そこにあった武器に思わず二人が息をのんだ


「ちょっと、これって……」

「……本当に、どうなっているの」


クランで騒ぎになっている襲撃犯の手がかり

その武器が置いてあることで混乱が隠せない

しかし持っていかないことには始まらないと考えてそれを持って二階へ上がる


「来たか、まあ座れや。その武器はジグに返しておけ」


手当てを終えたジグが近づくのに反射的に身構えてしまいそうになる

ジグの危険性を身をもって知っているからこそ彼に武器を返すのに抵抗があった

しかしベイツに無言で促され仕方がなくゆっくりと手渡す

自分の武器を受取ったジグはそれを自分の脇に立て掛けて椅子に座った

それを確認したベイツがようやく事情の説明を始める



「さて、と……何から話したもんかな。うちのクランメンバーが襲撃を受けた事件については全員知っているな?そしてその襲撃者の武器が両剣だったことも」


ベイツの言葉に全員が無言で頷くのを見て話を続ける


「両剣使いで腕が立つ奴なんかそうはいねぇ。そうなると当然容疑者も絞られてくる。そこで疑いの目が向かったのがジグってわけだ」


ベイツはそう言ってジグを見た

ハリアンの街に来たのは最近で珍しい両剣使い

聞いたところによると腕もいい

疑われる要素は十分であった


「この件を任されていたカスカベもそう考えた。んで早速手駒揃えておびき出して話を聞いてみれば怪しい話が出るわ出るわ。こいつは真っ黒じゃねえかと思ったカスカベがちょいと痛い目に遭えば口も軽くなるだろうと手を出した。その結果が……」


