魔法少女作戦群

作者: アリス法式

その魔法少女達には、夢も希望もなかった。

年に一回、10歳から15歳の女性を対象に行われる全国魔力測定。

水晶型の測定器具が赤く光ることから、昔の徴兵をかけて赤玉と呼ばれる発行現象を起こした少女たち総勢326名は、これから行われるであろう地獄の訓練を想像し顔色を白くしていた。

少女たちは全員、支給された無地の下着姿であり、春先のいまだ寒気が残る朝、〇六〇〇にて、寒空の下その身を震わせている。


「総員、傾注!」


張りのある声が、彼女たちが集まる訓練場に響き渡る。


「これより、魔法少女作戦群、第一訓練を開始する!」


寒さに震える彼女たちの周囲を、迷彩柄の野戦服に身を包んだ少女たちが囲んでいる。

手にアサルトライフルを構えているもの。

腰に刀を差しているもの。

異色なものでは、銃剣をベルトバックルで体中に装備したものなど。


異様な風体の少女達は、みな一様にギラギラと、しかし冷徹ななまでに冷たい視線で下着姿の少女たちを見つめている。


「まずは、装甲訓練だ!

戦場にて生き残るのに、まず必要なのは、どんな状況下においてでも常に魔力による装甲を崩さないことだ。

幸いにして、快く先輩諸姉が諸君らの訓練に付き合ってくれるそうだ!」


ガチャリと。

無骨な銃の音と、鉄をこすり合わせた抜刀の音が、訓練場に響き渡った。


「それでは、訓練!開始!」


何をすればよいのか。

どう魔力を運用すれば、攻撃に対して防御態勢を取れるのか、それらの説明すらなく、見習い魔法少女たちが叩き込まれたのは混乱の坩堝であった。

次々と、弾丸に、斬撃に、果ては直接叩きのめされ倒れ行く少女達。


その混乱の中で、本能的に自らを守るために、全身に装甲を具現化するもの。

他者を守るために、障壁のようなものを展開するもの。

身の回りに魔力を纏い縮こまって己を守るもの。


集められた中では、ごく少数ではあるが、何とか攻撃に対応する者たちが出始める。

元より魔力というものは理論より本能に深く根付くものらしく、魔力に覚醒したものは、最低限、命の保持のために魔力が本能的に体を守るようになる。

それら、本能に根付き、味わった恐怖が、絶望が深ければ深いほど、覚醒した魔法少女は、生き残った魔法少女は強くなる。

すべては過酷な戦場から生きてかえるために。

一期先輩であり、前回同じ目に合った、野戦服の魔法少女たちは、己の絶望を少しでも感じさせるために、愉悦と少しの優しさを込めて魔力がこもった弾丸を吐き出し続けた。

刀をもった魔法少女は、その中でも、戦意を持った者たちと対峙する。

己の、絶望を糧に、現状を変えようと奮起し、立ち上がりあるいは武器を、あるいは拳を構えたものを容赦なく叩き潰していく。


〇八〇〇。

朝食を知らせるサイレンが訓練場に響き渡った。

下着姿で立っているものはおらず、武器を構えた魔法少女と、教官の少女だけが、静かに彼女たちを見下ろしていた。



〇九〇〇。

先輩たちに引きずられ、流動食を口内に流し込まれる恒例行事を済ませ。野戦服を着せられた見習い魔法少女達は、さらなる絶望へと叩き込まれる。

背中には、数百キロの背嚢を背負わされ、先ほどの地獄を号令した教官が、彼女たちの前に立つ。


「本日の第二訓練は行軍訓練だ。状況は戦時下を想定、諸君らの任務は敵砲撃圏内を踏襲し、築陣を行う訓練となる。

重いかね諸君、しっかりと魔力を滾らせることだ、魔力が切れればその背中の資材は、容易く諸君らの柔い脛骨を折りに来るぞ!

さあ、走れ走れ!進軍だぁ!」


先導の教導官に続き、何とか荷物を載せただけの少女たちは、よろけながら一歩足を踏み出す。

バスッ!

