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エピソード 3ー7 AかBという選択肢を出されたら

 レムリア国のお城にある中庭。

 アイリスは木漏れ日の降り注ぐテーブル席でフィオナに勉強を教えていた。


 ちなみに、ネイトとイヴを使用人見習いとして控えさせている。これはアイリスの提案で、彼らにも授業を聞いて学ばせる機会を与えているのだ。

 それを理解している二人は、必死にアイリスの授業に耳を傾けている。


 ここ最近は毎日のように続いている光景。

 アイリスは教科書に目を落とすことなくこの大陸の歴史を紐解いていた。


「いまからおよそ300年前、別の大陸から魔物を率いた魔族が攻めてきました。これをどのように撃退したか、フィオナお嬢様、お答えください」

「えっと……この大陸に住んでいた人達が連合軍を作って撃退したんだよね?」

「そうですね。当時はまだ小さな国が点在しているような状況で、個々の力では魔族が率いる魔物の軍に対抗することが出来ませんでした。そこで出来たのが連合軍です」


 正解したフィオナに微笑みかけて、それから話を広げていく。

 連合軍は国の数だけ思惑が絡むために纏め上げるのが難しい。事実、最初は連合軍も敗戦を重ねていた。実力で勝る連合軍が、魔物の軍勢に追い込まれていった。


 だが、大陸に魔族の勢力が広がるにつれて危機感を抱いた連合軍は結束を高め、また実戦を重ねることで英雄と呼ばれる者達も現れるようになった。


「そうして連合軍に現れたのが精霊の加護を得た二人の姫。後に初代賢姫と呼ばれる姫が軍を指揮し、後に初代剣姫と呼ばれる姫が先頭に立って魔族を退けました」

「その二人がリゼルとレムリアを建国したんだよね?」

「その通りです。魔族を退けたあと、疲弊していた大陸は強力な指導者を欲していました。そうして生まれたのがレムリアとリゼルの両国です」


 それがこの国に伝わる大陸の歴史である。だが、それは大々的に語り継がれる歴史で、語り継がれずに埋もれた歴史もある。

 たとえば、連合軍の英雄と呼ばれた者達は他にも存在していた。彼らは国を作らず、さりとてどちらかの国に所属することなく、両国の境にある森に隠れ住んだ。


 それはフィオナがいずれ精霊から学ぶ隠された歴史であるがゆえに、アイリスはその歴史を話さない。そこから続く両国の歴史を語りながら、フィオナの行く末について考える。


 二つの国の初代女王は剣姫と賢姫だった。

 だが、精霊の加護を得る条件は血筋ではなく素質。王族であれば精霊の加護を得ると言うこともなく、才能ある平民が精霊の加護を得ることも珍しくはなかった。


 ゆえに、剣姫や賢姫は王ではなく国の象徴となった。

 一般的には王の伴侶、もしくは重鎮となって王を支える役目に就くようになる。


「フィオナお嬢様のように王族が剣姫となった場合は女王になることも珍しくありません。その場合は、王配が女王の不足を補うのが一般的ですね」


 そして、その候補はアルヴィン王子である。

 だが、その言葉を聞いたフィオナはつぶらな瞳で「じゃあ、アイリス先生が私の不足を補ってくれれば問題は解決だねっ」と言い放った。


「……問題しかないと思うのですが」

「ダメだよ、アイリス先生。否定から入るんじゃなくて、どうやったら可能か検証するのが賢い考え方なんだよ?」

「誰ですか、そんな小賢しいことを言ったのは」

「アイリス先生だよ?」

「……そうでしたね」


 そのような話をした記憶のあるアイリスが、頭ごなしに否定するのも格好が付かない。

 実験的に、どうすれば実現できるかを考えてみる。


「たしかに賢姫として育てられたわたくしであれば政治的な知識も持ち合わせています。ですが、いくらなんでも問題が多すぎるでしょう」

「問題は打ち砕くものなんだよ?」

「……本末転倒です」


 問題を打ち砕けるのなら、最初の問題を打ち砕けば済む話である。前世の自分はこんなにも脳筋だったのだろうかと、アイリスは自己嫌悪に陥った。


「……ダメ?」

「ダメと言いますか……そうですね。わたくしがリゼルで許可を得て、フィオナお嬢様の重鎮となり、王配の補佐役に付けば、フィオナお嬢様が好きな王配を選ぶことは可能ですね」


