九
正門の上に立ち真正面を睨む。
二百メートルほど先の空間が歪み四体の怪異が姿を現した。
数は少ないが……。
「ふむ」
多腕多脚で無数の武器を構える鎧武者風の怪異。
それに並び立つのは巨大な盾を構えた一つ目の怪異。
武者と一つ目から距離を置きこちらを窺う二匹は襤褸を纏い呪符を全身に巻きつけた木乃伊のような怪異。
配置、外見的特徴、恐らくこれは……。
「威力偵察か」
ゲーム風に言うなら鎧武者がアタッカー、一つ目がタンク。木乃伊二匹がサポーターってところか。
昨晩の殲滅を見てこちらの戦力を分析しに来たのだろう。
そういうことならこちらも乗らせてもらう。どれほどのものかを知りたいのは私も同じだからな。
(清明の見立てを疑う気はないが)
これでも戦士の端くれだ。
直に敵の力量を見極めておかねばなるまい。
昨夜の襲撃は清明がアホほど怪異を呼び寄せたものだから力量を見極めるどころではなかった。
あれだけの数の中かから下手人が干渉している怪異のみを見つけられるわけがなかろう。
「参る」
刀を抜き、跳ぶ。
一直線で木乃伊二匹の下まで距離を詰めようとするが一つ目が進路上に割って入った。
刀を振るう。大盾に受け止められる。その隙を突いて武者が私に斬りかかる。
こちらの陽気と陰気のぶつかり合いで生じた対流を利用しひらりとそれを回避し距離を離す。
と、間髪入れずに武者が追撃に。その後を追って来た一つ目も何時でも割って入れるよう様子を窺っている。
(私の見立ては当たっていたな)
しっかり役割分担がされている。
呪詛が弾かれたような感覚があったので木乃伊の一匹はデバフ役。もう一匹はバフ役なのだろう。
実質一匹は無力化されているようなものだが……あいやデバフ役は実質ヒーラーでもあるか。
陰気の結晶たる怪異にも呪詛は通せるが一定以上のものでなくば糧にされてしまうからな。
(気になるのはあの一つ目。手応えがおかしかった)
衝撃を軽減させる類の術が盾に仕込まれているのだろう。
気になるのは純粋に防御目的なのかどうかだ。
例えば衝撃を吸収することで軽減していたのなら吸収した分の衝撃はどうなる?
守りに重きを置いているなら特に何もないだろうが攻めについても考えていたらどうだ?
衝撃を吸収しまくって蓄積し、それを一気に放つなんてこともあり得るだろう。
実際にそういう能力を使う怪異と戦ったこともある。
「そっちか!?」
武者が放った横薙ぎの一撃。鞘を左手で振るい防ごうとするが想定上の力に身体が軋む。
譲渡。恐らく吸収していたこちらの衝撃をエネルギーに変換し武者に渡したのだ。
踏ん張ることはできるがここは逆らわぬが得策。
ダメージを受けないよう上手く散らしつつ流れに逆らわず跳ぶ。
「そうか! お前も機があれば攻めるよな!!」
タンク役とは言え手を出せるチャンスがあれば出すだろう。
巨躯に似合わず機敏に先回りしていた一つ目が盾で私をぶっ叩こうとする。
だが刃と大盾。どちらの方が速いかと言われればどう考えても前者だ。
空気抵抗があるので回避するのは容易。狙いは外れ地面にクレーターを穿った。
隙を晒した一つ目をフォローするように武者がこちらを攻める攻める。
多腕で手数を。多脚で機動力を。見事に強味を活かしている。
「良い連携だ。うちの部下に見習わせたいぐらいにな」
それよりもだ。
「灯!!」
門の上で茶をシバイていた灯に呼びかける。
隣の縁殿は不安そうな顔をしておられるな。
灯も意図は説明してくれたのだろうが……まあ不安だよな。
「明様の御推察通りですよぅ。それらは複数の怪異を混ぜ合わせたものかと」
やっぱりな。
一定以上の力を持つ怪異は姿形も能力も千差万別だ。
とは言えここまで使役する側にとって都合が良い組み合わせは中々難しいだろう。
短期間でこれだけのものを用意するのは難しい。
元から持っていた、というのは考え難いと思う。
それならば昨日の段階で威力偵察として送り込めば良いのだから。
清明が用意した怪異が邪魔で連携が取れないなら私が殲滅を終えた後で送り込めば良いだけ。
(消耗もあるしワンチャン、私を殺せるかもしれないしな)
