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ギルドへ戻るといつものように受付に報告へ行く
「いつもお疲れ様です。今日はずいぶん多いですね」
「査定お願いします。あ、こっちは臨時の討伐証明です」
岩蟲の針と顎をジグが渡す
「はい、承り……?」
受付嬢が素材を見て少し止まる
「あの、これ岩蟲の大顎ではありませんか」
「へーそんな名前だったんですねあの魔獣」
白々しいと感じるのは事実を知っているからだろうか
それを知ってか知らずか受付嬢は怒り出す
「駄目じゃないですか!岩蟲は七等級相当の魔獣ですよ!」
「そういわれましても…急に襲われて仕方なく応戦したんですよ。逃げようとしたんですが素早くて逃げきれなくて……」
しおらしくしょぼくれて見せる
受付嬢はそれを見て我に返り、声を抑えた
「すみません、大きな声を出してしまって。そういう事情であれば仕方ありませんが、決して無茶はしないように」
「…はい、気を付けます」
彼女は真剣に心配しているようだ
シアーシャは少し心が痛んだ
「でも、お見事です。岩蟲を二人で倒すなんて簡単にできることじゃありません。このことは上に報告しておきます。優秀な冒険者には相応の便宜を図るのがギルドの方針です。悪いようにはならないでしょう」
「ありがとうございます」
礼を言って受付を離れる
「怒られちゃいました」
「まあ、仕方ない」
「でも不思議と悪い気はしませんでした」
「上辺だけでなく、本気で心配していたからじゃないか?」
「そうなんですか?」
「多分」
その後シアーシャはいつものように本を借りに資料室へ
ジグは食堂で待つ
「ここ、よろしいでしょうか?」
またか
ここのところこればかりだな
顔を見ずとも声だけでわかる
それくらいには毎日顔を合わせている相手だ
「……どうぞ」
「失礼します」
そう言って受付嬢は対面に座った
「仕事はいいのか?」
「休憩時間ですから」
会話が途切れる
ジグはそもそも自分から話すことがない
対して受付嬢はジグを上から下までじっとりと観察している
「……いくつかお聞きしてもいいでしょうか」
ひとしきり観察すると満足したのか話を切り出す
「どうぞ。都合の悪いことは答えなくてもよければだが」
「それで構いません。あなたは過去に冒険者の経験はありますか?」
「ないな」
「では過去に何らかの戦闘に関わる職業についていましたか?」
「ああ。傭兵を長いことやっている」
彼女の眉が僅かに跳ねる
相手にとってあまりいい情報ではなかったようだ
「…傭兵、ですか」
「気に入らんか?」
「い、いえ、そういう訳では…」
「こっちの傭兵は随分質が悪いみたいだからな、無理もない」
「……あなたのいたところでは違ったのですか?」
気になる話に受付嬢はわずかに身を乗り出す
「簡単に契約を破る奴には仕事がなくなるからな。団の名前にも傷が付くからそういう奴への処置は厳しい」
「そうなんですね…失礼しました」
「謝る必要はない。殺しで金を稼いでるのは紛れもない事実だ」
「……そうですか。あなたとシアーシャさんはどういう関係なんですか?」
「護衛対象で、依頼主だ」
彼女は表面上何事もないように振舞っているが、隠しきれない嫌悪が見て取れる
真っ当に生きてきた者の、当然の反応であった
「その言葉に偽りはないと信じます。…彼女はとても有望な冒険者です。勉強熱心でこれからの模範となるべき人間になるでしょう」
評価が高いとは思っていたがそこまでとは
本人曰く目立ちすぎるのは本意ではない、とのことだが…
十分以上に目立っているぞ
内心でため息をつきながらも受付嬢に話の続きを促す
「しっかりと、彼女を護ってあげてください。ギルドに必要な人材です」
「言われずとも、仕事だからな。金を払われている間は護るさ」
その言葉は彼女の望むものではなかったのだろう
金を払われている間は云々のあたりで非常に強い嫌悪を感じた
「そうですか。くれぐれもよろしくお願いしますね」
事務的に、何の感情も込めずに受付嬢は席を立つと戻っていった
その背を見送りながら考える
彼女はきっと、金よりも大切なものがあると思う人間なんだろう
実際その通りだと、彼自身思う
金は大抵のことは解決できるが、そこに甘えると肝心なところで手が届かない
ジグも今まで何度か経験してきたことだ
あの受付嬢がそれを実感しているかは知らないが、仮に知らなかったとしても知識や教育のみでその答えに至ることができているのなら教育というのも馬鹿にできない
