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朝のギルドで初のパーティ冒険業に向かうシアーシャを見送る

初日なので日帰りで調査と常駐依頼をこなすようだ

以前も倒した蟲型魔獣を討伐する予定らしい


「気を付けて行ってこい」

「はい。ジグさんもお気をつけて」


自分は冒険者業をやらないから問題ない

そう言おうとして先日のことを思い出して口をつぐむ

シアーシャはその様子を見て笑いながら臨時パーティの元へと歩いていく


彼女を迎え入れたのは半分以上が女性の冒険者だ

二人男性が混じっているがシアーシャを見る目によこしまな気配は感じない


「二人とも彼女持ちで同じパーティにいるから手を出される心配はない」


彼らを見ながら考え事をしていたジグにリスティが近づいてきた

紹介した手前気にしてくれているのだろう

顔合わせの時も同席して上手くつないでくれたとシアーシャに聞いている


「本人が嫌がらないのなら手を出すこと自体を止めるつもりはないさ」

「…そうなの?」


意外な言葉に不思議そうに首をかしげる

シアーシャの距離感を見ていると護衛というのは建前でそういう仲なのかと思っていた


「護衛対象に手を出すようでは傭兵としての信用に関わるだろう。…とはいえ、真面目に全てを相手していては行動に支障が出るからな。ある程度はお引き取り願うさ。それより、何から何まで世話になった。助かる」

「助けてもらったお礼。これぐらいはしないと」


それについてはしっかり報酬をもらっているのだが

そう言ったがそれでは彼女の気が収まらないと色々世話になってしまった

いずれ埋め合わせをせねば


そう思いながらこの後のことを考えていると受付に人だかりができていたのに気づく

朝と夕は出立・帰還する冒険者でごった返すのでそれ自体はさほど珍しい事ではない

いつもと違うのは殺気立った冒険者たちが揉めているということだ


何人かの冒険者が受付に詰め寄っている


「だから!その情報をくれって言ってるんだよ!!」

「申し訳ありませんが正当な理由もなく他の冒険者の事情をお教えすることはできません。お引き取りを」


対応しているのはいつかの同行者申請書の説明をしてくれた受付嬢だ

あの時同様微塵も表情を動かさず事務的に対応している

冒険者という荒事に慣れた者達が凄んでもまるで動揺する素振りを見せない

例え冒険者がギルド関係者に手を上げることはまずないと分かっていてもあそこまで堂々としているのは本人の気質だろう


苦笑いしながらその光景を眺める


「肝が据わっている」

「あの人誤解されやすいけど優しいんだよ?今だって新人が対応に困ってるのを変わってあげてた」

「…そうなのか」


言われてあの時のことを思い出す

ジグの時も素っ気なく容赦のない事を言われた

しかし耳心地のいい事を言っても同行申請者の危険がなくなるわけではない

そう考えると容赦無く危険性の提示とギルドの保護が受けられないことを伝えるのは良心的ではある


あれもまた仕事への誠実さがなせる技ということか



「うちの仲間が斬られたんだぞ!?それ以上の正当性なんかあるものか!!」



激高した冒険者が大声で叫んだ言葉に周囲がざわつく

それでも受付嬢の表情は動かない


「現行犯でない限り、今現在での判断に変わりはありません。こちらで情報を精査した後に正当性が認められたならば追って連絡いたします。お引き取りを」

「っ、こ…のぉ!!」


怒りのあまり掴みかかろうとした男が周囲の仲間と思しき冒険者に押さえつけられる


「落ち着け!気持ちは分かるがギルドに歯向かうのはいくらなんでも不味い!」

「放せ!このアマ、一発ぶん殴ってやる!!」


抵抗虚しくそのまま羽交い絞めにされて引きずられていく

周囲の冒険者がひそひそと話しながらそれを遠巻きに眺めている

それを無表情のまま見送った受付嬢が同僚に声を掛ける


「…では私は先ほどの件について上に報告してきます。後のことはお願いしますね」

「は、はい。ありがとうございました」


今まさに暴行を受けそうになったというのにこの冷静さである


「すごいな。見るに武芸の心得があるわけでもないのにあの落ち着き様…何者だ?」

「…ジグだってあれぐらいは軽くあしらえるでしょう?」

「それはいざとなればどうとでもできる相手だからだ。仮に彼女と同じ程度の戦闘能力しかもっていなかったとしたら、あそこの新人と大差ないような対応しかできんだろうさ。……それは置いておくとして、聞いたか?」

