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眼帯女を追い払った次の日
二人は朝食を済ませると魔具店に行った
魔具とは刻印とは違い、術式を完全に刻み込んだものだ
ただ術式を書けばいいというものでもなく、用途に応じた造形と材質が求められる
魔具は魔術を発動させる際にその形自体も術式の補助になっているのだ
小さい火を出す、飲み水を精製すると言った簡単なものならそこまで形にこだわる必要はないようだが
魔具は便利ではあるが自分の得意な術を上回るものではなく、苦手な属性のフォローに使える程度の立ち位置にある
自分の使う術より強力な魔具は結局起動に必要な魔力が足りず扱いきれないためだ
「どちらにしろ、魔力のない俺には扱えないわけか…」
心底残念そうにジグが呟く
対照的にシアーシャは楽しそうに見て回り、店員にあれこれ質問している
しばらくそっとしておいてやろう
彼女を待つあいだ店のものを見て回る
多種多様な魔具を見ているのは飽きない
「しかし、うむ…高いな」
小物ならともかく、攻撃・防御として実用的なレベルになると値段が途端に跳ね上がる
半ばオークションのような気分で高い方へ高い方へと見ていく
その途中、気になるものがあって足が止まる
「短刀か?」
他の魔具が宝玉の嵌った腕輪だったり装飾品のようなものが多いので気になった
藍色の刀身と独特な造形で正直、実用性のある刃物には見えない
「これが気になりますか?」
足を止めて見ていたせいか店員が声をかけてくる
「これも魔具なのか?」
「こちらは正確には魔具というよりも魔装具です。術式が刻まれている魔具とは違い特殊な性質の素材で作られた武具のことですね。」
「どう違うんだ?」
「主な違いはそれ自体が特殊な効力を持つ、ということです。魔具とは違い魔力を注ぐ必要がありません。この短刀は蒼金剛と呼ばれる魔力を分解する性質の鉱石を使っていて、簡単に言うと魔術を斬れます」
魔術を斬れるだと
想像以上の性能に思わず短刀を見るが、疑問が浮かぶ
「この刀身だと斬る前に術が直撃しないか…?」
「しますね」
だめではないか
「もっと長く作れないのか?」
「もちろんできますが、そこまで行くと武具屋で探したほうがいいでしょうね。それに、お値段の方が…」
言われて値札を見る
百五十万
この長さでこの値段
実用的なサイズにすると幾らになるのか想像もしたくない
「武具にすると高くなりますが、蒼金剛の矢尻なども扱っていますよ。防御術を使う魔獣に有効なんです」
なるほどな
矢尻サイズならばまだ現実的な値段になるし、再利用も可能だ
切り札として悪くない
「矢尻はいくらなんだ?」
「三つで五十万になります」
「……」
現実的…か?
「ありがとうございました」
店員に見送られて店を出る
ジグは当然買わず、シアーシャも小物を一つ買っただけのようだ
「何を買ったんだ?」
彼女は小さい筒のようなものを持っている
「光を発生させる魔具です。込めた魔力に応じて時間や光量が変わるんで便利なんですよ」
彼女は夜によく本を読んでいるので明かりに良さそうだ
「戦闘で使えそうな魔具は高すぎてまだまだ買えそうにないですね…見ているだけでも楽しかったですけど」
「魔術杖だったか?あれはどうなんだ」
「あれ魔術師の近接用武器で、ギミック付きの鈍器ですよ。殴るタイミングで起動すると爆ぜるらしいです」
随分物騒だな
しかし初心者に鈍器を持たせるのは悪くない
刃筋を考えなくともただ殴るだけで十分使える
彼女にはあの土盾があるから必要なさそうだが
「そういえば聞きました?あの幽霊鮫倒されたらしいですよ」
「ほう」
戦闘能力は分からないが、探すのも仕留めるのも難儀しそうな相手だったのだが
「あの魔獣は嗅覚が非常に鋭いから血まみれの餌を置いておくと必ず現れるんです。そこを円形に囲んで食らいついたところで袋叩きにするのが常套手段だとか」
「気づかれないのかそれ」
「全身に草の汁を染みこませておけば平気だそうですよ。視力はそこまででもないみたいなんで」
強引な手段だが倒せるなら立派な戦術だ
巨体の割に狡い能力だと思ったが、やはりあの魔獣は直接戦闘向きではないようだ
しかしその脅威は侮れない
いるとわかっていれば対策は立てられるが、犠牲者が出る前に気づけるかどうか怪しいところだろう
「明日からの獲物には目星をつけているのか?」
「おおよそは。飛烏賊と刃蜂のどちらか、あるいは両方にしようかと」
どちらも聞いたことがない
蜂はなんとなくわかるが、烏賊?
