<< 前へ次へ >>  更新
45/85

45

その後も店員と相談しいくつか防具を試したみたもののこれといった品は見つからなかった

あちらを立てればこちらが立たず

それなりの値段の防具では機動力か耐久力どちらかを犠牲にする必要があった

重量は問題ないのだが重量だけあって軽装な防具などというチグハグなものがあるはずもない


「この価格帯ですとどうしても耐久力を求めると大型化してしまうのは避けられませんね」

「やはり予算を増やさねばならないか」

「申し訳ありません…」


店員が頭を下げる

彼女はよくやってくれているが、もともと無理を言っている自覚のあるジグはわずかに罪悪感を覚えた


「いや、いいんだ。その代わりと言ってはなんだが相方の防具は良さそうなのが見つかったからな」


魔力を通すことで強度が上がる防具は何も鎧のようなタイプばかりではない

法衣やローブのような魔術師用の防具も多くある

単純に固くなるだけでなく、なんと障壁のようなものが発生するという装備まであった

シアーシャを連れてまた来ようと考えていると、店員は懸念があるようで難しい顔をしている


「魔術師用の防具はもともとの強度が低いため魔力消費が激しいものが多いんですよ。攻撃と防御の魔力配分を誤ると非常に危険な事態に陥ることがありますが、お連れ様の魔力量は大丈夫ですか?」