「うん。冒険者が斬られたみたいだね。それもおそらく同業者に」


淡々と告げる彼女の声音に驚いた様子はない

冒険者の間では珍しくないことなのだろうか


「よくあることなのか?」

「…そこそこ」



職業柄、怪我も死人も珍しくはない冒険者

その対象は魔獣に限った話ではない

報酬に折り合いがつかずに殺し合いになるもの

冒険者稼業が上手くいかずに多額の借金を背負い、その返済のために成功している同業者を襲う者

様々な理由で殺しが起こる

冒険者の装備は魔獣に立ち向かうことを想定されているため高額な品が多い

下手な話、冒険者稼業よりよほど儲かるのだ

しかし高額な装備をしているほど腕がよく、返り討ちに遭う可能性も高い



「襲われないようにする方法は単純。強くなるか、クランに入って後ろ盾を得るか」


強くなれば襲われにくくなる、単純な話だ

単純故に難しい方法でもあるため大抵は後者を選ぶ

クランに入れば仲間とみなされ、自分に手を出せばクラン全体が黙っていないという抑止力に繋がる

その分やらかした時の制裁も苛烈なものになるのだが、よほどのことがない限り賠償金や厳重注意などで済む

駆け出しの冒険者は報酬分配などで揉めた際に立場が弱いためクランに入るのを目標にすることが多い


「つまり今回斬られた男はクランに入っていなかったということか」

「…ううん。斬られた人は知らないけれど、さっき騒いでた人の方は確か所属していたはず。その彼の仲間なら多分同じところに入っていると思う」

「…クランに入っていれば襲われにくいのではないのか?」

「それは本当。現にさっきの彼みたいに報復しようという人が多くいるはず。一人でいる人を狙うよりリスクは跳ね上がる」


それでも襲われたということか


「その男にクランの報復を超えるほどの襲われる理由があったということか?」

「可能性は低いけど、単純に衝動的な犯行かも」


情報が少なすぎて考えてみても答えは出ない



「冒険者が冒険者を襲う、か…」



当然シアーシャも襲われる可能性がある

その場合にどこまで対処すればいいかで頭を悩ませる


ジグのいた場所では襲ってきた相手は殺せばそれで終わりだった

刃を向けた相手を始末するのは当然で、それに対する非難など誰一人として考えもしない

だがここではそうはいかない

自分一人ならばそれでもいいが、今は考えなしに殺せば護衛対象の活動の妨げになる

とはいえ害意を向けてきた相手を野放しにすれば二度三度と同じことが繰り返されるだろう


「面倒だな」



これまでやってきた手段が通じないため考えることが増えた

シアーシャやイサナに偉そうに言ってきたが、自分もやり方を変えなくてはならないようだ






リスティはその様子を横目でじっと見ていた

先日のライルの言葉を思い出す

彼の話ではシアーシャは底が読めず恐怖すら感じるとのことだった

先日の顔合わせに参加してそれとなく観察していたが彼が言うほどの何かを自分では感じ取れなかった


目下気になるのはジグの方だ

街の人間ではないのは分かる

これほどの腕があって噂にならないのはおかしいし、何より彼が傭兵だという点だ

この辺りで傭兵業が盛んな国なんて聞いたこともない

街にいる傭兵とは冒険者崩れの者が多く、そのほとんどが何かしらの問題行動をして除名されている


傭兵とは成るものではなく落ちるもの

それがリスティだけでなく大多数の認識だった


(腕のいい人間が除名されないわけじゃない。でもその行き着く先は大抵はマフィアの用心棒やチンピラたちのお山の大将が関の山。ジグからその手の問題児の匂いは感じない…不思議)






