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場所を変えるというイサナの提案に頷いて彼女の後を追う

大通りを外れ裏路地を進んでいく

道すがらに大まかな事情を聴いていく


「状況はどうなっている」

「一昨日から子供が家に帰ってこないという報告が多数上がってきているの。その数三十余名」

「迷子、というには多すぎるな」

「ええ。十中八九攫われた」

「目撃者は?」


イサナは首を振った


「…それがいないの。一人も」


ジグはそれを聞いて眉をひそめる

三十人以上が消えていて目撃者がいないというのはおかしい

それも外部の人間がいたのならば少なからず目立つはずだ

となると真っ先に疑うべきは


「内部犯の可能性は?」

「まずないと思っていい。私たち…うちの達人の恐ろしさをよく知っているから」

「マフィアに唆されたらどうだ?」

「私たちを追い出したがっているのは他ならぬマフィアだよ?金に釣られたとしても後のことを考えればそんな選択はできないと思う」


道理だ

この街で移民が、それもジィンスゥ・ヤが一人で生きていくことは相当な困難を伴うだろう

金の問題ではない、どころか金がある方が危ない

しかしそうなると誰がやったのだろうか


疑問を抱えたまま裏路地を進む

やがてだんだんと周囲の様相が変わってきた


汚い道はそれなりに掃除され、廃墟ではなく住居と呼べるほどの建屋が多く立ち並ぶ

皆身を寄せ合い所狭しと建てられている


しかし人通りは少ない

男がまばらにいるぐらいで女子供は全く見かけない

それを疑問に思っているとイサナが説明してくれる


「今は皆、家から出ないように指示が出ているの。これ以上犠牲を出さないために。犯人を捜しやすくする意味もあるけど」


目的地は奥のようだ

足早に進む彼女についていく

ジグは自分に視線を向けられているのを感じた

家に籠っていると思しき住民からだろう

この状況下で見慣れない人間がいれば注目されるのも仕方がない

視線には警戒の色が感じ取れた


それらを無視しつつ進むと比較的大きな家が見えてきた

豪勢というわけではないが独特の装飾が嫌味にならない程度に施されている

相応の立場の者が住んでいるのだろう


ここが目的地のようでイサナは迷いなくその建物に入っていく

中には数人の男たちがいた

一様に耳が長い

皆がこちらを見ているが、特にジグへ強い警戒を示している


「族長、ただいま戻りました」


イサナがその中でも最も年嵩の老人に頭を下げる

族長と呼ばれた老人は重苦しく頷くと楽にするように身振りで促した


「御苦労だったイサナ。何か手掛かりはつかめたかの?」

「…申し訳ありません。未だ子供たちの行方は分かっておりません」


族長は色よい返事を聞けずに肩を落とすと視線をイサナに向けたままジグのことを尋ねる


「そうか…して、そちらの御仁は?」

「協力者です。此度の事態解決を依頼しました」

「冒険者…ではなさそうじゃな。あやつらが我らの問題に介入してくるとは思えん。其の方、何者じゃ」


族長がジグを見やる

値踏みするように目を細めた


「ジグ。傭兵だ」


傭兵という言葉を聞いた男たちの警戒が強まる

こちらでの傭兵がゴロツキや半グレと大差ないような存在である以上当然の反応といえる

しかし族長は男たちとは違い何の反応もせず、ただ静かにジグを見据えていた



「…そうか。ご助力、感謝致す」

「族長、恐れながらどこの馬の骨とも知れないやつに協力してもらうのは反対です」


周囲の男たちがすかさず異論を唱えた

今までの経験からか外部に頼ることに抵抗があるようだ


「此度の問題は自分たちで何とかして見せます」

「それが出来ぬと判断したから、イサナが連れてきたのであろう」

「しかし…」

「弁えろ」


なおも食い下がろうとする男たちを窘める

老いてなお鋭い瞳に射抜かれて男たちが委縮する


「うちの若い者が失礼した。…子供たちをよろしく頼む」


族長がゆるりと頭を下げた


「承った」

「詳細を後程伝えに行かせる。イサナ」

「はっ。失礼します」


礼をして踵を返すイサナ

ジグも族長に目礼して後に続く

男たちの視線は警戒を取り越して敵意すらまといつつあった




「族長はともかく、まあ予想通りの反応かな」


