第七話 俺のとんでもスキルがとんでもない威力を発揮した 2
キールスの街を出発して5日目。
「今日はこの辺で野営しよう」
日も暮れかかり、いつものようにヴェルナーさんの一声で野営の準備に取り掛かる。
「じゃあ、レッドボアの肉遠慮なく使わせていただきますね」
「おう、楽しみにしてるぜ」
レッドボアは今日の道すがらアイアン・ウィルの面々が倒した赤毛が特徴のデカい猪の魔物だ。
ゴブリンや狼の魔物(グレイウルフと言うそうだ)はあまり金になる素材がないからそのまま放置だったが、レッドボアは肉も皮も牙もそこそこの値段で買い取ってもらえるとのこと。
さすがは冒険者、解体も早く見事だった。
問題はこれだけの大物を全部は持っていけないということだ。
単価の安い肉を半分捨てていくという彼らの話を聞いて、俺がアイテムボックスに余裕があるから肉を入れていきますかと申し出たわけだ。
そんな訳で、肉も食事に使っていいとお許しが出ている。
最初はステーキにしようかと思ったのだが、時間がかかるため却下にして今日のメニューはアレにすることにした。
俺も大好物の生姜焼きである。
まずはレッドボアの肉を薄切りにしてネットスーパーで買っておいた生姜焼きのたれに漬け込む。
肉を漬け込んでいるうちにキャベツを千切りにする。
漬け込んでおいた肉を焼いて出来上がりだ。
スープはいつものインスタントのコンソメスープをちゃちゃっと作る。
「夕飯できましたよ。レッドボアの肉を私の故郷の味付けにしてみました。みなさんのお口に合えばいいのですが」
レッドボアの生姜焼きとキャベツの乗った木皿とコンソメスープ、パンを配っていく。
「おお、食欲をそそるいい匂いだな」(ヴェルナーさん)
「何だこれっ、ウンメェーーー」(ヴィンセント)
「美味いッ!あたいこんな美味い物初めて食べたっ」(リタ)
「私、レッドボアの肉はあまり好きではなかったけど、これなら美味しく頂けるわ」(フランカ)
「キャベットを生で食べるのは初めてだが、この肉と一緒に食べると絶品だな」(ラモンさん)
おお、絶賛の嵐ですな。
某社の生姜焼きのたれで焼いただけなんですけどね。
某社様様ですな。
それとキャベツはこの世界じゃキャベットって言うんだな。
みんなに称賛されつつ、自分でも生姜焼きはやっぱり美味いななんて思いながら食べ進めていると、いきなり声がした。
『人間よ、我にもそれを食わせろ』
声の主は、今までに見た狼の魔物と比べるのがおこがましいくらいの奇麗な毛並みの神々しいほどの狼だった。
冒険者たちは固まって微動だにしない。
『おい、人間、聞こえないのか?』
俺は恐る恐る食べ掛けの生姜焼きの乗った木皿を差し出した。
すると、牛並みの大きさの狼が木皿に顔を突っ込んでそれを一口で平らげた。
『美味いが足りぬ。もっとよこせ』
「フェ、フェンリルだ……」
ヴェルナーさんが脂汗をかきながらつぶやいた。
アイアン・ウィルほどの経験十分な冒険者たちでも動けないほどの魔物なのか?
ど、どうすればいいんだよ?もう少しでフェーネン王国だってのに。
「ム、ムコーダさん、言うとおりにするんだ」
ヴェルナーさんがそう言うが、もう生姜焼きは残っていない。
人の言葉が分かる魔物みたいだし、ヴェルナーさんの言うとおり、魔物に食べさせてやった方が危害を加えられることもないのかもしれない。
「あ、あの、作らないとないので、す、少しお待ちいただけますか?」
『うむ。待ってやるから早く作るのだ』
俺は急いでレッドボアの生姜焼きを作ってフェンリルとやらに出した。
フェンリルが俺の作った生姜焼きをガツガツ食う。
もっともっととフェンリルは言い、結局レッドボアの肉7~8キロの生姜焼きを作った。
『ゲプッ。美味かったぞ。それにしてもお主、これっぽっちの肉で我をここまで満足させるとは、中々やりおるな』
これっぽっちの肉でって、あんた7~8キロは食べてるんですけど。
普段どんだけ食ってんだよ。
『うむ、お主と契約してやろう』
…………は?
契約って何?
『おい、聞いているのか? お主と従魔の契約をしてやろうと言っておるのだ』
従魔って、ネット小説でそれ系のやつちらっと読んだ覚えあるけど、テイマーってやつか?
イヤイヤイヤイヤイヤ。
だって人語をしゃべる魔物だよ?
アイアン・ウィルの面々が固まるほどの魔物だよ?
