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 お頭と別れた後、敷地内にある訓練場へ足を運ぶことにした。

 事務仕事なんぞ見ててもつまらないだろうからな。

 退魔師らしく戦う姿に近しいものを見てもらうのが一番だろう。


「気合入れんかいアホんだらァ! そないな調子でバケモン殺せると思っとんのかい!?」


 訓練場に入るや怒声が耳朶を揺さぶった。

 三十手前ぐらいの短髪の男が檄を飛ばしながら新人を情け容赦なくシバいている。

 丁度良いのが居たと笑いつつ隣で呆気に取られている縁殿に男を紹介する。


「あれなるは虎鷹龍一。私と同じ組長で六番組を仕切っておりまする」

「こ、虎鷹様ですか」

「はい。奴に鍛えられた新人は生存率が高いともっぱらの噂。ある意味縁起の良い男なのですよ」


 だから龍一のシバキを受けたいという新人は多い。

 本人としても希望者は全員見てやりたいのだろうがそれをするには時間がな。

 組長ゆえ何かと忙しく日勤の数も少ないので今日出会えたのは運が良い。


「んお? あっちゃんやん! しばらく休みとちゃうんか!?」


 私の存在に気付いた龍一が人懐こい笑みを浮かべて走り寄って来る。


「ってか誰やねんそのめちゃ可愛い子! コレか? あっちゃんのコレか?」


 小指を立てるな。というかこれ平安時代からあったジェスチャーだっけ?


「違う。今私が護衛している東雲商会の縁殿だ」

「護衛? 何や。こんないたいけなお嬢さん狙っとるアホおるんけ?」

「おるんや。まあそこは置いといてだ。縁殿は退魔師に興味があるようでな。気晴らしにと連れて来たんだが」

「ほーん? ええでええで! 幾らでも見てったらええ! あ、せや。何ならわしとあっちゃんがやりおうとるとこ見るか?」


 めっちゃ派手やさかいな! 子供は大喜びや! と龍一。

 話が早いことこの上ないなコイツ。


「えーっと、よろしいのですか? ご指導の最中をお見受けしますが」

「かまへんかまへん。実力者同士の戦いは見るだけでも鍛錬になるからのう」


 新人たちに声をかけしっかり見ているよう言いつけるとほなやろか、と龍一は狩衣を脱ぎ捨てた。

 私も同じように狩衣を脱ぎ縁殿に預けて中央へ。


「説明を交えつつだが構わないか?」

「ええで~」

「ありがとう。さて縁殿、昨晩は怪異を屠る際に太刀を振るっておりましたが見ての通り今の我らは無手」


 怪異相手に素手の技術は必要なのか、と思ったのでは? と問うと縁殿は頷いた。


「太刀や弓矢を用いなければ危険なのでは? 英様が来られる前に護衛してくださっていた方々も皆、武装していましたし」


 仰る通りだ。


「あ、武器を失くした際のことを想定して?」

「まあそれもあります」


 武器が無ければ戦えませんなんて話にもならない。

 武器を失っても戦えるよう備えておくのは当然だ。

 しかしもう一つ、切実且つ世知辛い理由が存在する。


「経費削減のためやんな」

「なるほど経費さくげ……なんですって?」


 聞き間違いかな? という感じでこちらを見ているが残念ながら聞き間違いではない。


「節約のためなのです」


 当たり前の話だが刀というのは消耗品である。

 しっかり手入れをしていても人を斬り続けていればいずれ刀は使えなくなる。

 人よりも遥かに頑丈で体液が毒だったりもする怪異ならば尚のこと手入れはしていても劣化は早い。

 我ら退魔師が振るうそれは霊刀と呼ばれ通常の太刀よりもかなり頑丈ではあるが劣化を避けられるほどではない。


「怪異を祓うために必要なものゆえ自費ではなく経費で落ちますが」

「一本あたりの単価が普通のんに比べてごっつ高いねん」

「せやから……んん、だからおいそれと使い捨てるわけにもいかんわけでして」


 予算も無限ではないのだ。刀にばっかり使ってたら他が疎かになり仕事の質が落ちてしまう。

 だからなるべく雑魚相手には素手でやろうというのが退魔衆の方針なわけで。


「あっちゃんみたいにポンポン斬撃飛ばせればその心配も要らんのやけどなあ。

普通のんはあんなバカスカ撃っとったら直ぐに息切れしてまうからそうもいかへん」


 ただ金を惜しんで命を捨てるのは馬鹿のすることだ。

 少しでもキツイと思えば刀を使うようには周知徹底している。

 その分、余裕のある奴は未だ覚束ない新人らの分まで節約をしようと徒手の技術を磨いている。

 助け合いの輪だな。そういうのって、素敵やん?


