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イサナ達が声が聞こえた方に向かう


作業場だろうか

だだっ広い空間を抜けて行く

作業場の奥にある重い扉

外から鍵の掛けられたそれをイサナが断ち切る

僅かに甲高い音を立てて扉の鍵が両断される


扉を少し開けてのぞき込み中の様子を窺うが暗くて何も見えない

扉越しに気配を探るが待ち伏せされているような様子はない

倉庫と思われる部屋に入ると魔術で指先に明かりを灯して照らす

光量を絞った魔術が部屋をぼんやりと明るくする



「これは…」


部屋の端に何かが横並びに置かれている

恐る恐る近づくと魔術の光が物体を照らし出す


背筋が凍る

そこには何人もの子供が転がっていた

慌てて駆け寄ると脈を確認する


「…良かった、意識を失っているだけみたい」

「薬で眠らされているだけのようです。数は報告されていた人数より少し多いようですが」


あれからまた誘拐された子供がいたのだろうか

唇を嚙み、こみ上げてくる内心の怒りを押し殺す



「ジグたちを呼んで救出隊を連れてきましょう。私たちで運ぶには多すぎる」

「では私が。イサナ様は子供達をお願いします」





シュオウが倉庫を出て数分後

合流したジグたちと状況を確認する



「では人数は問題なさそうだな」

「ええ。私たちが救出隊を呼んでくるから、その間子供たちの安全確保をして。犯人がいつ戻ってくるとも限らない」

「了解だ」


説明をしている間、ライカが首をかしげていた


「うーん…」

「どうかしたのか?」


気になったので尋ねてみる

すると彼は顔を上げてイサナを見た


「イサナ達は子供の声が聞こえたからここに来たんだよね?」

「ええ、それが何か?」


意図が読めずに怪訝な顔をする




「子供たちは全員おねんねしてるのに、誰の声を聴いたの?」

「え…?」



ライカの指摘にイサナが固まった


「……」


彼の指摘にジグが無言で得物に手を掛ける

空気が張り詰めて静かになった倉庫内



「…あのー」


そこに間の抜けた声が響いた

見れば寝ていたはずの子供が一人起き上がっている


「…ごめんなさい。実は起きてました」


一人がそう言ったのをきっかけに他にも何人かが恐る恐る立ち上がる

合計七人が既に起きていたらしい

イサナ達から穴が開きそうなほど見つめられて居心地悪そうにしている


「僕たち気が付いたらここにいて…扉もあかないし、どうやったら出られるか話し合ってたんです」

「なるほどね。その声を聞いたわけか。でもどうして寝たふりを?」

「最初は僕たちを攫ったやつらが戻ってきたのかと思って、怖くて…」


それもそうかとライカが納得する

まだ年端もいかない子供が急に見知らぬ場所に閉じ込められれば警戒するのも当然だ

取り乱していないだけでも大したものだろう

見れば皆、攫われた中でも年齢が上の子供のようだ



シュオウがそれを見て気づいた


「どうやら彼ら、薬の分量を間違えたようですね」

「どういうこと?」

「子供の未成熟な体に睡眠薬は刺激が強いのです。分量を間違えれば障害が残ったり、最悪死に至ります」


商品をキズモノにしてしまっては本末転倒

しかし今回はそれが裏目に出たようだ


シュオウが安心させるように子供たちに微笑む


「もう大丈夫、すぐに助けを呼んでくるからね。もう少しだけ頑張れるかな?」


少年は不安そうにしながらもしっかり頷く

その頭をなでると二人は出て行った




「…どれくらいで助けがきますか?」


手持無沙汰になった少年がライカに尋ねる


「うん?そうだな…大体」

「一時間くらいだな」


後ろから答えが飛んでくる

振り返るとジグがまだ寝たままの子供たちの様子を一人一人見ている



「……うん、大体それぐらいかな?」

「結構かかるんですね」

「まあね。だから僕らがそれまで守るよ」


返事をしながらライカが扉の方へ行く

入れ替わるようにジグが戻ってきて少年に質問をする


「犯人のことは何か思い出せないか?顔を見たりとか」

「…何も覚えていないです。家に帰ろうとしたら暗くなって、気が付いた時にはここに」


子供たちを確認し終えたジグは懐から硬貨を出すとコイントスをし始めた


「そうか。他のやつと面識は?今起きている者同士は知り合いのようだが」

「友達です。そっちで寝ている人たちは見たことはあるけど名前までは知りません」


手慰みに繰り返されるコイントス

その動きに視線を奪われながらも答える少年

彼の興味がジグの顔に向いた


「あの、どうして顔に布を巻いているんですか?」

「色々あってな」


適当に返されてそれ以上追求しにくい少年は押し黙る





「お兄さんは今回の事件、どう見る?」


ライカの問いかけにジグの目が細められた

コインの動きはブレぬまま考えを口にする


「マフィアが関わっているのは間違いないだろうな。人身売買はおいしい商売だが、人手もパイプも必要でそれなりの組織力がないとできない行為だ。そこいらの半グレがやるには規模が大きすぎる」


