29
ジグが辿り着いたのを横目で見るとシアーシャは周りの術師に一声かける
休んでいた術師がすぐに交代して攻撃術を放つのを確認するとこちらを向いた
うっすらと頬に汗がつたっている
「ジグさん、ご無事で?」
「こちらは問題ない。状況は?」
「どうやらもう一つ魔獣の群れが発生していたようです」
なぜそんなことに
諸々聞きたいことはあるが今はそんな場合ではない
ジグは疑問をすべて飲み込む
「アランさんたちが抑えてくれていますが、手が足りないので何人か援護に行っています」
抜けた穴をシアーシャが埋めているようだ
彼女ならば数人程度を請け負うのも可能だろう
「ジグ!!」
声に振り向けばアランだった
彼は狂爪蟲と切り結びながら声を張り上げている
「他の隊はどうなってる!」
「中央は影響なし、右に展開している分隊はこちらと同じような状況だ!」
ジグも聞こえるように大きく叫んだ
アランが魔獣を斬り捨てながら渋い顔をする
「こっちはシアーシャさんが受け持ってくれたから何とかなりそうだ!だが向こうはそうもいかない!」
新手が現れアランに襲い掛かる
それを難なく躱して腕を斬り飛ばす
「だから援護に行ってくれないか!」
「それは…」
ジグは即答できなかった
彼は冒険者ではない
シアーシャを護るのが彼の仕事だ
それを放り出すわけにはいかない
「ジグさん、行ってください」
彼のそんな葛藤を読み取ったシアーシャが言う
「いいのか?」
「私はこれぐらい全然大丈夫です。まだまだいけますよ!」
「…分かった」
メインは護衛だが、依頼主の頼みとあらば無碍には出来ない
「お願いします。依頼を成功させて、ちゃちゃっと昇級しちゃいましょう」
そう言ってシアーシャは戦線へと戻っていく
来た当初はギルドに入るのすら二の足を踏んでいたが、彼女もいつの間にか一人で考えて動けるようになっていたようだ
口の端を釣り上げてその背を見送ると彼も自分の仕事に向かう
しかしその背に声がかかる
「ジグ、一つ頼みが…いや、依頼をしてもいいか」
「…言ってみろ。内容次第で引き受けよう」
頼みではなく、仕事
アランは自分とジグの関係を誤らなかった
時間はそう多くはないが、彼は依頼の内容を慎重に考えた
ジグ本来の依頼に支障をきたすような内容では断られる
しかし半端な依頼を出すわけにはいかない
「…俺の仲間を守ってやってくれ。報酬は成否にかかわらず五十、成功報酬でさらに五十」
それならば彼の仕事に影響はないはずだ
本当なら他の冒険者も、と言いたいところだがそれは自分たちの仕事だ
ジグもそれならば問題ないと首を縦に振る
「分かった、引き受けよう」
「成功報酬は仲間の怪我の度合いで判断する」
ジグはそれに答えず既に走り出していた
その背を見送ることなくアランは次の魔獣に立ち向かう
ジグの実力は未知数だ
並でないのは分かるが、彼はあまりにも自分たちと違いすぎる
考え方や仕事は言うに及ばず
まるで遠い異国の人間と接しているような価値観の違い
そしてあの目
初めて彼に声を掛けた時に向けられた視線
彼は傭兵だと言っていた
だが自分は今まで傭兵の中にあのような目をした人間を見たことがない
恐らく自分たちが認識している傭兵と彼のそれには致命的な差異があるはずだ
だからこそ、彼に仕事を頼んだのだ
アラン達は強い
四人でならば亜竜をも打倒しうる猛者だ
しかしどんなものにも弱点はある
彼らにとって数がそれだった
個々人が高いレベルで戦闘能力を持ち、後衛でありながらも接近戦も十分にこなせる
だがそれは必要に駆られてのことだ
広範囲を殲滅するような術を持たず、数が多い相手には接近を許してしまう