と鈍い音が響き、一人の荷物が吹き飛んだ。

銃弾の威力に引かれ、彼女の身柄も数メートル空を飛ぶ。

その光景を唖然とした目で見守る見習い達に、教官の声が降ってくる。


「ちなみにだ、敵砲撃の代わりに狙撃班の諸姉が、敵勢力として諸君の荷物を狙い撃つ手筈となっている。

これから、進むルートには崖なども存在する故、決して落ちないように……、気を付けることだ」


処刑宣告のように、吐き出された言葉に少女たちはさらに絶望を深くしながら、ノロノロと足を踏み出し始めた。


「どうした、どうした!

カタツムリより遅いではないかぁ!その歩みでは、明日の朝飯(・・)はあたらないぞぉ!!」


その時、その言葉の意味を理解したものはいなかった。

絶望を感じながらも、彼女たちは、せいぜい昼、遅くても夜までには、この地獄が終わるものだと考えていたのだ。

だが、その言葉通りの24時間耐久訓練が始まる。




ある時は、砲撃術式によって数十人が空を飛んだ。

執拗なまでに荷物が狙撃され、足が縺れるものならその足元に針を通すような狙撃が飛んでくる。

落ちれば死を覚悟するしかない、そんな狭い岸壁を、荷物を持ったまま歩かされ飛んできた弾丸によって鴨撃ちされた数人が、深い谷へとその身を落とした。

その体も、ある者は地面に落ちる寸前で引き上げられ、ある者は己の張った障壁の強度を試すためにその衝撃を体に受けたものもいる。

死線を強制的にくぐらされ、しかし、万全の態勢で最後の死だけは回避され、荷物を背負っての行軍に戻される。

いっそ、彼女たちにとって死んだ方が幸せなのかもしれない。

深夜の森の中。

最後の望みとばかりに荷物を捨てて逃げだしたものは、猟犬のように解き放たれた監視部隊に追い立てられ闇の恐怖と死の恐怖を散々に刻みこまれ連れ戻される。

深夜の、監視部隊を担っているのがかつて同じ訓練での脱走経験者たちで構成されているため、その動きには一切の躊躇も淀みもない。

暗い夜道を歩き、朝日を見たころには、少女たちの中で何かが擦り切れ、崩れ落ちていた。


訓練二日目。

〇八〇〇。

すべての見習い魔法少女は無事、ルートの踏破に成功し、死んだ顔で睡眠に入った。

寝ること四時間。

起床のラッパと共に、たたき起こされ、その口に流動食をねじ込まれ、彼女たちは登り切った山頂広場に並ばされる。


「さて諸君、少しばかりのバカンスは堪能できたかね?

これより我々は帰還するわけだが、同じルート、同じ訓練では芸がないとは思わないかね?」


何人かが、その言葉にホッと息を吐き出した。


「帰りは、飛行訓練を行いながら帰ることとなる、私も、好きな訓練だ。

諸君らも堪能したまえ」


その言葉に少なからず、まだ、微かに夢と希望を持ち合わせていた数人が、上空から飛来した魔法少女に掴まれてそのまま空へと姿を消した。

天に伸びゆく悲鳴だけが残されてしばらく。

少女たちは地面へと熱烈なキスをすることとなる。

投げ捨てられた彼女たちの中、ただ一人だけが頑なに目をつむったまま地面へと数センチの距離で浮遊していた。


ゆっくり、恐々と目を開けて、彼女は、自らの状況を視認し気色の笑みを浮かべ―――、次なる被害者たちと共に空へと攫われていった。



最後まで、飛んでたどり着くことが出来たものは10数名。

この時点で飛行部隊となることが確定した彼女たちは飛行型魔法少女として、特化した訓練に叩き込まれることとなる。



数度の装甲訓練を行い、甲殻体を発現したものは、重歩兵隊へ。

白兵武器を発現、および格闘戦闘を得意とするものは、遊撃隊へ。

残ったものから、射撃に適性がある者が、歩兵隊へ。

手先の器用さ、また、根性を買われたものが工兵隊へ。

それらに、合わなかったもの、性格上戦闘に向かないものは、医療技術や医療魔法を叩き込まれ、輜重隊として組み込まれていく。


そうして、一年経たころには、彼女たちも一端の魔法少女として、新たな後輩たちを手ぐすね引いて待ち構える存在となるのである。



魔法少女物を読んでいて、暇つぶしに書いた短編。

幼〇戦記風味ですが、こんな魔法少女は嫌だなぁと思いながら書きました。

しかし、実際問題、強すぎる力は管理されるのが世の常ですから、実際に魔法少女が生まれたら、当たらずとも遠からずといった所なのでは―――。