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依頼は無事取れたようだ
しかし彼女は釈然としない顔をしている
「どうした?」
「…仕方のない事なんですけど、人が増えてきました」
それはまあ、当然だろう
今受けているのは八等級の依頼
七等級以下が冒険者の半分を占めるということは六・七・八等級の依頼が最も人口の多い層だ
つまり
「高確率でバッティングしますね。獲物の取り合いになるかもしれません」
当たり前だが皆稼ぎたい
割のいい依頼や儲かる依頼に人が集まるのは必然だ
人が多いということはそれだけ揉め事も多くなる
効率のいい狩場などは取り合いになるだろう
「私たち新入りですからね…肩身の狭い思いをするかもしれません」
古参の冒険者たちの縄張りに踏み込むと面倒ごとになるのは目に見えている
おいしい狩場はほとんどとられていると考えるべきだろう
「とりあえず行ってみましょう。ダメそうならまた何か考えます」
「それしかない、か」
一度受けてしまった以上破棄すれば違約金が発生し、評価が下がってしまう
それはどうしても避けたい
二人は足早に転移石の部屋に行くと行列にやきもきしつつ森林へ向かった
転移場所から東へ
今まで袋狼を倒していた場所の反対に行く
現地に近づくにつれ二人の表情が曇っていく
遠目に見るだけでも人が多い
「これは…想定以上ですね……」
シアーシャが若干の苦々しさを滲ませる
視線の先には刃蜂のものと思われる巨大な巣があった
三分の二ほどが地面に埋まっており、露出した部分から小さな子供ほどの大きさの蜂が出入りしている
体色は普通の蜂とは違い黒
所々に白いラインが走り、尾の先に細身の曲刀のような刃がついている
巨大な巣から距離をとり冒険者たちが遠巻きに陣取っている
他のパーティーとかぶらないように、戦いやすい平地で多くの冒険者が待ち構えていた
巣から無数の刃蜂が出入りしているが、飛んでいるため戦闘のできそうなルートを通る数は思いのほか多くは無い
「刃蜂は地中に巣を作るんですけど、大きくなるとあんな風にはみ出すんですよ」
「あの巣を片づければだいぶ減るんじゃないか?地中を処理するのは手間かもしれんが、油を流し込むなりやりようはあるだろう」
当然と言えば当然の疑問に彼女は微妙そうな顔をする
「刃蜂は女王がいなくなると残った中で最も大きい個体が次の女王になるんです。ただ巣を破壊してもいずれまた作り直すでしょうね。それに……」
彼女は少し言い渋る
「それに、冒険者が協力しないと思います。彼らにとってはいい稼ぎ場所ですから」
「…そういうことか」
彼女の言わんとするところを理解する
つまり彼らは刃蜂にいなくなられると困るわけだ
手順もわかりきっていて危険も少ない魔獣を機械的に狩るだけで収入が得られる
実に安定していて、無理なく定期的に稼げる
「悪いとは言いませんが、冒険者という名前は変えたほうがいいですね」
既得権益に縋りつくその様は冒険とは程遠い
農家だって工夫を重ね、毎日を天候・害獣相手に戦々恐々としているというのに
「一応、まるで危険がないわけではないらしいですよ?時折近づきすぎたり、流れ弾が当たったりして大量の刃蜂が四方八方に襲いかかることがあるらしいです」
シアーシャも思う所があるのだろう
その言葉には含みが多分にあった
なんだかんだ冒険者という職業を楽しんでいる彼女には彼らを受け入れがたいのかもしれない
「随分好き勝手言ってくれるじゃないか」
「えっ!?」
声に振り向く
そこには冒険者のパーティーがこちらに敵意を向けていた
「始めたばかりの小娘が、でかい口叩きやがって」
…馬鹿な
人は多いがそれなりに距離があった
大騒ぎしているわけでもない、聞こえる声量ではなかったはずだが
シアーシャも驚いているようで返答に詰まっている
相手を観察すると、一人に特徴的な部位があることに気づいた
