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冒険者たちが今にも飛び掛かりそうな雰囲気の中
ジグは肩を軽く竦めるとカスカベを見る
相も変わらず人の好さそうな笑顔を浮かべている彼はこの状況を作り出した張本人だ
ジグはため息をつくとカスカベに話しかけた
「先に一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょうか」
「……俺の目が節穴なのか、あんたの演技が上手いのか。どっちだと思う?」
憮然としたように言うジグにカスカベは少し苦笑して答えた
「後者……ということにしておいた方が、お互いによい気分になれそうですね」
「違いない」
皮肉気に笑う
その笑いを引っ込めるとジグが冷たい声を出す
「で?何を聞きたいんだ」
「てめえがやったんだろう!!」
ジグの問いに答えたのはカスカベではなく冒険者の一人だった
怒りを抑えきれぬように血走った目を向けている
それをちらりと見返したジグがカスカベの方に視線を向ける
「話が見えないんだが」
「しらばっくれるんじゃ…」
「まあまあケインさん。ここは私にお任せを」
なおも叫ぼうとするケインと呼ばれた冒険者をカスカベが宥める
それで怒りが収まったわけではないがこのまま押し問答をしても話が進まないと理解し口をつぐむ
それを確認したカスカベが頷いてジグに事情を話す
「先日、私たちのクランメンバーが襲撃を受けました。まだ若いですが優秀で、将来有望な冒険者です。応戦したものの五人いたうちの三人が死亡、二人が意識不明の重体です」
どこかで聞いたような話にジグが反応する
(そういえば朝にギルドで騒ぎが起きていたな)
冒険者が斬られたという騒動が起きていたらしいことを思い出す
「……それで?」
先を促すジグにカスカベの表情が初めて変わる
顔そのものは笑顔のままだが目つきが刺すような鋭さを帯びてジグに向けられた
「今朝がたそのうちの一人が目を覚ましました。すぐにまた意識を失いましたが、彼から襲撃犯の特徴を聞き出せたのですよ」
カスカベはジグの表情をほんの僅かたりとも見逃さぬように観察する
「……襲撃犯は一人。かなりの腕前で五対一でも逃げ出すのがやっとだったとのことです。そして、ここが一番大事なことですが―――両剣を使っていたそうです」
口にしながらもジグの反応を窺う
「ほう。俺以外にもあれを使う奴がいるのか。珍しいことだ」
しかし望む反応は得られなかった
ジグの態度は何も変わることがなく動揺を隠しているような気配は感じられない
(これが演技ならば見事な物です。しかし私の罠を見抜けなかった彼にそこまでの腹芸ができるでしょうか?……どちらにしろ、問いただす必要があります)
自らがその容疑者に上げられていることを知ったジグは肩を竦める
「それで、俺がその襲撃犯だと?」
「状況証拠だけですが、私たちはその可能性が高いと考えています。違うのですか?」
「ああ、違う」
「……実力者、それも両剣の使い手がそう何人もいるとはとても思えませんが」
「そう言われてもな。現にこうしているのだから仕方あるまい」
疑っているものからすればとぼけているかのようなジグの反応に冒険者たちの敵意が膨れ上がる
それを手で制して宥めながらカスカベが詰問を続ける
「その誤解を解くために私の質問に答えて欲しいのです。ご協力願えますか?」
カスカベは協力という形をとってはいるがその実脅迫と何も変わらない
しかしジグはさして気にした様子もなく平然と頷いた
「構わないぞ。答えられる範囲でなら答えよう」
「では早速ですが、昨日は何をしていましたか?」
「店を回っていたな」
嘘はついていないが足りていないことが多すぎるジグの答え
カスカベはそこを細かく指摘していく
「……それだけではないでしょう。あなたの行動は調べさせていただきました」
ギルドでシアーシャを見送った後に魔具を取り扱う店で何かしらを購入
店を出たあとに知人らしき人物と会話をした後に裏路地へと消えた
「調べてあるなら聞く必要ないんじゃないか?」
「私たちが調べられたのはそこまでです。裏路地に行ってからの行動が全く掴めていません。私たちが知りたいのはそこなんですよ。……その間は一体何をしていましたか?」
「仕事だ」
簡潔な答え
しかしカスカベたちが待てどもその内容を一向に言う様子がない
しびれを切らしたカスカベが続きを催促する
「……仕事の内容は?」
「言えないな。仕事の内容をペラペラ喋るような真似はできん。冒険者もそれは同じだろう」
裏路地に消えてから姿を見たものはおらず、その間は仕事をしていたが内容は言えない
