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ギルド内の視線がこちらに向けられる

露骨ではないが、横目で値踏みするようなねっとりとした視線だ

ジグの方へは力量を計るような

シアーシャにもその手の視線が向いたが、それ以上に容姿に対する感嘆の視線が多い


その視線に怯まず、というよりは気にする余裕がないシアーシャは真っ直ぐに受付へと向かう

時刻のせいか受付はあまり混んでいないようだ

冒険者たちは併設されている食堂で今日の成果を祝い、反省し、次の計画を立てている

受付にはすぐにたどり着けた


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


受付は女性だった

そのことに少し安堵しながら要件を言う


「冒険者に登録したいんですが」

「新規登録ですね。二名様でよろしいでしょうか」


受付嬢がジグの方を見つつ聞いてきた


「い、いえ。彼は私の付き添いです。登録は私だけです」

「かしこまりました。ではこちらに記入を。書けなければ代筆もできますよ」

「だ、大丈夫です」

「それからお手数ですが血を一滴こちらに垂らしてください」


どもりつつもなんとか応対できている

渡された紙や針に魔力が使われているのに少し驚いたが落ち着いて記入する

紙を渡すと確認される


「こことここ、記入漏れがあります」

「あっ!す、すみません…」


多少のミスをしつつも登録は滞りなく進んでいった

シアーシャが書き直した書類と血を垂らした紙を受付に出す


「…っ」


血を垂らした紙を確認した受付嬢がわずかに表情を変えるがシアーシャに気づく余裕はない

しかしジグには気づかれていた

彼の視線に気づいた受付嬢が咳払いをする

一通りの確認が終わった後に受付嬢が書類を仕舞う


「それでは最後に、簡単な面談と説明をします」

「はい」


これが最後とシアーシャが姿勢を正す


「見たところ武器を使うようには見えませんが、魔術師ですか?」

「はい」

「攻撃系ですか?防御系ですか?」

「え?えと…」


こちらの魔術については詳しく知らないので迂闊なことは答えられない

想定外の質問にシアーシャが固まる


「辺境の出でな。感覚でやっているから基礎知識や常識に疎いところがあるんだ」


返答に詰まった彼女に助け舟を出す

彼も詳しいわけではないが前後の会話から何となくそれっぽい言い訳ぐらいは思いつく


「そうでしたか。もしよろしければこちらで参考書の貸し出しや指導官を手配することもできますのでご一考ください」

「はい」


彼女は参考書という言葉に興味を惹かれた

ほとんど独学、感覚でやってきたのでこちらの魔術様式はぜひ知っておきたい


「今後他の方とパーティーを組む予定はありますか?」


他所に行きかけた思考が受付嬢の質問で引き戻された

興味は尽きないが今は目の前に集中すべき自制する


誰かと組む、か

考えたこともない

今までずっと一人で戦ってきた

前までの自分なら即座に否定したであろう

しかし今は――


「分かりません」

「そうですか。これは強制ではありませんが、ぜひ前衛を任せられる方と組むのをお勧めします。魔術師は接近されると非常に脆いので」


分からないと答えるくらいには考えは変わっていたのだった

それに受付嬢の言うことも納得できる

シアーシャはジグとの戦闘を思い出す


彼はあくまで人間だ

街一つ沈めることも火の海にすることも到底出来まい

だというに近づかれると途端に手に負えなくなる

相性の問題と彼は言っていたが、はっきり言ってとても悔しい

自分なりに対近距離の術を組んでいたのだが通用しなかった

魔女の、魔術師の弱点は近距離戦というのは紛れもない事実だった

特に魔獣は耐久力があるため近づかれる可能性は極力排除するべきだ


「ギルドに申請しておくと同じくパーティーを探している方を紹介することができます。ただし申請にはある程度依頼をこなすことが求められます。また素行に問題があったり依頼の達成率によっては申請を拒否されることもあるので気を付けて下さい」


