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シアーシャと共にアラン達の元に向かう
彼らもようやく報告等を終わらせたところのようだ
アランが代表してやっているようで他の仲間は見当たらなった
ジグたちが来たのに気づく
「やあジグ、シアーシャさん。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「早速だけど行こうか。店はこちらで決めてしまったけど構わないかな?」
「ああ」
「良かった。仲間は先に店に行って席を取っているんだ」
アランについてギルドを出る
彼は大通りの端にある料理屋に向かった
店はそこまで大きいわけではないが、造りがしっかりして落ち着いた店構えをしている
中に入る
客層は冒険者たちが多くいるのにも関わらず粗雑な雰囲気がない
談笑こそしているが馬鹿騒ぎはなく落ち着いた者ばかりだ
「雰囲気のいいお店ですね」
同じことを感じていたのかシアーシャが感想を口にする
ジグは周囲の客を見る
その体つきや物腰から実力者特有の凄味を感じ取った
全てではないがほとんどが腕のいい冒険者のようだ
「ここは冒険者の中でも上位の人たち向けの値段設定だからね。自然とそういった客層が集まるんだ。腕はいいけど雑多な方が好きって人も結構いるけどね」
「たまに混じっている素人は?」
「冒険者の身内か恋人、あとは直接依頼を頼みに来た金持ちだろうね」
「なるほどな」
アランが対応に来た店員に待ち合わせがいると伝える
奥へ案内されるとすでにアランの仲間が揃っていた
先ほど料理が運ばれたところなのだろう
豪勢な食事が湯気を上げている
「お待たせ」
「待ちかねたぜ大将。早いとこメシにしようぜ」
「まあまあ、もうちょっと待ってくれ」
アランはライルを宥めると皆に声を掛ける
「改めて紹介する。ジグとシアーシャさんだ。二人は今回の事態解決に協力してくれたばかりか、仲間の窮地を救ってくれた恩人だ。今日は二人への感謝として食事に招待した。存分に食べて飲んでくれ。乾杯!!」
アランの音頭で皆が杯を呷る
飲み干したところでアランが金の入った革袋を差し出してきた
「依頼の報酬だ。成功報酬分は文句なしの満額だよ」
「ありがたい」
それでこそ体を張った甲斐があるというものだ
合計百万の重みを心地よく感じながら懐にしまう
武器の新調で寂しくなった財布事情が一気に解消された
満足いく収入、労働の後ということもあり酒の味も一層旨く感じるというものだ
各々が談笑しながら料理を食べ酒を飲む
「それじゃあの時声を掛けてくれたのもあんただったのか」
「ああ。悪いな、覗き見るような真似をして」
話は幽霊鮫のことまで遡っていた
「はっはっは!!変わったこと気にすんだなジグは!命の方が大事に決まってるじゃねえか、なあ?」
そう言ってライルが隣の男の肩を叩く
あの時の魔術師、マルトと名乗ったその男はちびりちびりと酒を飲みながら答える
「そうだね。確かに勝手に見られたのはあまりいい気分じゃないけど、結果助けられてるんだし騒ぐほどじゃないよ」
「そう言ってもらえると助かる」
あの時のことを話すとまた礼を言われた
覗きのことはジグが懸念していたほど気にはされていなかったようだ
「というかジグのとこでは覗いてたのがバレたらどうなるんだ?」
「そうだな…袋叩きならマシな方、相手次第では利き腕を落とされても文句は言えないだろうな」
想像を絶する処遇にアラン達が固まる
ライルが冷や汗を垂らしながら掠れた声を出す
「…とんでもねぇな。そこまでするか普通」
「
心血を注いだ努力の結晶を盗もうというのだ
それぐらいの覚悟はしておかねば
「ジグ、もう一杯」
「ああ、すまんな」
リスティが空になった杯に酒を注ぐ
「…やけに甲斐甲斐しいじゃねえかリスティ。狙ってんのか?」
「将来有望、粉を掛けておく」
「それは男性が女性に使うものだよ」
マルトの突っ込みはスルーされる
それを見ていたアランが笑う
しかし急に真面目な顔をするとある提案をしてきた
「リスティは置いておくとして…シアーシャさん達、うちに来ないかい?」
「…本気か大将」
声音や表情からそれが冗談ではないと悟ったライル
対してシアーシャは落ち着いた様子で酒を飲んでいる
「本気さ。俺はシアーシャさんの術を間近で見たからこそ言える。彼女の実力は疑うべくもない」
「…賛成かな。僕の術は索敵と防御に偏っている。彼女の火力と魔力量があれば取れる戦術は大きく増える」
マルトが合理的に答えを出す
リスティは最初からそのつもりのようだ
ライルはどこか躊躇いがちだ
「そうはいってもな…等級が離れすぎてるだろ。その辺はどうするつもりなんだ?」
「なにもすぐに加入しろって言ってるわけじゃない。昇級してしかるべき時になったらの話さ。もちろん返事をくれれば全力でサポートする。それとも彼らにはその実力がないと?」
「…そうは言わねえよ、けど」