 グラニス陛下の毒殺を防ぐことが出来れば、歴史は大きく変わる。中継ぎとしてアルヴィン王子が即位することもなくなり、フィオナが追放される未来はなくなるだろう。


 むろん、それで全ての問題が解決する訳ではない。

 アルヴィン王子はフィオナの伴侶に目されている。陛下が崩御しない未来では、フィオナが女王になって、アルヴィン王子が王配になる可能性が高い。

 その未来で、アルヴィン王子がフィオナに危害を加えない保証がない。


 ゆえに、アイリスが補佐の役職に就けばフィオナの結婚相手は幅が広がる。フィオナの結婚相手の幅を広げることは、彼女の未来を救う助けになるだろう。

 そんな風に考えていたのだが、なぜかフィオナは不満気に唇を尖らせた。


「フィオナお嬢様、どうしたのですか?」

「なんでもない」

「なんでもないようには見えないのですが……」

「なんでもないったらなんでもないの。もぅ、アイリス先生なんて知らないもん」


 ぷいっとそっぽを向くフィオナ。それを見たアイリスは理由を考えるでもなく、拗ねるフィオナも凄く可愛いですねと笑みを零した。

 思考がわりとアルヴィン王子と似通っている。


 それよりも問題なのは、グラニス陛下の思惑だ。毒殺は阻止することが出来そうだが、グラニス陛下自身がフィオナの即位に不安を感じているようだった。


 剣姫や賢姫は国の象徴たり得ても絶対的な象徴ではない。

 また、その時代に複数人いることもあれば、一人もいないこともある。ゆえに、必ずしも女王や、王の妃になると決まっている訳ではない。

 グラニスがフィオナに後を継がせるつもりがないのなら、未来は予想が出来なくなる。


「アイリス先生、どうかしたの?」

「――いえ、なんでもありません」

「もしかして、みんなを見返す方法を考えていた?」

「いえ、それは……いえ、そうですね」


 違うと言いかけたアイリスは、けれど話を逸らすために乗っかることにした。


(お爺様に認められなければ、フィオナの教育係を続けられないしね。どうせなんとかするつもりだったし、これから起きる事件をフィオナの体験学習に利用するのも良いかな)


 フィオナを育てて、全力で陛下達を納得させてみせる――と、既に納得させるだけの結果を出している自覚のないアイリスは考え、出来うる限りの結果を出すことにした。


「そうですね……フィオナお嬢様に試験を出しましょう」

「ふえ?」

「お嬢様が立派になれば、わたくしの評価も上がりますから」

「が、がんばる!」


 素直なフィオナを微笑ましく思いながら、アイリスは前世の記憶を掘り起こした。

 そうして、ここ最近発生するはずの事件を思い出す。


「……そうですね。もうすぐ干ばつが発生して、それが原因で飢饉が訪れるとします。フィオナお嬢様はどうするべきだと思いますか?」

「えっと……リゼル国から食料を買い求める?」

「そうですね。ですがリゼル国とて食料が有り余っている訳ではありません。買い入れが出来る食料には限りがあり、必要な量を買い集めることは不可能だといたします」


 これは問題の前提条件であり、アイリスが前世で実際に見聞きした事実だ。

 前世のフィオナは、リゼル国が出し渋っているように感じていたし、他の者達もそう感じていた。そしてそれが原因で、両国の関係が悪化したと聞いている。


 だが、リゼル国で賢姫として情報を扱っていたいまのアイリスには、当時のリゼルが可能な限り支援していたことが想像できる。

 結局、リゼルとの取り引きで必要な食料全てを賄うことは不可能なのだ。


「じゃあ……狩りをしてもらうとか?」

「そうですね。少しはそれで補えるでしょう。でもそれでも足りません。ゆえに、なにもしなければ飢えた者が争い、多くの死者を生むでしょう」

「食料を奪い合って死者が出る、ということ?」

「それもありますが……それだけではありません」


 とてもとても単純な計算だ。一人が年を越すのに十の食料が必要になるとして、百の食料があれば十人が年を越すことが出来る。

 だが八十の食料しかなかった場合は――十人のうちの多くが死ぬことになる。十人で食料を分け合い、もしくは奪い合い、年を越す前に食料が尽きるからだ。


「ですが、もしもフィオナお嬢様が二人を斬り捨てれば、残りの八人を生かすことが出来るでしょう。……そう言われたら、貴方はどうしますか?」


 悪魔のような選択肢をフィオナに突きつける。

 だが、それは現実におこなわれていることだ。事実、300年前に魔族が魔物を率いて攻めてきたのは、飢饉で食料が足りなくなったからだと言われている。

 結果、魔族は敗走しているが、魔物という食い扶持を減らすことに成功している。


「……さぁ、決断のときです。フィオナお嬢様の答えを聞かせてください」 

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