不審極まりないジグの答えにカスカベが大げさにため息をついた
「ジグさん。この状況でそれが通るとでも思っているんですか?……はっきり言いますが、力尽くで聞き出してもいいんですよ」
「脅された程度で口を割るようでは信用が落ちるんでな」
「……あまり迂闊な発言は控えた方がよろしいかと。ただの脅しと思っているのなら考えを改めてください。仲間を害された彼らを私の言葉で押さえつけるのも限度があります。こちらとしても手荒な真似は最終手段にしたい」
必要とあらばそれも厭わないと言外にそれを告げた
それは事実で、既にワダツミの冒険者は爆発寸前だ
武器もなく、数で囲まれているジグがこれ以上彼らを刺激すればどうなるか
「断っておきますが、殺しを恐れていると思っているのならば考えが甘いですよ。私たちは安易にあなたを始末するよりもそれを指示したものを突き止めようと考えておりますので」
仲間をやられてその返しも満足に出来ないとなればワダツミは他クランから舐められ、侮られる
交渉の際も仇討すらできない半端ものとして扱われることになる
そうなればクランの信用は地に落ち、身内を守れないクランなどメンバーも離れていくだろう
「あなたは傭兵だそうですね?つまり、殺しも請け負うこともあるということですよね」
「……少し、違うな」
ジグの言葉にカスカベが眉をひそめる
「少し、といいますと?」
(苦しい言い訳を)
そう思い相手の言い分を聞いて、そこから追い詰めてやろうと促す
「殺し”も”ではない。殺し”を”受けているんだ」
副業ではなく本業
殺しこそ傭兵の仕事
ジグは当然のようにそう言い放った
「……なるほど」
この状況でそれを言う意味
カスカベは笑顔を消して無表情になる
それは覚悟を決めた者の顔だった
「あなたに指示した者を教えてくれたのならば、命までは取らないよう交渉してあげてもいい。これが最大限かつ、最後の譲歩です。……あなたに依頼した相手と、その内容を話してください」
周囲の緊張が高まる中、黙って聞いていたジグが口を開いた
「嫌だね」
ジグの返答を聞いたカスカベが嘆息したように目を伏せた
「……そうですか。では、あとはお任せします。喋れるようにはしておいてくださいね」
表情の消えた顔でそう告げると後ろに下がっていく
それと入れ替わるように抑圧されていた敵意が吹き出す
「ぶっ殺してやる!」
ケインと呼ばれた冒険者がまっさきに飛びかかった
それを皮切りに周囲の冒険者たちも動き出す
誤解は解けぬまま、装備も人数も非対称な戦いが始まった
飛びかかってきたケインを無視しジグが駆ける
冒険者が動くより早く丸型のテーブルを加減して蹴り上げた
「ふっ!」
九十度傾いたテーブルを再度、今度は渾身の力で蹴り飛ばす
凄まじい勢いで吹き飛ばされたテーブルが左右に展開して囲もうと動いていた冒険者たちに直撃する
「ぐわあ!」
不意をつかれ、複数でいたために素早い回避ができず何人かがそれに巻き込まれた
それに気を取られた冒険者に素早く距離を詰める
咄嗟に振るわれた長剣をもつ手首を掴む
剣を振るう勢いを合わせるように相手を振り回す
「う、うお!?」
勢いそのままに相手を放り投げるとそのあとを追って走る
左右に味方の体を避けた冒険者に両腕を広げてラリアットを叩き込んだ
円を描くように頭部が床に叩きつけられて動かなくなる二人を見もせずに次の相手に向かう
「調子に乗るな!」
そこにケインが割り込んだ
振るわれる長剣を二度三度と躱し、腕を抑えて先程のように振り回そうとする
しかしケインはそれに耐えた
身体強化をフルに活用してジグの投げに抗う
「やるじゃないか」
「ふざけた真似を!武器もなしにどこまでやれるか見ものだな!」
「それもそうだな。では武器を調達するとしよう」
「させるか!」
自らの武器を奪わせまいとするケイン
しかしジグの狙いは彼の武器ではない
抵抗するために力を加えるケインとは逆に力を抜いて体を横にずらす
支えを失い前につんのめる体を支えようとした軸足を払うと転んだケインの足を掴む
「お前が武器になるんだよ!」
「おわああああ!?」
ケインの両足をしっかり握り締め強引に振り回すと周囲の冒険者に叩きつけた
ケインが抑えている間に殺到しようとした冒険者が慌てて回避する
「よせ!ケインの頭が砕ける!」
回避の間に合わないものが武器や盾で防ごうとするがその声に慌ててガードを下げる
そこに振り回されたケインが直撃した
頭部を守るため頭を抱えたケインの肘が味方の頭を殴打する
人一人分の重量を遠心力込みで叩きつけられて無事なわけがない
ひとたまりもなく打倒されていく
