エピソード 2ー11 だけど、好みは入っています
「お断りします」
ある風の気持ちよい麗らかな日の昼下がり。
アルヴィン王子に呼び止められたアイリスは即答した。
「まだなにも言っていないんだが?」
「では、頼み事ではないんですね?」
「いや、頼み事だ」
「お断りします」
「では、どうすれば頼みを聞いてくれる?」
にべもないアイリスだが、アルヴィン王子にめげる様子はない。そのメンタルの強さに、アイリスは少し感心してしまった。
それに――
(権力を振りかざすのではなく、頼みを聞いてもらう方法を尋ねてくる辺りは好感が持てると思ってしまうんですよね)
アルヴィン王子は裏切り者だ。フィオナを失脚させて城から追放した張本人。それを許すことは出来ないが、彼の性格自体は憎みきれない。
「……一体、どんな用件なんですか?」
「おぉ、聞いてくれるのか?」
「話を聞くだけです。頼みを聞くとは言っていませんよ」
「俺のパートナーとしてフィオナの誕生パーティーに参加して欲しい」
「……フィオナお嬢様の誕生パーティー、ですか?」
聞かなければ良かったと溜め息をつく。
パーティーでパートナーを務めるのは家族。それ以外では恋人や婚約者。アルヴィン王子のパートナーを務めると言うことは、婚約者候補としてみられると言うことだ。
(正直、思いっきりお断りしたいですが……)
でも同時に、フィオナの誕生日は祝いたいと苦悩する。
「つかぬことをうかがいますが、パートナー以外に出席する方法は……?」
「ない」
物凄く端的に告げられた結論に「そうですよね……」と項垂れた。
いまのアイリスはアイスフィールド公爵家の娘ではなく、認知されていない何処かの貴族の子供でしかなく、フィオナの教育係という肩書きもパーティー出席には役に立たない。
「ぐぬぬぬ……」
「どうした? フィオナの誕生日を祝いたくはないのか?」
「それはまぁ……祝いたい、ですけど」
折れようとした瞬間、アルヴィン王子が実に意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ならば『アルヴィン王子、わたくしをパートナーにしてください』と言ってみろ」
「ぶっ飛ばしますよ。むしろ、アルヴィン王子がわたくしに懇願したらどうですか? わたくしをパートナーとしてパーティーに伴いたい、と」
挑発するような笑みを浮かべる。
そんなアイリスの頬に、アルヴィン王子の手のひらが添えられた。
「アイリス、おまえの美しさは参列者達の心を惹きつけて止まないだろう。数多の星々よりもなお美しいおまえを俺のパートナーとして伴いたい」
「まったく誠意が感じられないので却下です」
令嬢をダース単位で釣り上げそうなアルヴィン王子の囁きを一蹴する。アルヴィン王子は少しだけ考えて「おまえを連れて行くと楽しそうだ。またおまえと踊りたい」と笑った。
「……まぁ妥当なところですかね。わたくしもフィオナお嬢様の誕生日を祝いたいですし。仕方がないから、貴方のパートナーになってあげますよ」
アルヴィン王子を慕う令嬢が聞いたら憤死しそうな上から目線で了承して、アイリスはアルヴィン王子のパートナーとしてパーティーに出席することになった。
そしてやってきたパーティーの当日。
「アイリス様、とてもお似合いですよ」
「ありがとう、あなた達」
貸し与えられた控え室で、アイリスが飾り立てられていた。
それをなしているのはネイトとイヴ。後ろで監視しているクラリッサの指示を受けながら、ぎこちないながらも精力的に動いている。
「クラリッサ、二人の教育係を受けてくれてありがとう」
「私から言いだしたことなので、気にする必要はありません」
鏡に映る彼女はふいっと視線を逸らした。
――あれから、レベッカの活躍もあってウィルム伯爵は捕まった。事件の詳細は聞かされていないが、伯爵はアルヴィン王子に明確な恨みがあることを認めたらしい。
沙汰はまだ下されていないが、王家への反逆行為で重い罰が下されるようだ。
そんな訳で、同時にレベッカが関わっていたことも明るみに出た。アルヴィン王子は約束通りレベッカの罪を減刑してくれたが、その噂までは抑えられない。
よって、ネイトやイヴに対する風当たりは否応もなく増している。