「…ま、何をおいても金がないと始まらないのは事実なんだがな」
シアーシャが階段を降りているのが見えたので彼も席を立つ
今日はいつもより多く稼げたので本が一冊増えているようだ
「このあとはどうしましょう。すぐ帰りますか?」
「鍛冶屋に寄っても構わないか?手入れがしたい」
魔獣を斬ると非常に武器が傷みやすい
最近は自分で手入れをするだけだったので本格的に研ぎに出したかった
「もちろんです。いっそのこと新調しませんか?最近お金も溜まってきましたし」
「新しい武器か…」
こちらの素材を使った武器に興味はある
魔獣の牙や爪は非常に頑強で並みの鉄剣など凌駕するほどの耐久力を持つ
双刃剣は鋭さよりも重量と遠心力で叩き割る武器だ
当然武器にも耐久力を求められ大型化と重量化を避けられない
だが魔獣の素材を使えるのならば話は変わってくる
十分な耐久を最低限の重量で補える
重量が落ちる文威力は下がるが、やりようはいくらでもある
落ちる威力よりも機動力が上がることで出来る事が増える恩恵のほうが大きい
「値段次第だが、悪くないかもな」
「そのあたりの見積も兼ねていろいろ聞いてみましょう」
「そうするか」
このあとの予定が決まると二人はギルドを出た
露天で小腹を満たしつつ初日に訪れてそれっきりだった鍛冶屋に向かった
店は仕事終わりの冒険者で混み合っている
「いらっしゃいませ、先日はありがとうございました。本日はどのようなご要件で?」
店員はこちらのことを覚えていたようだ
…あんな邪魔くさい牙を担いでやってきた客なんて嫌でも覚えるとも言うかもしれない
「武器の研ぎを頼みたい。ついでにこれと同じ系統の武器を探しているんだが、ないか?」
「両剣ですか…とても使い手の少ない武器なので、店頭に並べている中にはありませんね。倉庫にあるかもしれないので担当の者に連絡しますね」
こちらでは両剣というらしい
地方によって武器の名称が微妙に違うのはよくあることだ
武器を渡して待つことしばらく
シアーシャは暇つぶしに店内を回っている
相変わらず不思議な品揃えの武器を眺めていると店員が戻ってきた
「ご要望の武器はこの二つしかありませんでした」
台車に乗せられてきたのは二本の双刃だ
片刃の直剣が付いたものと両刃の長剣が付いたもの
片刃の方は緑がかった妙に生物的なフォルムをしている
「こちらは
生物的どころかそのものだった
「非常に鋭いため扱いに長けていないものが迂闊に振るって腕を切り落としたことすらあります」
「…そうか」
これから売ろうという相手にそのセールストークはいかがなものだろうと思うジグであった
それを知ってか知らずかより詳しく説明を続けているが、彼としてはこの武器は早々に選択肢にない
扱いきれないということはないが、彼が武器に求めるのは信頼性だ
よく切れる武器はそれだけ脆くなりやすいため連戦や消耗戦に向かない
そもそも重量と遠心力で叩き割る武器なのだ
大剣に切れ味を求めるようなものでコンセプトからして間違っている
「---以上になります。次にこちらの武器ですが」
一通り説明が終わったのかジグの興味が逸れているのに気がついたのかもう片方の解説を始める
「こちらは
「持ってみても?」
店員が頷くのを確認してから手に取る
重量は今使っているものより少し軽いぐらいか
蒼色の刃は肉厚で頑丈そうだ
「少し振ってみたいんだが…」
「こちらへ」
店員についていく
工房の近くにある少し広めの場所に来た
そこでは試し切りに使うような大きめの薪がいくつかあった
「ここでなら多少振り回しても問題ありません」
「助かる」
店員が離れるのを確認して始める
使い込んだいつもの武器ではないので慣らすようにゆっくりと振るっていく
重心、握り手、振るった時の刃の間合い
それらをひと振りする事に確かめる
無心で剣を振るジグに周囲で槌を叩いていた職人たちが思わず手を止める
だんだんと大きくなる風切り音が彼らの耳にも届くほどになっていた
武器を把握するたびに剣速は上がって行き、今の速度は周りの人間にまるで捉えることができない
「そのまま、そこの鎧を斬ってください」
店員が脇にある試し切り用の鎧を指す
「いいのか?」
「構いません」
その言葉が終わるやいなやジグは勢いをつけた渾身の一撃を鎧に叩き込む
台座を傷つけぬように横に振るわれた刃は鎧のわき腹あたりに命中
紙細工のようにひしゃげて上半分が回転しながら吹き飛んだ
「お見事」
残心をといたジグが武器を見る
強烈な斬撃で熱を持つ刀身は傷ひとつ付いていなかった
「すごいな」
