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ジグたちは一足早くギルドに戻って今日の報告をしていた
無論、幽霊鮫のことは伏せてだ
「お疲れさまでした。初日でこの成果はすごいですよ。これからの活躍に期待しています。ですが無理はなさらぬように」
「はい」
初日の成果としては上々のようだ
シアーシャは受付で報酬金を受け取ると上機嫌で戻ってきた
「どうだった?」
「なかなかですよ。二万五千になりました」
「ほう」
一日の稼ぎとしては悪くない
「あと四回ほど同じレベルの依頼をこなせば昇級できそうですよ」
「そんなに早いのか?」
彼女に聞くと昇級のシステムについて詳しく説明してくれた
十点で昇級
自分の適性等級の依頼をこなすと一点加算
一つ上の等級で二点
失敗すれば倍の点数を失う
つまり上の依頼を失敗すれば四点のマイナスになる
よほど自信がなければ上の等級に挑むのは難しいというわけだ
「それとは別に依頼の達成に不備があるなど素行が悪いと減点されます。ギルドから特別に頼まれた依頼はこなすと点数に大きな加点があるらしいですよ」
「変に媚びたり悪さするより堅実にやるのが一番早そうだな」
「ですです。一点加算されたところで最短五回なのは変わらないですし」
話している間にもどんどん冒険者が帰ってくる
その中に先ほどのパーティーを見つけた
「良かったんですか?あの魔獣のこと報告しなくて」
「どうせあいつらが報告するさ。それに偶然駆け付けたって言い訳は通りそうにないしな」
彼らは周囲の警戒を怠っていなかった
たまたま駆け付けたというのは無理がある
「盗み見してたなんてバレたら素行不良で減点されちゃいますよね…」
「そういうことだ」
「そうでしたか…幽霊鮫が」
「ああ。袋狼の繁殖期にはまだ早い。おそらくあいつに追い立てられたんだろう」
「ご報告ありがとうございます。それにしても流石ですね、アランさん。幽霊鮫を撃退するとは。あの魔獣に不意を打たれて犠牲者が出なかったのは初めてかもしれません」
幽霊鮫はその隠密性から発見が困難だ
討伐依頼が出るのは決まってどこかしらで犠牲者が出てからで、
こちらが先に見つけた例は非常に少ない
個体数が少ないのも手伝って被害者自体は少ないため、積極的に対策を練ろうという動きにならないのだ
「…そのことなんだが、実は俺たちも接近に気づけなかったんだ。通りすがりの誰かが気づいて声を掛けてくれなかったら間違いなく一人死んでいた」
「そうでしたか…その誰か、というのは?」
アランは首を振る
「分からない。距離もあったし一瞬のことだったからな。恰好からして冒険者のはずなんだが…それで一つ頼みたいことがあるんだ」
「今日森を探索していたパーティーの情報、ですか」
「いけるか?」
受付嬢は考える
基本的に冒険者の情報は開示していない
だが正当な理由があればその限りではない
問題はどこまで教えるかだ
「…今日森に入ったパーティーの数と名前、出立・帰還時刻。教えられるのはそこまでですね」
「十分だ、助かる」
礼を言って戻るアランを受付嬢が呼び止めた
「一つ、条件が」
「なんだい?」
「その方を見つけたらギルドにも教えてください。幽霊鮫の隠密を看破する技術は私共も欲しい」
「…確約は出来ない。話しては見るが、断られたら諦めてくれ」
「十分です。こちらを」
受付嬢からリストを受取ると今度こそアランは仲間の元に戻った
「わわっ、こっちに来ますよ」
「堂々としてろ」
テンパるシアーシャをなだめてそのまますれ違う
向こうはこっちに気づいた様子もなく通り過ぎて行った
彼女は胸をなでおろす
「いまさらですが」
二人はそのままギルドを出ると夕食に向かう
「見殺しにするのが一番楽でしたね」