そうなると都合が良いように作ったと考えるべきだろう。
運用する上で適した形にするため。付与した能力を十全に扱えるよう怪異を繋げ合わせて出力を賄うために。
こんなことができるなら敵は陰陽師。それも陰陽寮基準でも上澄みだろう。
「明様ぁ、縁様が不安がられてますしちゃっちゃと片付けちゃってくださいなぁ」
「あ、灯様!」
「理由を説明したからって昨日あんだけ無双してた方がああなんだから不安になるのは当然ですって」
不安がらせる私が悪い。じゃんじゃん甘えてけと灯。
実際その通りなので異論はない。知りたいことは知れたしな。
「安心召されよ縁殿。直ぐ、終わらせますゆえ」
仏像も待ってるしな。
太刀を鞘に納め柄に手をかけ居合の姿勢を取る――と同時に怪異が逃走を図る。
ほう……いや薄々気付いていたが即座に察知できる程度には戦いに対する嗅覚も鋭いか。
「無駄だ」
リアルタイムで操作しているだろう下手人に語り掛ける。と同時に一閃。
陽気で射程範囲を伸ばしていたので多少距離を取ったところで意味はない。
怪異パーティは一刀の下に斬滅された。
「あっかり~ん!!」
「はいはい」
昨日と同じように身体を清めてもらい屋敷に戻る。
自室から金庫? を持って客間で待つ泥舟の下へ。
縁殿も気になるのか灯と一緒に同席していた。
「え……え? か、蛙の……像?」
小脇に抱えている金色の蛙像を見て目を白黒させる縁殿。
一応言っておくがこれを代金にするわけではないぞ。
「いや実はこれ金庫でしてな」
ポンと蝦蟇を叩くと目がぺかーっと輝き口から銭が流れ出す。
「……見るのは初めてじゃございやせんがどうなんですこれ?」
「防犯という観点から見るとこれ以上に硬い金庫はないのだ」
「疑うのは清明様の感覚ですよねえ」
屋敷を構えるわけだし金庫もしっかりしたのを用意しないとな。
なんて呟きを拾われた結果がこれだ。デザインは何時もの悪ふざけだろう。
ただこれも時間が経てば中々愛嬌を感じて悪くないと思う。
「な、ガマ吉」
「名前までつけてらっしゃるんですか!?」
らっしゃるんです。頭を撫でてやるとガマ吉の目が嬉しそうに点滅した。
「確かに。そいじゃあっしはこれで」
「あの、英様。このような時間ですし」
自分に気を遣ったと思ったのだろう。縁殿が口を開くが、
「まだ商談が控えているのであろう?」
もし泊まるつもりならもっとリラックスしてるからな。
「へえ。それがなければ一晩お世話になりやすが……縁様、お気遣い感謝致しやす」
深々と頭を下げ泥舟は屋敷を出て行った。
「というわけで……いざ、御開帳!!」
風呂敷を引っぺがすと中から30cmほどの木彫りの仏像が姿を現す。
「おっほー! これはこれは! 徳の光が世を照らしておるわ!!」
「明様からは欲の光がてらてら放たれておりますねぇ」
喧しいわ。
「こ、この御顔は確かに……殿のお作りになる仏様の」
声が小さいのはわりとマジで引いているからだろう。
この仏師抱えてる貴族、かなりの大物だし。
ってか、
「縁殿は実物を見たことが?」
「え、ええ。父の付き合いで何度か」
なるほど。そういうこともあるか。
希少性を好みそれを独占するような輩はそれを自慢し見せびらかすのが常だ。
しかしそういう手合いは見せる相手も選ぶ。同じ貴族や大商人とかだな。
縁殿もそうして自慢されたクチなのだろう。
とは言えそういう輩を非難する気はない。私自身も蒐集家として集めたものを自慢したい気持ちはあるからな。
「何が良いんだか灯には分かりませんよぅ」
やれやれ、とお母さんみたいなことを抜かす。
まー、分からないか。この領域の話は。
「うっわ絶妙にムカつきますねぇその顔」
はー、やばい。徳の光でそのまま極楽浄土まで行けそう。
「いやもうこれ死後の極楽行きは確定だな」
前売り券だ。
「物欲に塗れた心で仏を拝んでも浄土へは行けないのでは? 灯は訝しんだ」
「何を言うか。しっかり善行も積んだぞ」
具体的には妖刀の回収だな。
退魔師的には回収した方が良いけどあくまで努力目標だ。
つまりやらずとも良いことだったわけだな。
それを君、私は身銭を切って危険な妖刀を回収して無力化したのだぞ?