そんな魔物を従魔ってそりゃ……ヤバいでしょ。
「あの、えっと、おこと『ぬ?』」
「いえ、ですから、おことわ『あぁ?』」
「………………」
この野郎、断らせないつもりか。
『まさかとは思うが、お主、風の女神ニンリル様の眷属であるフェンリルたる我との契約を断ろうとしているのか?そのような大それたことをするとは思わぬが、どうなのだ?ん?』
人語をしゃべる魔物フェンリル?がそう言うと、アイアン・ウィルの面々が何でもいいから承諾しろと目で合図を送ってくる。
これ承諾しなきゃいけないの?
ったく、これじゃ「はい」一択じゃねぇかよ。
渋々「分かりました」と言うと、フェンリルは満足したように『うむ』と頷いた。
『こちらにまいれ』
フェンリルに促されてしかたなしに近くに寄っていく。
『もっと近う。我の目の前に来るのだ』
フェンリルに言われて目の前まで近寄る。
『それでは契約の儀式を行うぞ』
そう言うと、フェンリルの額を俺の額にくっつけた。
フェンリルの額が触れると、俺の体が一瞬光った。
『これで契約は終わった。ん? お主、鑑定のスキルがあるな。召喚勇者か?』
お、おいーーーっ。
俺は思わずフェンリルの口を押さえた。
『もごもごもご、お、おい何をするっ』
俺は「そ、そのことはご内密に」と囁いた。
『おお、そうなのか。あい分かった。それでは、ステータスを確認してみろ』
フェンリルも理解したようで俺にだけ聞こえるような小声でしゃべった。
フェンリルに促されてステータス確認をしてみる。
「ステータスオープン」
【 名 前 】 ツヨシ・ムコウダ
【 年 齢 】 27
【 職 業 】 巻き込まれた異世界人
【 レベル 】 1
【 体 力 】 100
【 魔 力 】 100
【 攻撃力 】 78
【 防御力 】 80
【 俊敏性 】 75
【 スキル 】 鑑定 アイテムボックス
従魔
《契約魔獣》 フェンリル
【固有スキル】 ネットスーパー
何か、スキルが増えてる。
従魔ってあって、その下に契約魔獣フェンリルってあるんだけど。
『うむ、大丈夫のようだな』
「え、見えるの?」
『我を何だと思っている? 風の女神の眷属たる我だ、鑑定のスキルぐらい持っているぞ』
さいですか。ってこれ契約してどうなるの?
『よし、これで我はお主の契約魔獣となった。そうなったからには、主であるお主は契約魔獣たる我の面倒を見なければならない。それは分かるな?』
分かるな?って、え、そうなの?
面倒見るって、
『それでは三度の食事、期待しているぞ』
…………おい。
三度の食事って、おまっ、もしかして食い物に釣られて契約したのか?
そうなのかっ?
『おい、そこの者たち、我は此奴と従魔の契約を結んだ。そのようにビクビクせずとも襲ったりはせん』
フェンリルに声をかけられて、アイアン・ウィルの面々はビクッとしていた。
「あの、皆さん、このフェンリル?人語も理解しますし、大丈夫みたいですから……」
『おお、忘れておったわい。従魔の契約を結んだから、お主、我に名前をつけろ』
「えーいきなり言われても。んーじゃあ、ポチで」
『お主、我を馬鹿にしているのか?』
ポチって言ったらなんかキレ気味だ。
ってか、こいつが食い物に釣られたっぽいってのが分かったら怖がってるのが馬鹿らしくなってきた。
「ちょっと、キレないで下さいよ。じゃあコロは?」
そう言ったらフェンリルが更にキレそうになった。
何だよこいつ結構わがままだな。
「じゃあフェンリルだから、フェルってのは?」
『うむ、フェルか、いいな。それにするぞ』
何だよ偉そうに。
こうしてフェンリルの名前はフェルに決まった。
そんな中、ようやく動き出したアイアン・ウィルの面々。
その中でいち早く立ち直ったヴェルナーさんが恐る恐るといった感じで声をかけてきた。
「ム、ムコーダさん……」
「あ、ヴェルナーさん大丈夫ですか?」
「あ、ああ、俺は大丈夫だが……。ま、まさか、伝説の魔獣フェンリルをこの目にするとは……」
え?伝説って、この食い物に釣られたコイツが?
「300年ほど前に目撃したという伝説は残っているが、そのフェンリルと従魔契約を結ぶなど、聞いたこともないぞ」
エェーーーッ。
『まぁ我らフェンリルは数えるほどしかおらんからな。聞いた話では、700年前に従魔契約を結んだフェンリルがいたらしいが。我も1000年ほど生きているが、契約を結ぶのは初めてだ』
へ、へー、1000年も生きてるんだ。
『これだけ美味いものが食えるのだ。数十年人間に仕えたところで我に損はない』
あーあーあー、こいつ言っちゃったよ。
飯目当てだって断言しちゃったよ。
伝説の魔獣とか言われてるけど、こいつ本当に大丈夫かな?