地獄の怪人もきぐるみならやってやる

作者: 昼行灯

 お題の内容は

 昼行灯の人生が小説になりました。タイトル『地獄の昼行灯』

 ある日、魔法少女に出会った昼行灯は、ひょんなことから「山本」と言う謎の人物に愛されてしまい・・・

 誤字脱字表現や順序の違和感は報告されると今後直されるかもしれません。短いです。

 大学新一年生である田中太郎は戸惑っていた。彼は田舎で生まれ珍しくオタクとなり、そして普通に都会に憧れた。そうであるため、上京した彼が期待に胸を膨らませてアキバへと向かったのは当然の結果だった。人混みに圧倒された彼は一度人の少ないところへ行こうとするものの、その判断で道に迷ってしまった。


 今彼が居る所はビルとビルの間にある細い路地だ。音が反響して自分がいるところからどの方向へ行けばあの人混みに帰還できるのかすらわからない。周りを見回してもビル以外は何も見えないし、とにかく先に向かおうとしても路地から路地へと移動するだけで何の解決にもならない。戻ろうにもここまでどうやって来たかなど既に忘却の彼方だった。もはや適当に歩いてビル群を抜け切るしか無いと決めた彼がそんな場所で人の声を聞いたのは言うまでもなく偶然だった。

 耳を澄ますとどうやら喧嘩らしいのだが、どうも普通の喧嘩とは様子が違う。女声できらりんパワーだとか聞こえてくるのだ。とりあえず道を聞いてこの迷宮から抜けだそうと思った彼は声の聞こえる方へと歩いて行った。



 ムキムキマッチョな肉体は今日日役に立たないのか――そう絶望する男性がいた。彼の前では彼が経営する細々としたスーツアクター会社の社員が暴れていた。暴れているのは魔法少女の格好をした女性で、そんな彼女が少し前にやっていた劇で敵役だったきぐるみを着た人間に飛びかかっているのだ。彼女は制止の声を聞かずに路地を挟む両壁を蹴って縦横無尽に動いていた。一応の社長である彼がその才能に目をつけて雇い入れた彼女であったが、劇をやらせると少々その役にハマり込んで時たま劇が終わってもこのように暴走するのだ。その嵌り込む性質のお陰で演技としては一級のものができているわけではあるが。

 素早すぎて止めよう手を出してもするりと避けられてしまって手をこまねいていた彼は、また素早く割り込んできた少年にもとっさの反応は出来なかった。割り込んだ少年は飛び回る彼女を不意打ち気味に捕まえ、抑えこむ。

「……え、えっと、この人が暴れてたってことでいいんですよね?」

 勢いで飛び込んだ田中は生来の気質から少々怯えていた。

「……ふむ、あれだ、俗に言うティンときたって奴かもしれん」

 敵役を行っていた人間は突然入り込んだ田中に対してお礼と状況説明を行っている。その中で一人ムキムキマッチョはそう呟いた。

「な、何というか、変な人もいるんですね。と、都会って怖いなぁ。そ、そのぅ、ところでアナタは平気でしたか?」

「む、おっさんは平気だ、この筋肉の鎧が守ってくれたからな。ところで君、ウチに入らないかい? いや、むしろバイトから……」




 上京した少年、つまり田中太郎は現在きぐるみを来て町の商店街に立っていた。片手には風船があり道行く人々、特に子供連れの奥様方などを主に対象として風船を配っている。きぐるみは商店街のオリジナルキャラクターらしく、少々形容しがたい格好をしている。田中はアキバで勧誘されたからてっきりアキバでやるのかと思ったいたが、意外と遠くまで出張することも多いようだ。春先とはいえきぐるみを来て立っているとさすがに熱い。生来の臆病さや視線恐怖症こそきぐるみで遮られているが、それでも肉体的には非常にきついバイトであり、精神的にも単調な作業に退屈さを感じていた。それを見透かされたように田中が魔法少女の先輩とおぼえてる人間にしっかりしろと言われてしまった。

(これは、冬場でもきつそうだ……これから夏になるというのに。そもそもスーツアクターって結構動くだろう。いまはそう動いていないからまだましだけど。山本さんには悪いけどこのバイトはやめようそうしよう)

 彼はあの後路地裏で山本と自己紹介したマッチョにバイトをやらないかと誘われた。正直断りたかった田中だが、マッチョの体つきや視線に負けて一度だけならという条件で引き受けたのだ。その視線はこう、あっちの人のようであったと今後一人で思い出しては震えることになるのを田中はまだ知らない。


「ふうせんさんほしかったの! ありがとうございました!」

 幼女は母親に促されたのかきぐるみを着た田中にお礼を言った。普段の田中はお礼などそうは言われたことがなく、その瞬間なにかここちの良い物が心をよぎった。

(ううん、きついけど割といいかも?)

 次の瞬間、商店街の一角から万引きだ! と声がした。万引き犯は人がそう多くない商店街を田中に向かって走ってくる。きぐるみと幼女、その母親くらいしかいない所を無理やり突破するつもりらしい。しかしここにいる田中は路地裏で人間を超えたような動きをしていた魔法少女の先輩を捕まえられるほどの運動神経を持っていた。

 きぐるみであることを活かして突き飛ばそうと伸ばした万引き犯の腕を体で受け止めて、そのまま体を捕まえに行き、足を払って地面に押し付ける。暴れる万引き犯を上手くいなしながら万引きをされた店の店員と思われる男性を待った。


「ありがとう。本当にありがとう。いやあこいつ何度か万引きしてるっぽくてマークしてたんだけど逃げられちゃって……」

「いえいえ。大したことはしてませんから」

 きぐるみを着たままお礼を言われた田中は、周囲からの賞賛の視線と拍手を聞いて戸惑っていた。そこに先ほどの幼女がやってきて、きぐるみさんかっこよかった! と言う。褒められている実感とともに喜びが心のなかを占めた。




「田中、お前結構やるじゃないか!」

 魔法少女の先輩が田中の背中を叩く。きぐるみのバイトが終わり、マッチョとその従業員が集まって報告を行う場でのことだ。

「お前、やっぱ運動神経いよな。これで辞めちまうのが勿体無いな」

「そ、そのことなんですけど」

 きぐるみを脱ぐとオドオドした態度に戻ってしまった田中は、きぐるみの中にいる時が自分にとってどれだけ楽なものであるかを知った。それと同時にあの時の注目をもう一度感じたいとも思っていた。そして、注目は普段の自分では不可能なもので、きぐるみを着ていなければいけないことも。




 話が終わって、マッチョはまだ後処理があるらしくその場に残り、残りの人間で帰ることになった。帰り道、電車に乗っても賑やかな面々であまり喋れない田中もまた普段感じるものとは違った喜びを感じてこの選択も間違ったものではないと感じる。その後帰りの路線で別れてしまい、一人になった田中はその寂しさをごまかすように一人呟いた。

「明日からも、きぐるみ着るのか、つらいなぁ」

 電車の中でそう呟く田中の顔は笑っていた。

 書いてから、愛されてないと気付く。魔法少女ってなんだろうなぁと思う今日このごろ。19さいでも魔法少女だよ! と某魔法少女が頭のなかで脅してくる。