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「あんたの戦い方って我流?」


ナッツを摘まみながらイサナが尋ねてきた

居座るつもりのようで飲み物まで頼んでいる


「経験を積んで今でこそ我流になっているが、もとはどこかの国の軍隊式槍術だったらしい」

「あんた軍人だったの?」


イサナが驚きのあまり身を乗り出す


「俺ではない。昔所属していた傭兵団の指導役がそうだったらしい。駆け出しの俺に一通りの武器の扱いを教えてくれた人だ」

「そういうことね。あんたの師匠か…強いの?」


イサナの質問にジグは考える

少し昔を思い出すように目を細めた


「そうだな…接近戦でなら、今の俺でなんとか互角といったところか」

「…は?」

「だがあの人は用兵技術も一流だったからな。頭も切れて見聞も広いし、総合評価では勝ち目はないな」

「うっそでしょ……」


彼女も相当な実力者で、自分の腕にもそれなりの自負があるだろう

しかし世界の広さにイサナが天を仰ぐ


それを見ながらジグは久々に思い出した師のことを考える

今思えば実力、知識共にただの一兵卒とはとても思えない

どこぞの大国の将軍だったのだろうか

今となっては知る由もないが



「体が大きく、力がついていくのにつれて武器が変わっていった。槍から斧槍、双刃剣とな」

「なるほどね」


彼女の好奇心を満たせたようだ

ジグもこの際に気になっていたことを聞くことにした

イサナの笹穂耳を指さす


「お前のその耳について教えてくれ」

「…何が知りたいの」


耳について聞かれると微妙な表情をする

あまり話したくないことのようだが先に聞いてしまった手前断りにくいのだろう


「耳がいいのは知っているが、具体的にどのくらいまで聞こえるんだ?」

「そうねえ…」


ジグの質問に答えずイサナは周囲を見回す

するとある場所を指をさした

見ると受付に並んでいる男たちがチラチラと後方を窺っている

三人が三人とも前衛の装備をしている


イサナの耳がわずかに前に傾く



「やっとこれで昇級できる」

「結構かかっちまったな。やっぱり術師が欲しいぜ」

「…なあ、あの子誘ってみねえか?」



当然男たちの声が聞こえる距離ではない

イサナが男たちの会話を口に出しているのだ

距離も、周囲の雑踏もある中でこれほどの精度で聞き取れるとは



「すげえ美人だしかなりの有望株らしいぜ」

「…確かにいいな。でも確か男連れじゃなかったっけか?」

「むさくるしい男はもういらないんだよなぁ…どうにかあの娘だけ誘えないものか」

「やめとけ。理由はわからんがあいつには手を出すなってうちの古株に釘刺されてんだよ」

「なんだそりゃ。あの男になんかあるのか?」

「噂だが、結構強いコネがあるらしいぞ。アランさんとも話してるのを見かけたことあるし、あのイサナさんとも繋がりがあるらしい」

「……おい、あいつその男じゃないか…?」


一人がジグたちに気づいたようだ

他二人がこちらに振り向く

ジグとイサナが二人でいるところを見て先ほどの噂が真実味を帯びる


「マジで一緒に居るぅ!?」

「バカ、目ぇ合わせんな!いくら長耳付きでもこの距離なら聞こえてねえはずだ!」

「白雷姫を敵に回すとクランからも追われちまうぞ…」


どうでもいいがイサナは割と演技派のようだ

男たちの感情に合わせて口調も変えている熱演ぶりだ


男たちはそれきりこちらを振り返らず、シアーシャの方を見ようともしなかった




「…と、まあこんなところね」

「大したものだ。聴力だけでなく聞き分ける能力も高いのか」

「そこは長年の経験ね」


得意気にしている

耳のことを聞かれるのは嫌そうだったが褒められて満更でもなさそうだ



しかし先ほどの男が口にした長耳付きという言葉

それを口にした時のイサナの表情を見るにあまりいい使われ方ではないようだ

彼らにはその気はないかもしれないが、言われる方は案外気にしているものだ



「しかしイサナよ。随分怖がられているようだが、何をやらかしたんだ?」

「失礼な。私が誰彼構わず斬りつけてるとでも思っているの?…あんたの時は例外よ」

「それにしてはあいつらの反応が過敏じゃないか?」

「それは…」


彼女は言いづらそうに視線を逸らす