声をかけてきたうち一人の男の耳が長い
笹穂のような形をした細長い耳だ
奇形というには整いすぎている
こちら特有の人種かもしれない
あの耳が伊達でないのなら、聴力に秀でている可能性が高い
迂闊だった
こちらの人間は自分がいたところとは根本的に違うところが多く見られる
頭では理解していてもつい普通の人間基準で行動してしまった
「失礼なことを言ったのは謝ります。ですが利益のために本末転倒なことを良しとするのは理解できかねます」
聞こえてしまったものは仕方がないとシアーシャが開き直る
「…お前に、俺たちの何がわかるって言うんだ」
彼自身、分かっているのだろう
絞り出すような声には怒りよりも自分への苛立ちが含まれていた
それでも見た目小娘のシアーシャに言われるのは彼らの癪に障ったようだ
男たちの敵意が少しづつ膨れていくのを感じる
彼女がそれに気づく様子がない
殺意ですらない敵意なんて生易しいものを向けられても気づけないのだろう
「分かるわけないですね。私は…」
「シアーシャ、よせ」
「っ、……はい」
さらに言い募ろうとする彼女を止める
咄嗟に何か言おうとした彼女は、しかしジグを見るとおとなしく引き下がった
まだ何か言いたげではあるが
ジグはシアーシャの肩を叩くと男達に向き直った
「悪かったな、人が多くて苛々していたんだ」
「…ふん。女の後を付き纏うだけの腰抜けめ」
男は吐き捨てるように言う
瞬間、背後で殺気が膨れ上がるのを小突いて止める
彼らは幸運にもそれに気づかぬまま背を向けて去っていった
「……」
それを無言で見送るシアーシャの目は険しい
彼らの姿が小さくなっていく
この距離なら流石に聞かれることはないだろう
それぐらい離れたところで口を開く
「どうして止めたんですか?」
咎めるような口調ではないが、やはり不満気だ
ジグは諭すように説明する
「ああいう人間は想像よりずっと多い。敵に回すのはお勧めしないな」
「……」
この答えでは不満だったようだ
彼女はそっぽを向いてしまう
「それにな」
その仕草に苦笑いしながら続ける
「皆が皆、強いわけではないんだ。自分の理想と現実の自分に向き合って折り合いをつけなきゃならん」
「…ジグさんもですか?」
「ああ」
常に強く、上を目指し続ける姿勢は素晴らしいものだと思う
だがそれを他人に押し付けるのは少し違う気がする
「気に入らん奴がいてもそういう考えの人もいるんだな、程度に思っておけ。面と向かって相手していたらきりがないぞ。」
「…はい」
彼女なりに納得がいったのか、いつもの顔に戻っていた
「ただし理解も、それに付き合う必要もない。お前は今まで通りやればいい」
誰もが強いわけではない
だが強い人間、強くなろうとする人間がそれに付き合わされて足を引っ張られるのもまた違う
「そうします。差し当たってですが、今日は別のことをしましょう」
いつもの調子を取り戻した彼女の判断は早い
既に頭を切り替えて次の方針を考えていた
「依頼をキャンセルするということか?流石にそれはマイナスが大きすぎるような気がするが…」
評価値が下がっても降級することはないが、マイナスされた分は取り戻してからでないと加点されない
「キャンセルはしません。刃蜂は他の冒険者たちが狩り終えて帰った頃に最速で倒しましょう。それまでの間、この辺りを探索して数が多く討伐の容易な魔獣を探します」
この辺で数が多く、依頼をこなしやすい魔獣を絞り集中的にこなすというのが彼女の計画のようだ
「分かった。金額はどうする?」
「今回に限っては報酬は二の次でいきます。とにかく加点を狙って八、九等級を抜け出すことに集中したいんです。ここさえ抜けてしまえば金額も数も豊富な依頼にありつけるので、辛抱です」
「なるほどな。了解した」
あくまで効率的に
違うのは今ではなく先を見た効率の良さだった
二人は方針を決めると刃蜂の巣を迂回し、奥へと進んでいった