<< 前へ次へ >>  更新
31/112

エピローグ 王子……邪魔っ

 フィオナの暗殺を阻止してから一週間ほどが過ぎたある日。アイリスが中庭で散歩をしていると、背後から近付いてきたアルヴィン王子に髪を撫でられた。


「王子……散策の邪魔をしないでください」

「なにを言う、そなたの行動は阻害していないはずだ」

「気が散るんですよ、気がっ」

「そう言うな。おまえの時間を、俺に少しだけ譲ってくれ」

「この王子、話が通じないっ」


 面倒くさいなーと呟いて、アイリスはクルリと振り返った。その反動でアイリスのプラチナブロンドが王子の指の隙間から抜け落ちた。

 木漏れ日を浴びて煌めく髪は美しく、けれど王子に向ける表情はむすっとしている。


「ふむ、美人は怒る姿も美しいものだ」

「怒らせている自覚があるのなら少しは自重してくださいよ」


 どうして分からないのかと溜め息をついて、それからなんの用かと問い掛ける。


「なんだ、用がなければ会いに来てはいけないのか?」

「ダメかどうか以前に、そもそもアルヴィン王子は多忙でしょう。忙しい合間を縫って会いに来るからには、相応の理由があるに決まってるじゃないですか」

「……驚いた」

「なにがですか?」

「おまえは、意外と俺のことを評価しているのだな」

「事実を事実として受け止めているだけです」


 そもそも、王子が有能でなければフィオナが失脚させられることもなかった。彼が有能だからこそ、前世のアイリスは城を追放されることとなったのだ。


(そういう意味ではまだまだ油断できないけど……実は、追放された理由に心当たりがあるんだよね、最近のあれこれを考えると)


 アイリスは賢姫の知識を活用して、全力でフィオナを教育している。そのうえで、前世の知識を使って、フィオナに干ばつを防がせるなどの手柄を立てさせた。

 アルヴィン王子がフィオナの失脚を望んでいるのなら、面白くない状況のはずだ。なのに彼はアイリスを排除するどころか、その後押しすらしている。

 そこになんらかの理由があると考えるのが自然だろう。


 それを前提にあれこれ考えると、その理由に思い当たる。

 干ばつは未然に防げたが、その規模はアイリスが前世で聞いていたより大きかった。もし干ばつが発生していたら、相当な規模の飢饉が発生していただろう。

 前世ではそれによってリゼル国との関係は悪化。

 そこに加えて、フィオナの暗殺未遂。これから先には魔物が活性化するという未来も待ち受けており、剣姫は否応もなく危険にさらされる。

 そこから導き出されるのは、アルヴィン王子はフィオナを追放したのではなく、剣姫という危険な地位からフィオナを解き放った可能性だ。


 むろん、あくまで仮説でしかない。


 だが、レスター侯爵がフィオナの母親が剣姫の責務によって殺されたと捲し立てたとき、陛下やアルヴィン王子が浮かべた表情には後悔や憂いがあった。

 フィオナが同じ運命をたどることを憂いている可能性は十分にある。


 そして、アルヴィン王子がアイリスにやたらと絡んでくる理由。

 面白がっているというのはあるだろう。多少は好意もあるかもしれない。だが、その根底にあるのは――フィオナに近付く人物への警戒。


 アイリス自身が認識していたことだ。アルヴィン王子は不確定要素は排除するのではなく、自分の手元に置いて監視しようとする性格である、と。


 もちろん、まったく別の理由である可能性もある。

 だが、アイリスはこうも思うのだ。

 もしも自分の転生先がアイリスではなくアルヴィン王子だったとしたら、やはりフィオナに近付く賢姫を警戒したはずだ、と。


 信じていた王子に裏切られたのだから、その信頼はもはや当てにならない。そう考えていたはずのアイリスが、再びアルヴィン王子を部分的とはいえ信頼をしている。

 その事実に彼女自身は気付いていない。


「ところでアイリス、褒美はなにが良い?」

「褒美、ですか? フィオナお嬢様の教育係を続けたいと申し上げたはずですが」

「王族の命を二度も救った褒美がその程度ですむはずがなかろう」


 王子の言葉にアイリスは口をへの字にした。

 褒美を渋ったと思われては陛下の威厳が保てない。また、今後同じようなケースがあったとしても、褒美が期待できないからと裏切る者が現れるかもしれない。

 ゆえに、アイリスが褒美を辞退することは望ましくない――と、公爵令嬢であり賢姫であるアイリスにはその事情が良く分かる。


 だけど、アイリスの目的はフィオナを幸せにすること。派手に動いて歴史を変えすぎると、アイリスの知る前世の記憶が役に立たなくなる。

 それは好ましくないのだけれどと、アイリスは眉をひそめて考え込んだ。


「……あ、そうだ。欲しいものがあります」

「ふむ、言ってみろ」

「実は、薬草園が欲しいと思っていたんです」


 前世でお兄様――つまりはアルヴィン王子から聞かされたことだが、発生した干ばつの被害からようやく立ち直った頃に魔物の襲撃が群発したらしい。

 伝聞で詳しい被害は聞かされていないが、相応の被害は出たと聞いている。そのうえで、回復のポーションが足りなくて救えない命があったとも聞かされた。

 だからこそ、薬草園で薬草を育てて、回復のポーションを作ろうと考えた。


「薬草園だと? おまえは薬草まで扱えるのか?」

「わたくしをなんだと思っているのですか?」

「いや、賢姫だからといって薬草学にまで精通しているとは限らないだろう?」


(そうだったよ……)