「ん……まあ、そこに関しては心配はないだろう」


彼女の懸念の正体を知るとつい苦笑してしまう

心配する彼女に失礼だと思い口元を手で隠す


「……そういえば、以前持ってきた鎧長猪を倒したのも彼女と言っていましたね。となると、相当魔力には自信が?」

「俺も詳しく聞いたわけじゃないが、魔力が不足していそうなところは見たことがないな」


詳細は濁しつつも十分な魔力があることを伝えておく

魔力量において彼女に心配は無用というものだ

魔術が当たり前のこの大陸においても魔女という彼女の存在はなお異質

具体的に聞いたわけではないがシアーシャとこちらの魔術師が使う魔術を見比べただけでもある程度の察しはつく

ちょっとやそっと魔力消費の効率が悪い程度ならばものともしないだろう

護衛対象としても彼女の防御が上がるのは優先したいところだ



「今日のところはこのくらいか。また今度相方を連れて探しに来るよ。今日はすまなかったな」

「いえ、お役に立てず申し訳ありません。次いらっしゃるまでに女性魔術師用の防具を見繕っておきますね」


本当に気の利く店員だ

こういう丁寧な対応がこの店の利益の一因でもあるのだろう

彼女の厚意に改めて礼を言って店を出た




鍛冶屋を出てしばらくは消耗品を買い足すために雑貨屋を回る

特に靴下は厚いものを十分予備を持っておかなければならない

仕事柄均ならされていない場所を歩き回ることが多いため足回りの装備には十分気を使う必要がある

ここに手を抜くと必ず後悔すると身をもって知っているジグは費用を惜しまない


「そんなに熱心に足回りの準備をする人初めてだよ。冒険者って武器とかばっかり気にしてるかと思ってた」


商品を真剣に吟味しているジグが気になったのか店番の少年が話しかけてきた

冒険者と勘違いしているようだが訂正するのも面倒に感じたジグはそのまま商品を見ながら答えた


「何を言う。下手な武器よりずっと大事だぞ」

「ほんとぉ?」


武器より靴が大事など信じられない

そう言いたげな少年はジグの言葉に懐疑的だ

駆け出しのころの自分も彼と同じ考えだったのを思い出して苦笑いをする


「考えてもみろ。武器が無くても戦える。腕が動かなくても逃げられる。だが足が動かなくてはどちらもできない」

「……まあ、確かに」

「動けなくなった奴は助けを待つか死ぬしかない。そして来るかもわからない助けを待てるほど、俺は楽観的にはなれない」


命以外なら何をおいても足を守れ

ジグも先輩の傭兵に口酸っぱく言われたものだ


「足が無事なら自分で下がれる!歩けないやつを撤退させるのに何人手をふさがせる気だ?歩けねえならいっそ死ね!!そうすりゃ戦力の低下は一人分で済む」


ひどい言い草だが理にはかなっている

歩けない兵というものはそれだけ足手纏いということなのだ




目的のものを選び終えると店番の少年に料金と一緒に渡す


「毎度。…運ぶ?」


少年は慣れた手つきで数えるとその金額に配送代も含まれていることを察した


「ああ、配送も頼む。場所は……」



買い込んだ品を宿に送るように頼む

近頃は臨時の仕事もこなしているためこの程度の散財は問題ない


「商品は夕暮れ前には届けるよ。部屋にいなければ宿の女将に預けておくからそのつもりで」

「分かった」





消耗品を補充し終えるとジグは向かう先を以前も行った裏路地へと変える

目的は情報屋との伝手を作ることだ


以前情報屋を探していた時はイサナに邪魔をされてそれどころではなかった

あれ以来なかなか時間を作れず後回しにしていたのだった

先日もイサナからの依頼で丸一日掛かったこともある


「……考えてみるとあいつに毎度出鼻を挫かれているな。あいつが距離を置かれているのは単純にトラブルメーカーだからじゃないか?」


本人がいないところで好き放題言いながらさり気なく周囲を窺う

人は多いが知り合いなどは見当たらない

取り越し苦労かと苦笑して歩を進めた時


「あ、いたいた。良かった、見つけられて。すみません、ちょっとお時間よろしいですか?」

「……」


明らかに自分に向けていると思われる男がこちらに向かってきているのであった

またも目的の出鼻を挫かれたことに辟易としながら声の男を見る


戦闘とは無縁そうな人の好い笑顔をした男

しかし不機嫌そうなジグの視線を受けてもたじろがない様子を見ると一般人ではなさそうだ

そんな人物に声を掛けられる心当たりがない


「俺に何か用か?」

「申し遅れました。私は冒険者クラン、ワダツミの事務管理を任されておりますカスカベと申します。

ジグ=クレイン様でよろしいでしょうか?」

「そうだ」



クランの人間ならば荒っぽい人種にも耐性があるのにも納得だ

隠しているわけでもないため彼が既に名前を知っていることに驚きはない

調べればすぐにわかる情報だが、これはつまり彼が明確な目的をもって接触してきたということだ

心当たりを探るが思い当たることはなかった


「当クランは優秀な新人を積極的に勧誘しております。つきましては近頃目覚ましい成果を上げるシアーシャ様に是非我がクランに加入をお願いしたいと思いまして」


カスカベの話はクランの勧誘だった

そう言えば受付嬢からもそういうことがあるかもしれないと聞かされていたのを思い出す

実年齢はともかく傍から見ればシアーシャは若く優秀な人材だ

おまけに見目も非常に良いためクランの広告塔にもなる

彼女につられて加入者が増えればクランの規模も増す

その彼女をスカウトした人物はクラン内での発言力も大きくなるというわけだ

なので各クランが彼女を勧誘するのに不思議はないのだが



「そういうのは普通、本人に勧誘に行かないか?」


ジグが冒険者でないことは知っているだろう

あくまで護衛である彼にこの手の話が来るのはおかしな話だ

当然の疑問にカスカベは少し困ったように笑いながら話す


「はい、勿論伺いました。しかしご本人様からそういうのはあなたを通してくれ、と」

「俺はマネージャーではないんだがな……」


ジグがいたのは傭兵団であって冒険者クランではない

クランの良し悪しなど素人でしかない自分に投げられても困るのだが


「……よろしければ、当クランに来てみませんか?実際に活動している冒険者を交えてクランでの資金面での支援や加入した場合に受けられる恩恵など詳しいご説明をさせていただきます。」


悩むジグの様子を見たカスカベが無理に勧誘はせず話しだけでも聞いていってもらおうとした

彼の提案に話を聞くくらいならば損はないかと前向きに検討し始める


(それでも集団に属したことのないシアーシャだけで判断するよりはマシ、か)