「まあ、な」
彼女の言うとおりだ
黙って眺めていれば面倒なことはすべてあの魔獣が片づけてくれたかもしれない
「だがまあ、色々いい物を見させてもらったからな。それくらいはしてもいいだろう」
「それもそうですね」
「これからああいう場面に出くわしたら、ある程度は手を貸してやるといい」
「役に立たなそうな人でもですか?」
「そうだ」
シアーシャは不思議そうな顔をしている
「人間社会で生きていく上で大事なのは敵を作らないことと、味方を作ることだ」
「味方…ですか。それは、とても難しいですね…」
彼女は渋い顔をする
長い間敵しかいなかった彼女に急に味方を作れと言っても受け入れ難いだろう
「何も絶対裏切らない味方を作れというわけではない。自分にとって都合の悪い時にフォローしてくれるかもしれない、程度でいいんだ。薄くてもいいからつながりを多く持て。必ずお前の助けになる」
「…よくわからないけど、わかりました。ジグさんが言うならやってみます」
話が終わると二人は新しい飯屋を開拓するべく周囲に目を光らせる
「あそこはどうでしょう?」
シアーシャの指した店は海鮮系のようだ
この辺りは海が近い、外れの可能性は低いだろう
「よし、行こう」
中に入ると端の席について注文をする
注文を受けた店員が離れたことを確認すると料理を待つ間に気になっていたことをシアーシャに尋ねる
「前も言っていたが、あいつらの魔術はどう違うんだ?」
「一言でいうなら、魔術のオートマチック化ですね。魔術の発動工程は覚えてますか?」
「…たしか、汲み上げる・指向性を与える・形を作る、だったか?」
やや怪しい記憶を掘り出して答える
「そうです。彼らはその工程の指向性を与えるまでを自動化しています」
「自動化って…できるのか?」
「転移石板を思い出してください。あれに刻まれていたのは魔術刻印というもので、あらかじめ術式を書いておくことで魔力を流すだけで起動するようにしているんです」
「つまり自分の体に術式を書き込んでおくということか?」
「正確にはあえて未完成の術式を刻むんです」
そういうことか
完全に術式を刻んでしまうとその術しか使えなくなってしまう
なので工程のうち指向性を与えるところまで書いておく
起動させた後は形を与えるだけの状態に持っていけるわけか
「しかしそれだと術の傾向が偏ってしまうんじゃないか?」
「もともと傾向の違う術を覚えるのってとても大変なんですよ。魔術一本でやるならともかく手札の一つとして使う分にはとても有効な方法なんです。いざというときに悩まなくていいわけですし」
とっさの判断が求められる時に選択肢が多いのは時に邪魔になりかねない
敵の攻撃を避けるか防御するか
敵を攻撃するとき術を選ぶか剣を選ぶか
出来ることが決まっていれば迷うこともないというわけだ
パーティーで動く際に役割が分かりやすいのも利点だ
「もちろん欠点もありますけどね。細かいアレンジが利かなくなりますし。でもデメリットを上回る効果が得られると思いますよ。人間の工夫も大したものです」
「俺も魔術刻印を書けばできるようになるか?」
「無理ですね。ジグさん、というかあっちの大陸の人間って魔力一切ありませんから。だから魔術の匂いを嗅ぎとれるわけですし」
実に残念だ
持ち物を増やさずに飛び道具が使えるのは非常に便利なのだが
予兆を嗅ぎとれるのも便利ではあるが、魔術を使えるのとどちらがいいと聞かれたら使える方をとる
話に一区切りついたところで料理が来た
ジグは海鮮ペペロンチーノ、シアーシャはパエリアだ
「お、うまい」
ニンニクを効かせた海鮮の香りが何とも食欲をそそる
値段も安くて量もある当たりの店だ
頭のメモ帳に書き加えておく
「こっちもおいしいですよ!」
パエリアも好評のようだ
