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「よろしいですかな?」
二人が食後のお茶を飲んでいる時に男性が話しかけてきた
髪を後ろに撫で付けたこれといった特徴のない男だ
細い目で微笑みながら礼をする
「族長より頼まれて詳細な情報をお伝えに参りました」
思ったより遅かった、というよりもこちらが食事が終るのを待っていたのだろう
先程から見られている気はしていたがこの男のようだ
イサナも気づいていたようで、さして驚きもせずに応対する
「シュオウか。ただの伝達役にあなたが来るなんて随分と大袈裟だね」
「それも族長の御意向なれば。…ふむ、そちらが?」
シュオウと呼ばれた男がジグを見る
「ええ、傭兵のジグよ」
「…傭兵とは、また珍しい人選ですね」
「腕の方は保証する。…で?」
探りはいいから続きを話せと促す
シュオウは咳払いをすると事件の起きた場所や推定時刻を説明した
「事件が起きるのは決まって夜から早朝にかけてです。気が付くと姿がなくなっていて探しても見つからない。それらしい人影や怪しい人物の目撃情報もありません」
「隠密に長けた…いやそれでも無理があるかな。これだけ多くの子供を攫っておいて誰にも見られていないのは物理的に不可能だと思う」
「同意見です」
如何に姿を隠すのが上手くとも人の目を掻い潜るのには限度がある
しかし被害者は一人や二人ならともかく数十人に及んでいる
何か普通とは違う手段を使っているはずだ
「気になっていたんだが、他の達人とやらはどうしたんだ?そいつらにも意見を聞きたい」
「それが、他の方たちは今ほとんど留守にしているのですよ。出稼ぎに出ていまして」
「出稼ぎ?」
この街は十分に大きい
わざわざ他の町に行ってまで仕事をするのは妙な話だ
ジグの疑問を察してかシュオウが苦笑いする
「うちの腕利きたちは皆曲者揃いでしてね…イサナ様のように街に馴染んでいる方は少数派なのです」
「定職に就いてるのは私と、もう一人くらいかな」
「あの方もかなり問題がありますが…とまあ、そういう訳で今頼れるのはイサナ様だけなのです」
「ふむ…」
シュオウからの情報を頭の中でまとめる
いくつか気になる点を繋いでいくとやはり頭に浮かぶのは
「話を聞く限り、犯人の手際が良すぎるな。そっちの腕利きがいないのは偶然か?」
ジグの指摘に二人が渋い顔をする
「…内部犯はないと、信じたかったのですがね」
「……」
彼らは故郷を離れ流れ着いてきた
周りがほとんど敵に近い中で唯一味方である身内の犯行を認めがたいのは仕方のないことかもしれない
とはいえそのあたりの事情に踏み込む気はない
自分は頼まれた仕事をこなすだけだ
「周辺の地図をくれ」
「…何か、気づきましたかな?」
「いや、そういう訳では無い」
シュオウから地図を受取ると事件のあった場所と周辺の地形を見比べる
張り込んで事件の現場を押さえるような真似をしていればいつまでかかるか分からない
「目的を犯人の確保から子供の救出に重点を置くだけだ」
「どういうこと?」
「子供をさらう目的は何だと思う?」
「人質、ではないでしょうか?」
「三十人もか?それにまだ何の要求も来ていない」
人質を管理するのは面倒だ
飯も食えば糞もする
殺すわけにもいかないのである程度の面倒を見てやらなきゃいけない
国同士の交渉事ならばともかく、人質は高品質で頭数を少なくが鉄板だ
ジグの説明に二人が生理的な嫌悪感を示すがそんなことはお構いなしに続ける
「恐らく狙いは子供そのものだ。つまり人身売買」
「そんな…いや、しかし…」
「私たちを狙うのはリスクが大きすぎない?」
確かにジンスゥ・ヤは達人を多く有し、マフィアでもおいそれと手を出せない
報復を考えればまず選択肢からは外れる相手だろう
だがそれは腕力のみを見ればの話
「お前たちは弱いからな」
その言葉を聞いた二人の動きが止まる