その時の表情からはやらかしたことに対する気まずさより、どうにもならないことへのやるせなさを感じた



「まあ、そのあたりはどうでもいいか。小物を散らすのには役立つしな」

「…人を虫除けみたいに使うんじゃないわよ」


戦争にこそ発展しないだけでどこの国でも他民族に対する風当たりは変わらないようだ

むしろ表立ってやり合わない分、より根が深い問題なのかもしれない


「あんたはああいうの止めなくていいの?」


先ほどの男たちの事を言っているのだろう


「俺の仕事はあくまで護衛だ。下心で誘おうが害がないのなら本人に任せるさ。邪魔になるようなら対応を変えるが」

「ふーん。パーティー組む気はあるんだ」

「今はいいが、これから先俺たちだけでなんとかなるとは思えないからな。今それで少し悩んでいる」


イサナはジグの悩みに思い当たると微妙な顔をした


「まあ、確かにちょっと嫌よね。護衛付きの冒険者と組むなんて」

「離れたところからあとを付けることも考えたんだが…」

「やめなさい、通報されるわよ」

「だよな。何かいい手はないか?」


ジグの相談に少し考える


「あくまで助っ人として参加するのはどう」

「…どういうことだ?」


彼女が言うにはパーティーを組むのは大別して二つのパターンがある


仲間として長期に渡り組む人間を集めるパーティー

基本的にはこちらが主流で、そのパーティーがさらに集まったものをクランと呼ぶ


もう一つは目的が同じ時にのみ組む臨時パーティー

通称助っ人だ


こちらは仲間が負傷したが代わりがいない、術師が必要だがいない時などに一時的に組む

メリットは後腐れがないこと、報酬が明確に提示されていて揉めないこと

デメリットは急ごしらえの連携しかできないこと

また助っ人の実力や人柄など実際に見てみないとわからないことが多いのも不安が残る



「私は基本一人だけど、大物をやるときには他と組むこともあるわ」


彼女のような実力がはっきりしているの者ならば必要に応じて手を組むことは十分なメリットになりうる


「冒険者の傭兵版みたいだな」


しかしそんな方法もあるのか

試しでやるには悪くなさそうだ

他人と合わせる練習にはちょうどいいかも知れない



「流石は大先輩だな」

「そうよ、もっと敬いなさい。自分で言うのもなんだけどニ等級ってすごいのよ?」

「そうらしい。とは言っても俺には関係ないしな」



話が一段落着いたところでシアーシャが戻ってきた


「イサナさん、こんにちは」

「こんにちは。順調みたいね」

「はい、つい先ほど八等級に上がりました」

「早いわね…急に上がっても相手を見誤らないようにね。保険はいるから大丈夫でしょうけど」


そう言ってこちらを見やるイサナ

無言で肩をすくめる


「気をつけます。そうだジグさん、アランさんが呼んでましたよ。このあと食事でもどうかって。報酬を渡したいのと、一杯奢る約束がどうとか」

「そんな話もあったな」


あの弓使い…リスティといったか

律儀なやつだ


ジグが席を立つ


「私もそろそろ帰るわ。精々気をつけなさい」


イサナが裾を翻して歩いて行った

ゆったりと、しかし遅くはない歩み

ジグがその足元を見つめている



「…ジグさんはああいうのがお好みで?」


それに気づいたシアーシャ

ジグは目を逸らさぬまま頭を振る


「あの服のせいで時間がかかったが、ようやくあいつの歩幅を掴んだぞ。意外と足が長いんだな」

「歩幅、ですか?」

「ああ。またあいつとやり合わないとも限らないだろう」

「…裏切ると?」


そうは見えませんでしたが、と続けようとするシアーシャ


「あいつが裏切らずとも、戦う理由などいくらでも出来るさ」



たとえ共に酒を酌み交わそうとも

背中を預けて戦場を渡り歩こうとも


それが刃を交えない理由にはならない





「…私とも、ですか?」


それは自分ですら例外ではないのか



分かりきった答えだ

しかし問いかけずにはいられなかった



それが彼女の、明確な変化



「お前を護るのが俺の仕事だ」



答えになっていないようで、明確な答え


しかし以前の彼ならどう答えていただろうか



それが彼の、微かな変化




ーーーそれを確認できただけでも、今は良しとしよう


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