海老や貝がゴロゴロ入ったパエリアも実にうまそうだ
「少し交換しよう」
「そうしましょう。そっちも気になってました」
二人は料理をシェアしつつ、結局追加注文までして夕食を楽しんだ
「気になっていたんだが」
食後のお茶を飲みながらジグが切り出す
「冒険者は妙に女が多いな。魔術はともかく、剣士はやっていけるのか?」
魔術師専門というならわかる
しかし前衛の恰好をしたものも少なからずいた
「こっちの人は魔術で常に体を強化していますからね。基本的に女性の方が魔力量が多いんで、素の肉体能力込みでほぼ互角ぐらいじゃないですか?」
「なに?」
ジグが思わず身を乗りだす
「それはまずいな。どの程度強化されるかは知らないが、同じ身体能力のやつには確実に勝てないということか」
「うーん、それなんですけど…ジグさん袋狼と戦ってどう思いました?」
「特には何も。群れると面倒かもしれんが単体じゃ相手にならんな。駆け出しの傭兵じゃつらいかもしれんが」
「こっちでも大体同じ認識なんですよ。駆け出しじゃ大変だけど熟練者の敵ではないそうです」
それは変だな
身体能力が強化されていれば多少不格好でもさして苦労するとは思えないが
「おそらくですが、こっちの人間は素の身体能力が低いんですよ。彼らの強化はかなり日常的なものです。ほぼ無意識といってもいい。体を魔力で補っているせいで低下したのか、低い体を補うため魔力が発達したのかは分かりませんが。魔獣も同じですね。魔力で強化しているからこそあの巨体を保っていられる。結果的に男女の能力差は縮まり、戦闘でも活躍するようになったわけです」
それを聞いてジグは安心した
魔術が使えないうえに頼みの身体能力まで負けていたらどうしようかと思っていたのだ
安心すると別の疑問も上がってきた
「俺が強化に気づけなかったのはなぜだ?」
「自分の体に影響させるときは指向性を与える必要がないからです。体の働きそのものを補うだけでいいからですね。正確には補っているのは肉体能力だけでなく体そのものみたいです。おそらく魔力ないと病気もまともに治せずに死にますよ、彼ら」
プラスアルファではなくそれありきの能力というわけか
しかしそれはそれで難儀だな
いい事ばかりではないわけか
「魔術と言えばですけど、魔獣も使ってましたね」
「…ああ。気づけたのは運がよかった」
森での鮫のような魔獣を思い出す
あの巨体が姿を消し宙を泳ぐ
なんという厄介さだ
「魔獣がああいった魔術を使いこなすとなると、事前の情報収集は必須だな」
こちらでも情報屋を探す必要があるか
…情報屋でいいのか?
魔獣の学者とかの方がいいのだろうか
いや、そうだ
魔獣図鑑だったか?あの本がいい
これ以上の出費は押さえたいが、ぜひ借りておきたい
「そういや聞いたか?幽霊鮫が出たって話」
「ああ。アランのとこが撃退したらしい」
「おいおいすげえな。近頃あいつら調子いいな。もうすぐ四等級だろ?」
「うらやましいねぇ。だが討伐したわけじゃないってことは近々正式にギルドからお触れが出るかもしれんな」
「この前のは空振りだったからなぁ、頼むぜほんと」
「しかしギルドが誤報とは珍しいな」
どうやらあの魔獣は幽霊鮫と呼ぶらしい
「あのパーティー、できると思ったら五等級ですか…道理で」
「五等級ってすごいのか?」
数字だけ聞くと真ん中ぐらいに思える
「ベイツさんに聞いた話だと冒険者の半分が七等級以下だそうです」
つまり七等級の上の方が真ん中程度の実力ということ
聞くに彼らは昇級間近の五等級上位
上の下といったところか
「これはまずいかもしれんな」
思っていたよりも実力者だったようだ
当然周囲への影響力や情報収集能力も高いだろう
自分たちに行きつく可能性も低くはない
「奴らが細かいことを気にしない性格であることを祈るか…」