外に出たイサナが歩きながら先ほどの男たちにため息をつく


「気を悪くしないでね。彼らも居場所を護るために必死なんだ」

「興味がない。そんなことより、どうする?」


あまりにも素っ気ないジグに苦笑いをするイサナ


「とりあえずご飯にしましょう。待っていれば族長が事情に詳しい者を寄こすから」

「場所の指定等はしていなかったようだが」

「ここをどこだと思ってるの?」


彼女は得意気にしている

この中でのことはすべて手に取るようにわかるとでもいうようだ

彼らの本拠地なのだから当然ともいえるか

食事を済ませておくのは賛成だ

食べられる時に食べておくに越したことはない

彼らの食事に興味もある



彼女の案内で適当な飯屋に入る

こんな状況なので客は少ない

空いている席に座ると店員に注文をする


「あなたは何を…というか、分かる?」

「彼女と同じものを頼む」

「…すぐお持ちします」


ぶっきらぼうな店員が厨房に下がる


品書きを見てもまるで分らないがよくあることなので気にしない

戦争で各地を回っていた頃は料理の名前などまで覚える余裕がない

そのため他の客が食べているものを指さして注文することが多かった

偶に一切情報を仕入れずギャンブルのようにあてずっぽうで注文したこともあったが

大抵ひどい目に遭うため自重する


油をよく使う店なのだろう

店内は香ばしい香りに満たされている

待つことしばし

店員が奥から皿をもってくる


「私たちの料理は一品で済ませずに小皿で数種類の料理を食べるのが一般的なの」

「色々楽しめていいじゃないか」


イサナ達の前に料理が置かれた

しかし同じものを頼んだはずなのに二人の料理は違った

イサナは小海老の素揚げ



ジグにはーーー芋虫の素揚げ


「っ!」


瞬間、イサナの目が鋭く細められる


「これは、なんの真似?」


静かだが怒りを隠そうともしない

店員は実力者の怒気に怯えながらも睨み返した


「…余所者にはそれがお似合い」


迂闊だった

この街の人間が異民族を嫌うように

異民族の中にもまた街の人間を嫌悪しているものが多い

それ自体を責めることはできないが、今回はイサナ達が頼んでいる立場だ

明確な侮辱を見過ごすことはできない


「この…」

「おいおい、何が気に入らないんだ?」


ジグがイサナの態度に驚いたように言う

彼女はジグを振り返った


「何って、あなた……え?」

「?」


ジグは困惑したように料理をポリポリと食べている……芋虫の素揚げを


「…うっわ」


店員が若干引いている


「お前な、いくら気に入らない料理が出たからってそこまで怒らなくてもいいだろう…恥ずかしいぞ」

「え、いやそうじゃなくて…あなたそれ、芋虫だよ…?」

「見ればわかる」

「…平気なの?」

「うまいぞ?」


そう言ってまた一つ口に放り込む

味わうように咀嚼している姿からは強がりや躊躇いなどは見受けられない


確かにイサナ達の部族に虫食はあるにはある

しかそれも随分昔のことで今でも食べるのは一部の老人だけだ

基本的にゲテモノ扱いで店でもたまに若者が度胸試しや罰ゲームのために食することがある程度

無論、街の人間は食べることはおろか食料と認識してもいない




「調理するとこうも味が違うものか」


外はカリッと、中はクリーミー

程よい塩加減と胡麻油の香りが効いていて手が止まらない


「……”調理すると”?」


しかしイサナは聞き逃せない言葉に鳥肌が立つのを感じた

自身の聞き間違いかもしれないと恐る恐る確認する


「ああ。戦が長引いて食料も尽きたときに世話になったことがあるんだ。なるべく毒のなさそうな色をしたやつをつかまえてな」

「…火は通したのよね?」

「待ち伏せしているときで火を使うわけにもいかなくてな。ーーーそのまま踊り食いだ」

「……」


怒りと食欲が急速に失われていくのを感じる

既に店員は声も出ないほどドン引きだ


ジグは嬉しそうに店員に声を掛ける


「この分なら他の料理も期待できそうだ。楽しみにしているぞ」

「…そ、そう」


何とかそれだけ返して奥に戻る


その後はゲテモノもなく普通の料理が粛々と出てきた

ジグは満足気に、イサナは無理矢理胃に押し込むように食事を続けた


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