第八十三話 ランベルトさんの奥さん
宿の中庭で、フェルとスイと俺で朝の食事を済ませてホッと一息ついているところだった。
宿の女将さんに連れられて、12、3歳くらいの少年がこちらにやってきた。
「ランベルト商会からお客が来てるよ」
女将さんにそう言われて、少年の顔をよく見ると、見たことのある顔だった。
ランベルトさんたちを助けたときに一緒だった少年だ。
「あの、会頭が今すぐお店にと……」
ん、何だろう?
って少年、涎が垂れてるぞ。
俺たちの食事の後を見て、街に戻ってくる間にご馳走した食事を思い出しているのだろうか。
食べ盛りだもんなぁ。
よっしゃ、お兄さんがご馳走してあげよう。
「朝からちょっと重いかもしれないけど、君くらい若いなら大丈夫だろう」
オークジェネラルの味噌漬けをさっと焼いて、オークジェネラルの味噌焼き丼を作って出してやった。
少年は俺の顔と味噌焼き丼を交互に何度も見ている。
「君くらいの年齢だと、いくら食っても食い足りないだろ? これ、食っていきなよ」
「あ、あの、いいんですか?」
「君のために作ったんだけどな」
「あ、ありがとうございますっ!」
そう言うと、少年はオークジェネラルの味噌焼き丼を勢い良く食い始めた。
「お、美味しいです……」
幸せそうな顔して食うなぁ。
少年が食い終わると同時にほうじ茶を出してやる。
こっちの方が癖がないかと思って出してやると、熱いほうじ茶をフーフー言いながら飲み始める。
「とっても美味しかったです。このお茶も美味しいですね。本当にありがとうございます」
うんうん、なかなかいい子じゃないか。
12、3歳で働かなきゃいけないなんて、異世界って厳しいなぁ。
少年よ、負けずにがんばるんやで。
「あ、あの会頭が待ってますんで……」
ああ、そうだった。
ランベルトさんに呼ばれてるんだった。
フェルもスイも一緒に行くというので、2人を伴いランベルトさんの店へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少年の後についてランベルトさんの店に入ると、すぐにランベルトさんがやって来た。
「ムコーダさんっ、ようやく来てくれたんですね。助かった……」
ホッとした顔をしているランベルトさんの後ろから1人の女性がやって来た。
年の頃は30少し過ぎたくらいだろうか、こげ茶色の長い髪をしたボンキュッボンッでスタイル抜群の少し気の強そうな美人だ。
「あなた、私にもご紹介してくださる約束でしたわね」
「あ、ああ……。ムコーダさん、これは私の妻の……」
ランベルトさんを押し退けて奥さんが俺の前に陣取る。
「ランベルトの妻のマリーです。お見知りおきを」
そう言ってロングスカートの裾つまんでちょいと上げた。
「ランベルトさんにはお世話になっております。こちらこそよろしくお願いいたします」
ところでと、マリーさんがずずいっと俺に迫って来た。
「な、何ですか?」
こんな美人な人妻に迫ってこられるとドキドキなんだけど。
「実は、これらの品なんですが……」
マリーさんが手に持ったカゴの中に入っていたのは、昨日俺がランベルトさんにお試しで渡した石鹸やらリンスインシャンプーやらだった。
ランベルトさんとマリーさんから話を聞いてみると、マリーさんは、昨夜の風呂上りのランベルトさんがあまりにもいい香りを振りまいていたのでどうしたのかと問い詰めたそうだ。
ランベルトさんは、結婚記念日のプレゼントにしようとしてたのもあって最初はすっとぼけていたらしいが、それでマリーさんが諦めるわけもなく……。
「だって、お風呂上りの主人からものすごくいい香りがしていたんですもの。うちの家系にハゲはいないから大丈夫だなんて言って髪なんか気にしたこともなかったのに、その主人の髪が艶々サラサラになっていましたし。これで気にならない女なんていませんわ」
確かに風呂上りにいい匂いしてたら気になるわなぁ。
特にそういうことに敏感な女性なら尚更だ。
絶対何かいいものを使ったんだって思うよな。
で、マリーさんが問い詰めた結果、ランベルトさんがゲロったと。
「主人から聞いて使ってみたところ、本当に驚きましたわ」
それからはマリーさんは興奮気味に使い心地を熱心に話された。
高級タイプの石鹸を使ってみたそうなのだが、泡立ちが良くて肌もスベスベになるし、なにより香りがいいとのこと。
それからシャンプーはいつもの石鹸で洗うよりも泡立ちも良くて髪の汚れが取れてすっきりしたそうだ。
「この商品は本当に素晴らしいです」
そう言ってマリーさんが手に取ったのは、ヘアマスクが入った瓶だった。
「主人から、ムコーダ様が“どんな髪質でも一度で魔法のように髪が美しくなる”と説明されていたと聞きまして、早速使わせていただいたのです。このような素晴らしい石鹸をお持ちになられたのですから疑う余地もありませんでした。実際に使ってみたところ……」
マリーさんが自分の長い髪をうっとりしながら撫でる。
「パサパサのゴワゴワでずっと悩みの種であった私の髪がこのように艶がありサラリとした潤いのある髪になったのです」
マリーさんがうっとりしながら何度も何度も自分の髪を撫でている。
……マリーさん、どんだけ自分の髪好きになったんですか。
「これには私も驚きましたよ。マリーの髪が見違えるほどに艶々でサラサラな髪になって、おまけに良い香りもして。マリーの美しさに更に磨きがかかりましたからね」
ランベルトさんのその言葉にマリーさんが少し頬を赤くしながら「もう、あなたったら」なんて言ってランベルトさんの腕を叩いている。
…………リア充めが。
「それでですね、実は……」
はいはい、奥様にたくさん買ってあげようって言うんだろ?