少ししてシュオウが笑い出した
「はっはっは。いや、面白いことをおっしゃられる。弱い、などといわれたのは初めてかもしれません」
口調こそ穏やか
だがシュオウのわずかに開いた目からは危険な色がにじみ出ていた
イサナにこそ及ばないがこの男も紛れもない実力者だ
「…確かにあなたは強い。だけど私たちを弱者と侮るれるほどの力量差かな?」
眉間をわずかに痙攣させている
自らの腕を頼りに生きていた彼らには耐えがたい侮辱のようだ
「現にこうして自分たちで何とかできずに他所を頼っているだろう。本来こんなに沢山の行方不明者が出れば憲兵、国が黙っていない」
「それは…」
彼らが国や国家権力に類するものに頼れないのは仕方がないことだ
しかし相手にはそんな事情など関係ない
「要するに、誰がやっているのかが明確にならない限り何をしても構わない相手だと思われているわけだ。お前たちは」
はっきりとした証拠もなく報復をすればそれこそ憲兵が出てきてしまう
腕力で及ばないのならそれ以外を使う
それだけのことだ
「腕は立つが、多少見た目や生まれが違う程度で迫害され危険視されるお前たちを弱者と呼ばずしてなんと呼ぶ?」
「くっ…」
言い返す言葉が見つからずにシュオウが下を向く
イサナは悔しげにしつつも黙ったままだ
冒険者として成功している彼女はジグの言っている意味をよく実感しているのだろう
「話を戻すぞ。目的が人身売買であった場合、”商品”を保管しておくのにそれなりの場所が必要になる。周囲に声が聞こえないほどの加工か、距離もいるだろうな」
「…攫った端から売ればいいのでは?」
切り替えたシュオウが疑問を挟む
「高額の一品物でもない限り、手間やコストの面から見ても商品はまとめて発送が基本だ。物と違って素直に従うとも限らないしな。ある程度まとめて荷馬車などに積み込むはずだ」
「なるほどね。だから場所か」
「そういうことだ。この辺りに人が住んでなさそうな建物と、そこに出入りしている人間がいないかを調べてくれ」
シュオウは頷くと足早に去っていく
相手はジィンスゥ・ヤをも欺く玄人だ
犯人を見つけるよりも子供を見つける方が圧倒的に難易度が低い
バックにいるのは十中八九マフィア
子供がマフィアの拠点に連れていかれていたら意味がないが、その可能性は限りなく低いだろうと考える
彼らが最も恐れるのは自分たちと誘拐を結び付ける証拠が見つかることだ
そうなれば如何に異民族といえど憲兵が動く
イサナ達がヤケを起こして突入して来ても問題ないように処置をしているはずだ
「そうなると下手人も雇われた可能性が高いな」
トカゲの尻尾切りに半グレや浮浪者を幾重にも通した依頼かもしれない
ジグがあれこれ思索を巡らせているとイサナがジト目で見ていることに気づいた
「あなた、妙に詳しいね…まさかとは思うけど、やってたとか?」
「そいつらがらみの依頼を受けることもあっただけだ」
護衛であったり、標的であったりと様々だが
説明に納得したのかジト目をやめる
「あなたが思ったよりずっと裏よりの人間で助かったわ。まさかこんなに早く対応するなんて」
「まだ憶測だけでなんの証拠も挙がってないがな。それにこれぐらい、俺のいたところでは常識だ」
むしろマフィア側が恐れていたというジィンスゥ・ヤが想像以上に裏慣れしていないことに驚いた
なまじ腕が立つ分、暴力に屈することなく自分たちの流儀を通してこれたのだろうか
しかし腕だけで何とかなるほど世の中甘くはない
実際マフィアたちもジィンスゥ・ヤの足場が弱いことに気づいたからこそ今回のような手段に出たのだ
「イサナよ」
「ん?なに」
呑気に茶をすする彼女に声を掛ける
「今回の件、無事に片付いたとしてもまた次が来るぞ」
「…分かっているわ。搦め手に弱いと知られた以上、これだけで済むはずがない」
こちらの言わんとしていることに彼女も気づいているようだ
「…私たちも、変わらなくちゃいけないのかもしれない」