「烏賊って、あのイカか?」
「はい。私は本でしか見たことないですけど、海のアレです」
彼女は本を取り出すとこちらに開いて渡した
受け取って背表紙を見るといつかジグが資料室で見つけた魔獣図鑑だった
開かれたページには今しがた話していた魔獣が載っている
飛烏賊
樹上で生活しており、触手を使って木々を自在に移動する
主食は小動物だが大きな個体は人間も襲うことがある
樹上から飛びかかり触手で動きを封じ、口吻を突き刺すと消化液を注ぎ込み体内を分解してその体液を啜る
飛烏賊に襲われた生物は中身が空洞になるので死因がわかりやすいため、この死体を見つけたら頭上に注意
意外かもしれないが頭は悪くないので安易な囮には釣られない
その体はとても美味で高値で買い取られている
口吻は細く丈夫なため医療など様々な需要がある
「陸にもいるのかアレ。捕食方法が中々…」
「味が気になりますね!」
この物騒な生物に対して感想はそれだけか
彼女の妙な図太さには呆れる
「刃蜂は…尾が刃物のでっかい蜂です。毒はないらしいですけど」
名前通りというわけか
「しかし蜂と同じということはこちらのほうが危険度は高いんじゃないか?数で来られたら捌ききれんぞ」
「大型の巣を作るんですけど、それに手を出さなければ大丈夫です。働き蜂が狩りをするときに何匹かのグループで巣を離れるのでそれを狙おうかと」
数匹であれば対処に問題はないだろう
それに剣と違い魔術なら面制圧はお手の物だ
「なぜそいつらなんだ?」
「一つは報酬が美味しいことです。もう一つはこの二種が捕食し合う関係だからですね」
「捕食者と被食者が両立することなんてあるのか?」
あまり詳しくないが、生態系が崩れたりしないのだろうか
「数や地形、奇襲や個体としての大きさの違いなどで捕食者の立場が変わることなんてよくありますよ。数では刃蜂が、個体としては飛烏賊が。どっちが勝つのかはその時次第です」
勝負は時の運
強いほうが必ずしも勝つわけでもないのは自然界でも変わらないというわけか
「そんなわけで、片方を探していればもう片方も探しやすいかと思いまして。刃蜂の依頼を受けて飛烏賊も倒せたら素材を売り払おうという予定です。刃蜂は素材はそこまででもないんですが、増えすぎると厄介なので討伐依頼がいつも出ているんです」
彼女も色々考えているようだ
冒険者としての情報収集も抜かりない
効率的に依頼をこなして昇級を狙いつつ金策も兼ねている
「了解。となると烏賊は俺が担当するべきかな?」
「お願いします。私がスカスカになるかどうかはジグさんに掛かっています」
「大役だな。最善を尽くそう」
冗談めかしながら帰途に着いた
今日も今日とて冒険者日より
ギルドでシアーシャが依頼をとってくるのを待っている
あくびを噛み殺しながら椅子に座るジグにまたしても近づく人影があった
「ここ、いいかな?」
台詞まで昨日と同じなのはなんの偶然か
「どうぞ」
せっかくなのでこちらも同じ台詞を返す
同じように水を差し出すと相手が怯んだ
「い、いや。ちょっといま喉が渇いてなくてね」
その反応で眼帯女と繋がりのある人物だと分かる
長剣を背負った赤髪の男
歳は同じぐらいだろうか
体つき、立ち居振る舞いだけで実力者と分かる
「俺はアラン。アラン・クローズ」
「ジグだ」
「よろしくジグ。いきなりだが単刀直入に聞きたい。あの時声をかけてくれたのは君か?」
アランは自己紹介に応じると前置きもなく話を切り出した
話が早いのは嫌いじゃない
彼はほとんど確信しているようだ
下手なごまかしが効くようには見えない
「それを知ってどうする?」
「何も。ただお礼が言いたいんだ」
「おそらくそいつはお前らの戦闘技術を盗もうと観察していたんだろう。それでたまたま気がついた。それでもか?」
ジグはアランの真意を探ろうとした
「もちろんだ」
即答だ
「盗み見されていたのはいい気分じゃないけど、仲間の命には代えられない。助けてくれたことには感謝しかないよ」
「…そうか」
迷いがない言葉だった
演技である可能性は捨てきれないが、元々目を見ただけで信じられるほど眼力のある方じゃない
バレている以上誤魔化すのも意味がない
襲ってきたら皆殺しの精神で行こう
両手を上げて降参のポーズをした
「そうだよ、俺だ」
「あれ、案外素直に認めるんだね」
「まどろっこしいのは嫌いなんだ」
「なんにせよ、ありがとう。君のおかげで仲間が助かった」
アランは頭を下げた
ジグはひらひらと手を振る
「気にするな。さっきも言ったが偶然だ」
「なにか特別な技能があるわけじゃないのかい?」
「ないな。偶然光が当たって景色が歪まなかったら間違いなく気付かなかった」
当然匂いのことは隠す
そこまで話してやる義理はないからだ
実際気づいたのは偶然なのでまるっきり嘘というわけでもない
「君は冒険者じゃないんだよね?」
「ああ。荷物持ち兼護衛だ」
「彼女、噂になってるよ。期待の新人だってね」
「らしいな」
彼の耳にも入っているようだ
「なにかお礼がしたいんだけど、冒険者じゃないなら現金がいいかな?」
「あれぐらいで金は取らん」
「まあまあそう言わず」
断るがアランは引き下がらない
この若さで冒険者上位に入るだけあって案外強引だ
「貸し一つだ。そのうち適当に返してくれ」
何かしら譲歩しなければ引き下がらないと考え適当に言ってお茶を濁す
「うーん…すぐには思いつかないしそこが落としどころか。いつか必ず返すからね」
「期待しないで待ってるよ」
「じゃあ今日のところはこれで。ああ、そういえば…エルシアさんがすごい怒ってたよ」
誰だ
とはいえ怒らせた人間など心当たりは一人しかいない
「あの眼帯女か」
「眼帯女って…彼女は三等級のすごい冒険者なんだ。あんまり無茶しないようにね」
三等級か
今のシアーシャからすると雲の上のような存在だな
あの眼帯そんなに強かったのか
「肛門はたいしたことないようだがな」
「…それ本人に絶対言っちゃ駄目だよ」
苦笑いしながら去っていくアラン
その背を何とはなしに見送る
「…気にしすぎだったか?」
見た限りこちらに危害を加えようという風には見えない
こちらと向こうでは価値観も違うから何とも言えないが…
「面倒なことにならなければいいが」
依頼をとってきたシアーシャに手を上げながら呟いた