「ムコーダ様、是非ともこれらの商品をうちで販売させていただけませんか?」
…………は?
ランベルトさんの「うちで販売させていただけませんか?」の言葉に一瞬目が点になる。
だって、ランベルトさんの店は革製品の店だぜ。
そこで石鹸やらシャンプーやらを売るって完全に場違いだろう。
「驚かれるのも無理ありませんね。私も反対はしたのですが……」
そう言いながらランベルトさんが奥さんのマリーさんを見る。
「あなたはまだそんなことを言っているのですか? あなたは分かっておりませんのよ。これらの品は売れば絶対に売れるんです。売れると分かっているものをみすみす他の店へ譲るなど商人とは言えませんよ」
そうマリーさんが力説する。
「これらの品を売り出せば貴族の御婦人方はもちろん、私のお友達や一般の婦女子までこぞって買いに来ますわよ。私の髪を見て、興味が湧かない女性がいるわけありませんもの」
「そ、それほどか」
「そうですわよ、あなた。うちは革製品を扱っている店ですが、それはそれこれはこれです。店のほんの一角で良いのです。ムコーダさんの商品を置いてみてください」
「そ、そうか」
「あなたがお嫌だと言うのなら、私が売りますわ」
「い、いや、そう言うわけではないんだ、うん」
ランベルトさんがマリーさんにタジタジだね。
「分かったよ。マリーを信じて言うとおりにする」
ランベルトさんがそう言うと、マリーさんが「うふふふふ、これで私の分は確保できるわ」と呟いていた。
「マ、マリー?」
「ゴホンッ、ムコーダ様、是非ともうちで販売させていただけないでしょうか?」
マリーさん、本音が漏れてましたぜ。
って、それはいいとして、この店で販売してくれるってのは願ってもない話だ。
俺は店を持ってるわけじゃないし、面倒な接客とかしなくていいならありがたい。
「もちろんいいですよ。ランベルトさんの店で販売してもらえるのならこちらとしてもありがたいです」
「ありがとうございますっ! 良かったわ~、本当に良かった」
マリーさんが嬉しそうに良かったわ~と言っている。
これ、断ってたらどうなってたんだろ?…………うう、寒気が。
美容に対する女性の執念を舐めちゃだめだね。
「ささ、細かいことは奥の部屋でお話しいたしましょう」
マリーさんに言われて、男衆のランベルトさんと俺はすごすご後に続いた。
(小噺)
「そうだ、ランベルトさん、風呂の排水とかってどうなってるんですか?」
「排水はですね、風呂場の脇の地面の下に排水タンクがあるのですよ。そこには水を浄化する魔道具が設置されていましてね、排水タンクで綺麗に浄化された水は、排水管を通って川に流されます」
「へぇ~排水タンクとか排水管なんてあるんですね」
異世界なのにねぇ(ムコーダ心の声)
「風呂を家に設置する場合はそうするようにとのことでですね、わざわざ土魔法の使い手を雇って作ってもらいました」
「ああ、土魔法かぁ。でも、そのような細かい作業をやってもらうとなると、お高いんじゃないですか?」
「ええ、ええ。土魔法の使い手を雇ったり魔道具を設置したりで、風呂と合わせて最終的には金貨500枚を超えました……」
「き、金貨500枚ですか」
「ええ、そうです。しかしながら、しかしながらですよ、私は愛するマリーのためにがんばったのですっ」
「……そ、そうですか」
うちは、スイがいるからそんなことにはならないだろうね。
水魔法も習得したし、スライムの特性を生かして水の浄化くらい簡単にできそうだ。
うちのスイたんマジ優秀だもんね。