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エピソード 2ー1

「アイリス、その表情から察するに、なにかあったようだな?」


 王に問われたアイリスは、事情を打ち明けるかどうか悩む。リゼル国の内情を晒すことになるし、レムリア国の王に取っては他国の話でしかない。

 ただ、アイリスが動くとなれば許可が必要になる。数秒のあいだ迷ったアイリスは、グラニス王におおよその事情を打ち明けることにした。


「リゼル国内で、第一王子派が不穏な動きを見せているようです」

「第一王子は廃太子となったのではなかったのか?」

「旗印を失って追い詰められた者達が悪あがきをしているようです」


 第一王子が王太子の地位を失っても、第二王子が王太子になった訳ではない。第一王子を擁立していた勢力は、十歳にも満たない幼き第三王子を担ぎ上げたようだ。

 エリオット王子とジゼルが接近したことで焦りを抱いているようだ。


「なるほど。第二王子派も旗印を失えば、流れは再び旧第一王子派に傾く、という訳か。自分達の状況を打開するという一点においてのみで考えれば有効ではあるな」

「はい、それだけに厄介です」


 たしかに第二王子かジゼルのどちらかが亡くなれば、第二王子の優位性は著しく損なわれるだろう。だが、自国のことをまるで考えていない愚かな選択だ。

 絶対に阻止する必要がある。


(本来なら、第二王子派に注意喚起するだけで十分なはずですが……)


 と、アイリスは乙女ゲームの内容を思い返した。作中では、悪しき女王となったアイリスが、密かに魔族の影響を受けた者や、国益に反する者を排除したことで事無きを得ている。

 アイリスの介入がなければ、第二王子派が勝利できるか分からない。


 そして、アイリスが危惧する二つ目の理由。魔族の影響を強く受けた者の多くを排除したとはいえ、まだ影響が残っている可能性がある、ということだ。

 第二王子やジゼルの周りも、魔族の影響を受けた者がいる可能性も零じゃない。


 最後、極めつけの理由は、二人の環境がゲームと違いすぎる、ということだ。

 乙女ゲームでの二人は、悪しき女王アイリスの支配から逃れるために王城を離れ、いくつもの死闘や難題を乗り越えて著しい成長を遂げている。

 自分達の命が狙われていることも自覚して、常に周囲に気を配っていた。


 それに比べて、いまの二人はどうだ。二人で力を合わせて頑張っているかもしれないが、乙女ゲームの彼らと比べれば、危機感も、くぐり抜けた死線の数も違う。


(ジゼルはもちろん、第二王子も死なせる訳にはいきません)


 そんな結論に至るが、フィオナの家庭教師としては勝手をすることが出来ない。


「グラニス王にお願いがあります」

「……今度はなにをするつもりだ?」


 グラニス王が姿勢を正し、少しだけ腕を組むような素振りを見せた。


(家庭教師を名乗っておきながら、何度もこの地を離れているので警戒されるのも当然ですね。この国へ利を配れるように調整して説得しなくてはなりませんね)


「第二王子とジゼルが、緩衝地帯に建築中の町の視察に訪れているそうです。彼らの安全を確保するために、私を視察に向かわせてください」

「視察というと、なにをするつもりだ?」


 いまの話で言及するところはそこですかと? と、アイリスは瞬いた。

 それでも、グラニス王の疑問に答えるために口を開く。


「視察ですから、建設の進捗を確認して調整したり、でしょうか? もちろん、出来る限り、建設がスムーズに進むように努力するつもりですが……」


 自分の知識を活かして、町造りを支援するという利点を挙げた。

 だが、視察は名目でしかなかった。急造の理由では足りないだろうかと不安になる。そんなアイリスに向かって、グラニス王は「それならば問題ない、十分だ」と安堵を見せた。


「問題ない……ですか?」

「そなたが関わると、リゼル国を巻き込んで共同事業を起こすことになったり、町を造ることになったり、伝説の隠れ里や仇敵であったはずの魔族と関係を持つことになったりと、とにかくことが大きくなりすぎるきらいがあるからな」