強力な単体には強く、平凡な多数には弱い
それがアラン達のパーティーだ
普段ならば問題はない
数が多い相手は見つけやすく、不意を打たれることもない
運悪く遭遇しても退却すればいい
だが今回は話が別だ
不測の事態に対応するのが彼らの仕事、逃げ出すわけにはいかない
放たれた矢が狂爪蟲を貫く
魔具により強化が付与されて速度と威力の増したそれは防御した爪を砕いて突き刺さる
アラン達の後衛
弓使いの女は撤退しろという理性からの指示を無視し続けて戦っていた
右部隊の戦況は非常に苦しかった
突如湧き出した狂爪蟲の群れはいまだに止まる気配がない
岩蟲と違い大群というほどではないのが救いだが、それも限界が来ていた
「クソ、何体出てきやがるんだ!」
前衛の盾を持った剣士が狂爪蟲にとどめを刺す
彼は優秀な剣士だが、防御寄りの前衛だ
今求められるのは殲滅力
正面の魔獣への対応を怠るわけにはいかない以上、こちらへの援護にも限度がある
今ある戦力だけで何とか凌がなければ戦線が崩壊する
しかし魔獣の出現する間隔はこちらの処理能力を上回っていた
徐々に押されている戦況に弓使いの顔に焦りが浮かぶ
弓使いは矢のみならず術も放つ
不可視の刃は魔獣の足を切り裂き機動力を奪い、盾剣士がその首を斬る
弓と魔術を絶え間なく撃ち続ける彼女の奮闘なくしては既に吞まれていただろう
しかし魔具に加えて術まで行使する彼女の消耗は激しい
魔力は底が見えてきたのに対して敵は収まる様子がない
別部隊からの増援も期待できなさそうだ
魔力か体力か
どちらが先に尽きるだろうか
そんな考えを振り払い気力と弓を絞る
だが真っ先に尽きたのは魔力でも体力でもなかった
「っ、しまっ…」
矢筒に掛けた手が空を切る
予備も含め矢弾が尽きてしまった
一瞬の動揺に声が漏れる
術が途切れてしまった
絶え間なく放たれていた弾幕が止まった
すぐに我に返ると詠唱を始めるが時すでに遅し
「まずい!そっち行くぞ!!」
盾剣士の隙をついて何匹か抜けてしまう
自分の方へ駆ける魔獣を見ると弓を仕舞い腰の得物を抜く
柄の短いハンドアックスが二本
横に振るわれた爪を掻い潜り膝に叩きつける
側面から砕かれ悶えるように魔獣が地に転がる
それにとどめを刺す間もなく突っ込んできた二匹目の攻撃をバックステップで避ける
続けざまに振るわれる爪を何とか躱すが体勢を崩してしまった
体力も、身体強化の魔力も乏しいためだ
生まれた隙に魔獣の蹴りが叩き込まれた
「……っ!!」
声すら出ないほどの衝撃を受けて吹き飛ばされた
途切れそうになる意識を歯を食いしばって手繰り寄せる
折れてはいない
咄嗟に胸鎧で受けたおかげで致命傷にはならずに済んだ
しかし衝撃で武器を手放してしまった
何よりもまず、立たなければ
転がる勢いを使って身を起こすが、視界が定まらない
頭を振って視界が戻った彼女の目に映ったのは
目の前で両の爪を左右から振りかぶる魔獣の姿だった
ーーーああ、これは終わった
諦観にも似た気持ちで首に迫る凶器を見つめる
前触れもなく、狂爪が鈍い音を立てて止まった
「……え?」
肩口のあたりで止まっている爪
何が起きたのか理解が出来ずに間抜けな声を出してしまう
それは魔獣も同じようだ
しきりに腕を動かして押し込もうとするが、爪はピクリとも動かない
いったい、何が…
「伏せろ!」
「っ!」
背後から聞こえた声
その言葉の意味を理解するより先に体が動く
彼女が伏せた瞬間
先ほどの魔獣を上回る強烈な蹴りが炸裂した
吹き飛んだ魔獣が地面に転がる
蹴りを受けた胸はべっこりと陥没していた
苦痛に魔獣がのたうち回る
その体を蒼い刃が両断した
