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依頼を終えた次の日
ジグは一人で街を散策していた
何か明確な目的があるわけではなく、場当たり的に行ったことのない場所をうろつく
「お」
怪しげな店を見つけた
裏路地の端の方にある個人でやっている小さな店だ
薬品や植物を扱っているのだろうか
薄暗く、よく見なければ店とすらわからない
「なかなか、そそるな」
ジグはその怪しげな店に足を向けた
「休み、ですか?」
依頼を終えた晩
飛烏賊の身を持ち込んで料理を待つ間にジグが持ち出した話にシアーシャが首をかしげる
「ああ。野営して討伐となると準備しなきゃいけないものも多いし、緊張状態での睡眠は思った以上に休まらないものだ。ゆっくりと休んで備えた方がいい」
「むぅ…いえ、我慢しましょう。ちょうど私もやりたいことがあったので」
不満そうな顔をしたが必要なことと飲み込んでくれたようだ
そこに料理が運ばれてくる
「おー待ってました」
湯気を立てた飛烏賊のエンペラステーキだ
程よく焦げ目のついた白い身に赤いソースがよく映える
「ずいぶん生きのいい奴を持ってきたねえ。保存方法も文句なしだったぜ」
「マスターに聞いたとおりにやっただけですよ」
どうやらこの男は店員ではなく店長のようだ
浅黒い肌に禿げ頭、鍛えられた体は並の冒険者顔負けだ
「このソースは何です?」
「トマトチリソースだ。炒めたニンニクを玉葱とトマトでじっくり煮詰めた。絶品だぜ?」
二人は料理の話で盛り上がっている
聞いているだけで実にうまそうだ
「色々語りたいが、まずは食べてみてくれ」
「ああ、冷めるのはもったいない」
「いただきます」
ナイフで切り分け口に運ぶ
濃厚な身の旨味とソースの酸味がよく絡んでいる
主張しすぎない辛味とニンニクの香りが食欲をそそる
「…美味い」
「マスター、これすごくおいしいですよ」
「まあな」
惜しみない賛辞にまんざらでもない顔をする店長
二人はその後ただ黙々と料理を平らげた
「そういえば、ジグさんはどうするんですか?」
食後のお茶を飲みながらゆっくりしているとシアーシャが聞いてくる
「この街を散策してこようかと思っている。長くいることになりそうだからな。一通りの情報は仕入れておきたい」
「むむ、それも面白そうですね……ああでもやらなきゃいけないことが…」
悩ましいとコップのふちを噛む
「面白いところがあったらまた休日にでも案内するさ」
「ほんとですか?じゃあそれを楽しみにしてます」
「これはまた、過激なものを」
そんなやり取りがあった次の日
ジグはさっそく怪しげな店に入って物色していた
見立て通り薬品関係の店だったようだ
しかし医薬品ではなく、もっと危険度の高いものだ
睡眠薬や毒薬、果ては媚薬など一般的な薬とは程遠い品ばかり扱っているようだ
「おそらく、いや間違いなく認可など降りてはいないだろうな」
店を歩きながらつぶやく
煙草のようなものもあるが、手に取って嗅いでみると妙に甘い匂いがする
麻薬の類だろう
「大陸が違ってもこういうのは変わらないんだな」
人が多く集まる場所には必ずこういったものが出てくる
人が集まれば金が集まり、金が集まればそれを求めて裏の人間たちが集まる
風が吹けば桶屋が儲かるのと同じで自然の摂理とも言っていい
この手の場所は一般人にとって迷惑極まりないがうまく付き合えば中々に便利なのだ
ジグはやる気のないふりをしてこちらの様子をうかがう店員に近づいた
「この辺りの顔役は誰だ?」
カウンターに銀貨を一枚置いて尋ねた
店員はそれに手を付けずにジグを値踏みするように見る
「…お客さん、うちはしがない薬屋なんだ。買わないなら帰ってくれ」
「仕入れはどこでやってるんだ?」
「企業秘密だ。帰ってくれ」
「…そうか、邪魔したな。これは迷惑料だ」
ジグは銀貨をそのままに潔く引き下がった
「……」
男が店を出ていくのを確認すると、店員は銀貨をポケットに入れ鍵をかけて裏口から店を出る
周囲を気にしつつ足早に裏路地を歩いていく
何度か道を曲がったり神経質に後ろを確認しながら進む
目的地は小さな家だ
薄汚れているが人が住んでいるようで埃だらけではない
男はドアを特定のリズムで叩く