話の内容がよくわからないという顔をしている少年

それに構わず話は続く


「異民なら多少いなくなっても本気で探そうって人も少ないしね。上手いところを突いたものだよ」


呆れたように肩を竦める


「それでもリスクは大きいはずだ。足場が弱いとはいえジィンスゥ・ヤは武闘派集団。万が一抗争にでもなれば人的被害は計り知れん」



組織というものは大きくなればなるほど身動きがとりにくくなるものだ

失う物が多くなりリスクのある行為を許容しづらくなる


「犯罪組織にも強硬派と穏健派というものがある。今回のようなリスクの大きい行為を穏健派が許すだろうか」

「…つまり、一部の強硬派が先走ったってこと?」

「金か、上の点数稼ぎかは知らんがな。いずれにしろトップがとる手段としては短絡的すぎるように思える」


可能性の話だがなと付け加える


「金欲しさに暴走とはね。マフィアって意外と統率力ないの?」

「一枚岩のマフィアなど存在してたまるか」


確かにねと笑う


「他人事と笑っている場合か?これを上手く利用すれば奴らの矛先を逸らすことも不可能ではないぞ」

「…そうか。一枚岩でないなら競争相手の失脚を望むやつも当然存在する。そいつらに今回の独断専行をリークしてやれば…」

「異民に構っている暇はなくなるだろうな。マフィアの跡目争いは相当激しいと聞く」

「…そのあたり上手く突くことが僕らの生きる道になりそうだね」


自分たちの今後のことに関わると気づいて声音が真剣味を帯びる

疎まれてはいても彼の心は仲間の方へ向いているようだ


存外に健気な彼を意外に思いつつもその器の大きさに感心する



「かもしれんな」


それを表に出さぬよう素っ気なく返す


「冷たいなあ」

「他人事だからな」

「それもそうか」


口ではそういいつつもさほど気にしているようには見えない

ジグと自分たちの立ち位置もしっかり弁えている


上手い距離感を心地よく思いながら話を区切った


「さて、と」


思ったより話し込んでいたようだ

体感十五分ほどだろうか


ジグは子供たちの方へ向く

話の内容がわからず所在なさげにしている子供たちが顔を上げた



「動き出す準備をしておいてくれ。あと”五分ほど”で助けが来るはずだ」


「なっ!?……!」


ジグが告げた時間

それを聞いた少年たちの顔色が変わる

とても子供らしい驚き方とは言えないそれを冷ややかな目で見つめるライカ



「あ、あの!一時間はかかるってさっき…」

「どうした、嬉しくないのか?」

「い、いえ…そういう訳では」


聞き返されしどろもどろの対応をする少年


それを無視してライカの方を向く


「どうだ?」

「…全員黒かな」


返答を聞いてやれやれと肩を竦める


なおも取り繕おうとしていた少年たち

しかしその反応を見て、もはや隠すことは無意味と知った少年の形をした者が目を細めた


雰囲気が一変する



「…まさか気づかれるとはな。いつからだ?」




姿形は間違いなく子供

しかしその身から発せられる殺気は彼が裏の者と理解するには十分すぎる

腰の後ろからナイフを取り出すとこれ見よがしにこちらに向けてくる



ジグは応える代わりに背の薙刀を振るった

横なぎの一撃がいつの間にか寝ている子供たちに近づいている影を襲う

咄嗟に防ぐがナイフで殺しきれる衝撃ではない

吹き飛ばされて壁に叩きつけられた



「……」


崩れ落ちる仲間に視線もくれずに少年が押し黙る

注意を自分に向けて子供を人質に取るつもりだったが、読まれていた



「プロが理由もなく問答などするものかよ」



他の敵に薙刀を構えてジグが牽制する

時間稼ぎは無駄だと悟った彼らが戦闘態勢に移る

ライカも無言で武器を構えた



合図はない

ただどちらからともなく床を蹴り、殺し合いが始まる


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