彼女は規則や注意事項を細かに説明されるのを聞き逃さないよう意識を傾けた



シアーシャへの説明を聞くに導線はそれなりにしっかりしているようだとジグは安堵する

こちらはもう問題ないだろうと意識を周囲に移した


向けられた視線を探っていく

ほとんどがシアーシャに向けられたもの

男は容姿に見惚れ、女性は嫉妬や羨望の目を向けている

魔女であることを悟られたわけではなさそうだ


ジグに向けられた視線は二種類のみ

珍しい武器を観察するものと、彼の実力を読み取ろうとするものだ

立ち居振る舞いだけで正確な実力を計ることはできないが、その人物が「できる」かどうかくらいは分かる

後者はジグを見てそれを理解できるだけの実力がある者たちということだ

彼らに対してジグは一瞬だけ、しかし鋭い睨みを飛ばす

視線に気づかれ、返された凄味に思わず腰が浮き獲物に手が伸びる冒険者

しかし流石に実力者、意図に気づきすぐに冷静さを取り戻す


ジグは既にそちらを見ていない

傭兵をしていればこのぐらいは日常茶飯事だ

普段の彼なら気にもしないが今は護衛をしている身

誰を護っていて、手を出すなと牽制をする必要があった


そうして周囲を見ていると、この地に来て何度目かもわからない違和感を覚えた


女性が多い


当然だが男と女には歴然とした身体能力差がある

才能に恵まれた者が人生すべてを剣に捧げても少し腕のいい男の傭兵に敵わないほどだ

必然、女性の傭兵などまず見るものではないし、居たとしても気づけないほどの姿形になっている


そのはずだが、このギルド内をパッと見ただけで二割は女性がいる

いずれも剣を振るえるとは思えぬほどの細腕だ

異常といっていい光景にジグはめまいを感じる


そうこうしているうちに登録が終わったようだ

小さなカードのようなものを受取ったシアーシャが受付に頭を下げた後にこちらを向く


「これで私も冒険者です」


緊張から解放され胸を張ってカードを見せている


「ああ。よかったな」

「ありがとうございます。まずは一歩です。…とは言っても今日はもう遅いので本格的な活動は明日からですね」

「もう戻るか?」

「その前に二階に資料室があるみたいなんで参考書を借りても構いませんか」

「ああ」


受付の脇にある階段から二階へ上り端の方にある部屋に入る

部屋には所狭しと並んだ本棚、独特な紙の匂いがした


「…素敵ですね」


本が好きなのかとても嬉しそうだ

奥の方の管理人と思しき人物へ向かう

シアーシャが管理人と話している間に本棚を眺めてみる

何やら小難しい本が多く、字は読めても内容はまるで理解できなさそうだ


「ほう、これは…」


そのままタイトルを流し見ていると興味をそそる物を見つけた


魔獣図鑑と記されたそれを手に取って読んでみる

魔獣の名称、生態、似姿などが書かれており有用な情報となりそうだ


「ジグさん」


気が付くと結構読み込んでいたようでシアーシャは本を選び終わっていた

本を閉じると棚に戻す


「もういいのか?」

「それなんですけど…お金、かかるみたいです」

「…借りるのにか?」


管理人が言うには担保のようなものらしい

本の値段分払い、返却した際に破損状況次第で返ってくる金額が変わる

経年劣化以外の破損がなければ全額戻るので大事に扱ってくださいと管理人に頭を下げられる


「なるほど正論だな。いくらだ?」


管理人の言うことももっともだと財布を取り出してなにげなく聞く

シアーシャが気まずそうにしながら値段を告げた


「一冊、十五万です…」

「……ほう?」


ちらりとシアーシャを見る

彼女が持っているのは二冊

額にわずかに汗がにじむ


「あのあの、私なら時間あるときに立ち読みにくるんで…」

「必要な、知識なんだろう?」


金貨を取り出すとトレイに置いていく

きっちり三十枚乗せて管理人に突き出す

ギルドカードの番号を控えて期限等を確認して手続きは終了

本を受取ったシアーシャが頭を下げる


「ありがとうございます」

「気にするな。大事に読んでくれ」

「はい!」


嬉しそうな顔をするシアーシャ

二人を見た管理人は思う

脂汗さえかいていなければかっこよかったのに、と


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