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元々二人でじわじわと押されていたところにジグが加わったことによって戦況は大きく傾いた
冒険者達は自分の役割に徹することができるため戦闘効率が向上したのが大きい
ジグは剣を振るいながら冒険者たちの様子を横目で窺う
「ふっ!」
一呼吸で三射
的確に放たれた矢は横に回り込もうとする魔獣を射抜いていく
何かしらの強化が掛けてあるのか、命中した矢は甲殻を砕いて痛手を与えている
弓を横向きに、安定性ではなく速射性を重視した構えだ
これが彼女本来の役割なのであろう
前衛を頼みに場を制圧するような連射
これに加えて先ほどまでは魔術も使っていたというのだから彼女の実力の高さが見て取れる
視線を盾剣士に移す
「おらぁ!!」
攻撃をいなされてつんのめった魔獣の首を剣が貫く
盾を巧みに用いて複数の攻撃を凌ぐ彼も大したものだ
あれほど引きつけていながら傷らしい傷も負っていない
それどころか業を煮やして隙を見せた魔獣を最小限の動きで処理している
「こっち向きやがれや!」
隙を見て離れた場所にいた魔獣に向かって盾を握った腕を向ける
内側に仕込まれていたスリンガーから小型の矢が放たれる
甲殻に弾かれてさしたる損害にもなっていないが相手の注意を引くことができた
言葉遣いとは裏腹にかなりの技巧派のようだ
ジグが殲滅力に長けた攻撃型と見るや即座にフォローに回る判断
聞きしに勝る実力者達であった
彼らが窮地に陥ったのは相性の悪さゆえだろう
「ふん!」
魔獣の突きを身をかがめて躱す
そのまま立ち上がる勢いをつけて斬り上げ、反対の刃で胴を薙ぐ
死体を蹴り飛ばして後続の魔獣にぶつける
双刃剣を回転させ勢いをつけると足の止まった魔獣を死体ごと叩き潰す
肉片が飛び散り冗談のように血がまき散らされる
凄惨な光景に怯み、動きの止まる魔獣を弓使いが射抜いていく
そうこうしているうちに随分魔獣の数が減ってきたようだ
本来であれば逃げ出しているはずの戦力差なのだが彼らの習性の為か
最後の一匹まで戦い続けるようだ
「人間にもこれくらいの気概がある奴はそうはいないな」
しかし勝てないものは勝てない
無情にも最後の一匹の胴体が吹き飛ばされた
生き残りがいないかまだ息のある魔獣にとどめを刺しながら確認していく
一通り確認が終わるとようやく肩の力を抜いた
武器の血を拭って刀身を見る
相手の爪ごと叩き斬るような芸当もしたが目立った傷は見当たらない
軽く振って違和感がないことを確認する
「なるほどな。高い金掛ける価値はある」
魔獣の素材を使った武器の性能には舌を巻く
この武器でさえ並よりやや上程度だというのだから驚きだ
イサナの持っていた細身の武器、刀と言ったか
いったいどれほどの性能を秘めていたのだろうか
考えているジグに冒険者が近づいてきた
「よぉ、助かったぜ」
「気にするな、仕事だ」
部隊はまだ魔獣と交戦しているが、それは討伐隊の仕事だ
盾剣士はこちらに手を差し出す
利き手を差し出すことに少し抵抗を覚えながらも握手に応じる
「それだよ。仕事ってどういうことだ?うちの大将に頼まれたって言ってたよな」
「ああ。お前たちの援護を頼まれた」
正確には護衛だが、彼らの自尊心を考慮した物言いにする
「ってことは向こうは問題なさそうなのか?」
「ああ。魔獣の発生規模は同じぐらいだが、優秀な魔術師が数人分の仕事をしてくれたおかげだ」
「そいつは運がいい。…おい、あんた怪我してるぞ」
「む?そういえばそうだったな」
ここに駆け付けた時、今まさに首をとられそうな冒険者がいた
倒すのは間に合わないと強引に割り込んだはいいが流石にギリギリすぎた
成功報酬は怪我次第というアランの言葉につい無茶をしてしまった
手当てをするべく止血を始めるジグに弓使いが近寄ってきた
「傷見せて」
手当てをしてくれるらしい
「ああ、すまんな」
「それはこちらのセリフ」
言いつつ傷の様子を見ると水をかけて汚れを落として手をかざす
彼女は治癒術も使えるようだ
詠唱が始まりしばし待つと傷口を光が覆う
それを見ているとこちらを見て弓使いが話しかけてきた
「さっきはありがと。…私はリスティ」
「ジグだ。礼はいい、仕事だからな」
「それはそれ、これはこれ」
「ならこの手当でチャラといこう」
「足りない。一杯奢る」
「いや…」
「奢る」
「…分かった」
「うん」
半ば押し切られるように言質を取られた
流石は手練れの冒険者、押しが強い
それを見て男がカッカッカと笑う
「負けたなジグ。俺はライルだ、よろしくな。…しかし傭兵ってゴロツキの集まりだと思ってたけど」
「ライル」
「あ…っと、すまん」
リスティに咎められて失言を謝る
身振りで問題ないと返す
「…あんたみたいな傭兵は初めて見たよ」
「こっちじゃそうらしいな」
「ジグはどこから来たの?」
「遠いところさ」
曖昧に答えてやり過ごす
面倒ごとになっても困るので海の向こうから来たということは隠すことにしている
彼らも慣れたもので深くは聞いてこない
「そういや向こうにいた優秀な魔術師ってもしかしてあんたの連れか?」
「ああ。知ってるのか」
「有名。期待の新人だってどこのクランも狙ってる」
