12
適当な飯屋に入った二人は久しぶりのまともな食事に舌鼓を打った
しばし会話もせずに食べていた二人は一心地着いたあたりで周囲の会話に耳を傾ける
「最近どうよ?」
「近頃魔獣が活発化してきたな。新入りどもに注意しとかにゃあ」
「もうそんな時期か。稼ぎ時だぜ」
「そういや聞いたか?街道に大物が出た話。ギルドが懸賞金をかけたとか」
「今うちのトップが参加者集めてるよ」
「うちも上はやる気満々なんだが数が揃わなくてな。近々そっちのクランに共闘を提案するかもしれん」
「実はうちも数が足りねえ。三等級以上の冒険者なんてそうそう予定が合わねえっての」
漏れ聞こえる会話に覚えのある単語があった
「冒険者…前に村で聞いたやつか」
「初めて聞く職業ですね。魔獣退治が仕事なんでしょうか」
「それなら冒険者って名前は変じゃないか?害獣駆除といえば狩人だろう」
「あれを害獣駆除で片づけるのは無理がありませんかね…」
「嬢ちゃんたち、冒険者に興味あるのかい?」
二人で冒険者について話していると皿を下げに来た店員が話しかけてきた
ジグが答えようとしたが、店員の興味がシアーシャに向いていると気づくと彼女に対応を任せた
意図を汲んだシアーシャが微笑みながら店員に聞く
「そうなんですよ。辺境から出てきたもので知らないことだらけで…どんな職業なんですか?」
整ったシアーシャの笑顔に相好を崩した男は饒舌に語り始める
余計なところがずいぶん多かったので時間がかかったが、要約すると
ギルドなる組織が束ねる魔獣討伐を生業とする者
仕留めた魔獣に応じて報酬が支払われ、素材などを売って生計を立てている
束ねるという表現をしたものの実態はかなり自由であり、パーティーやクランを組むのは当事者達にゆだねられている
「魔獣専門の傭兵集団みたいなものか」
「兄さん、その言葉は冒険者の前じゃご法度だぜ」
ジグが口にした言葉に男が注意をする
思わぬところで禁句を口にしてしまったようだ
しかしジグには何がまずい発言だったのか分からない
「どうしてですか?」
「彼らは傭兵なんかと一緒にされることを極度に嫌うんだ。人の命を食い物にしてるような人種と一緒にされちゃ困る、冒険者ってのは誰にも縛られず自由に生きるもんだ…ってのが彼らの主張だ」
「えっと…」
男のずいぶんな物言いにジグを気にしてちらりと横目で見るが本人は素知らぬ顔だ
「ま、俺に言わせりゃ欺瞞もいいとこだけどね。人を食い物にするのも魔獣を食い物にするのも大差ないでしょ、気に入るかどうかってだけで。彼らだって自由に好きにやってるわけじゃなくて結局需要があって収入になるからやってるだけだし」
「へえ…」
この店員、面白い事を言う
おちゃらけたもの言いとは裏腹に自分の考えをしっかり持っているようだ
やや極論気味ではあるが
「まあその需要の関係でこの辺の傭兵は本当にゴロツキ紛いの犯罪者もどきが多いから気を付けた方がいいんだけどね」
ジグの頭がフリーズする
男の言葉の意味を理解するのに時間がかかったからだ
その様子に気づかずシアーシャは疑問をそのままぶつけた
「需要の関係って、つまり戦争が減ったってことですか?」
「減ったなんてもんじゃない。細かい小競り合いを除けばほぼなくなったようなもんだよ」
「ありえない」
とっさに口をついて出た言葉にジグ自身が驚いている
だが偽りのない言葉だった
ジグは大通りで見た獣人間を思い出す
肌の色や文化の違いだけで何百年も争い続けてきたのだ
あのような人型の知的生命体を人間が許容できるとは思えない
「魔獣だよ」
しかしジグの否定はあっさりはねのけられる
「ずいぶん昔に魔獣が活発化して、大規模な争いが起きるとどこからともなく魔獣の群れが大挙して押し寄せてくるようになったらしい。どちらの陣営も等しく襲われて大きな被害が出た。そんなことが何度も繰り返された結果…」
