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猿狗討伐を受けていた冒険者たちが撤収の準備を進めていく。

討伐自体は成功と言ってもいいが、冒険者側の被害は想定をそれなり以上に上回っていた。


「死者八名、重傷五名、内二人は再起不能。猿狗の討伐にここまでの被害が出るとは……」


被害状況を確認したセツが表情を険しくする。額に滲む汗は戦闘によるものだけではない。

眼前では怪我人の応急処置と三面鬼の素材剥ぎ取り、他の魔獣への警戒など冒険者たちが忙しなく動いている。


とりわけ三面鬼の素材分配と手柄の割合に関しては揉めに揉めていた。

シアーシャとジグ、そしてワダツミが倒した三面鬼は隠れていた子供を含め六体。他の冒険者たちが二体。

どこのパーティーも“うちが倒した”と言って譲らないので非常に険悪な雰囲気を醸し出している。

彼らも予想外の損失と出費で奪い合いに必死だ。


戻って来たケインがその様子を見てやれやれと首を振る。


「少し、偏りすぎましたからね」

「……ええ」


本来であればこういう複数間での共闘があった場合、ある程度の落としどころを冒険者同士で探るものだ。

だが今回は少し話が違う。


「シアーシャさんによる三体の惨殺……もとい、討伐。ジグは二体と、セツさん達が一体……どれをとっても、共闘とは程遠い」


これでは手柄を分けようもない。

必然、彼らが到着前に冒険者達が倒していた二体分を分け合うことになるのだが……


「とても足りませんね」


ざっと見た所、言い争っているのは四パーティー。

三面鬼一体の討伐では素材を全て売っても三十万行くかどうか。それも解体と運搬の手間抜きでの話だ。

四パーティーで二十人ほどいるので一人頭三万。ギルドからの報酬金はパーティ単位で三十万なので、最終的な金額は一人につき九万程にまで落ちる。

治療代と消耗品で消え、装備の補填まで含めると大赤字だ。



「おい! まずはそいつの腹を捌かせろっ! 喰われた仲間の装備は俺たちのモンだ!!」


一人の冒険者が大声で叫んでいる。

死んだ仲間の装備は遺族か、いなければパーティーで分配するのが普通なので彼の主張は正しい。

正しいのだが。


「はぁ……」


しかしながら、仲間の死を悼むでもなくその財産所有権を叫んでいるのを見ていると頭が痛くなる。






「難儀だな。放っておけばいいものを」


セツとケインが頭を抱えているのを横目に水分を補給しているジグ。

仕事の報酬で揉めるのは冒険者も変わらないんだな、などと他人事のように考えながらシアーシャの仕留めた三面鬼の剥ぎ取りへ向かう。


最も価値が高いのは角らしい。その次に眼球。

骨と肉も利用価値があるようだが、解体が手間なのと場所を取るので全て持っていく冒険者は少ない。

シアーシャに必要か聞いておこうと、とりあえず他へ手を出す。


眼窩に手を突っ込んで大きな眼球を引っ張り、もう片方の手に持った剥ぎ取り用ナイフで視神経らしきものをぶちぶちと切り離していく。

ギョロンとした眼球が恨みがましく自分を見ているような気がしたが、気にせず袋に詰めていく。

角は頭蓋骨と一体化しているので、剥ぎ取りナイフの背にある鋸状の刃を使って削り取る。

幽霊鮫の鋭利な牙を並べた凶悪な見た目だが、その切れ味は折り紙付きだ。



「これは中々に便利だな」


その見事な切れ味にジグが感嘆の声を漏らす。

以前ケインにお勧めされて買った剥ぎ取りナイフで、少々値は張ったが使い勝手はいい。

鋸部分はそのうち摩耗するが、その時はまた牙を付け替えればいい換装式。

丈夫なので強引に使っても壊れず、実にジグ向きだ。

一通り剥ぎ終わると血を拭って腰にしまう。道具一つで随分変わるものだ。

後で礼を言っておこうと彼の方をちらりと見ると、未だにセツと二人してどうしたものかと頭を悩ませていた。


「……ふむ」


冒険者たちの険悪な空気は増す一方で、どのパーティーも譲る気はなさそうだ。

そのやり取りをジグは醜いとは思わなかった。

負傷や損失を賄えなければこれからの仕事に支障が出るだけでなく、命にも関わってくるのだから無理もない。

皆自分の群れを守るために必死なだけだ。



「シアーシャ!」


ジグは声を張ると彼女を呼ぶ。

離れたところでハインツの治療を終えていた彼女がこちらを向いた。


“なんですか?”


