28
フュエル岩山
岩肌が剝き出しになった荒れ地で鉱石資源が豊富だ
鉱物を餌とする特殊な魔獣が闊歩する危険な地だが、リスクを上回るほどの利益が出る
そのため魔獣の討伐依頼が多く、主に七~六等級が定期討伐依頼を受けている
削岩竜など高位の魔獣も多くいるが、奥地にいるためこちらから刺激しない限りは出てこない
繁殖期などで稀に出てきたときは高位の冒険者の出番というわけだ
ジグたちは既に到着していた冒険者たちと同じように野営地で準備を進める
やがて後続の冒険者も合流し五十人ほどの大所帯となった
一つの冒険者パーティーは大体四人から六人
十のパーティーが集まっている
参加冒険者が揃ったのを確認すると四等級の冒険者パーティーが先頭に立つ
アランが皆の前に出ると声を上げて説明をする
「今回の討伐対象は岩蟲だ。幼体とはいえ数が多い。決して孤立しないようにお互いをフォローできる距離を確認してくれ」
アランの注意にいくつかのパーティーが目配せしあう
「事前に他のパーティーと話をつけている奴らが多いな」
「それもありますが、同じクランから参加しているのでしょうね。即席で合わせるのって難しいらしいですし。身内同士ならその心配はありません」
「合わせることに関しては俺たちは完全な素人だからな。彼らの邪魔をしないように気を付けよう」
ジグたちは戦闘能力こそ高いものの、魔獣の討伐経験はまだまだだ
なまじ腕がある分しっかりと基礎を学んでいないため連携においては駆け出しもいいところ
人間相手の戦闘ならばジグは経験豊富なのだが相手は魔獣だ
人相手の連携経験はあまり意味をなさないだろう
いくつか連絡事項を説明した後、討伐隊が出発する
アラン達は二手に分かれて隊の左右に着いた
正面は討伐隊にまかせて不意の襲撃に備えるようだ
討伐隊は三つの分隊に分かれて横に広がる
「今回は魔術攻撃による殲滅がメインだ。俺の出る幕はないだろうな」
「今日はジグさんはゆっくりしていてください。こういうのは私の得意分野です」
「そうさせてもらおう」
とはいえ何もしないわけにもいかない
近づかれた際の前衛はいくつかのパーティーで構成されている
そこに混ざるのも考えたが今さら連携も取れない前衛が一人増えたところで邪魔になるだけだろう
「後ろにいる。何かあったら伝えよう」
「はい」
ジグはシアーシャに一声かけて後方に下がった
全体を見て異常をすぐに察知できる偵察に徹することにしたのだ
後方には殿を任せられたパーティーがいた
ジグを見ると怪訝そうな顔をしたが、彼が一定の距離をとると何も言わずに周囲の警戒に移った
しばらく進むと景色が変わってくる
地面の裂け目とでも言おうか
血管のようにひび割れ隆起した大地の間が道になっている
裂け目は非常に大きく討伐隊が通っても狭いと感じることはない
しかしあちこちに死角ができ、枝分かれした道がある
道中の小物はこの人数を見るだけで大抵は逃げていく
稀に突っかかる個体もいるが魔術と弓で瞬く間に処理されていった
これは本当に出番はなさそうだ
「なあ、聞いてもいいか?」
そう思いながら周囲を警戒しているといつの間にか殿のパーティーが近づいてきていた
物珍しそうな顔でジグを見ながら声を掛けてくる
「何だ?」
「この前イサナさんと一緒にいたってのはマジなのか?」
彼らも噂を聞いて興味がわいたようだ
「ああ、本当だ」
ジグの端的な答えに男たちがざわめく
「マジかよ…じゃ、じゃあ武器を買ってもらったっていうのも本当なのか…?」
「正確には違うな。あいつに武器を壊されたから弁償してもらったんだ」
「え、そうなのか。弁償ってどういうことだ?」
彼らと話しながらしばらく進むと隊の前方の歩みが止まった
「おいでなすったか」
男が言うのと同時、前方で警戒を促す声が上がる
彼らの進む先
目を凝らすと裂け目の分かれ道から魔獣が湧き出してきたのが見える
じわじわと増えていく群れはやがて地面を覆いつくすほどになっていく
岩蟲の幼体は群れを成し、土煙を上げながら獲物へと突き進む
魔獣が出てきたのを確認すると、あらかじめ打ち合わせしていた通りに隊列を組む
魔術師が横に長く、二列に分かれて並ぶ
前衛は左右を固めて近寄られた際にすぐに駆け付けられるように準備をする
「来るぞ!魔術準備!」
前方のパーティーが叫ぶ
それに合わせて冒険者たちが術を組み始める
一斉に術を組み始めるのと同時、周囲から様々な刺激臭が立ち上る
ジグはそのあまりの多さに思わず眉をしかめた
「狙え…撃てぇ!!」
号令と共に術が放たれた
無数の術は岩蟲の大群に襲い掛かるとその大部分を薙ぎ払った
岩蟲は味方の死体を乗り越え勢いを落とすことなく向かってくる
術を放った者はすぐに後ろに下がって次の術を組む
入れ替わるように前に出た術師が組み終えていた術を構える
「第二波、てぇえええ!」
轟音と共にまたも魔獣が宙を舞う