 それは一般的な賢姫の認識。

 だが、前世のアイリスは隠れ里でみっちり仕込まれた。ポーションの扱いは日常的におこなっていたため、自分が賢姫であるために扱えると錯覚していた。

 自分の認識が少々歪んでいることに、今更ながら自覚する。


「わたくしは趣味で薬草学も学んでいたんです。だから、ポーションも作れます」

「では、剣技に長けているのも趣味なのか?」

「はい、趣味です」


 明らかに説得力はなかったはずだが、王子はまぁ良いだろうと引き下がった。


「しかし、薬草が欲しいのなら仕入れることが出来るし、ポーションも同じだぞ?」

「……はて?」


 王子いわく、城にも相応の備蓄があるらしい。

 考えてみればそれは当然だ。この国は水害よりも魔物の被害の方が圧倒的に多い。そんな国で、魔物に対する備えが出来ていないはずがない。


(そうすると……魔物による被害が聞いていたよりも大きかった、ということなのかな?)


 考えられるのは一つ。

 アルヴィン王子の報告に嘘が混じっていた可能性。

 起きていない魔物の被害が起きていると嘘を吐いたのなら構わない。

 だが、もしも起きていた被害が大きい事実を隠していたのなら……それはきっと、備蓄しているポーションが足りなくなるような規模の被害だったということだ。


「アルヴィン王子、やはり薬草園をください」

「ふむ……お前がそう言うのなら構わない。何処かの薬草園を買い取って――」

「いいえ、あらたな薬草園を作りたいと存じます」


 既存の薬草園を買い取っても、備蓄が前世より増えない可能性を危惧しての判断だ。


「まぁ良いだろう。では、この中庭に作らせよう。あとで、希望のサイズや設備などをクラリッサに報告しておけ」

「ありがとう存じます」


 未来をより良く変えるために、アイリスはポーションの生産計画を立てた。そのうえで、これから必要なことに思いを巡らせる。


「それともう一つ、外出許可をください」

「外出許可だと? 町で買い出しなら使用人に任せれば良い」

「いえ、薬草園で育てる特殊な薬草を仕入れに……数週間ほど」

「おい、どこまで行くつもりだ?」


 ジト目で睨みつけられたが、アイリスは「それは秘密です」ととぼける。

 今回の一件にアルヴィン王子は無関係だった。フィオナを追放するのも彼自身の野望ではなく、フィオナのためだった可能性は高い。

 だが、それはあくまで可能性だ。現時点で彼にすべてを話すことは出来ない。


「秘密ですむかっ」

「いひゃいですっ!」


 頬をむにっと引っ張られ、乙女になんてことをするんですかと王子を睨みつけた。


「少しくらい外出したって良いじゃないですか、褒美のついでとかで」

「いや、おまえは既にこの国の重鎮なのだぞ? こそっと数週間も消えたら大事だ。それに、なにかあったらどうするつもり……いや、それはないか」

「失礼な。わたくしだってかよわい乙女なんですよ?」

「たしかにな」


 アルヴィン王子がアイリスの髪を一房掴み上げて唇に押し当てる。


「ええい、止めなさい。ぶっ飛ばしますよっ」


 ペチンと手をはたき落としてアルヴィン王子から距離を取る。そして、許可をもらえないのならば勝手に抜け出すしかないかと思いを巡らせた。


「言っておくが、こっそり抜け出すような真似はするなよ?」

「そ、そんなことはしませんよっ!?」


 とっさに否定するが目が泳いでいては説得力がない。


「本当か?」

「うっ。……フィオナお嬢様にはちゃんと言います」

「それはちゃんと言うとは言わぬ。まぁ……陛下に口添えくらいはしてやろう」

「本当ですか?」


 期待半分、疑い半分の視線で問い掛ける。

 アイリスの内心を理解しているのか、アルヴィン王子は意地の悪い笑みを浮かべた。


「本当だ。――ただし、条件がある」

「うっ、凄く聞きたくない気がします」


 ものすごぉく嫌そうな顔で、だけど条件を聞かない訳にはいかなくて、アイリスは「なんですか?」とアルヴィン王子に続きを促す。


「簡単なことだ。その旅に俺も連れて行け」


 アイリスはパチクリと瞬いて、それからふわりと笑みを浮かべた。


「お断りです」

「ぶっ飛ばすぞ」

「人のセリフを取らないでください!」

 

 

 お読みいただきありがとうございます。

 一章はここまでとなります。二章も書く予定ですが、執事様の書籍化作業などで少し間が空くと思いますので、活動報告かなにかで告知させていただきます。


 さてさて、一章はいかがだったでしょう?

 面白かった、続きが気になるなど思ってくださいましたら、↓のブックマークや星をポチッと押していただけると嬉しいです!

<< 前へ次へ >>目次  更新