「待って」
ライルとアランにリスティが待ったをかける
「私たちで盛り上がってないでまずは本人たちの気持ちを聞く方が大事」
もっともな言葉に二人がバツが悪そうにする
「ごめん、熱くなってたみたいだ」
「面目ねえ…」
リスティに頭を冷やされた二人が気まずそうにする
二人に変わって彼女が問いかけてきた
「で、どう?」
簡潔な問いに先に答えたのはシアーシャだった
「…少し考えさせてください。私も今ちょうど、これからどうすべきか悩んでいるところなので」
「そっか」
「取り急ぎは臨時の助っ人としてパーティーというものを経験しておこうかと思います」
「…うん、それがいい」
安易に答えを出さなかったシアーシャに満足げなリスティ
次にジグの方を向く
「…なんとなく想像つくけど、ジグはどうする?」
ジグは手の中の杯を飲み干すとテーブルに置いて彼らの目を見る
「悪いが、俺は傭兵をやめるつもりはない」
予想していたようで、さして驚きもしないアラン達
「だが必要なときは呼んでくれ。手が空いていれば加勢しよう。無論報酬次第だが」
「…ま、そんなとこか」
それでこの話はお流れとなった
酒が入ってつい熱くなったアラン達をリスティがチクチクと刺しながら宴は続いた
店が混んできて近くの席にも人が来る
「あら?アラン君じゃない」
「エルシアさん。こんばんは」
銀髪に肉感的な体を包む法衣、そして目を覆う眼帯
特徴的な容姿だ
一度きりしか会っていないがジグも覚えている
相手もこちらに気づいたようで口元を歪める
「あんた、あの時のクソ野郎…」
「ま、まあまあエルシアさん」
殺気立つエルシアをアランが宥める
店で騒ぐのもまずいと矛を収めたエルシアがジグを睨む
その視線にジグが嘆息する
「あれはお前の自業自得だろう」
「…アラン君に免じて見逃してあげるけど、次にふざけたことしたらただじゃおかないわよ」
そう言い放ち隣のテーブルに座る
その様子に呆気にとられていたライル達
「…お前何やらかしたんだ?」
「妙な真似をしようとしたから下剤を盛ってやった」
「鬼かよ。おっかねえことするな…」
「エルシアさんに俺が人探しを頼んでただけなんだ。色々行き違いがあったから起きた事故みたいなものだよ」
アランが幽霊鮫のことを教えてくれた人を探すためにエルシアに頼んだという
当人はワイングラスを傾けながらこちらを観察するように見ている
眼帯越しで視線の動きこそ見えないがこちらに意識が向いているのは分かる
ジグのこめかみが不快そうに動いた
「ジグさん…?」
その様子にいち早く気付いたシアーシャがわずかに身を強張らせる
彼から漏れ出る雰囲気に覚えがあったからだ
それはあの森で、ジグと初めて相対したとき
殺し合う敵に向けるそれに限りなく近かった
ジグはおもむろに懐へ手を入れた
取り出したのは一枚の銀貨
その瞬間、銀貨が消えた
それと同時、何かが割れるような音と女性の驚く声が聞こえた
慌てて音の方を見ると砕けたグラスを手にエルシアが呆然としていた
ジグが指弾でグラスを撃ち抜いたのだ
それは分かるが、なぜそんなことをしたのかが分からない
エルシアはこちらを見ていたので何が起きたのかをすぐに把握したようだ
「ッ…あんた!なにすんのよ!!」
烈火の如く怒る彼女を見てアラン達も何が起きたのかを理解した
「おいおいジグ、さすがにそれはまずいぜ…」
「エルシアさんの態度にも問題はあったけど、今のはやりすぎだよ」
口々にジグを諫める
しかしそれが聞こえていないかのように冷たい視線をエルシアに向け続けている
それが彼女の怒りに油を注いだ
「…なんの真似かしら?アラン君のお気に入りみたいだから多少は見逃してあげてたけど、これはさすがに度が過ぎているわ。表に出なさい。お仕置きが必要みたいね」
表面的な怒りを押し殺して静かに告げる
これはまずいとアラン達が慌てた
エルシアは三等級の中でも指折りの実力者だ
流石に相手が悪い
どうにか事態を収めようと考える中、ジグがようやく口を開いた
「お前、何のつもりだ?」
「…それはこちらのセリフなのだけれど」
意図の分からない問いにエルシアが嘆息する
「お前が俺に魔術を使おうとするのは二度目だな?」
「……え?」
ジグの言葉に凍り付く
先ほどの怒りはなりを潜め、バレてしまったことへの動揺を隠せない
その態度が答えであると言わんばかりの反応だ
「ジグ、それはいったいどういう…?」
「言葉通りの意味だ。こいつは以前に接触した際にも魔術を行使しようとした」
「…でも、どうやってそれに気づいたんだ?」
よほど規模の大きな術でもない限り発動前に気づくのは困難だ
しかしエルシアの反応を見るに術を使おうとしたのは事実のようだ
「ちょっとコツがあってな」
ジグは適当にはぐらかすと立ち上がる
ゆっくりと近づくと正面からエルシアを見据えた
「一度目は見逃したが、二度目はない。お前が冒険者でなければその首を叩き斬っているところだ。
…表へ出ろ。少々痛い目にあってもらう」