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巣を迂回し、森の奥を二人で探索する

この辺りは虫型の魔獣が多く、そこかしこで羽音がする


「というか虫型の魔獣って魔獣でいいのか?」


魔蟲ではないのだろうか


「正確には魔獣目魔蟲科という分類らしいですよ。面倒なんでみんな魔獣呼びですけど。もっと簡略的に蜂やイカとしか言わないのも珍しくないですね」

「最終的に伝わりさえすればいい名称になるのは現場の宿命だな」


軽口を交わしながら周囲を調べる

だがあまり芳しい結果では無いようだ


「どうにも種類がばらついているな」


小さな群れや巣は見つかるのだがそれ止まりだ

頻繁に遭遇するような魔獣はおらず、大物も見ない


「この辺りは刃蜂のテリトリーですからね。あまり大きな群れだと見つかるので小規模の群れしか作らないのかもしれません」


それか大きな群れを作る魔獣は食いつくされてしまったか

この森全体にとっても刃蜂は脅威だということか


ジグは自然な仕草で手をシアーシャに見せる


「ここの魔獣が不意打ち、待ち伏せが多いのはそのせいか」

「でしょうね」


親指を立てた拳を下に向けた後に指で二と示した


敵有り、数は二


彼女は無言で頷くとジグの一歩後ろに下がる

彼が先行して数歩進む


頭上の木が揺れて何かが飛び降りてきた

緑と茶色のまだら模様をした飛烏賊だ

細身の女性ほどの大きさをした飛烏賊は触手を広げて獲物を絡めとろうと襲い掛かる


そこに横合いから飛んできた石弾が直撃した

二匹は弾き飛ばされたがさしたる痛手では無いようだ

よろよろと身を起こすと奇襲の失敗にすぐさま逃げにかかる

そこにジグが突っ込む


木の枝を掴もうとした触腕をまとめて斬り飛ばす

地に落ちた飛烏賊が起き上がるより先に二匹を仕留めた


「うーん、いまいち土魔術は効きがよくないですね」


シアーシャが自分の術を受けてもぴんぴんしていた魔獣に渋い顔をする


この弾力的でぬめりのある体には杭や石弾が効果的ではないのだ

逆に火や電気だとあっけないくらい簡単に倒せるらしい


その場合は価値のある身の部分が売れなくなるので考え物だが


「相性が悪かったのさ。身を売れると前向きに考えよう」


今しがた狩ったばかりの飛烏賊を剥ぎ取る

先ほどまでまだら模様だったのだが、死んだ今はどちらも真っ白だ


「なんで色が変わるんだ?」

「普通の烏賊も色が変わるらしいですよ?威嚇の時とかで体色が変化するって読んだことがあります。あ、触腕は食べられないので取らなくていいですよ。えんぺら、肝、口吻、消化液袋が買い取り対象です」