この有様さと身振りで示す

それに疑問の声を上げたのは青髪女だった


「怪しい話とは、どのような?」

「おうそれだ。俺もそこんところは詳しく聞いてなかったな」

「そ、それは……」


カスカベはその問いに言葉を濁さざるを得なかった

ちらりとジグの方を見るが感心なさげに外を眺めている

ベイツが無言の圧を掛けてくるのに耐えきれずカスカベがジグとの問答をそのまま話した




「……なるほどなぁ」


事情を聴いたベイツが顎髭をさすりながら難しい顔をする


「怪しすぎじゃん!誰が聞いてもそいつが犯人だと思うよ!!」


赤髪女がテーブルを手で叩きながら抗議する

ベイツへの敬語も忘れてジグを指差す彼女にカスカベが冷や汗を浮かべる

それにお構いなく憤然とした様子でジグに詰め寄った


「あんたが素直に話してればこんな大事にならずに済んだのに何にも思わないの!?」

「……冒険者がどうかは知らんが、傭兵は仕事の内容をペラペラ喋ったりすると信用に関わるんだよ」

「それが自分の命に関わることでも、でしょうか?」


二人の会話に青髪女が割り込む

ジグはそちらへちらりと視線を向けると相手の目を見た

興奮する相方よりは話になると判断したのか少し考えてから答える


「……程度によるな。状況次第では依頼主に確認を取ることもある」

「今回はその必要がなかったと?」

「あんた達が出てくるまでは、無かったな」


カスカベが引き連れていた冒険者たち程度ならば脅しにもならずに蹴散らせる

直接はそう言わないものの、ほぼ同義の言葉にカスカベがうつむいて唇を噛む

ベイツが苦笑いしながらその肩を叩く


「あーそういや紹介がまだだったな。こっちの赤いのがミリーナ。そっちの青いのがセツだ」

「ジグだ」


ベイツの紹介にフンとそっぽを向くミリーナと無言で頭を下げるセツ


「ではジグさん。今ならば答えてもらえますか?」

「断る」


先ほどの口ぶりならば答えてもらえるはず

そう考えてセツが再度尋ねるが即答で拒否されて眉をひくつかせる


「……理由を聞いても?」

「俺の疑いは既に晴れていると考えている。話す理由はない」

「疑いが晴れているという根拠はどこから来てるんですか?」


怪訝な顔をして尋ねるセツにジグは無言でカスカベの方を見た

その意図を汲んだカスカベがセツたちに向かって説明する


「ジグ様が襲撃犯である可能性は低いと考えています。私がクランメンバーに襲わせた際もジグ様は死人を一切出さず極力軽傷で済ませていただきました」

「……それは信用を得ようとしていただけかもしれない」


ミリーナが疑い深くその可能性を指摘する

そこにベイツが口を挟んだ


「お前ら、ジグとやり合ったんだろ。どうだった?」


二人は先ほどのことを思い出して眉をしかめた

渋い顔をしたままのミリーナに代わってセツが答えた


「強かったです。援護がなければやられていました」


あれだけ有利な条件が整っていても届かなかった

自分の実力に自信があっただけにその悔しさも一層だ

二人の様子を見てベイツが笑う


「身をもってそれを味わったお前らに質問だがよ。ジグがちょっとばかし腕の立つヒヨッコ五人を仕留め損なうと思うか?」

「それ、は……」


あり得ない

この男が万全の状態で襲ってきたならば将来有望な若手五人程度じゃ相手にもならない

それを先ほどの戦闘で嫌というほど思い知った


「だからよ?そういう訳だから、あんまり当たり強くいかないでほしいんだよなぁ……」


言葉尻が情けなくしょぼくれるベイツにミリーナが首を傾げ、その意味を理解したセツが顔を真っ青にする


「どうしたんだベイツさん?そんな深刻そうな顔をして」

「……ミリーナさん」

「な、なんだよ……?」


事態を理解していない彼女にカスカベが神妙な顔をして事の深刻さを説明する


「ジグ様が襲撃犯でない場合、我々がしたことは一方的に疑いをかけて拉致監禁したのち暴行尋問、殺人未遂……立派な犯罪です。ジグ様が憲兵、あるいはギルドに駆け込まれるだけでワダツミはまずいことになります。最低でも主犯格は冒険者資格を剝奪されて豚箱行きでしょうね」


ジグが冒険者であればギルドから圧力をかけて示談に持ち込むこともできたかもしれない

しかし身内以外にこれだけやらかしてしまったとなれば如何にギルドといっても庇いきれない


若く実力のあるミリーナとセツはクラン内の若手冒険者の人望が厚い

その彼女たちがこんな不祥事をしでかしたとあってはクランの求心力もガタ落ち

手塩にかけて育てた若手冒険者たちも愛想を尽かしてしまうだろう


事の深刻さを理解したミリーナが遅ればせながら真っ青になる

顔色が悪いワダツミメンバーがそろってジグの方を見る


「……何かの間違いでお前だったりしねえ?」


一縷の望みにかけて願望を口にするベイツ


「あまり多くは言えんが、ギルドから信用のある人物からのアリバイを証言してもらうこともできる」


しかしジグに無慈悲な現実を突きつけられて沈没する



「ジグ様。単刀直入にお聞きしますが、どの程度の賠償をお考えでしょうか」


意を決したようにカスカベがジグに向き直ると示談の交渉を始めた

交渉、とは言っても即死級の被害を何とか致命傷に抑える程度しか期待できないかもしれないがそれでもやらないよりはマシだ

カスカベの全面降伏ともいえる質問にワダツミの面々が驚きの顔を隠せない


「……賠償?」

「はい。先ほどもおっしゃったようにジグ様がその気になれば今回無礼を働いた者を私含め日の目が見れないことになります。しかし私共も、仲間の敵を討ちたい一心で動いてまいりました。何卒、それを考慮したご寛恕を乞う次第でございます」


あくまで仲間のためであり、悪意があったわけではない

そう訴えるカスカベにジグは頭を悩ませる


彼らがどうなろうと知ったことではない

しかしクランメンバーが捕まったとなれば恨みを持った者が仕返しに来る可能性もある

許容範囲外の要求をすればなりふり構わず消しにかかってくるかもしれない

規模こそ変わったが、落としどころが分からないという意味ではジグにとっての状況はあまり変わっていなかった


(面倒だ。本当に)