「ただしおっかない男連れで迂闊に手を出せないって噂までセットだけどな」
それでこそ初日に睨みを効かせた甲斐があったというものだ
「噂には聞いちゃいたがここまでデキるとは思わなかったぜ。冒険者やった方が稼げるんじゃないか?」
「長く続けているからな、こっちの方が性に合ってる」
「そういうもんか」
「…これで良し」
話しているうちに治療が終わる
肩をまわして調子を確認するが違和感はない
「こっちはもう問題なさそうだから戻って構わないぜ」
「そうさせてもらおう」
「リーダーによろしく」
「ああ」
二人に背を向けるとシアーシャの元へ向かう
道中に討伐隊を見ると魔獣の大群も大分数を減らしていた
この分なら想定より早く終わりそうだ
「あいつらは無事か!?」
ジグが左の部隊に戻るなりアランが詰め寄ってくる
よほど心配したのだろう
「落ち着け、大した怪我はなかった」
「す、すまない。…そうか、良かった」
「状況は?」
「こっちも片付いた。残るは岩蟲だけだけど、それももうじき終わる」
これ以上のイレギュラーはないようだ
「こういうことはよくあるのか?」
「討伐対象以外が現れるのは珍しい事じゃないんだ。でも二つの群れが同時に発生したなんてことは中々ないはず。それも狂爪蟲の群れなんて聞いたことがない」
本来群れを作らない動物が落ちこぼれ同士で群れるといった話は聞いたことがある
しかし蟲が本来の習性に逆らってまで行動することなどあり得るのだろうか
アランにその疑問を話したところ彼も同じことを考えていたようだ
「…どうにもきな臭いな。あとで皆とも話し合ってみるよ。ギルドに連絡して、場合によっては中断もありうるかもしれない」
「分かった」
「それと改めて、仲間を助けてくれてありがとう」
「報酬には期待している」
「勿論さ」
アランと別れてシアーシャの元に向かう
大群の討伐も終わったようだ
あたり一面ひどい有様だ
そこら中に魔獣の死骸がひしめいていた
魔術師たちがその死体に火を放ち後始末をしている
その中にシアーシャを見つけたがまだ仕事中のようだ
自分の荷物を探り終わるのを待つ
「…終わりましたー」
「ご苦労様」
あれだけの死体だ
時間がかかったようで疲れが見える
「本当に疲れました…倒している間の方がずっと楽でしたよ。臭いのなんのって…」
「後始末が大変なのは人も魔獣も一緒か」
ぼやく彼女に水とパンを渡す
保存の効く硬いパンだがジャムが塗ってある
「ありがとうございます…あぁ、甘さが体に染みる…」
戦場での食事は士気に関わるためできるだけ心を満たせるように工夫すると兵が長持ちする
身をもってそれを知っているジグはマメに準備をしていた
人心地ついたところで隊が集まった
今日はここまでのようだ
配置を整えると野営場に帰還する
道中も警戒は怠らなかったが特に何も起こらず仕舞いだった
野営地では各人が思い思いに疲れを取っている
とはいえできることなど限られているので食事をしながら談笑している者が大多数を占めるが
ジグは食事を済ませると武器の手入れを始めた
それをシアーシャが何とはなしに眺めていた
「新しい武器の調子はどうですか」
「想像以上にいいな。武器の損耗をある程度考慮しなくてもいいのがこれほど楽だとは」
上機嫌に手入れしているジグを見てシアーシャが微笑む
焚火に照らされた白い顔に赤い唇が艶めかしい
周りの冒険者が思わず喉を鳴らすほどに魅力的であったが武器に夢中なジグは気づかない
あれほどの上玉を侍らせている男に嫉妬や羨望の視線が集中する
きっと夜もお盛んなのだろう
女の嬌声を想像して男たちの息が荒くなる
そんな彼らとは裏腹に話すのは仕事のことだ
「今日のこと、どう思う?」
「狂爪蟲の生態から言うとまずありえないですね。外的要因があるのは間違いないでしょう」
既に魔獣大全を始め数多の書物を読みふける彼女は歩く図書館だ
魔女のなせる業か、単に彼女の才能なのか
いずれにしろ知識だけならベテラン冒険者もかくやというほどだ
「外的要因か…大物に追い立てられたとか?」
幽霊鮫の時を思い出す
「それだと群れを作る説明がつかないですよ。もっとこう、本能を無視するほどの何かがあると思うんです。何かしらの方法で操られていたとか」
「しかし奴らから魔術の匂いは感じなかったぞ」
「そうなると薬品か何かかなぁ…でもあんなにたくさんの魔獣にどうやって?そもそもメリットが無さ過ぎるし、実験にしてもあんな微妙な魔獣よりもっと扱いやすくて戦力になりそうな魔獣はいるのに…」
うーんと唸ったまま考え込んでしまうシアーシャ
「明日もあるんだ、その辺にして今日は寝ておけ」
「はい。見張りの交代は…」
「今日はいい」
「…分かりました、お願いします」
当然シアーシャは夜通し見張るというジグに反対しようとした
しかし彼の顔を見ると何も言わずにテントに入った
「……集団行動も善し悪しだな」
先ほどから男たちがシアーシャに向けている視線に危険なものが混じり始めている
それに気づいたからこそ彼女を隠したのだ
人目がなくなれば何をするか分からない
危険なのは彼女ではなく男たちの方だというのがジグのやる気を著しく削ぐ
その虚しさと戦いながら夜を明かした