彼女達の教育係の人選にも苦労したのだが、クラリッサが引き受けてくれた。二人の監視というのが彼女の言い分だが、そうでないことはその態度を見れば明らかだ。
クラリッサは厳しくも優しく二人を導いている。その様子を鏡越しに見守っていると、不意に扉からノックの音が響いた。
クラリッサはアイリスの髪の手入れをしていて、手が空いているネイトが扉を開ける。けれど、その向こう側になにを見たのか、そのまま硬直している。
「……ネイト、どうしました?」
「えっと……その、王子様が。え、あっと……その、アイリス様はまだ準備中です」
「アイリス、迎えに来たぞ」
扉の外からアルヴィン王子の声が響く。
「迎えに来たではありません、まだわたくしは準備中ですよっ」
「だが、ここに男のネイトがいる。ならば俺が入っても構うまい」
「どういう理屈ですか、入ってきたら怒りますよ」
鏡越しに声を飛ばすが、アルヴィン王子は迷わず扉を開いた。ネイトとイヴが慌ててアルヴィン王子の前に立ちはだかった。
「……なんだ、この国の王子である俺の道を塞ぐつもりか?」
「ぼ、僕の主はアイリス様だ――ですっ」
「そうです。アイリス様がダメって言ったらダメなんですっ」
鏡越しに写る二人の背中がぷるぷると震えている。
自分達のおかれている状況を理解してなお、アイリスを護ろうとしている。アイリスはそんな二人の背中を愛おしげに見つめて「ネイト、イヴ、通して良いですよ」と許可を出す。
それから、部屋に入ってきたアルヴィン王子にじとーっと半眼を向ける。
「王子ともあろう者が責務に忠実な使用人を脅さないでください」
「ふっ、おまえの見る目はたしかだったようだな」
二人の忠誠心を試したと言うこと。
続けてアルヴィン王子はクラリッサへと視線を向けた。
「よくやった。俺の要望通りだな」
「はい、王子の好みは心得ておりますから」
そんな二人のやりとりにアイリスは怪訝な顔をした。それからハッとなにかに気付いて、ネイトとイヴを手招きして呼びつける。
「あなた達、今日のコーディネートはどうやって選んだのですか?」
「え? クラリッサ先生の話を聞きながら、イヴと話し合って決めましたけど……」
ネイトが首を捻った。
それを見てアイリスはしてやられたことに気が付いた。
ネイトもイヴもまだまだ未熟で、自分でコーディネートを考えるほどの実力はない。つまり選択肢はクラリッサが用意した訳で――
『(王子が好む)この淡い色のドレスと、(やっぱり王子が好む)このヒラヒラのドレス、どっちがアイリスさんに似合うと思いますか?』
なんて聞き方をされたら、そのどちらかを選ぶに決まっている。つまり、いまのアイリスはアルヴィン王子に対してこびっこびな恰好と言うことである。
「――よし、着替えましょう」
「ちょ、アイリスさん、王子の前ですよ!?」
「アイリス様、ダメですよ!?」
「うわぁっ!?」
「こら、アイリスっ!」
アイリスがドレスを脱ごうとすると、その場にいる全員に押さえつけられた。そうしてドレスを脱がないことを約束させられてようやく解放される。
「……まったく、おまえは少し恥じらいが足りないのではないか?」
「失礼な。恥じらったからドレスを脱ごうとしたのではありませんか」
「恥じらうところが違うっ」
アルヴィン王子に叱られ、アイリスは「むぅ」っと唇を尖らせる。
「……それで、なにをしに来たんですか?」
「むろん、おまえの姿を見に来たに決まっている」
「だったら、自分好みに着飾ったわたくしを見てさぞ満足でしょうね」
皮肉を込めて言い返すと、彼は少しだけ意外そうな顔をした。
「なんだ、その服装が気に入らなかったのか? おまえの魅力がもっとも引き立つようにさせたつもりだったのだが……俺の見る目もまだまだだな」
「……王子の好みを押しつけたのではなかったのですか?」
首を傾げるアイリスに、彼は凄く嫌そうな顔をした。
「俺がそのようなタイプに見えるのか? 素材の良いおまえはなにを着ても似合うから、おまえが好みそうな服装を用意してやれと言っただけだ」
「……誤解していました。王子もたまには良いことを言うのですね」
「たまには余計だ。ほら、腕を取れ」
精霊のように着飾ったアイリスは、少し躊躇った後に差し出された肘に腕を絡ませる。アルヴィン王子に誘われ、アイリスはフィオナの誕生パーティーの会場へ向かった。