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「良かったんですか?何も買わなくて」
手ぶらのジグにシアーシャが聞く
「いい物はあったんだが、持ち合わせが足りなくてな」
少し惜しい事をしてしまったかもしれない
しかし武器を買って一文無しというわけにもいかない
武器はあくまで商売道具で、稼ぐために買うものだ
「そのうち金がたまったら買うさ」
「ジグさんも私も、当面は金策ですね。そのためにまず等級を上げなくちゃいけないんですけど」
「結局そこに行きつくわけか」
こうなるとシアーシャではないが休日が煩わしく感じてしまう
「いかんいかん。休みを楽しめんようになっては人間終わりだ」
「?」
かぶりを振ってその考えを追い出す
「そういえば、素材の持ち込みなんてこともできるらしいですよ」
「持ち込み?」
「自分で倒した魔獣の素材を持ち込んで武具を作ってもらうんですよ。技術料と手間賃で済むので本来の価格より安く済むみたいですよ」
「田舎の町食堂みたいなことをしているな…」
しかし安く済むのは魅力的だ
これと思った魔獣の牙なり爪なりを手に入れて持っていけば作ってもらえるのなら、自分の理想とするような武器を作ることも可能だろう
「ただ一つ問題が」
「問題?」
「職人との繋ぎが必要なんですよ。作ってもらいたい人間と作れる人間のつり合いが取れていないので、そうポンポンと特注依頼なんて受けていられないらしいです。優先的に作ってもらうには個人的な繋がりがあるかお金を積むかする必要があるらしいです」
「そうそううまい話は無いか」
遥か海の向こうからやってきたというのに繋がりなどこの地にあるはずもない
金を安く済ませたいのに金を積むなど本末転倒もいいところだ
「地道にやるのが一番か…」
「世の中上手くできてますね」
世間の厳しさを痛感しつつ二人は宿に戻った
ジグの朝は早い
目を覚ますと顔を洗い、身支度を整えるとストレッチを始める
部屋の中で時間をかけてゆっくりと柔軟をする
戦う人間にとって柔軟性は重要だ
可動域が広くなり対応できる範囲が増えて怪我もしにくくなる
しかし柔軟は辛く地味で、面白味のない訓練のために怠るものは多い
体力や筋力などと違って目立った効果が出にくいせいもあるだろう
ジグとて嫌いな訓練だ
だがこれをやるのとやらないのでは体のキレが全然違うのだ
怠ると痛い目を見るのは自分だと誰もがわかっていてもついつい手を抜いてしまう
そんな訓練でも続けられるのはある意味才能と言えるだろう
十分に身体をほぐした後は走り込みだ
武器を背負い、人一人ほどの重しを背負って街の外周を回る
戦場では歩けなくなったものから死んでいく
怪我、体力、気力
要因は様々だが機動力を失ったものの結末は等しく死だ
敵の背後を突くため山中を延々と歩く
補給物資を届けるために荷物をひたすらに運ぶ
時には動けなくなった仲間を背負って下がることもある
戦争とは、歩くことだと言われる程だ
昔からの習慣として、自らを救う生命線としてジグは走る
宿に戻ると井戸の水で汗を流す
部屋に戻るとちょうど日が昇り始めた
シアーシャを起こしに隣の部屋に入る
遅くまで本を読んでいたのか布団をかき抱くように寝ている
薄い肌着だけを着て、白い肩や足がほとんどむき出しだ
長く艶やかな黒髪がベッドに広がっている
ジグはその光景から焦点をそらして彼女を起こす
「朝だ、起きろ」
「っぁぇう…」
頬をペチペチと叩く
うにょうにょと何事かしゃべっているが聞こえないのでスルー
洗面器に水を汲んで来ると手拭を濡らして顔にかける
「びゃ」
意識が覚醒したシアーシャが飛び起きる
しばしこちらをボーッと眺める
「おはよう」
「…おはようございます」
「準備が出来たら声をかけてくれ」
「あぃ」
まだ半分寝ている彼女を置いて部屋に戻る
シアーシャは寝起きは悪いが眠気を引きずらないタイプだ
一度起きてしまえばすぐに再起動する
自分の準備を済ませて待つことしばし
「お待たせしました」
身だしなみを整えいつもの彼女が顔を出す
先ほどの眠気など微塵も感じさせないシャッキリした姿だ
「行くか」
「はい」
二人連れ立って宿を出る
人通りが増えてきた中で肉体労働の男たちが並ぶいつもの露店に向かう
大通りに面した店で今日もいい匂いをさせていた
「今日はミートパイが残ってました!」
「よかったな」
途中露天で朝食を買って歩きながら食べる
これが彼らの朝の日常だった
「討伐隊、ですか?」