「それは、なんと申し上げればよいのか……」


 騒動を起こして申し訳ないと恥じる。


「いや、責めている訳ではない。実際、そなたのおかげでレムリア国は成長を遂げている。ただ、出来れば心構えをしておきたいと思ってな」

「そういうことでしたか。それならばご安心ください。わたくしは視察のついでにジゼル達の安全を確保するだけで、特に大きな事を為すつもりはありませんから」

「そうか、ならば安心……なのか? 本当に?」


 なぜ疑問形と思ったが、アイリスが問い返さなかった。


「視察を許可していただけますか?」

「ふむ、わしはかまわぬ。だが、フィオナにはそなたが自分で許可を取るのだぞ?」

「もちろん、心得ております」



 そんな訳で、アイリスはさっそくフィオナの部屋を訪ねた。彼女は薄手のブラウスに、ティアードのスカートという姿でアイリスを出迎え、事情を聞いた末に――


「――ダメ」


 端的な言葉でアイリスの要望を却下した。


「フィオナ王女殿下……」


 アイリスは胸のまえで手をきゅっと握った。

 フィオナが慕ってくれていることを知っている。

 だから、アイリスが自分の側から離れることを望まないことも理解している。それでも、妹のピンチと聞けば、無条件で送りだしてくれると思っていたのだ。

 そしてそれはある意味では正解、そしてある意味では間違っていた。


「私を連れて行ってくれるならいいよ」

「フィオナ王女殿下を視察に、ですか……? それは……」


 ただの視察ならば問題なかった。だが、第二王子とジゼルの命を狙う者がいる。その者達の目的を考えれば、フィオナに危険が及ぶ可能性が零とは言いがたい。

 第二王子達の前でフィオナを殺せば、第二王子の大きな失態となるのは確実だからだ。


「分かってる、危険だって言うんだよね? でも、考えてみて? 視察は私にとって勉強になるし、未来のリゼル王やその伴侶と仲良くなるのは、私にとって貴重な機会だよ」

「フィオナ王女殿下……」


 視察のお勉強に加え、未来の王同士で交流する機会。

 上手くいけば、未来の王に貸しを作ることが出来るかもしれない。フィオナがそこまで考えていることに気付き、アイリスはそのアメシストの瞳を見開いた。


「フィオナ王女殿下はとても立派になりましたね」

「アイリス先生のおかげだよっ!」


 無邪気に笑う、その愛らしさは少しも変わっていない。だけど、以前のフィオナなら、置いて行かれるのは嫌だと駄々をこねるか、素直に引き下がるかのどっちかだった。

 そんな彼女が、自分が同行する利点を挙げて、アイリスを説得しようとしている。


(フィオナを連れて行くのはリスクが伴う、けど……)


 そのリスクはそこまで高くないだろうと判断する。

 たしかに、フィオナを害することで、第二王子に打撃を与えることは出来る。だが、第二王子やジゼルを直接害するほどではないし、危害を加える難易度も高い。

 彼らの目的を考えれば、フィオナを狙うメリットがない。危険が少ないと考えれば、フィオナが挙げた利点が活きてくる。


「分かりました」

「ホント!?」

「ただし、グラニス王の許可はご自分で取ってくださいね?」

「お爺様の許可か……もらえるかな?」


 フィオナが不安そうにアメシストの瞳を揺らした。


「陛下のお考えもありますから必ずとは言えませんが……さきほど、わたくしを説得したように説得すれば、陛下はきっと耳を傾けてくださいますよ」

「うん、分かった、頑張ってみるね!」


 フィオナはむんっ、と可愛らしく拳を握り締めた。それから、ふと思い付いたと言いたげに、アイリスを見上げる。


「そういえば、ジゼルさんって、アイリス先生の妹なんだよね? もしかして、アイリス先生みたいに強かったりする?」

「それは……」


 想定していなかった問い掛けにアイリスは取り乱す。


(そ、そうだよね。フィオナなら、そういうことに食い付くよね。でも……どうしよう?)