味方の体を武器で防ぐわけにも行かず、迂闊に斬り込めばケインの体にあたってしまうため攻めあぐねた冒険者たち
それに構わずケインを振り回して一人、また一人と倒していく
最初は苦悶の声を上げていたケインもだんだんと反応が弱々しくなっていった
(そろそろまずいか)
意識を失ったのか頭部を守っていた両腕が力なく伸びきったところでケインを放り出す
それを体力が尽きたと判断した残りの冒険者が攻めに動いた
先程の戦闘から徒手空拳に長けていることに気づいた相手が迂闊に距離を詰めずに武器の間合いギリギリから攻撃を加える
その分大振りになってしまうことで生じる隙は見方が即座に攻撃することで埋めていく
大振りな攻撃を掻い潜って距離を詰めることは可能だ
しかしその隙を埋めるような攻撃まで対処するのは一撃が限度
敵の数は残り三人いてこちらから攻め込むのは難しい
(武器を拾いたいが、その隙を許してはくれないだろうな)
今残っているのはジグの攻撃を躱し続けた実力者だ
迂闊な行動は命取りになる
相手の攻撃を躱していたジグの足がよろけて膝をつく
それを見逃さずに冒険者が動いた
味方のフォローをしていた者も確実に仕留めるために動く
同時に振るわれた武器がジグに迫る
先程まで隙を潰すように時間差で繰り出された武器が、今だけは同時に振るわれていた
膝をついていた状態のジグが動く
低い姿勢のまま弾かれるように走り出す
よろけたのはフェイントで膝をついた状態からのロケットスタート
強烈な踏み込みで床がひしゃげる程の低姿勢のダッシュで相手の武器のさらに下を行く
距離を詰めて速度を乗せたフックを相手の腹部に叩き込む
防具の隙間を突く一撃に一人目が悶絶して倒れこむ
勢いそのままに上段後ろ回し蹴り
下がろうとした相手の頭部をギリギリ捉えた
糸の切れた操り人形のように二人目が沈む
「クソがァ!!」
最後の一人がやけくそのように振り下ろす長剣
その柄を掌底でカチ上げガラ空きのボディに二連撃
よろけながらもそれを気合で耐え切った相手が最後のあがきとばかりに組み付こうする
「いいガッツだ」
降ってきた長剣を掴みとり側頭部に剣の腹を打ち付ける
刀身が折れ飛んで最後の男が倒れた
「冗談でしょう……」
その光景を信じられぬ思いでカスカベが見ている
(あの状況を覆した!?うちの最高戦力こそいなかったものの武器なしで、いや武器があったとしてもどうにかできるものじゃないぞ!こいつ何者だ!?いや、それよりもどう対処する?)
想定外のことにカスカベが考えを巡らせるも現状を打開する案は浮かばない
残心をとったジグが動けるものがいないのを確認するとカスカベを見る
無傷とは行かないが多少のかすり傷程度しか負っていない
「さて。お前はこの状況の落としどころをどう考えている?」
幸いなのは相手にまだ交渉の余地が残っていることだ
逃げ出しそうな体を無理矢理に押さえつけてそれに答える
声が震えなかったのは彼の精神力の賜物だ
「……仰る意味がわかりませんね」
「ここで皆殺しにするのは簡単だ。だがわざわざ手間をかけて半殺しで済ませたんだ。その意図を汲んで欲しいんだがな」
やれやれといったふうに肩をすくめるその姿を見てカスカベがハッとする
武器なしでこれほどの実力
今日ここにいた冒険者は中堅複数にベテラン少数の総勢十名、その全てを打倒した
もし彼に襲われたとして優秀とはいえ若手五人程度が逃げ切れるだろうか
(……無理だ)
カスカベの冷静な部分がそれを即座に否定した
この男が殺すつもりならば五人とも皆殺しにされているはず
殺しが目的でないにしてもわざわざ二人を生かす必要もない
「……まさか、本当にあなたじゃないのか……?」
搾り出すように言った言葉にジグが心底辟易したといった様子で嘆息する
「最初からそう言っているだろう」
口ではそう言いつつジグも彼らが誤解するのも仕方がないと思っていた
双刃剣使いなどそうそういない上に事件と同日の不審すぎる自分の行動
もとより仕事内容を話すつもりもないが、どちらにしろジィンスゥ・ヤの依頼を受けていたなどと言えるはずもない
直接証拠がなくとも自分が疑われるのは当然
(俺でもそいつが犯人だと考えるな)
とはいえだから仕方がないで済ませるほどジグは心が広くはない
向こうでなら殺してしまえばいいがそれをこちらでやると面倒になる
そのため何かしらの形で詫びさせる必要があった
(加減が難しいな)
今まで貸し借りは命で清算してきたので相場というものが分からない
安すぎれば侮られまた襲われかねないが、高すぎてもそんな額払えるかと争いになりかねない
いくらまで出せますかと相手に聞くわけにもいかないためジグは黙ってしまった
カスカベはその沈黙が非常に恐ろしく感じた