上下に断たれた魔獣はしぶとく動いていたが間もなく動きを止めた
自分を助けたのは大柄な男だ
引き締まった体に鋭い眼光
珍しいことに両剣使いのようだ
「無事か?」
「…なんとか」
男は肩越しにこちらを見て安否を問う
両の肩口から血が流れている
それを見てようやく理解できた
男は後ろから駆けつけて手甲で爪の先端部を受け止めたのだ
本当にギリギリだったのだろう
爪は男の肩にめり込んでしまったようだ
血の量を見るに、深くもないが浅くもない
一歩間違えば共倒れになりかねない狂行
それを成した男はこちらの返答を聞くと頷いて動き出す
「借りるぞ」
言うや否や落ちていたハンドアックスを拾うと投擲
盾剣士を囲んでいた複数の魔獣
そのうちの一匹の頭を砕く
不意の襲撃に生まれた隙をついて盾剣士が包囲を抜け出す
それを確認するとこちらに手を差し出してきた
「動けるか?」
「…やる」
男の手を掴んで立ち上がる
「いいガッツだ」
男はそう言って笑うと三つも矢筒を差し出してきた
「これは?」
「来る途中、中央の部隊から強引に借りてきた。あとで礼を言っておいてくれ」
「…助かる」
準備のいい男だ
「援護を頼む。前は任せろ、一匹も通さん」
そう言うと彼は走り出した
速い
あんな武器を背負っているのになんという速度だ
男は速度を緩めぬまま仲間の盾剣士を包囲しようとする集団に突っ込んだ
「吹き飛べ!」
速度も勢いもすべてを乗せた渾身の一撃
両の刃が触れた魔獣すべてを完膚なきまでにバラバラにする
炸裂音と共に魔獣の一角が吹き飛んだ
「な、なんだぁ!?新手か!!」
盾剣士があまりの事態に別の魔獣と勘違いしたほどだ
血飛沫が収まるとそれが人間であることを認識する
「あんたは?」
「傭兵だ。アランに依頼されてきた」
「なんで傭兵が!?…いや、話はあとだ。ここが崩れたら討伐隊がやべえ、死ぬ気で守れ!」
「了解」
仲間が吹き飛んだ動揺から覚めた魔獣が襲い掛かる
魔獣の攻撃に合わせるようにジグが双刃剣を振るう
爪と刃が交差する
動作は同じだが、結果は天と地だ
魔獣の爪は砕け散って体ごと蒼い刃に薙ぎ払われる
対してジグの武器には外傷は見当たらない
新しい武器の初陣にはちょうどいい
その結果に口端を釣り上げながら次の獲物に斬りかかった
魔獣の攻撃を躱し、手甲で弾き、武器で逸らし、時に攻撃ごと叩き潰す
相手の都合など関係ない剛撃が紙切れのように魔獣を蹴散らしていく
刃が高速で振るわれ蒼い軌跡を描く
彼の間合いに入った魔獣が次々に刻まれていく
弓使い達はその光景を横目にしながらも着実に自分の役割をこなしていた
残り少ない魔力は温存し弓だけの迎撃
側面に回り込もうとする魔獣を的確に倒して包囲を妨害していく
あの男の殲滅力は凄まじく、魔獣の注意を引いてくれているのでこちらに来ようとする魔獣はいない
そのおかげで固定砲台に徹することで戦闘効率が上げられる
盾剣士はジグの戦いを見るなりサポートに回った
盾で攻撃をいなしながらこちらから視線を切った魔獣を的確に仕留める
攻めきれず、しかし無視すると強烈な攻撃を仕掛けてくる盾剣士に魔獣がどちらを注視すべきか迷う
動きを止めてしまった魔獣を防御ごとジグが蹴散らしていく
「やはり人型は戦いやすい」
魔獣との戦闘経験が少ないジグであるが、人型であれば話は別だ
同じというわけにはいかないが関節や構造上、攻撃の仕方や角度・動き方はかなり近しいものになる
人間とは違い奇策で攻撃してくることもない
ベテラン二人がフォローしてくれているのも大きい
ジグは戦いやすい相手と、戦いやすい場を作ってくれる二人のおかげで破竹の勢いで殲滅していった