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「ちょっと待った」


流石にこれは止めないとまずい

そう判断したアランがジグの前に立ちふさがる


彼の視線が自分に向けられる

背筋がわずかに冷えるのを感じる

殺気とも違う、ただ排除すべき障害とだけ見ているとでも言おうか

魔獣とも野盗とも違う視線に体が硬直しそうになる

それに怯みながらも表には出さず視線を受け止めた


「どいてくれないか」

「そういう訳にもいかない。どうにか話し合いで済ませられないか?」

「出会い頭に術を使って来ようとする相手に対してか?」

「君を嘘つき呼ばわりするつもりはないが、証拠もないんだろう?そうなれば追われるのは君…ひいてはその雇い主のシアーシャさんだ」

「……」


彼女の名前を出すと流石にジグも止まる

護衛が護衛対象を危険にさらす行動をとるのは本末転倒だ

しかし害をなす可能性のある人物を放置する訳にもいかないのだろう

止まりはしたが退いてもいない



「君が彼女を見過ごせない理由もわかる。だからこそ、話し合いをする機会をくれないか?」


ジグは黙したまま視線をこちらに向けたままだ

その視線を逸らさずに見返す


しばしの逡巡



「…分かった。だが話し合いは不要だ。貸し一つ…その女がこれを飲むのならばこの場は退こう」


何とかジグから譲歩を引きだせたようだ

アランがエルシアを見る

彼女は未だに驚きから立ち直り切れていないようだが、首を縦に振った


「…分かったわ」


ジグはエルシアの返答を聞くなり踵を返した

シアーシャがそれに続く

こちらに振り返ると丁寧に頭を下げる


「最後はバタバタしちゃいましたけど、今日はごちそうさまでした」

「ああ、これからもよろしく」




そうして二人は店を出た






その背を見送るとアランは額の汗を拭った


一触即発の事態は何とか回避できたようだ


「まあ、彼も本気ではなかっただろうけど…」


それでも妙に背筋が冷えるのは気のせいだろうか

自分の勘が正しければあの場をそのままにすれば血を見ただろう

しかしジグはああ見えて慎重なタイプだ

護衛対象を自ら危険に晒すような真似はしないはず


ならばいったい誰が?


頭をよぎった人物をまさかと笑い飛ばす


背後のエルシアを見る

消沈したように椅子に座っている

話しかけようと思ったが、今は一人にした方がいいだろう


自分のテーブルに戻った


「なんというか、すごい新人たちだったね。いや、彼は違うんだったか」


マルトが濁した表現をする

気持ちは分かるが


難しそうな顔をしたまま酒を飲むライルに声を掛ける


「で、どう思う?」

「…もうちょい事前に教えといてくれねえかなあ。そうすりゃもっと準備してきたものを」

「ごめん」


ライルはうちのパーティーの頭脳担当だ

思慮深く豊富な経験を活かしてパーティの舵取りをしてきた

実際に会い、話してみることで彼の考えを聞きたかったのだ


ライルの顔は渋いが、無理もない

今まで見てきたどのタイプとも違う


「男の方は仕事に忠実なタイプだな。多少頑固だが、その分信頼できる仕事をするだろう。…ただ必要とあれば迷いなく殺すんじゃねえかな。傭兵って本人は言ってたけど、俺からすると暗殺者に近いものを感じたよ」