いつものように賑わうギルド
いつもの受付嬢に依頼書を持っていくとそんな話をされた
「はい。シアーシャさんなら問題ないと、上の人間も判断されました」
先日言っていた便宜というやつだろうか
それにしても動きの速いことだ
「何なんです?討伐隊って」
「特定魔獣討伐隊。ある周期で爆発的に増える魔獣への対処を目的とした冒険者の混合部隊です」
魔獣の繁殖にはいくつか種類が有る
大別すると巣を作って継続的に群れを作るコロニー型
発情期など子育てのシーズンに一気に増えるブリーディング型がある
コロニー型は定期的に討伐依頼が出ているので急激に増えるということはない
問題はブリーディング型だ
繁殖力の低い魔獣ならば問題はないが、中にはとんでもない数を生み出す種もいる
単体が弱く、数生むことで種を繁栄させようとする魔獣はこの傾向が強い
「そういった魔獣を間引くためのギルドからの要請依頼です。性質上、広範囲殲滅が可能な魔術師が適任です。なのでこの時期になると優秀な魔術師にはギルドから声がかかるのですよ」
「魔術師だけでは接近された時に危険じゃありませんか?」
「大抵はパーティーメンバーの剣士も参加するのでそこまで問題にはなりません。楽な分、報酬は低いですが」
魔術師が大量に集まって絨毯爆撃をするなら剣士に出る幕はないだろう
たまにこぼれた連中を始末するだけで報酬がもらえるのだから気楽なものだ
依頼自体も簡単で危険もないものだから報酬もはっきり言って少ない
「この要請依頼の利点は評価値への加点が大きいことです。ギルド主導のためあまり大きな額を払えない埋め合わせのようなものですね」
「やります!」
だがジグたちにとってその評価値こそ今最も欲しいものだった
渡りに船の依頼に一もニもなく飛びつく
「本来は七等級からの依頼ですが、先日の功績も加味してシアーシャさんにはギルドから特別に許可が下りました」
「ありがたいですけど、いいんですか?そんなに簡単に特例作っちゃって」
規則というものは簡単に破れないからこそ意味が有る
実力があるから特例などというのがまかり通るなら強者の独裁が始まるだろう
「ご心配なく。これが通用するのは初めのうちだけですから」
どういう意味だろう
意図が読めずにシアーシャが首をかしげた
「深くは聞きませんが、お二人は戦闘経験自体は豊富ですよね?」
「…ええ、まあ」
「そういう方って実はちょくちょくいるんです。元は騎士だったとか、田舎でギルドがなく登録こそしていないけど魔獣討伐経験はあったりとか。その手の形だけ初心者の方がいつまでも下の等級にいられると、お互いにとって良くありませんからね」
「確かに」
「その人にふさわしい等級がついていないとギルドの信用にも関わります。なのでそういった方は七等級までは早めに上げてしまうんです」
ギルドも様々な人間に対応するため色々考えているようだ
参加を決めると書類を渡される
「それに必要事項を記入して明日中に提出してください。出発は三日後の朝。現地で二日野営するので準備をしっかりとして来てくださいね。食事はある程度ギルド側でも用意しますが、潤沢ではないので最低限のものは用意して下さい」
その後もしばらく説明を受けた
説明が終わると今日の仕事に取り掛かる
転移石で森に移動し、刃蜂の巣方面に向かう
巣を通り過ぎる際に見ると、今日も刃蜂を狩る冒険者でごった返していた
さらに進み先日岩蟲と遭遇した近くまで来た
「また会えないかと思ったんですけど、流石にそう上手くはいきませんね」
「この辺りじゃあまり見ないやつなんだろ?」
「はい。あれクラスの魔獣がしょっちゅういたら七等級程度じゃ立ち入り許可が降りませんよ」
岩蟲は七等級の中でも上位の力を持つようだ
この前であったのは運が良かった
適性等級の冒険者なら運が悪かったというべきか
「今日は飛烏賊を狩ります。どうやら彼らには私たちはおいしい餌に見えるみたいですから」
人数が多いとなかなか出会えない魔獣にも、少数なら遭遇する機会が多い
数が少ないのも意外と悪くない
「そのようだな。―――早速来たぞ」
少し前から並走するように飛烏賊が三匹
彼らはシアーシャたちがおいしい餌に見えているようだが、自分たちもそう思われているとは思うまい
「討伐証明には口吻と消化液袋だけでいいので、今回は身の部分は持って帰りましょう。この前行った食事屋に持ち込みの話をつけておきました」
「…いつの間に」
シアーシャは欲が絡むとかなり積極的なようだ
意外なコミュニケーション能力に驚きつつ魔獣を迎え撃つべく構えた