そう言いたげに髪を垂らして首を傾げた彼女へ向かって身振りで示す。

背後の三面鬼の死体を親指で指し、その後に反対の手で言い争っている冒険者たちを指す。


魔獣を見て、冒険者たちを見ると事情を理解したシアーシャは“あー”と眉根を寄せる。

彼女は顎に指をあてて少し考えた後、こくりと頷いた。


それを確認したジグがケインたちの横へ行くと、いがみ合う冒険者達へ声を掛ける。


「その辺にしておけ」


大声を上げている訳では無い。

それでも低く、腹に響く声は冒険者たちがジグへ視線を移すには十分だった。

一触即発な空気に横槍を入れられた冒険者たちが、その矛先をジグへと向ける。


「……悪いけどよ、部外者は黙っててくれねえか? 兄ちゃんたちは十二分に儲かってるから構わねえんだろうけど、こっちは死活問題なんだよ」


怒気を堪えながら一人の男が睨みを飛ばす。

ぶつけ合っていた威圧がジグ一人へ向けられ始め、それを見たケインたちが慌ててとりなそうとする。


「ちょっ、ジグっ!今は不味い。みんな気が立っているから……」


前に出るケインの肩に手を置いて大丈夫だと頷いて見せる。

ジグは顎で背後の死体を指すと誤解のないよう簡潔に伝える。


「俺の依頼主から許可が出た。残った死体は好きにして構わない、だそうだ」

「ほ、本当か!?」


降って湧いた都合のいい話に彼らの眼の色が変わった。

しかし最初に声を掛けてきた男がその死体を見て怪訝そうにする。


「……使えそうなの、一体だけなんだが?」

「……む?」


言われて振り返る。

シアーシャが倒した三体の内、一体だけは胸に大穴を空けられただけの綺麗な死体だったが、他二体は頭部以外がぐちゃぐちゃの捻じれた肉塊という有様だった。

これでは素材としての価値はない。


それを見た冒険者たちの肩が落ちる。

ジグは無言で少し固まった後、少し離れた場所にある死体を指し示す。


「……向こうに俺の倒した奴がある。そちらも好きにして構わない。角と目だけは回収させてもらったが、文句はないな?」


冒険者たちはそちらを見て、まともな死体があるのを確認すると顔を見合わせた。

おずおずと一人がジグに問う。


「……いいのか?」

「この騒ぎを止めること、金は等分すること。後は、そうだな……」


ジグは少し考えた後にシアーシャを指した。

当の本人はそのやり取りが聞こえておらずきょとんとしたままパンを齧っている。


「少しでいい。俺の雇い主に便宜を図れ。それが条件だ」

「……曖昧だな。いくらでも言い逃れ出来るぞ?」

「そうか。どんな言い訳を見せてくれるか、楽しみにしている」


男の言葉を受けても表情一つ変えずに言い放つジグ。

彼はジグの真意を探ろうとしていたが、その肩を仲間が叩いて急かした。


「おい、いいじゃねえか。くれるっていうんだからよ」

「……ああ。にいさん、その話乗ったぜ」


男はそう言うと、仲間に声をかけて解体作業に取り掛かり始めた。


険悪な空気がなくなるのを見たケインたちが胸を撫で下ろして一息つく。


「同じクランでもなく、お前たちが困っているわけでもあるまいに」

「そうなんだけどな。それでも、同業者が困っているのを放っておくのも、な」

「……ワダツミに入る前は私たちも、ああいったことでよく揉めましたから」



当時を思い出しているセツがしみじみとそう語る。

新人が大変なのはどこの世界も同じらしい。


「しかし、よかったのか?」


先ほどまでのいがみ合いはどこへやら。協力して素早く解体していく彼らを見ていたケインがジグに問いかける。

角と眼球が最も価値があるとはいえ、四体分の素材ともなればそれなりの金額になる。


「あれを二人だけで解体するなど、冗談ではない。俺が楽をしたかっただけさ」


肩をすくめて軽い口調でジグが踵を返す。

腰のナイフにトントンと手を当てると、


「こいつの礼代わりだ」

「……そう、か。すまないな」



いいナイフを教えた、その礼のためだけにジグがそうしたのだと気づいたケインが頭を下げる。

ジグは軽く手だけでそれに応えるとシアーシャのもとへ戻っていった。


祝、百話目? 投稿できました。

ここまでやってこれたのも皆様のおかげでございます。

初期の頃から応援していただいた方たちだけでなく、新しく読み始めてくれた全員に、心からの感謝を。



友人も「わしが育てた」と誇らしげでした。

怒る気力すら湧いてきません。

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