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 退魔衆の社会見学を終えた後もあちこち周り気付けば申の刻。

 日の傾き具合を見るに午後四時ぐらいだろう。

 現代ではまだまだパーリタイムではあるが色々異なるところはあれどもここも平安時代。闇が強い時代だ。

 マジに魔も存在するのでそろそろ家に帰る時間帯である。

 縁殿もあちこち巡ってかなり気も晴れたようで表情も晴れやかだし後はもう帰るだけなのだが……。


「縁殿」

「はい。名残惜しいですがそろそろ帰らないといけ」

「……その、気分転換の一環ということで今宵は我が屋敷に泊まって行きませんか?」

「え!?」


 ぽかん、とした後で両手を口元に手を当て頬を赤くする縁殿を見て私は対応を間違えたことを悟る。


「えっと、その」


 昨日の今日だ。甘酸っぱいものが生まれる余地はない。

 だがある程度の家ともなれば恋愛結婚などという選択肢はハナから存在しない。

 現に縁殿の父である喜兵衛殿も雑談の最中、それとなく縁殿を勧めて来たからな。

 縁殿当人もそれを察していたから……勘違いしてしまったのだ。


「……その、まだ作法も習っておりませぬがそれでよろしければ」

「ごめんなさい言い方が悪かったですそうじゃないんです」


 下心はあるがそれは縁殿とは関係ない私的な物欲である。

 昨日の仏像だ。泥舟の性格からして一日置いてから屋敷に顔を出す。つまりは今日。

 私の職業柄、突然居なくなることもあるので居ないなら居ないで日を改めるだろう。

 でも私は今、欲しい。早く欲しい。受け取りたいのだ滅多に手に入らぬ希少品を。

 護衛の真っ最中だと分かってはいる。いるが……でもプライベートでもあるわけだろう?

 自制心が……自制心が働かない……!!


「へ?」

「じ、実は昨日縁殿とお会いする前に闇市で買い物をしておりまして」


 素直に暴露し頭を下げると、


「分かりました。そういうことであれば今宵はお世話になりとう御座います」


 と縁殿は微笑ましいものを見る目で快諾してくれた。

 退魔衆の住居について見学の最中に説明したから夜半の襲撃で他者を巻き込む心配がないからというのもあるだろう。


「忝い……忝い……」

「お世話になっている身ですし――――あ、でも灯様に報せねば」

「ああそこはご心配なく」


 念話や遠隔通信系の術を私は使えないが灯に関しては別だ。

 灯の中に私の陽気が混ぜてあるからか送受信ができる。


「ゴホン! 『灯、灯。聞こえますか? 私は今あなたの脳内に語り掛けています』」


 と言えば、


「『妙な小芝居はやめてくださいよぅ。で、何です? おゆはんの献立?』」

「『すまぬが今日の家事は私の屋敷で行ってくれ』」

「『え……それって……おいおいおい、清明様どうするんですぅ? ぽっと出の子に爆速で負けちゃってるじゃないですかぁ』」

「『何を言っているか分からんが』」


 仔細を説明すると、


「『うーん、この駄目人間』」

「『返す言葉もない。頼めるか?』」

「『ん分かりましたぁ。食材持って伺いますよぅ』」


 ありがとう、と言って話を打ち切る。

 これで準備は完了。


「では参りましょうか」

「はい」


 退魔衆の住居に関して説明しよう。

 一般組員や裏方は経済的に余裕がなければ寮住まいだが一定以上の実力を持つ退魔師は別だ。

 私のような組長格は屋敷を持たされる。相応の地位に在るのだから格を、ということではなく実利の面でだ。

 強い退魔師が根を下ろす場所は特に何もせずともある程度、穢れなどを祓ってしまう。

 すると全てが全てというわけではないが土地に残留する悪いもので怪異が生まれるのを予防することができる。

 なので強い退魔師は良くないものが蓄積し易い場所に家を持たされるのだ。

 そしてそういう土地だから基本、人気はない。私の屋敷もそう。ご近所めっちゃ遠い。

 ちなみに事情が事情なので組長の屋敷にかかる費用は全部お上持ちだ。

 これに関しては退魔衆より上から予算が出てる。あざーっす!


