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エピソード 4ー2 不幸なすれ違い

「な、なるほど、アイリス嬢、貴方が犯人だと誤解したことは謝罪いたしましょう。ですがそれは、ワシが黒幕だと言うことにはならないはずです」


 レスター侯爵が弁解をする。アイリスはそれを理論でねじ伏せようとするが、腰に回されていたアルヴィン王子の腕にぐっと引き寄せられて口をへの字にする。


「分かっていないようだな、レスター侯爵。アイリスは自分が罠に掛けられようとしていることに気付き、その罠を逆利用したのだ。そこに現れたそなたが疑われるのは当然であろう?」

「い、いや、それは……実はワシもフィオナ王女殿下の暗殺計画を知らされて飛んできたのです。ですから、ワシもはめられた一人です。いえ、きっとワシをはめたのはその娘です! 全ては、無実のワシを卑劣な罠にはめる計画だったのですよ!」


 再びアイリスが犯人説を唱える。アイリスを抱くアルヴィン王子の腕に力が入り、続いて腕を引くフィオナの手の力も強くなる。


(この二人は一体なにをしているんでしょうか? せめて場所と状況はわきまえて欲しいですね。いえ、フィオナは可愛いから良いんですけど)


「アイリスがそなたをハメた、か?」

「そうです。きっとアルヴィン王子もその娘に騙されているのです!」

「……ほう? 俺が、この娘に騙されている、だと?」

「そうです。アルヴィン王子もフィオナ王女殿下も、その娘の魔性の色香に騙されているだけなのです。ですから――」

「――黙れ」


 その声は決して大きくはなかった。

 けれどその声に込められた怒気の熱量にレスター侯爵が息を呑む。


「たしかに、俺も、そしてフィオナもこいつのことが気に入っている。だが、決して色香に騙されている訳ではない。それはアイリスだけでなく、俺やフィオナに対する侮辱だとしれ」

「し、しかし、ワシは本当にさきほどまでなにも知らなかったのです! その者が黒幕ではなかったとしても、ワシが黒幕という訳ではありません!」

「……はっ。語るに落ちたとはこのことだな」


 アルヴィン王子が奥に控えていたクラリッサに目線を送る。

 彼女は頷いて一歩前に出て話を始めた。


「アルヴィン王子は実のところ、レベッカを完全に信用した訳ではありませんでした。一度は改心したとしても、再び悪事に走る可能性はある、と。ゆえに、彼女を見張るようにと指示を出されていたのです」


 淡々と語るクラリッサ。その話の途中で、横にいるアルヴィン王子が「念のために、だぞ?」と言い訳を口にする。

 誰に言い訳しているのかとアイリスは小首をかしげた。


「立場を考えれば当然の措置ですし、別に言い訳する必要はないのでは?」

「う、む。おまえが気にしていないのなら良いのだ」


 そんなやりとりをしているあいだにクラリッサは説明を終えて「この意味がレスター侯爵には分かりますか?」と締めくくった。


「まさか、まさか……っ」

「そのまさかだ。レベッカに情報をもたらした男はレスター侯爵、そなたの手の者だ。それがいまから三日前の出来事なのだが……さて、おまえはなぜ知らないなどと嘘を吐いた?」

「い、いや、それは……そう。おそらくワシの配下が隠したのでしょう。もしかしたら、そやつ等が裏切り者かもしれませぬ。急いで、そやつの尋問を――」


 レスター侯爵の言葉を遮り、騎士達が駆け寄ってきた。

 そのうちの一人が「報告いたします!」とアルヴィン王子の前に膝をつく。


 アイリスはその隙を突いて腕の中から抜け出した。アルヴィン王子が舌打ちをするが、アイリスはふふんと得意げに笑う。

 ちなみにその横では、いまだアイリスの腕にしがみついているフィオナ。それを見たアルヴィン王子は苦笑いを浮かべ、騎士に報告しろと促した。


「はっ! フィオナ王女殿下の部屋で待ち伏せしていたところ、数名の騎士が奇襲を仕掛けてきたために全て取り押さえました」

「その者達は?」

「必要になるかと思い、こちらに連れてまいりました」


 他の騎士がその言葉を聞いて捕らえた下手人をアルヴィン王子の前に引きずり出した。顔を隠そうとしている者もいるが、アルヴィン王子の騎士がそれを許さない。

 その者達は、さきほどレスター侯爵が連れていた騎士達だった。


「おまえ達の罪は明白だ。このままでは一族郎党皆殺しの憂き目に遭うところだが……おまえ達は運が良い。誰に指示をされたか話せば、無実の身内までは罰しないと約束してやろう」


 ざわりと囚われの下手人達がざわめいて、それから顔を見合わる。


「それは、まことですか?」

「その娘が連座を嫌うのでな。レベッカの件は知っているだろう?」


 レベッカがネイトやイヴと定期的に会っていることは知られていないが、レベッカの子供である二人がアイリスに雇われていることは広く知られている。

 死んだような目をしていた者達に、わずかに希望の光が宿った。


「我々にフィオナ王女殿下の暗殺を指示したのは……そこにいるレスター侯爵でございます」

「デタラメを言うなっ!」


 即座にレスター侯爵が反論した。だが、捕らえられた者達は、さきほどレスター侯爵が送り出した者達だ。レスター侯爵の指示でこの場を離れた者達が、フィオナを殺そうとした。

 それだけでも言い逃れは出来ないのだが――


「ところで、私の報告が途中ですが、続けてもよろしいでしょうか?」


 声を上げたのはクラリッサ。

 彼女はアルヴィン王子の許可を得て報告を再開する。それによると、レベッカに暗殺計画の情報をもたらした男、レスター侯爵の部下を尋問して色々と情報を引き出したらしい。


「あなたは、恐れ多くも陛下の毒殺計画にも関わっていたそうですね?」


 その場にいた多くの者が驚きの声を漏らした。驚かなかったのはアイリスとアルヴィン王子。それにグラニス陛下と、彼に付き従う護衛の騎士達だけだった。


「な、なにを言う。ワシが、そのような恐れ多いことをするはずが……」


 彼は最後までそのセリフを口にすることはなかった。新たな騎士達が姿を現した。その者達の様子から、自分の未来を悟ったのだろう。

 彼の予想通り、騎士はアルヴィン王子に報告を始めた。


 レスター侯爵の屋敷で、陛下の愛飲しているワインを発見。そのワインには、陛下の元から回収したワインに混入していたのと同じ遅効性の毒が入っていたらしい――と。

 それを聞いたレスター侯爵はがくりと項垂れた。

 

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