扉が開き中に入ると三人の男がいた
三人が三人とも剣呑な雰囲気を出している
そのうちのリーダーと思われる男が立ち上がる
「何の用だ。ここへはあまり来るんじゃねえっつってんだろ。…後ろのそいつは誰だ?」
「アンガスさん、妙な男がうちの店を探りに……え?」
トントンと、肩を叩かれた
店員が振り返ると、そこには先ほどの男がいた
「案内御苦労」
「ひぃぃああ!!」
あまりの驚きに店員はひっくり返って後ずさる
後ろの男がたちが色めき立つ
「間抜けが、つけられやがったな!!」
腰のダガーナイフを抜き放ち臨戦態勢に移る
しかしジグは落ち着いたまま両手を上げて危害を加える意図がないことをアピールする
「まあまあ、争いに来たわけじゃないんだ。取引をしたい」
「どういうことだ?てめえ何もんだ?」
男は戦闘態勢は解かぬままにこちらの意図を探っている
後ろの男二人はいつでも飛びかかれるようにゆっくりとこちらの背後に回っていた
「俺は傭兵だ。どちらかと言えばそちら側だな」
「確かに、憲兵には見えねえが…その傭兵さんが、何の用だってんだ?」
「情報が欲しい」
ジグはゆっくりと、見えるように懐に手を入れる
わずかに男たちの緊張が高まる中、出した手には袋が乗っていた
軽く揺らしてみせる
金貨同士がこすれあう音がした
「投げるぞ」
断ってから袋を男に放る
ナイフを構えたままそれを受取ると中を確認する
小さな袋だがぎっしりと詰まった金貨に思わず顔がほころんだ
ナイフを仕舞うと手下の男たちに指示をする
「てめえら、お客様だ。丁重にもてなせ。お前は戻れ。」
声色次第では始末しろというようにも聞こえるが、今回は言葉通りの意味のようだ
男二人は臨戦態勢を解き店員が慌てながら店に戻る
用意された椅子に座ると向かいにリ-ダー格の男が来る
自分の欲望に正直なのか、切り替えが早いのか
既にジグを商売相手として動いていた
「俺はアンガス。それで、どんな情報が聞きたいんだ?」
「ジグだ。この街の主だった勢力と縄張り、傾向が知りたい」
「はぁん?あんたこの街初めてか」
随分基本的なことを聞いたようでアンガスが怪訝そうな顔になる
「ああ。最近来たばかりでな」
「正直これくらいの情報なら表でも手に入るんだが…まあいい」
アンガスは煙草に火をつけると煙を吐き出した
紫煙をくゆらせながら語り始める
「この街で知らなきゃいけねえのは三つだけだ。北のバザルタ・ファミリー、南のカンタレラ・ファミリー…俺はここのもんだ。…最後に東のジィンスゥ・ヤ」
「…最後だけ、毛色が違うな」
聞いたことのない言葉だ
「追々説明する。うちとバザルタは…言っちまえばオーソドックスなマフィアだ。薬売ったり風俗のケツモチ、賭博運営、魔具の密輸その他諸々。縄張りこそ違うがやってることは大体同じだな。バザルタのとことは小競り合いはしょっちゅうだが本格的な抗争はもう長い事起きてねえ」
マフィアのやることはどこでもそう大差は無いようだ
やはり気になるのは…
「ジィンスゥ・ヤなんだがな、…正直よくわかってねえ」
「おいおい」
ここまで勿体付けてそれは無いだろうと視線で文句を言う
アンガスは少しばつが悪そうにしながら口ごもる
「…あいつらは得体が知れねえんだよ。もとは移民で二十年くらい前に急に現れたらしいが、東から来た以外誰も知らねえ。突然現れて当時バザルタ・ファミリーの縄張りだった東区を乗っ取っちまったんだ」
「抵抗しなかったのか?」
「したに決まってんだろ。他所もんに縄張り荒らされて黙っているほどバザルタはボケちゃいねえ。…だが結果的に、明け渡すことになった」
マフィアは執念深い
舐められたならば徹底的に報復をするため、傭兵たちですら迂闊には手を出さない
直接戦闘になれば相手にならないが、常日頃誰かから狙われているというのは非常にストレスになる
街に根付いたマフィアというのは想像以上に厄介だ
そのマフィアから縄張りを分捕って今ものうのうとしているということは
「強いのか。そいつら」
「…言いたかねえが、強い。うちの幹部クラスがゴロゴロいやがる。数は多くねえから本気でやりあえば負けることはないと思うが…こっちもそこまで捨て身にはなれねえ」
武力でマフィアを押しとどめているとすれば相当なものだ
警戒する必要がありそうだ