戦争は起きなくなった
しないのではなく、できない
魔獣が闊歩するのと引き換えにこの地は戦争を止めることができたのだ
それがいい事なのかはジグには判断がつかない
「そこで生まれたのが冒険者って職業さ。兄ちゃんたちも腕に自信があるなら一度なってみれば?やめるのは簡単だし、腕さえあればのし上がれる世界だよ」
「考えてみます」
「ねえねえ、今度俺と一緒に…」
男がシアーシャのナンパを試みたところで店の奥から怒鳴り声が飛んでくる
渋々奥に下がる男を尻目にジグが大きなため息をついた
「なんということだ…」
想定外のことには慣れていたつもりだったが、これにはさすがのジグもどうすればいいかわからない
人がいる限り争いは必ず起こる
一時平和が訪れてもいつか必ずその時は来るのだ
傭兵という職が仕事にあぶれることはなかった
それがまさか、外的要因で一掃されてしまうとは
「…大丈夫ですか?」
「今はとりあえず、目の前の仕事に集中するさ。後のことはその時考えよう」
シアーシャは気遣うようにジグを見ていた
「今はそれより自分の心配をしろ。仕事の目星は付いたのか?」
「一応は」
「ほう、なんだ?」
彼女は先ほどまで話をしていた男たちのテーブルを見ている
半ば分かっていたが念のため聞いておく
「私、冒険者になってみたいです」
妥当な選択だろう
身元の不確かな人間でもなれて腕さえあれば収入もある
本来なら腕のところが壁になるのだが、彼女は魔女だ
たとえこの地の人間が魔術を使えるといっても彼女には到底及ぶまい
今までずっと一人でいた彼女に急に人間社会に混ざって働けというのも酷な話だ
「いいんじゃないか。向いてると思う」
「本当ですか?」
「ああ」
先ほどの店員にギルドの場所を聞いてから店を出る
必要なものを買いつつギルドに着いた頃には夕暮れ頃になっていた
ギルドを前にシアーシャは落ち着きがない
今まですべてジグがこの手の対応をしてきたため無理もないだろう
宝石を売った時のように威圧すればいいわけでもない
そわそわとしながらジグを見る
「ど、どうしたらいいんでしょう?」
普段落ち着いている彼女は見る影もない
何がわからないかもわからないといった様子だ
「落ち着け。あまり挙動不審だと舐められるぞ」
「それはいけませんね!わかりました、まず一発かまして上下関係をわからせればいいんですね!?」
逆効果だったようだ
あたふたと術を組もうとする彼女をどうやって冷静に戻したものか
そういえば、自分が子供の頃はどうされていたか
おぼろげな記憶を掘り返しつつシアーシャの正面に回る
「ジグさん…?うわぁ!?」
おもむろに脇に手を差し込むとそのまま持ち上げた
いわゆる、たかいたかいである
「ちょっ、放してくださいよ!」
道行く人が何事かとこちらを見るが、気にも留めない
急に持ち上げられたシアーシャは暴れたが力ではかなうはずもない
しばし暴れたがジグが放す気がないと気づいたのかおとなしくなった
「…どうしたんです、急に」
無駄な抵抗と気づいてだらんとされるがままの姿は猫のようだ
「落ち着いたか?」
「ええ、まあ。…見苦しいところをお見せしました」
バツの悪そうにする彼女を降ろしてやる
その頭に手を置いた
「初めてのことだ、無理もない。だが人の世で生きていく上で避けては通れんことだ」
「…はい」
「失敗を恐れるな、とは言わん。だがいつか、今日のことを思い出して笑えるようにやってみろ」
「…やってみます」
「よし」
わしわしと頭をなでる
くすぐったそうにした彼女は髪を整えて長く息を吸う
吐いた時には震えは止まっていた
「見ていてくださいね」
「ああ」
後ろを見ずに言えば素っ気ない声
その声に心地よさを感じながら勢いよく扉を開けた