「まあ! 立派なお屋敷!!」


 時間も時間なので渡されていた移動用の式でちゃちゃっと自宅に。

 縁殿が今使っている喜兵衛殿の別宅より寂しいところにあるが彼女は目をキラキラさせていた。


「一人暮らしですし最初はここまでのものにする予定はなかったのですが」


 清明の奴がな。自分も使うんだからと口を挟み追加で金まで出してご立派な屋敷ができあがったのだ。


「食事の支度が整うまで庭でも見ますか? 清明がこだわったので中々のものですよ」

「是非に」


 というわけで縁殿を連れて庭園に。

 現代まで残れば観光地になりそうなぐらいの枯山水は当家の自慢である。

 ちなみに手入れは清明が寄越した式神がやっている。これだけの庭園を整備する庭師雇う金なんかないしな。


「はぁ。何と美しい。清明様がと言っておられましたがあの御方は本当に多才なのですね」

「ええ。(よろず)の才持つ者をもじって萬彩(ばんさい)などという偽名を自称する程度には才に満ち溢れております」


 才覚とは鮮やかなりしもの。人生を彩る輝きである。

 それゆえに萬彩、だそうだ。

 普通なら「うぉ、すっげえ自信。どこの御山の天狗かな?」と言いたくなるレベルだが清明に関してはな。

 ちなみに偽名の使いどころは表沙汰にできないお遊びに出向く時である。


「羨ましいです」

「何の。人品という点では縁殿が圧勝ですよ」


 それから灯が呼びに来るまでお喋りに興じる私たちなのであった。


「ところで、泥舟様……でしたか? 英様と取引をなさる商人の御方」

「ええ。奴がどうかしましたか?」


 食事の最中、ふと思い出したように縁が泥舟のことを話題に上げた。

 ちなみに偽名だ。私も本名は知らない。


「人目につかぬ時間、夜中に訪れるということですが大丈夫なのでしょうか?」


 ああそういう?


「心配ご無用。泥舟は一般人ではありますが幾つも修羅場を潜り抜けておる小悪党ですからな」


 小悪党と言っても眉をひそめるような外道働きをしているわけではない。

 税を誤魔化したり私が今回購入したような表で流せない品を仕入れて売っているとかそういう感じだ。


「こ、小悪党なのが関係あるのでしょうか?」

「その手の輩は保身に長けておりますゆえ危険から身を護る術は幾つも備えてあります」


 危険に対する嗅覚とそれへの対策。そこらはバッチリだ。

 というかそこらがしっかりしてなかったら泥舟も夜中に来るとは言わんだろう。


「私が不在なら勝手に屋敷に上がり込んで夜を明かすような図太さもありますしな」


 心配するだけ無駄だ。


「というか明様ぁ、まーた仏像買ったんですかぁ? 仏像なんて一つあれば十分でしょうに」

「何を言うか」


 一つあれば良いというのは大きな間違いだ。


「仏像なんてね。こんなんなんぼあっても良いですからね。ありがたやありがたや」

「熱心な仏教徒ってわけでもないでしょうに」

「うるさいな。良いだろ別に。独り身なんだから金ぐらい好きに使わせてくれ」

「うっわ情けない言い訳。恥ずかしくないんですかぁ?」

「全然」


 いやね。私も父母が生きてれば育ててくれた恩ってことでそっちに金かけてたよ。

 良いとこに屋敷立てて使用人とかも雇ったさ。でも居ないんだもん。

 墓の世話してくれている寺に寄進するぐらいしか良い金の使い道がないのだ。


「……ああそうだ。この件が終わって休みが残ってたら一度、墓参りに行くか」


 お頭の様子を見るに縁殿の護衛が終わっても休みはくれるだろう。

 縁殿の護衛は私事ではあるが公務ともまったく無関係というわけではないからな。

 火急の件でもなければもうちょっと休んでろと言われるはずだ。


「あの、お墓参りというなら私も同行致しますが」


 遠慮がちに縁殿が手を挙げる。

 こちらを気遣ってくれているのだろうが、


「いや流石に都の外へ連れ出すのは」


 身の安全という意味では大丈夫だが世間体がな。

 そうではないとは言え傍から見れば嫁入り前の娘を泊りアリの小旅行に連れてってるようなものだし。


「既に私欲で屋敷に連れ込んでる件について」

「うるさいな。これは言い訳できるだろうが」


 我退魔衆の組長ぞ? ここ組長の屋敷ぞ?