リスティと別れて向かった先は鍛冶屋だ

本当は昨日の内に見て回る予定だったのだが急な仕事が入って中断せざるを得なかった

武器と蒼金剛の硬貨を購入して散財したがアランとイサナからの仕事の報酬が入ったために懐は温かい

なおイサナは金欠だったために族長から報酬を頂いた


店内に入ると防具を見て回る

武器は今のもので十分だが防具が貧弱だ

手甲脚甲だけでは防ぐのに限度がある

これから先の魔獣との戦いを視野に入れると防具はいい物を揃えたい

重量はそれなりにあっても問題ないが動きを阻害するタイプのものは避けたい

双刃剣は体全体を使って振るうため肩回りの可動域が非常に重要なのだ

しかし防具の性能を上げると一体型の鎧タイプのものが多く、そうでないものは値段が非常に高い


「中々いい物が見つからないな…」


目当てのもの見つからずに彷徨っているジグを見かけた店員が近寄ってくる


「何かお探しでしょうか?」



見れば以前も対応した店員だ

大きな店なので他にも店員はいるはずなのだが何かと縁がある

以前も求めるものを見つけてくれた彼女なら今回も上手くいくかもしれない

そう考えたジグは自分の要望を細かに伝えてみた



「値段を抑えて頑丈で動きを阻害しないものですか…」

「……すまん、無理を言いすぎた」


こうして口にしてみるとなんと贅沢な要望だろうか

軽くて頑丈で安い防具など皆欲しいに決まっている

それができれば苦労はしないからこそ装備に頭を悩ませるというのに


「ありますよ」

「あるのか!?」


こともなげに言って見せる店員に驚く

驚いた後でそんな都合のいい物があるわけがないと考え直す


「条件付きなんだろう?」

「はい。こちらになります」


そう言って指すのは一部が何かの甲殻のような胸当てだ

他と大した差があるようには見えないそれを店員が説明する


「魔獣の中には防御術を得意とするものもいます。これはその甲殻を利用した胸当てです。甲殻自体の強度は高いわけではありませんが、これに魔力を通すことで飛躍的に強度が上昇します。防具自体も軽く、同程度の強度を持つ防具よりお値段も手頃になっております。難点は魔力をそれなりに消費する点と、魔力を通していないときに不意打ちをされた際に簡単に破壊されてしまうことです」



魔獣素材を利用した武器が優秀ならば防具もまた優秀ということか

魔力量に自信のある者ならば安く高性能な防具を手に入れられるのは魅力的だ

しかしここでも魔力か


店員の説明を聞いてジグは非常に残念そうな顔をする


「……お気に召しませんでしたでしょうか」

「ああいや、そういう訳では無いんだ。……説明していなかったが、俺は魔具が使えないんだ」

「魔力量に不安があるようでしたら、補給用の回復薬を携帯するという手もありますよ」


微笑みながら代替案を提示する店員に気まずそうな顔をするジグ


(長く利用する店ならば、ある程度の説明も仕方がないか。説明不足が致命的な行き違いを産む可能性もある。装備関係でそれが起きるのは極力避けねば)




「……何か事情でも?」


話さないリスクが話すリスクを上回ったと判断したジグは悩んだ末に事情を話すことにする


「このことは他言無用で頼む」

「…承知いたしました。法に触れぬ限り、お客様の個人情報は守ります」


ジグの雰囲気から重要なことだと察した店員が頷く


「……俺は魔力が無いんだ」


自分にとって当たり前のことをこんなに勿体ぶって言わねばならないことに何とも言えない気分になる

しかしジグにとっての当たり前と彼女にとっての当たり前はイコールではない


「まさか、そんな…」


その情報は彼女を驚愕させるに足るものだったようだ

口元を抑え声が漏れるのを押しとどめている


魔力をあって当然のものとして生活している彼女らにはそれなしで生きていくことが如何に困難なのか想像するだけで恐ろしい

実際は違うのだが事情を知らない彼女からすればジグがこのことを隠したがるのは当然と捉えた

ジグは黙ったまま彼女が落ち着くまで待つ


「…理由は、分かりました。そういうことであれば私も詳しくは聞きません。それを踏まえたうえで装備を選ばせていただきます」

「助かる」


彼女はプロだった

客の信じがたい事情にも深入りせずに自らの役目を果たそうとしている

しかしそんな彼女にも抑えられない好奇心というものがあった


「お客様は身体強化を使わずにその武器を使ってらっしゃるのですか?」


ジグの背にある双刃剣を見て言う

店員の身長ほどもある武器は非常に重く、強化術を使った冒険者ですら敬遠するほどの扱いにくさだ

両剣の使い手自体珍しいのにこの重量武器をまともに運用できる者などそうはいない


「ああ。自前の筋力で使っている」

「……そう、ですか」


魔力が無い事よりもその方がよっぽど驚きだ

そう言いたいのを脅威的な精神力で抑え込み、仕事に戻った


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