多少無理をしてでもこの二人を殺しておけば痛み分けということになっただろうか

そんなことすら考え始めたジグが剣呑な目でミリーナたちを見る


賠償の話をした直後に見目の良い女性二人を見たジグ

ミリーナとセツが身の危険を感じ、その視線の意味を見事に誤解した二人がそれも致し方なしと非常な判断を下す

カスカベが沈痛な表情で頷く


「……なるほど。分かりました、すぐに手配を」

「ちょっ、カスカベ!?」

「……すまねえなぁ。俺が不甲斐ないばっかりに。だがこれもクランのためだ。分かってくれ」

「ベイツさん、嘘ですよね?」


仲間から人身御供にされそうになり取り乱す二人

カスカベとベイツもクランと二人を天秤にかけたらその判断も止む無しと受け入れるしかない

着々と話が進んでいくのに付いていけずにジグが困惑する


「おい、何の話だ?」

「決まってるじゃないですか。お二人の身柄をお譲りするためです」

「……話が見えないんだが」

「ええ、分かっておりますとも。ジグ様は何も要求されておりません。これはあくまでも私たちの誠意。そういうことですね?」


あえて言葉にしない意味もしっかり理解しているとカスカベ

ベイツも腕組みして神妙な顔をしている


「まあ、なんだ。売る俺が言うのもなんだが、悪い奴らじゃねえんだ。大事にしてやってくれ」

「何か勘違いしているんじゃないか。俺は」


話が妙な方向に進んでいると感じたジグが待ったを掛けようとした

しかし遅すぎた




「ジグさん、お買い物ですか?」




落ち着いた声色

しかしその場の誰もがその声に動きを止めざるを得なかった

幾ばくか動きの鈍くなった首を動かして声の方を見る


いつからいたのか、階段の手すりを掴んだシアーシャが笑顔のままこちらを見ていた



「いったい何を買うんでしょう?私も仲間に入れてくださいな」



楽しげにこちらに歩み寄るシアーシャ

その体からは刺激臭こそしないものの、渦巻く魔力がジグにすら感じ取れるほどに濃密だ

カスカベ達には蜃気楼のように景色が揺らめく様が見えている


「し、シアーシャちゃんよく来たね!いや、実はこれ」



一瞥いちべつ


冷や汗を流したベイツが言い訳をしようとするのをただそれだけで黙らせる

ゆっくりとした足取りでジグの横に立つと肩に手を置き、ジグの顔を覗き込むようににっこりと微笑んだ

美しい彼女の花開くような笑顔

しかしそれが与える印象は笑顔とは程遠い


「……早かったな。仕事はどうだった」


シアーシャの目を見ずに絞り出した声

掠れていないのはジグの並外れた胆力によるものだ


「成功でしたよ?万事滞りなくです」

「……そうか、良かったな」

「はい。良い経験になりました」


そう言ってころころと笑う彼女

合わせるようにジグも笑おうとしたが頬を引きつらせただけに終わった



「それで?」

「……」



下手な誤魔化しはいたずらに寿命を縮めるだけになる

本能でそう悟ったジグは端的に伝えた


「勘違いで襲われた詫びに女二人を差し出すと言っているんだ断っているんだが何かしないことにはあちらも引っ込みがつかないと聞かなくてな」


少し早口になりながらも要所のみを的確に伝えきる

それを聞いたシアーシャがゆるりと首をカスカベ達の方へ向けた

声も出せずに身を竦める三人

ベイツは先ほどの一瞥から動いていない


蒼く、どこまでも深い瞳が彼らを映し出す

それに呑まれそうになりながらも目が離せない



「ジグさんは、私の護衛なので、女性を買っている時間は、無いんですよ。 分かりますね?」

「……ぁい」


喉から出たのは空気が掠れるような呼吸音のみ

しかし意図は伝わったようで満足気に頷いた魔女がその瞳から解放する


「行きましょうジグさん。お腹がすいちゃいました」


そう言って腕を取るとジグを立たせる

強引ではないが有無を言わさぬ物腰に黙って従うジグ

そのまま腕を組みながら動けないカスカベ達の横を通っていく



「……貸し、一つだ」



かろうじて絞り出したその言葉を最後にワダツミにとっての厄災は去っていった

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