<< 前へ次へ >>  更新
3/85

3

ヤバい


肌がぞわりと泡立つ感覚

空気の変化を感じ取った傭兵たちがざわつく

このままここにいては死ぬという直感に従ってジグは動いた

近くにいた運搬用の馬に飛び乗り、そこからさらに跳躍

隊の脇にある大きな木の枝をつかむ

鎧を着こんだ重装甲兵ほどではないにしろ、それなりに重量のある装備とは思えないほどの動きを強靭な肉体が可能にした


彼が木に逃れた直後

大地がきしむ音とともに身の丈ほどもある円錐状の杭が突き出す

次々に突き出した杭は人の体をたやすく貫き、多くの兵が一瞬にして骸になった

予想外の方向から、想像もできないような攻撃に隊は恐慌状態に陥った


「おいおいおい…なんの冗談だこれは」


呆然としながら足元の光景に背筋を凍らせる

あと一瞬判断が遅れれば自分もあの仲間入りだった


「クソ、いったい何が」


この惨状を作り出した原因を探して視線を巡らせたジグは前方の正規兵たちとその正面に立つ女に気づく


「まさか…本当に魔女だってのか?」


ありえないと否定しようにもこの現象は魔女以外に説明がつかない

あまりの事態に及び腰で逃げ始めている者もいた

―逃げるか?


ジグは頭に浮かぶその考えにかぶりを振る

報酬は前払いでもらっている、危険なのは承知の上だ

信用問題はフリーの傭兵であるジグにはさほど痛手ではないが、自分の中で決めたルールとしてそれは選べない…まあ意地の問題だ

とはいえ―


「依頼主が死んでいないことを願うしかないな…」


嘆息しながらジグは足場にしていた木から飛んだ






魔女の攻撃はあらゆる面で甚大な被害を及ぼしていたが、それでも全滅というほどではない

地の杭は重鎧を貫けるほどではなく、軽装だが運よくまぬがれたものも多い

魔女が トン と地面を軽く踏み鳴らす


「構うな、撃て!」


将軍の号令に合わせて矢が射かけられる

無数の矢はしかし、突如地面からせりあがった浮き出たものに防がれた

魔女を護ったそれはまるで大盾のような形をしている

二枚もあれば人ひとり完全に覆えてしまえそうなサイズの土盾

それが三枚、ゆっくりと旋回しながら魔女の周囲を浮いていた

そこに重装兵が槍を構えて突撃した

魔女はそちらに向き手をかざすと土盾が動いた

渾身のチャージを受けた盾に中ほどまで槍が突き刺さりひびが入る、がそこまでだった

二枚目が横から襲い掛かるが体勢が整わずに躱せない

鎧がへこみ、槍を手放し倒れたところに三枚目が上から落とされた

大きな果実が潰れるような音がして兵士は動かなくなった

一枚目の盾は直り始めていた

兵士たちが声もなく後ずさる


「化物め…」


将軍の顔が歪み、脂汗が伝う

何事か唱えながら魔女が手を打ち鳴らした

乾いた音が響き渡る


「な、なんだ!?」


音が鳴りやむと、魔女の前に土が盛り上がっていく

土は形を変えて、成人男性より二回りほど大きな土人形を作り出した

ずんぐりとした体に前傾姿勢

顔はなく、まるでおとぎ話に聞くゴーレムのようだ

魔女がこちらを指さす

土人形がこちらに向かって歩き出した


「怯むな、来るぞ!迎え撃つ!」


土人形を迎撃しようと隊を組みなおす外敵を打ち倒すべく、魔女はさらに術を組む


そこにふっと影が差す


兵たちの脇を駆け抜け、土人形の横撃を躱してその体を足場に大きく跳躍したジグが魔女に強襲をかけた

上段からの勢いをつけた一撃


「くっ!」


慌てた様子で盾を操作し二枚重ねてその一撃を受け止める

勢いをつけたその斬撃は盾を二枚目の半分ほどまで切り裂いた


「ちっ、かてえな」


その威力に目をむきつつも三枚目をふるう

しかし盾を蹴りつけて強引に引き抜きつつ距離をとった相手に当たらずに空振り

十歩ほどの間合いを取って向かい合う


「…」


魔女が初めて警戒の色を見せた

男を見、そしてその獲物へと視線を移す

魔女の見たことがない武器であった

持ち手が真ん中にあり、その上下に長剣ほどの刃がついている


双刃剣

非常に使い手の少ない武器だ

性質上、体全体で振り回すため隊列を組んで戦うのが困難などの理由もあるが何より問題なのがその扱いの難しさだろう。生半可な実力では武器に振り回されるのが関の山だ


見るからに重量がある武器だ、先ほどの斬撃の強烈さも頷けるというもの

その危険性を理解して、しかしその重量から小回りはきかず間合いさえとれたならどうにでもできると判断即座に術を組み遠距離戦に持ち込もうとする




瞬間、地面が爆ぜた


そう錯覚するほどの踏み込みで瞬時にジグが間合いを詰める

十歩の距離が一瞬で消えた

魔女がとったつもりでいた距離はまだ彼の間合いの内だったのだ

息をのむ魔女に双刃剣が振るわれる

とっさに術を切り替えながら盾で防いだ

再生中の二枚目が切り裂かれ、返す必要すらなく振るわれる反対の刃が一枚目を蹴散らす

そのままの勢いで回転してきた刃を三枚目が防ぐ

最後の一枚が持ちこたえている間に組んだ術を魔女が放つ

ジグ飛びのいた足元の地面から新しい盾が作られ浮かび上がった

続けて突き出る杭もまたしても先に回避していたジグには当たらない


「…?」


自分の術が先読みされていることに魔女は首をかしげる

目の前の男に術が使えるようには見えない

何らかの手法で術の発動を察知しているのか


―ならば

<< 前へ次へ >>目次  更新