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閑話 残念な女神様

今日は閑話2話続けて更新です。

 ここは神界。

 神の住む世界である。

 風の女神ニンリル、白銀の長い髪にどこまでも澄んだ青い目の女神の名に相応しい神々しいまでの美女である。

 ニンリルは自分の宮で、神力を込めると異世界や下界を見ることができる水鏡の前にいた。



「ぬおーっ、あ、あれは、夢にまで見たあんぱんではないかッ」

 妾が神力を使って初めて地球という異世界を覗いたときにあれを美味しそうに食していたのじゃ。

 覗き見た人間が「美味い美味い」と言うて食する姿が強く印象に残り、どのような味なのだろうと思うていた。

 あんぱん……甘いということだけは分かっているのじゃ。

 甘味なぞなかなか口にできないゆえ、余計に興味がそそられた。

 だが、神力で異世界を見ることはできても物を手に入れることまではできぬ。

 妾の世界ではないゆえな。

 神には神の決まりごとがあるのじゃ。

 他所の世界を見ることはできても、手出しは無用なのじゃ。

 だから妾があんぱんをいくら欲しようとも手に入ることなどないと思うておったのに……。

 妾の加護を与え眷属としたフェンリルをたまたま覗いてみれば、いつの間にか人間と従魔契約なぞ結んでおった。

 何故人間などと従魔契約を結んだのかと思えば、フェンリルが契約を結んだ相手は異世界人であった。

 しかも地球の人間だったのじゃ。

 摩訶不思議な『ねっとすーぱー』なるスキル持ちじゃった。

 何やら異世界である地球の食材やらを召喚できるスキルらしいことは分かったのじゃ。

 それを知ってしまったら異世界人とフェンリルの一行が気になり、ちょくちょく覗くようになっておったのだが……。

「まさか、あんぱんを召喚できるとは。しかもあのように大量に……妾も食してみたいのじゃ」

 しかし、妾の世界だからと言ってそうそう手を出すことは許されぬ。

 他の神にも示しがつかんからのう。

 だが、あんぱん…………。

 ぐぬぬ、ここは我慢なのじゃ。

 でも、あんぱん…………。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 いつものように下界を覗いていると、妾の加護を与え眷属としたフェンリルが美味しそうな甘味を食しておった。

「な、何なのじゃ、あ、あのどら焼きとはっ。この間もあんぱんを食していたのにズルいのじゃ。妾も食べたいのじゃ、食べたいのじゃ、食べたいのじゃーっ」

 妾は甘い物が大好きなのじゃ。

 でも、妾のいるこの世界では、甘味というものは限られておるのじゃ。

 何せ、甘味と言えば干した果物かハチミツくらいなもの。

 それを彼奴等は…………ズルいズルいズルいズルいズルいのじゃーっ。

 妾も甘味を食べたい。

 あ、フェンリルは妾の加護を与え眷属とした者。

 そのフェンリルの主とあらば、妾に供えと祈りをささげてもおかしくないのではないか?

 うんうん、そうなのじゃ。

 異世界人は神の加護が欲しいと抜かしておったから、妾の加護(小)でも与えてやればグズグズ言うこともあるまい。

 妾は早速フェンリルに神託を与えて異世界人に妾に供えと祈りをささげるよう申し伝えた。

 供えは週に一度じゃ。

 あまり多いと他の神にバレる恐れがあるからな。

 バレたら大変なのじゃ。

 女神仲間の火の女神や水の女神や土の女神には甘味をよこせと言われるだろうし、戦神や鍛冶神は異世界の酒をよこせと言うはずなのじゃ。

 あの『ねっとすーぱー』というものでは異世界の酒も買えるようじゃからのう。

 バレたら集られるに決まっておるのじゃ。

 それかあの異世界人に加護を与えて自分も甘味や酒を手に入れようとするはずじゃ。

 そうなったら妾の分が目減りするかもしれないではないか。

 ブルル……バレぬよう気を付けばならんのじゃ。

 お、フェンリルが妾の神託を異世界人に伝えておるな。

 ふむふむ、やはり妾の加護(小)が効いたようじゃ。

 最初の供えはあんぱんがいいのじゃ。

 それから彼奴等があんぱんと共に食していたじゃむぱんとくりーむぱんも供えるよう申し伝えてある。

 おお、早速妾に供え祈りをささげておるのう。

 では……。

 神力で供えであるあんぱんとじゃむぱんとくりーむぱんと異世界人がなにやら一緒に供えたこーひーぎゅうにゅうという飲み物を神界へと転送じゃ。

「おおっ、こ、これが夢にまで見たあんぱんなのじゃな。それにじゃむぱんとくりーむぱんもあるのじゃ」

 どれ早速あんぱんを一口。

 むはー、美味しいのじゃ美味しいのじゃ美味しいのじゃーっ!

 この黒いのは甘く煮た豆なのか?

 これが程良い甘さで何とも言えないのう。

 この甘い豆をパンで包むとは……このあんぱんというものを作った者は天才じゃな。

 うんうん。

 む、異世界人が供えたこーひーぎゅうにゅうというものも飲んでみるのじゃ。

 何々、これをこーして刺してと。

 チューチュー。

 むむ、これは、ほんのり苦い甘い飲み物でこのあんぱんによく合うのじゃ。

 異世界人よくやったのう。

 褒めて遣わす。

 次はじゃむぱんじゃな。

 むほー、このじゃむぱんも美味しいのじゃーっ!

 赤い果実を煮たものが甘酸っぱくてとても良い。

 それをパンで包むなど、このじゃむぱんを作った者も天才じゃ。

 美味しいのう、美味しいのう。

 はっ、もうないのじゃ。

 まだ食べたいから、次のくりーむぱんも食するのじゃ。

 むっはー、このくりーむぱんも美味しいのじゃーっ!

 この乳を甘く煮詰めたものが濃厚な味わいで良い。

 これをパンで包むなど、このくりーむぱんを作った者も天才じゃ。

 美味しい、美味しいのう、全部美味しいのじゃ。

 このあんぱんとじゃむぱんとくりーむぱんとこーひーぎゅうにゅうの組み合わせは最高なのじゃ。

 はわっ、ま、マズいのじゃ。

 ぜ、全部食べてしもうた。

 一つずつ大切に楽しみながら食していこうと思うておったのにーっ。

 それもこれもみんな美味しそうなのがいけないのじゃ。

 実際に美味しかったのじゃが……。

 これでは楽しみがなくなってしまったのじゃ。

 次の供えを待たなければならないとは、トホホなのじゃ。

 それもこれも異世界(地球)の甘味が美味しいのがいけないのじゃーーーーーっ。






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