エピソード 4ー3
アイリスが魔王の生まれ変わり説は保留。クラウディアが色々と調べてくれるとのことで、ひとまずは信頼できる者達だけに打ち明けることとなった。
でもって、アイリスは再開したクラウディアの授業風景を見学した後、授業を終えたクラウディアに連れられて薬草園へと足を踏み入れた。
先日の襲撃で、ポーションを相当数作ることになった。ゆえに、薬草園の薬草は悲惨なことになっているとアイリスは予想していたのだが――
「思ったよりも、薬草が育っていますね」
「アイリスが気付かせてくれたおかげだな。従来よりも早く薬草が育つようになり、治癒の効果も上がっているようだぞ。ま、おまえは知っていたかもしれぬがな」
「あはは……」
アイリスに前世の記憶があり、しかもその前世では彼女をディアちゃんと呼んでいた。それを知ったクラウディアなら、アイリスが色々知っていて当然だと気付いたはずだ。
「もしかして、ディアちゃんって呼ぶのを認めてくれたのはそれが理由ですか?」
「まあ、そうだな。それもある」
アイリスの知識は、未来のクラウディアから学んだことだ。それを自分の知識としてひけらかさず、クラウディアが自分で気付くように仕向けた。
そんなアイリスの性格を好ましく思ってくれた、という意味。
(決して狙った訳ではありませんが、苦労した甲斐はありましたね)
「話を戻すぞ。おまえが治癒魔術を惜しみなく使ってくれたおかげで、ユグドラシルを使ったポーションの在庫は比較的余裕がある。ゆえに――」
クラウディアが薬草園の片隅を指差した。そこには小さな植木鉢に移されたユグドラシルの苗が十個ほど並んでいた。
「バード族長にも許可を取った。その鉢を持って帰るがよい」
「ありがとう、ディアちゃん」
いたずらっ子が顔を覗かせた。アイリスがクラウディアを抱きしめると、調子に乗るなと押し返された。フィオナのようにちょろくはないらしい。
「ところでアイリス。おまえはいつまでこの里に滞在しているつもりだ?」
「ん~。族長との交渉が残っていますので、あと数日といったところでしょうか?」
「……そうか。まぁ、なんだ。魂の件では色々と苦労もあるだろうが、そなた達は里の恩人だ。なにかあればいつでも私を頼ってくるがいい」
「ありがとうございます。わたくしは当面、レムリア国に滞在していると思います、リゼルやレムリアでも薬草園を作る予定なので、ディアちゃんもいつか遊びに来てくださいね」
「……ああ、約束しよう」
こうして、アイリスはこの里でのおおよその目的を果たした。最後に、バード族長と会談を設けたのだが……その話し合いは非常に難航していた。
ただし、族長がどうのという話ではなく――
「お待ちください、アルヴィン王子、それではレムリア国が一方的に有利ではありませんか」
「それは認めよう。だがアイリス、おまえの提案ではリゼル国が有利ではないか」
「アルヴィン王子ほど無茶じゃありません。といいますか、最近はレムリア国を贔屓しすぎだと実家からお叱りを受けているんです。さすがにこれは見過ごせません」
レムリア国の代表として交渉に臨むアルヴィン王子と、自称リゼル国の代表であるアイリスのあいだで軋轢が生まれた結果である。
二人はバード族長をそっちのけで交渉に熱くなっている。バード族長はずいぶんと前に、話がある程度纏まったら呼んでくれと席を立ってしまった。
そんな訳で、二人での話し合いは続く。
そもそも魔の森はどちらの国の領地でもなく、中立地帯のようになっている。
それゆえに小さな里でありながら、第三の国のような扱いをする必要があり、リゼルとレムリアの両方に交易のチャンスがある。
それ自体は問題ないのだが……魔の森には迷いの結界がある。ゆえに、隠れ里の者達と取引をするための拠点を森の側に作ろうという話になった。
隠れ里の技術と、王都から運ばれてくる物資が両方流れ込んでくる。その拠点が発展するのは明らかで、だからこそ、どこに拠点を作るかで揉めているのだ。
ちなみに、アイリスの方が劣勢である。
なぜなら、アルヴィン王子は王子としてそれなりに裁量権があるのに対して、アイリスは言うなれば家出中の公爵令嬢であり、いくら賢姫とはいえ勝手に決められる権利はない。
ここならば問題なく町を作れると断言するアルヴィン王子と、ここに町を作ることをリゼル国に提案するのはいかがですかと口にするアイリス。
アイリスが劣勢なのは無理からぬことだろう。