「お釈迦様もしっかり見ておられるだろう」
「まずはその煩悩どうにかしてくださいよぅ」
「皆が皆、釈迦やその弟子たちのように解脱できるわけではない」
腕のないものが今にも崖から落ちそうな人を救えずとて誰が責められる?
どうしたって悟れない人間がいたとして、だから救われないとは惨い話ではないか。
「慈悲深い釈尊ならそこらもきっと分かってくれる」
「んもう、ああ言えばこう言う」
ふふ、と噛み殺したような笑い声が聞こえた。縁殿だ。
「す、すいません」
「しょうがないですよぅ。堂々と馬鹿言ってる方なんて笑っちゃいましょう」
「あ、いえそうではなく!」
あたふたと手を振る縁殿だがそう慌てずとも。
馬鹿にされたとて私は別に気にしないし。
「英様にもそういう、何と申しますか子供のようにはしゃぐ一面があったのだなと少し嬉しくなったのです」
「嬉しく?」
「ええ。大らかで義に厚く果敢に怪異と戦われる様はその、ご立派過ぎて」
そんな風に思ってたの? 全然そんなことないんだが。
「全然そんなことありませんよぅ」
「君が言うな」
まあ理由は分かった。
少し気恥ずかしいものを感じるな。
「もう少し気楽に接して頂ければ幸いに御座りまする」
「ふふ、はい」
さて、十分愛でたし仏像を蔵に収めなければ。
清明ぐらいしか客は来ないが万が一がある。人目につかない場所に隠さねば。
「あ、私もご一緒して良いですか? その、他の蒐集品も見てみたいのですが」
「! ええ、ええ! 是非に是非に!!」
「急にはしゃがないでくださいよぅ」
だってオタクってそういうものだから。
縁殿を連れて蔵という名のオタ部屋へ。
ずらりと並ぶ大小問わぬ仏像の数々に私もドヤ顔を止められない。
「殆どが無名の仏師のものばかりですがどうです? 出来の方は中々のものでしょう」
「……」
「特にこれなど出会った時は雷が走ったような衝撃をですね……縁殿?」
ぽかん、と口を開けて固まっている。
そこまで感動してくれたんだろうか?
「いやどう考えてもアレでしょう」
「うん? あ、あぁ……そうか。アレか」
既に慣れてしまったから気付けなかった。
確かに初見の人間には何やあれとなるだろう。
「――――あれなるは等身大黄金の清明像に御座います」
「それ説明になってませんよね!?」
身体の線が出ている薄布を身に纏い両手を広げ皮肉げな笑みを貼り付け軽く天を仰ぐ黄金の清明像。
詳しく説明してもこれぐらいしか言えないぞ。
「入手経緯の方じゃないですかぁ?」
「あ、そっちか。屋敷を手に入れた時のことですな」
オタ部屋を作って気兼ねなく仏像蒐集に励めるとあって私は大層上機嫌だった。
それで酒を飲みながら清明に仏像の良さを語っていたら、
『そんなに仏像が好きか。どれ、一つ私が上等なものをくれてやろう』
と言ってその場で生み出されたのがこの清明像である。
後日、溶かして売り払おうと庭で火にかけたら仏像が火を噴いて丸焦げにされた。
「私でなければ死んでいましたな」
じゃあもうこのまま闇市に持ってくかと敷地外に運び出そうとしたらブン殴られた。
清明像は清明ほど強くはないが私とやり合えば屋敷が更地になるぐらいの実力があった。
多分私のオタトークに苛ついた清明の嫌がらせだ。
完全に清明の私費ならともかく屋敷の建造には公費も出てるからな。
流石にこんなアホなことでぶっ壊すわけにもいかない。
「だったらもうしょうがないなと大人しく保管することにしたのです」
「えぇ……?」
「ちなみにこれ屋敷に害を成そうとすれば迎撃に出ることもあります」
そういう意味では縁殿の安全にも一役買っていると言えなくもない。
おぉ、初めてこの置物が役だった気がする。
「えぇ……?」