ライルの人物評を聞いて腑に落ちるものがあった

なるほど暗殺者とはよく言ったものだ


「こちらから敵対しない限りは危険はない?」

「恐らくな。積極的に法を犯すようにも見えなかった」

「腕の方はどうだい?」

「…雑魚散らしたのを見ただけだし正確なところは言えないが、俺じゃ止められないだろうな」

「そこまでか…」


ライルの盾剣術は一流だ

こと防戦に限って言えば三等級とも張り合える


だが彼が渋い顔をする理由は他にあるようだった


「女の方なんだがな……分からねぇ」

「…と言うと?」


彼が分からないなんて口にするのは非常に珍しい

共に食事をし談笑をすればある程度の方向性は掴むのがライルだ

それにジグならともかくシアーシャさんが分からないというのはどういうことだろう


「見てくれや話し方だけで判断するなら真面目でかわいい田舎娘って答えるんだけどな」


そう前置きを置くと酒を呷った

杯を下ろした彼の表情は暗い


「深いんだよ。目が」

「深い?」

「あぁ…あんなに深い目は見たことがねえ。……見ていると吸い込まれちまうような感覚が襲ってくるんだ。腹の内が全く読めねえ…あいつはいったい何なんだ?」


その感覚を思い出したライルが背筋を震わせる

こんな彼を見るのは初めてだ

他の仲間も動揺している



そういえば

先ほど頭をよぎった人物も彼女だった

先ほどは笑い飛ばしたが、今は……


「一つだけ分かったことがある」


彼の言葉に頭に浮かんだ考えを振り払う

ライルは確信に満ちた表情でアランに言った



「あの女…シアーシャはどう転んでも、ジグにつくぞ」






夜道を二人が静かに歩いている

二人の歩幅には差がある

それでも二人の距離が離れないのはジグが合わせているためだ


シアーシャはつい最近、それに気づいた

今まで他人と歩くことなどなかったがこういう気遣いは嬉しいものなのだと無邪気に笑う


おもむろにシアーシャがジグを見上げた



「私はあそこでやりあっても構いませんでしたよ?」



ジグはため息をつくのをこらえた


シアーシャはジグが術を使われたことを口にした瞬間、他人に気づかれぬよう即座に術を組み

エルシアに狙いを定めていた


彼とて本気でやりあうつもりはなかった

ただ二度と妙な真似をしないように脅しをかけるだけのつもりだった

本音を言えばもう少し脅かしておきたかったのだが、シアーシャが臨戦態勢なのに気づいたため切り上げざるを得なくなったのだ


彼女は理性的ではあるが、些か極端だ

敵味方の判断が早すぎる節がある

生い立ちを考えれば無理からぬことかもしれないが、世の中には敵とも味方とも言い切れぬ者が多くいる

それら全てを敵に回していては体がいくつあっても足りない


「せっかく冒険者業も上手くいっているんだ。今を大事にしよう」

「それもそうですね。…最近、毎日が忙しくて楽しいんです」


嬉しそうに笑って弾むような足取りで前に出る

しばらく行くとターンをしてジグを見た


「ジグさんはどうですか?」


月が蒼い瞳を照らす

吸い込まれそうな深い瞳がジグを真っ直ぐに見つめた



「そうだな…代り映えのしない戦場よりかは、やり甲斐のある仕事だよ」



満足いく答えにシアーシャが微笑む

ジグの隣に並ぶと彼の腕に自分のそれを絡めた

長い黒髪が靡くたびに腕に当たる



上機嫌にそうしていた彼女はジグが考え事をしていることに気づいた



「何か気になることでも?」

「うむ……あの眼帯の反応がどうにも、な」



魔術を使おうとしていたことを見抜かれた

それに驚いたのは分かる

しかしアランも言っていたように何の証拠もない

開き直ってしまえばいくらでも追及を逃れられたはずだ


だというのにあの反応

魔術に気づかれただけの反応にしては大袈裟過ぎないだろうか


まるで見られてはいけないものを見られてしまったかのような…




ジグの仮説を聞いたシアーシャが難しい顔をする


「どんな術だったかは分かりますか?」

「いや、記憶にない匂いだった。だがそうだな…うまく言えないんだが、攻撃や防御といったものとは少し毛色の違うような匂いだった気がする」

「ジグさんが今まで見た術は攻撃、防御、治癒、強化……あとは隠密でしょうか?」



隠密といえば幽霊鮫だ

もう朧気だが、青臭いような匂いだったはず


エルシアの術は苦みの強いような匂いだった


「どちらかと言うと、隠密に近いか…?」

「うーん…それだけだと情報が少なくて特定は難しそうですね…」



あの眼帯には妙なところが多かった

それに何かが引っかかるのだが、その何かがわからない



ジグはあの眼帯を要注意人物リストに加えることにした





「ジグさん、私イサナさんの言っていた臨時パーティっていうのをやってみようと思います」


先ほどのアラン達の会話を思い出したのだろう

シアーシャがこれからの方針を語った


「ああ、いいんじゃないか。この先他の冒険者と協力することも多いだろうしな」


パーティまでは組まずとも共闘することがあるのは今回の討伐依頼でもよく分かった

いつまでも連携が取れないままではまずいだろう



「当てはあるのか?」

「リスティさんに教えてもらったパーティに会ってみようかと思っています」



彼女の話では女性の多い冒険者パーティらしい

現在八等級でシアーシャとも条件が合う

リスティの紹介であれば素行の問題も少ないだろう

臨時で組むにはうってつけだった


シアーシャは少ししゅんとしてこちらを見た


「それで、申し訳ないんですが…」

「ああ、俺は適当にやっているよ」


彼女の言わんとするところを察して返す

ジグの考えていた通り、臨時とはいえ護衛付きのパーティを受け入れるのは難しい



「臨時休暇も悪くない。ただし帰還予定時刻を予め伝えておいてくれ。予定より大きく遅れるようなら探しに行く」

「分かりました」



彼女の実力ならば滅多なことは起きないだろうが、万が一ということもある

魔獣はいまだにわかっていないことも多いため不測の事態には常に備えるべきだ



今後の予定を話し合いながら二人は帰路に着いた








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