もっとも、それだけのハンデがありながら話し合いが成立しているのは、アルヴィン王子やバード族長が、アイリスに色々と借りがあることを自覚している結果ともいえる。
それでも、アイリスの意見を飲むには至らないのもまた事実ではあるのだが。
「このままでは埒があきません。いっそ、レムリアとリゼルの緩衝地帯に交易の町を作る、というのはいかがですか?」
「……それは結局、町の人間をどちらから連れてくるで揉めるのではないか?」
「片方から連れてくるならそうなるでしょうね」
緩衝地帯に町を作り、どちらかの国がそれを支配する。それはつまり、その緩衝地帯をどちらかの国が占領するも同然で、交渉がより激しくなるのは目に見えている。
ただし、片方から連れてくるのならば、の話であるとアイリスは繰り返した。
「おまえ……まさか、第三の国を作ろうと考えているのではあるまいな?」
「それこそまさかです。一つの町を東西に分けて管理するのです。もちろん、完全に分けてしまっては効率が悪いので、ある程度は緩衝地帯を作る必要があると思いますが……」
「なるほど。両国の縮図を町として作る、ということか」
西はレムリア、東はリゼル。その中間地点には緩衝地帯。それの縮図を緩衝地帯の中に作る町として再現する。そこを両国と隠れ里への交易の要とする、ということ。
「むろん、簡単になせることではありません。それにわたくしではなく、リゼル国とも改めて話し合う必要もあります。ですが、メリットも大きいのではないでしょうか?」
このもくろみが成功すれば、リゼルとレムリアの国交も強化される。
なにより、両国を結ぶ街道が発展すれば、アイリスがレムリアに向かうときに受けたような襲撃も減り、両国の交易も盛んになるだろう。
「たしかに両国の発展には繋がるだろう。だが、それほど重要な地を任せるには、両国から相応の人物を……ふむ。アイリスにしては、良い案なのではないか?」
「なぜだか、急に不安になりました」
態度を急変させたアルヴィン王子が不気味すぎると、アイリスは身を震わせる。
「心配するな。それほど無茶な提案ではないはずだ。リゼル国に交渉を持ちかける程度の価値はあるだろう。という訳で、族長を呼んできてくれ」
アルヴィン王子が隅に控えていたクラリッサに命じる。
その後、アイリスとアルヴィン王子が話し合った結果をバード族長に伝える。彼はそれに応じ、ひとまずはリゼル国とレムリア国で詳細を話し合うこととなった。
これで、アイリスがこの里に来た目的は本当にすべて果たされた、という訳だ。
翌日、アイリス達一行は里を立つことになった。
アイリスとフィオナとアルヴィン王子。それに使用人達と、アルヴィン王子が連れてきた兵士達が里の外れに集まっていた。
そこに、バード族長はもちろん、アッシュにローウェル、それにクラウディア。その他、里の者達が大勢で見送りにやってくる。
その光景を目の当たりに、アイリスは不思議な感情を抱いていた。
(わたくしは、彼らを護れたのでしょうか?)
自分こそが、彼らを危険に晒したという思いが消えた訳ではない。
それに今回の襲撃によって、数年後の襲撃がなくなるのかは不明だ。あるいは、半年後にレムリアに押し寄せるはずだった魔物がこちらに来たのかもしれない。
だが、結界に仕掛けられた細工を見つけた以上、前世のような悲劇は繰り返さないだろう。
(大きな一歩、といったところでしょうか)
少なくとも、アイリスが隠れ里にやってきた目的は果たすことが出来た。なにより、アルヴィン王子が前世でフィオナ王女殿下を追放した理由が分かった。
その代わり、新たな問題も発生してしまったが……
ともあれ、残された問題はこれから解決していけばいい――と気持ちを切り替え、アイリスは見送りに来た里の者達と別れを告げる。
「バード族長、交渉に応じてくださったことに感謝いたします」
「それはこちらのセリフじゃ。そなた達には感謝してもしきれぬ。もしそなた達になにか問題が発生すれば、今度は我々が手を貸すと約束しよう。古の盟約とは関係なく、な」
「……ありがとうございます」
バード族長には、クラウディアと同様にアイリスが狙われていた可能性を伝えてある。にもかかわらず、彼はアイリスに感謝をすると言った。
その意味を理解したアイリスは深く頭を下げた。
続けて、クラウディアやローウェル、それにアッシュとも別れを告げる。イヴやネイト達は、この数日で仲良くなった子供達と別れを告げている。
最後は見送りに来てくれた者達全員に手を振って、アイリス達は隠れ里を後にした。