断るか悩んだが一度自分が話しを聞いてみることにした

クランというものを実際に見て、所属するメリットとデメリットを見積もっておきたい

どの程度行動に制限がつくのか、どの程度抑止力となってくれるのか

直接見ないと判断がつかないことも多い


「分かった。話を聞くだけでよければ行こう。本人はいないが構わないか?」

「はい。話を聞いて興味がでましたら、また後日シアーシャ様を連れてお越しくださいませ」



ではこちらへ

そう言って歩き出すカスカベの後に続いた



彼の案内で歩くことしばし

繁華街の西方面へ向かっているようだ

進むにつれて雑貨などの日用品を売る店がなくなり、代わりに冒険者向けの道具などを売る店が増えてきた

その中に紛れて二階建ての大きめの建屋が見えてくる


「お待たせしました。ここがワダツミのクランハウスでございます」

「詰所まであるのか。中々大きいが、有名なクランなのか?」

「総合的には中堅より上くらいでしょうか。当クランは新人冒険者への支援が充実しているため生還率が他クランと比べても非常に高いのが特徴でして。実力の高いベテラン冒険者もいるのですが若手のフォローを仕事として割り振っているため上位のクランには一歩及ばないのが正直なところです」



新人の成長に力を入れているため、今は雌伏の時ということです


そう言って誇らしげにするカスカベ

新しい層をうまく成長させないと組織としての未来はない

それ自体はとても褒められるべきことだと思う

しかしジグには一抹の懸念があった


(古参の冒険者が不満を溜め込んでいないのだろうか)


聞いていると若手を重視するあまり古参冒険者が割を食っているようにも捉えられる

自分の冒険者業が軌道に乗っているときにそれを止められて新人のフォローに回されることを面白くないと考えるものもいるだろう

誰も彼もが先を見た行動を受け入れられるわけではない



カスカベに招かれて中に入る

中ではワダツミに所属している冒険者たちが談笑や仕事のことを話し合っている


「意外と綺麗だな」


冒険者の詰所なのだから多少の不潔は覚悟していたが、中は掃除が行き届いておりそのまま食事でも出せそうなほどであった


「うちのトップが綺麗好きでして。清掃業者をクランで長期契約しております」

「清潔なのはいいことだ」


仕事柄周囲に身だしなみに気を使わないものが多かったためジグの反応も良い

一人の冒険者がカスカベ達に気が付くと近寄ってきた


「カスカベさんおかえりなさい。……彼が?」

「はい。丁重に扱ってください」

「分かりました。……申し訳ないが武器をお預かりする」


流石に武器を持ったまま交渉というわけにもいかないようだ

抵抗はあったがそこは譲るしかないかと諦めて渡す


「重いから気を付けてくれ」

「ああ……うおっ!?」


ジグに手渡された武器のあまりの重さに冒険者が態勢を崩しかける

それを予想していたジグは慌てずに支えた


「手を貸そうか?」

「だ、大丈夫だ」


冒険者はそう言って今度はしっかりと持ち直した

その視線が食い入るように双刃剣に向けられている


「どうかしたか?」

「……いや、珍しい武器だと思ってな」


珍しい武器を見ただけにしてはすこし過剰な反応にジグは首をかしげる



「二階へどうぞ」


しかしカスカベに促されたのでさして気にも留めずついていく


クランの上役など来客や大規模な仕事の説明をする際などは二階を使うようだ

二階には説明役と思しき者の気配がする

階段を上がりながら一階を見ると冒険者の数が少ないことに気づいた


「規模のわりに人が少ないんだな」

「今は皆、仕事に行かれているのでしょう。この時間帯は休みのメンバーが顔を出すくらいですからね」

「常駐はいないのか?」


傭兵団の詰所などは非番の日でも不測の事態に備えてある程度は人を残しておいたものだが

ジグの言葉を聞いたカスカベが笑いながら階段を上っていく



「もちろん、常駐する者もおりますとも。何かあった時のために備えは必要ですからね」


自分の認識は間違っていなかったようで安心した

しかしそれと同時にそれが意味することに怪訝な顔をする


「それはつまり、何かしらの事件があったということか?」


カスカベはなおも笑いながら進む




「はい、ありましたとも。実はその件に関しては私に調査を任されていましてね。―――現在対応中でございます」


「……ほう」



階段を上り切った先


二階には複数の冒険者が武器を持って待ち構えていた

敵意を剝き出しにする彼らはとても穏便な話をしようという雰囲気ではない

後ろを見れば下にいた冒険者たちが階段と出入口を固めている

袋の鼠と化したジグにカスカベが変わらぬ笑顔のまま向き直った


「こちらの話をする前に、少々お話を聞かせてもらいましょうか」


<< 前へ次へ >>目次  更新