 普通の屋敷で迎え撃つよりよっぽど安全ではないか。


「? 英様は都のお生まれではないのですか」


 他所から来た人間は地元の人間には分かってしまう。

 どれだけ馴染んでいても空気というかな、そういうので何となく分かるのだ。

 商人の娘として多くの人間を見て来た縁殿なら尚更だろう。

 だから少し意外そうな顔をしているのだが、


「いえ私自身は生まれも育ちも都ですよ。ですが父母は播磨の出でしてな」


 現代で言う兵庫県加古川のあたりが両親の出身だ。

 岸村というところで育ったのだが父は村長の子。母は孤児の下働きで身分の差があった。

 私からすれば殆ど誤差だろうとは思うが祖父はそう思わなかったようで二人の関係に大反対。


「そして父はそんな祖父に大反発。知るかバーカ! と母を連れて駆け落ちし都に流れ着いたのです」


 父は霊力こそ常人並みで退魔師や陰陽師の素養はなかったが体が大きく腕っぷしも強かった。

 そこをとある豪族の御方に買われ武士となり目をかけてもらって生活は安定し私が生まれた。

 私の誕生を切っ掛けに郷里に手紙を送ったそうな。

 許されずとも知らせるぐらいはしておこうと。

 で、あちらも親だからな。子が心配だし孫も居るなら会ってみたいと思うのが人情だ。

 それでちょこちょこ手紙のやり取りをして和解達成。私も幼い時分には岸村で過ごすこともあった。


「で、私が護国院に入ったのを機に父母は本格的に郷里へ戻ることを考え始めました」


 何のかんの言っても故郷だからな。

 子が独り立ちしたのならと思ったのだろう。

 身辺の整理もあるし私が卒業したら戻ろう。


「と、話がまとまった矢先に父が戦死して母もそれが原因で病に倒れてしまいまして」

「それは……」


 私から見ても父母共に互いにべた惚れだったからな。

 母もころっと逝ってしまった。


「……眠るならせめて郷里にと」

「はい」


 退魔衆に入る前に一度、挨拶がてら参りに行ってそれきりだ。

 ちなみに祖父も既にこの世には居ない。

 母が倒れたあたりで自分が二人の関係を許していたらと気を病みそのままだ。

 なので墓の世話をしてくれてる寺に金を送ってるわけだ。

 他にも親類は居るが岸村から出て行ってるし関わりがないからな。


「英様は随分とご苦労なされたのですね……」

「はっはっは。それでも私は恵まれている方でしょう。今こうして悪くない暮らしができていますしな」


 自分から言っといて何だがしんみりした空気になってしまったな。


「この話はここまでにして食事を続けましょうか」

「……申し訳ありません」

「明様が原因なので気にしなくて良いですよぅ」

「それはその通りだが君が言うな」


 食後。湯浴みをして身を清めた私は戦装束に着替えた。

 別に普段着でも問題はないのだが気分だな。


「縁殿は先に寝て頂いても構いませぬよ」


 縁側で月を眺めながら時を待っていると湯浴みを終えた縁殿がやって来た。


「いえ、英様なら大丈夫でしょうがそれでも私のために戦ってるくださるわけですし」


 見届けるのが責務であると。

 つくづく頑固だな、と笑ってしまった。


「む、何故笑うのです」

「いや申し訳ない」


 襲撃を待ちながらお喋りに興じていると、


「お客様ですよぅ」

「! 来たか」


 怪異ではないが待ち人ではある。

 灯に通すよう告げると少しして泥舟が姿を見せた。


「何やらお取込み中でしたかい?」

「まあな。それより泥舟。例のブツは」

「へえ、こちらに」


 と風呂敷を差し出され中を検めようとするが……。


「チィッ。良いところで」

「英の旦那?」

「しばし待て。仕事を片づける」


 屋根に飛び上がり空を睨む。


「ふ、ふふふ……まったく不運な奴よ」


 今の私はかなり滾っている。


「――――漲る物欲でトぶぜ……!!」

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