彼女の指示に従い部位を剥ぎ取っていく


「消化液袋は傷つけないように気を付けてくださいね。外気に触れるとダメになっちゃうんです」

「こんなもの何に使うんだ?」


外気に触れると使い物にならなくなるなら用途はあまりなさそうだが


「剥製を作るときに重宝するらしいですよ?とても状態のいい物ができるんだとか」

「…こんなものまで利用する姿勢は正直尊敬するな」

「職人の飽くなき探求心には頭が下がりますね」


剥ぎ取りが終わると周囲を見る

それなりに奥まで来たようで周囲に他の冒険者はいない


「飛烏賊が向こうから来てくれたのは幸いだったな。この迷彩では探すのに一苦労だ」


これは魔術で変えているわけではないようで何の匂いもしなかった


「数が少なくて私は小柄ですから、行けると思ったんでしょうね」

「なるほどな。パーティーを組むとこういった隠密特化の魔獣の襲撃を回避できるのか」


隠密に長けた魔獣は直接戦闘能力に難があるため反撃を受けやすい複数人を襲うことは避ける

これは大きなメリットだ


「そう考えるとあの鮫は隠密型のわりに強い方だったのかもしれませんね」


あの魔獣は不意を突きこそしたが複数人相手にかなり攻撃的な行動をしていた

捕捉されても逃げ切れる足と、ともすれば目の前にいても見失いかねない高い隠密性あってこそだろう


あの鮫と比べると同じ隠密型の飛烏賊はずいぶん見劣りするように感じる



「ジグさんジグさん…!」

「うん?」


シアーシャが興奮気味に声を潜めて呼びかけてくる


「あれ見てください…!」


彼女の差す方を見る

そこでは魔獣同士が争っていた

片方は刃蜂だが、もう片方は見たことのない魔獣だ


灰色の芋虫のような体をしているが特徴的なのはその足だ

昆虫のように細く長い足が体の脇からいくつも伸びていてその足で俊敏に動き回っている

尾には針がついている

刃蜂を素早い動きで翻弄しながら尾を振るって叩き落としていく


「あれは確か…岩蟲いわむしですね。芋虫のような見た目ですがあれで成虫です」

「あいつは中々強いな」


十数匹の刃蜂を相手に大した痛手も受けずどんどん減らしていく

これだけ数の差があるのだ、当然すべて避けきれるわけはない

素早い動きもそうだが、見た目以上に防御も堅いようだ


「この辺りではかなり強い方ですよ。本来は七等級がパーティーを組んで倒す魔獣ですから」

「道理でな」

「ジグさん、あれ私たちで倒しちゃいましょう」


シアーシャの提案にジグは考える


倒すことは可能だ

速くはあるが対応不可能な速さには程遠い

自分一人で相手取るならば刃蜂の群れの方がよほど厄介だ


気にしているのはギルドの方だ


「いいのか?勝手に格上の魔獣を相手にして」


本来なら上の依頼は一等級までしか受けられない

二つも上の依頼を勝手にやって規則に触れないのだろうか


彼の懸念はそこにあった


「確かに本来手を出してはいけない相手ですが、例外はあります。相手が襲い掛かってきた場合にやむなく迎撃するのは認められています。その際に撃破したならばちゃんと報酬も出ますよ」


これが動きの遅い魔獣であったり好戦的でない魔獣であれば通らないだろう

しかし岩蟲は好戦的かつ動きの速い魔獣だ

言い訳としては十分


「了解した。部位はどうする?」

「岩蟲に使える素材はほとんどありません。尾の針さえあればいいので、思いっきりやっちゃってください」


そうこうしているうちに決着がついたようだ

最後の刃蜂が岩蟲の顎に嚙み砕かれて絶命する


ジグが走る

あまり音をたてないようにしていたが、岩蟲は敏感に察知してこちらを捉えた

耳も悪く無いようだ


ならば遠慮はいらないとさらに速度を上げるジグ


接敵する少し前、シアーシャが術を放つ

しかし敏感に察知した岩蟲は地の杭を躱す


岩蟲は正確には耳がいいのではない

体から生えた薄い毛が空気や地面の振動を感知しているのだ


長い足を巧みに使い身をくねらせて杭を避ける

回避した直後だというのに体勢の崩れはまるでなかった


そのまま顎を突き出し噛み砕かんと迫る

右に飛んで躱すと足を斬り飛ばそうとする

しかし岩蟲はすぐさま方向を変えると変わらぬ勢いのまま追尾する


無数の足は急な方向転換にも耐えうるバランス感覚を生み出していた


「ちっ!」


やむなく後ろに下がりながら剣を振るう

勢いが殺されたため傷を負わせることはできないが、顎を横からたたかれた岩蟲の方向がそれる

そのまますれ違いざまに振るわれた尾をかがんで躱すと反転して突撃してくる岩蟲に備える


接触する前、またシアーシャが術を放つ

またしても察知し回避行動をとるが、今度はそうはいかなかった


今度の術は杭ではなく壁

横に長い壁だ

身をよじった程度で躱せるものではない


岩蟲の体の前部分が打ち上げられる

自慢の足は地を離れ、蠢くしかない


壁の上にジグが飛び乗った


打ち上げられ、無防備な腹をさらす岩蟲をジグの双刃剣が横一閃に薙ぐ

刎ね飛ばされた頭部が宙を舞う


残された胴体が足を蠢かせながら地に伏した

頭部はしばらくせわしなく顎を動かしていたが、やがてゆっくりと動きを止める




「…こんなもんか」


汚れを拭き武器を仕舞う


中々の強さだった

あの脚を用いた旋回性は脅威だな


「最近、私の術読まれたり効かなかったりしすぎじゃないですかね…」


釈然としない表情でシアーシャが愚痴る


「そう言うな。いいフォローだったぞ」


絶妙なタイミングの打ち上げだった

自分だけならもっと手間がかかっていただろう


「ありがとうございます。しかしこうなると本格的に魔具が欲しくなりますね…属性一つだと色々不便です」

「資金、貯めないとな」


シアーシャに剥ぎ取りを任せて刃蜂の死骸を集める


「それにしてもいい仕事をしてくれました。これで刃蜂の討伐数は足りますよ」

「いいのかそれ」

「いいんです。岩蟲が刃蜂を倒して、岩蟲を私たちが倒した。勝者の総取りです」


漁夫の利も戦場の常、ということか




「今日はもう十分でしょう。帰りましょうか」

「ああ」


途中まで倒した魔獣の素材で荷物も一杯だ

二人は来ていた道を引き返す


刃蜂の巣の近くまで来た

冒険者たちはまだ残っているものも多い

順番に倒しているため時間がかかるようだ


彼らは森の奥から戻ってきたシアーシャ達を怪訝そうに見る

しかしその荷物が魔獣の素材ではちきれそうになっているのに気づくと顔色が変わる


羨望、嫉妬、怒り、苛立ち


様々な視線を一身に受けるのを感じた


ジグはその中に昼間の冒険者を見つけた

しかしシアーシャが彼らに目を向けることはない

振り返ることなく彼女は進んでいった


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