 ジゼルを褒めすぎると、フィオナが興味を持って挑みかかる可能性がある。だが、ジゼルとフィオナが手合わせをして優劣を決めるなんて、国際問題になりかねない。

 ――と、自分のことを棚に上げて心配する。


「アイリス先生?」

「えっと……その、才能は間違いなくあります。ただ、精霊の加護を得ていませんし、いまはまだ幼く未熟な部分も目立ちますので、これから、といったところでしょうか」

「ふぅん、そうなんだね」


 相槌を打つ姿からは、どの程度興味を持っているか分からない。念のために、フィオナがいきなりジゼルに挑んだりしないように、見張っておく必要があるだろう。


「ちなみにだけど、第二王子の方はどうなの?」

「……それは、どうでしょう?」


 乙女ゲームのストーリーを見る限り、剣士としてなかなかの腕前をしていた。だが、レムリアと違い、リゼルは魔術に重きを置いた国だ。

 ゲームとは違う歴史を歩むいま、王子が剣の修行をそれほどしているとは思えない。


「おそらく、フィオナ王女殿下のお眼鏡にはかなわないでしょう」

「そっかぁ、そうなんだね」


(さきほどの返事と、テンションに差がありませんね。二人の実力にはそれほど興味を抱いていないと見て、問題ないでしょうか?)


「アイリス先生?」

「いいえ、なんでもありません」

「そっか。じゃあ早速、お爺様に許可をもらってくるね」

「はい、行ってらっしゃいませ」


 フィオナと共に部屋を出て、彼女が祖父の元へと向かうのを見送った。



 そして翌日。

 旅装束に着替えたアイリスは、馬車の待つ表玄関へと向かっていた。そうして考えるのは、フィオナが求めた視察同行についての、グラニス王の決定についてである。


(正直、予想外でした……)


 グラニス王はフィオナを溺愛している。

 だが同時に、王としては孫娘に対しても容赦がない。

 だから、フィオナがきちんと利点を挙げた上で視察への同行を願い出れば、グラニス王は必ず応じるだろうと思っていた。そしてそれは、アイリスの予想通りだった。

 では、なにが予想外だったかというと――


「アイリス先生、待ってたよ~」


 馬車のまえにつくと、そこには護衛を伴ったフィオナの姿があった。

 そしてその隣には――


「アイリス、この俺をおいていこうとするとは何事だ?」


 なぜか、アルヴィン王子が並び立っている。


「アルヴィン王子、一応聞いておきますが、なぜここに?」

「おまえの監視役だ。放っておくと、おまえはすぐにことを大きくするからな」

「心外です」


 嘘ですね――と断じることは出来なかった。グラニス王にも同じようなことを言われたからだ。あり得ないと思いつつ、ちょっとだけその可能性もあるかもしれないと思ってしまった。

 という訳で、アイリスは他の方法で説得を試みる。


「王族が二人、揃って頻繁に国外に出るのは望ましくないと思うのですが……」

「心配するな、建築中の町はレムリア国内だ」

「そういう問題じゃないよっ!」


 思わず素で突っ込んでしまう。

 グラニス王は高齢で、フィオナの両親は他界している。次期国王の資格があるのはフィオナとアルヴィン王子の二人だけと言って過言ではない。

 万が一にも、同時に二人になにかあればどうするのか、という話である。

 なのに――


「まぁ気にするな」


 アルヴィン王子はむちゃくちゃ軽い。

 その発言には、さすがのフィオナも眉を寄せた。


「アルヴィンお兄様、その発言はどうかと思うよ?」

「なら、おまえが残るか?」

「え?」

「グラニス王は後学のためにと、おまえが同行することを認めたが、なにかあって困るというのなら、護られるべきなのは俺ではなくフィオナ、おまえの方――」

「あ――っ! よく考えたら、お兄様が一緒でも問題ない気がしてきたよ!」


 フィオナ陥落。

 フィオナが賛成に回れば、アイリスにアルヴィン王子を止める術はない。仕方ありませんねと溜め息をついて、二人が待つ大きな馬車に乗り込んだ。

 

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