中には成体の岩蟲もいたがこうなってしまっては的になるだけだ
元より岩蟲の長所は多脚による走破能力と機動性にある
このように密集してしまっては強みをまるで生かせないのは道理だった
「この分なら処理は十分間に合いそうだな」
戦いとも呼べないようなその光景を見ながらジグは呟く
あちらは任せて後方の警戒をしよう
そう思って振り向こうとした瞬間
何かが視界の端に映る
「なんだ?」
気のせいかとも思ったが幽霊鮫の件もある
注意深く見ていると横のわき道から別の魔獣が出てくるのが見えた
体高二メートルほどの二足歩行の魔獣だ
薄茶色の甲殻に包まれている
見るからに運動性能の高そうな体つきと、凶悪な攻撃性を示す長い爪
爪というよりはブレードに近いほどの長さだ
直立して腕を下げると地面につくほどに長い
カミキリムシのような顔をしていて大きな顎を動かしている
そんな魔獣がわき道から姿を現していた
「これが予定外の魔獣という奴か!」
討伐隊の左右から現れた魔獣は躊躇いもせず走り出す
ジグはそこに向かうべく走り出そうとする
「大丈夫だよ」
しかし殿のパーティーののんきな言葉に足を止めた
「どういうことだ?」
「どういうことも何も、こういう時のためにあの人たちがいるんだから。…見てみな」
男に言われて視線を討伐隊に向ける
急に横合いから現れた魔獣に討伐隊はわずかに怯んだ
それにお構いなく魔獣が突っ込む
大地を踏みしめ走る魔獣
速度は岩蟲以上だ
しかし魔獣の前に立ちふさがる男がいた
目の前の障害を薙ぎ払うべく魔獣がその爪を振るう
男はそれを長剣で逸らす
攻撃を流された魔獣が反対の爪を振るうがすでに相手は正面にはいない
男は爪を逸らすと同時に踏み込むと軸足を中心に回転
魔獣の背後をとっていた
そのまま横なぎに長剣が魔獣の胴体を斬る
勢いそのままに倒れた魔獣は痙攣した後に動きを止めた
魔獣を鮮やかな動きで仕留めた男ーーーアランが次の魔獣に構える
彼を見た討伐隊は歓声を上げると安心して目の前の魔獣に専念する
「な?」
「…なるほどな」
流石は四等級、見事な手際だ
彼らがいるならば予定外の魔獣でも問題ない
「しっかし今回はずいぶん小物だな。狂爪蟲だけとはね」
「どんな魔獣なんだ?」
ジグの疑問に男が答えてくれる
狂爪蟲は七等級上位の魔獣だ
岩蟲より攻撃性と速度に優れているものの、急旋回や壁を登るほどの走行性はない
非常に縄張り意識が強く、格上でも構わず戦いを仕掛けることから長生きできる個体は少ない
同族同士でも平気で共食いするので群れることは非常に稀だ
頭も悪く囮や釣りに簡単に引っかかるため戦闘能力のわりに危険性が低い魔獣
絡め手もないので落ち着いて対処すれば数字以上の脅威は無し
予定外の魔獣というにはいささか力不足が否めないという男の言葉は正しい物であった
「まあ、狂爪蟲が多少なりとも群れているのは珍しいっちゃ珍しいか」
二体目、三体目とアラン達のパーティーに仕留められていく狂爪蟲を眺めながらぼやく
どうやら反対からも湧いてきたようで二手に分かれたアランのパーティーがそれぞれ迎撃しているようだ
「一応、報告しておくか」
「御苦労なこった。ま、こっちは任せろよ」
念のためシアーシャに伝えるべくジグが先頭に向かう
その背に男がひらひらと手を振っていた
彼女は左に展開している分隊にいた
アランが守っている分隊だ
相も変わらず波状攻撃で魔獣を蹴散らす冒険者たちの中に彼女を見つけた
黒髪を靡かせて術を放つ彼女を見ていて気づく
「……ずいぶん加減しているんだな」
彼女の力を知る彼からすると今シアーシャが使っている術は出力、範囲共に平凡だ
周りの術師よりは上だが本来の彼女には遠く及ばない
「周りに合わせているのか、別の理由があるのか…」
力を抑えている理由を考えながら近づいているとアランが見えた
狂爪蟲のバランスを崩したところに仲間の術師が放つ火炎に飲み込まれる
すぐに次の狂爪蟲を抑えて何合か交えて爪を斬り飛ばす
ほどなく狂爪蟲の首が地に落ちる
首を落とした時、一瞬見えた彼の表情に思わず足を止める
「……?」
ジグはそれに違和感を覚えた
アランは相変わらず見事な剣捌きだ
仲間との連携も申し分なく、さして消耗しているようにも見えない
だというのに、彼は妙な感覚をぬぐえない
その時、彼が狂爪蟲の爪を回避した際に遠目だが顔が見えた
「焦っている…?」
そうとしか表現しようがないアランの顔
「……」
気が付くと
もうずいぶんと狂爪蟲を倒しているようだ
群れを作るのが非常に稀な魔獣のはずなのに
ジグはふと周囲をもう一度確認する
いつからか、アランを援護する術が増えている
そしてそれと比例するようにシアーシャが放つ術がその数と威力を増していた
「…急いだほうがよさそうだ」
何か異常事態が起こっている
ジグは意識を切り替えると、足に力を込めて走り出した