重心の偏りもなく、リーチ・重量ともに文句なしだ
魔獣の素材が優秀なのは分かっていたがここまでのものとは思わなかった
是非とも欲しいところだが、これほどの武器だ
早々手を出せる値段ではないだろう
「これはいくらだ?」
それでもつい値段を聞いてしまうのは未練故か
「こちらは百万になります」
「やはりそれくらいはするか…」
予想通りの値段にうなだれる
「ですが」
しかし続く言葉に顔を上げる
「もともと買い手がいなくて倉庫にしまわれていた品ですので、造った人物に交渉できるかもしれません」
「本当か?」
「はい。両剣は使い手が少ないので当店としても処分に困っていたのですよ。…少ないというのは誇張でしたね。正確には私の知る限りこの街にはいません」
「一人もか?」
「過去に一人いました。そちらの持ち主でした」
店員が緑の双刃剣を指す
「……なるほど」
なんともはや
「交渉してみますか?」
ジグは考える
仮に値下げされたとしてもこちらが出せるのは五十万がいいとこだ
いくら処分に困っているといっても半額にはならないだろう
材料費や手間賃を考えても八十万はいると見ていい
「…残念だが、やめておこう。まだ手持ちがないんだ」
「そうですか……それは、手持ちさえあれば買う意思はあるということですか?」
「どういう意味だ?」
やむなく断るジグに店員は妙なことを言い始めた
取り置きでもしてくれるのだろうか
そんなことしなくとも彼女の話では使い手がいないそうので売れることはないだろう
「お客様さえよろしければ、料金は後払いにすることもできますよ。無論、頭金は必要ですが」
「ローンか…」
悪魔の囁きだ
かつてそれで身を崩してきた同業を山ほど見てきているためその恐ろしさはよく知っている
この仕事が終わったらまとまった金が入る、などと皮算用していたところに敗走・依頼主失踪のコンボをくらい奴隷にまで身を落としたやつすらいた
家財を差し押さえられて呆然としているところを身ぐるみ剥がれて馬車に押し込まれていくのを悲痛な顔で見送ったものだ
「い、いや、やめておこう。手元にない金で物を買うのは性に合わない」
「そうですか…残念です」
過去を思い出し背筋を震わせながら断る
店員は残念そうにしながらも無理強いはしない
そのまま研ぎだけを頼んでその日は店を後にした
「あれ、あの人買わなかったの?」
両剣を片付ける店員に職人の一人が声をかけた
「はい、残念ながら。こちら、研ぎを頼まれたのでお願いします」
「はいよ。…なんだこれ、本当にただの鉄製だ。勿体無いなあ、あんなにいい腕してるのに」
「ガントさんもそう思われますか?」
ガントと呼ばれた職人は髭をモサつかせた
「両剣をあんなふうに使えてる奴は今まで見たことないね。大抵が演舞用の見せかけ剣術さ。あの兄ちゃんのものとは完全に真逆だよ。ありゃあ相当場数を踏んでるね」
少し気難しいところのあるこの職人がここまで言うとは珍しい
「ローンも勧めたんですが、青い顔して逃げられちゃいました」
「はっは!そりゃそうだ!」
ガントはカッカッカと笑う
それに合わせて微笑んでいた店員がスッと真顔になる
「ガントさん。実際どのくらいまで値下げできますか?」
「うーん…最近は青双兜の数が減ってるからあんまり下げたくないんだけど…」
「あれが名剣であることは私もわかっています。ですが店である以上、いつまでも売れない品を抱えているわけにはいかないんですよ」
「うん、まあ、そうなんだけど…」
至極もっともな言い分にガントは言葉に詰まる
「多少利益を無視してでもふさわしい人間に使ってもらえるのは職人冥利に尽きるのでは?」
「やり甲斐じゃお腹は膨れないから…」
「ガントさん」
「…八十」
「ご冗談を」
店員の圧に負けて値下げ交渉が始まる
「七十五」
無言で首を振る
「七十!」
「あれを作ってから何年立ちますっけ?」
「……六十五!これ以上はホント無理!」
「はい、交渉成立ですね」
このあたりが落としどころかと店員はそれで手を打つ
しょんぼりしているガントをあえて無視する
「さて、あとはあちら次第なんですけど…」
以下に値引き交渉したところで向こうに買う意志がなければ意味がない
「感触は悪くなかったはず。しかし向こうの懐具合がわからないと何とも言えませんね。多分三、四十万くらいだと思うんですけど…」
やっと見つけた長年売れていない在庫を買ってくれるかも知れない客だ
なんとかここで売ってしまいたい
「腕のいいお客様と懇意にすれば見返りも大きいですからね」
善意などではなく
彼女は彼女で、自分のために動くのであった