「あいつらは組織立って行動することはあまりないんだ。どいつもこいつも自由にやってやがる。そのせいでちょくちょく揉めてんだ。」
頭を掻きながら忌々しそうにしている
相当頭にきているのだろう
苛立ちを吐き出しながら続ける
「……中でもとびきりやべえのがいるんだが、そいつらに出会ったら真っ先に逃げたほうがいいぜ。」
「ヤバい奴ら?」
「ああ。ジィンスゥ・ヤの幹部格なんだろうがな、とんでもなく強い。あいつらひとりいればうちの幹部とその下の構成員まとめて相手ができるくらいだ」
「ほう」
相当な練度のようだ
危険な相手らしいので気をつけるとしよう
「俺が持ってる情報はそれぐらいだな。もらった金額からすると、ちとしょっぺえが」
「十分だ。助かる」
話が終わるとふたりは席を立つ
見送るのか監視のためか、外までついてくるアンガスたち
「世話になった。また頼む」
「こっちも上客ができるのは歓迎だ。薬もやってるが、どうする?」
「今はいい。手持ちがあるんでな……っ!」
やり取りの途中
ジグは何かに気づくと武器に手を置き路地の奥を見る
「おいおい、どうしたんだよ」
アンガスの問いには答えずに路地を見据える
「…覗き見とは趣味が悪いな」
誰もいない路地に向かって語り掛ける
その言葉の意味を悟ってアンガスが厳しい表情をする
「あれ、この距離でもバレちゃうの?」
誰もいないと思われた路地
そこにふと、気配が生まれた
影から姿を見せたのは一人の女だ
二十代中盤くらいだろうか
真っ白な髪を背中の中ほどまでに伸ばしている
整った容貌をしているが、それに見惚れるより好戦的な表情に怯みさえ覚える
以前にも見たことがある笹穂のような耳だ
この辺りでは見たことのないゆったりとした民族衣装らしきものを着ている
ジグが気を引かれたのはその武器だ
腰に佩いた細身の長剣
柄をこちらに向けているので刀身は分からないが、長さは長剣以上にありそうだ
「……っ!こいつだ、こいつがジィンスゥ・ヤだ!」
「あいつが…」
なるほど移民というのも頷ける風貌だ
そして、戦闘能力の高さも聞いていた通りのようだ
一見腰の獲物に片手を置いてだらりと立っているように見えるが、間違いなく実力者だ
「てめえ、盗み見してやがったな!きたねえマネしやがって!」
アンガスが吠えるが白髪の女はどこ吹く風だ
「君たちに汚い真似呼ばわりされるのは心外だなあ。…それに正しくは、盗み聞きだね」
女は長い耳を動かして見せる
アンガスから視線を外しこちらに目を向けた
「本当は直接見たかったんだけど、あれ以上近づくとそっちのお兄さんにバレちゃいそうだったからね。……結局気づかれちゃったけど。―――お兄さん、何者?」
女の目が鋭く細められた
押し殺していた殺気が噴出する
その濃密さにアンガスたちが顔を青くする
「通りすがりの傭兵だ」
「傭兵、ねえ……冒険者でもマフィアでもない、ただの傭兵?」
「ああ」
ジグの返答に女は笑みを深める
無差別に放っていた殺気がこちらに集中するのを感じる
理由は分からないが、やる気のようだ
「それってつまり、マフィアと薬物売買の現行犯ってことになるよね?」
「薬物は買っていないんだが」
「でも持ってるでしょ?聞こえたから」
盗み聞きに気づくのが遅れたのはまずかったようだ
部屋でのやり取りは聞こえていなかったのが幸いだ
「大義名分は十分。組織に所属しているわけじゃないなら…殺しちゃっても誰にも怒られないよね?」
女が確認したかったのは報復があるかどうかのようだ
無いと分かった以上遠慮はいらないということだ
「……おい、悪いが」
「ああ。付き合えとは言わん。適当に逃げてくれ」
「すまんな。……あいつも表じゃ無茶は出来ないはずだ。表通りまで逃げきれば何とかなるかもしれん」
そう言ってアンガスたちは退いていった
邪魔者がいなくなったところでいよいよ女が構える
ゆらりと腰を落とし、しかし武器は抜かぬまま柄に手を置いている
「あんな小物追っかけるなんて面倒な仕事だと思ったけど、思わぬ収穫があったものね。…楽しめそう」
「仕事以外での無益な戦闘は避けたいんだが」
「私の仕事だから、諦めてね?それに楽しいから無益じゃないのよ」
何を言っても無駄のようだ
ジグは覚悟を決めて、いつものように武器を抜く