「都を守護する立派なお仕事をされているのに……」

「まあそれを言うたら他のとこもそうやし」

「他より過酷ではありますが、だからとて何が何でも優遇しろとは言えませぬよ」


 折り合いをつけて上手いことやっていくしかない。

 私と龍一の言葉に縁殿は呆れ半分感心半分と言った様子で呟く。


「何と言いますか、退魔師の皆様は前向きな方が多いのですね」

「退魔師っちゅーんはそんなもんやで」

「? どういうことでしょう」

「退魔師というのは陰気の扱いがあまり得手ではなく尚且つ陽気が強めの人間がなるものなのです」


 で、陽気が強い人間は性格的に明るい傾向にある。

 無論、皆が皆そうというわけでもないがポジってる奴が多いのは事実だ。


「なるほど」

「さて。それじゃあそろそろ始めようか」

「おう。どっからでも()いや」

「ではお言葉に甘えて」


 ダン! と強く踏み込み腰を捻りながら掌底を打つ。

 龍一との距離は十メートルほど、普通なら届きはしないが私たちは普通ではない。

 掌から放たれた蒼い気弾が矢よりも速く空を駆ける。当たれば全身の骨が粉々になるレベルの攻撃だ。

 しかし龍一は慌てず騒がず脱力。ふわりと両手を広げ駒のように回転して気弾をいなしてみせた。

 そして円の動きそのまま滑るようにこちらへ接近。左腕を下方から抉り込むように振るった。

 ギィン、と甲高い音が鳴り響く。


「「ぬぅ……!!」」


 龍一が私の顔面目掛けて振るった左手の三指から伸びる霊力の刃が私を切り裂くことはなかった。

 寸前のところで右腕を挟み込み盾のように障壁を展開したからだ。


(とは言え、キツイな……ッ)


 訓練場を破壊し過ぎないよう互いに同程度に合わせているので膂力で勝るあちらに分がある。

 ならば、と障壁を展開したまま位置を少しずらして龍一がこちらを押す勢いに乗って跳躍。

 背後に回りつつ蹴りを放つが見もせず回避される。

 着地。互いに距離を取って仕切り直し。構えを取って睨み合う。


「「……」」


 じりじりと距離を詰め互いの突き出した手が触れるか触れないかのところで動く。

 先手を取ったのは私。手首を引っ掴んで投げるが龍一も負けじと投げられながら投げ返して来た。

 そのまま場に満ちる互いの陽気の対流に乗っかりライトな剣で打ち合う某映画のような三次元的な立ち回りに移行。

 ちらりと横目で縁殿を窺うと、


「おぉ!!」


 いよしウケてる!

 新人たちの糧になりつつも見栄えを重視した立ち回りは成功したようだ。

 龍一も同じことを考えていたようで互いにニヤリと笑う。


「本調子やないっちゅーにこれなんやからたまらんわ。あっちゃん、ホンマかっこええで」

「龍一もな」


 軽口を叩きつつ間合いを測る。


「お前ら、今の攻防見とったな? わしらみたいなもんがぶつかると陰陽問わず場には対流が発生する」


 龍一も機を窺いつつ新人たちへ講義を行っている。

 こう見えて技巧派なので理論立った説明も得意なのだこの男は。


「これを利用するんがわしらの立ち回りの要や」


 流れに乗っかり距離を詰める回避する防御する。

 もしくは、


「――――こんな風にも扱える!!」


 霊力の対流を引っ掴み。毟り取るようにブン投げる。

 すると乱気流が巻き起こり龍一の体が吹っ飛んだ。

 既に体外へ放出され滞留している霊力を用いているから普通に斬撃を飛ばすよりも低コストで済む。

 ただこの“掴む”という行為は結構難しく相応の鍛錬が必要になる。

 会得は難しいが覚えておいて損はないだろう。


「ただこれは一定以上の実力者やとこないな風に返されることもある!!」


 龍一は吹き飛びながらも乱気流を引っ掴み力の向きを強引に変えこちらへ放った。

 綿菓子を作るようなイメージで両手で絡めとって更に投げ返す。

 投げて投げ返されてその度に段々威力が増していくこれは……そう、アレだ。


(風船爆発チキンレースに似てるな)


 ちょっとでも制御を誤れば爆ぜて自分にダメージが行ってしまう。

 幾度目かのキャッチで私は龍一ではなく空へ向けてリリースしてやった。これ以上は危ないからな。

 上空で霊力の乱気流が爆ぜて凄まじい強風が吹き荒んだ。


「これぐらいにしとくか」

「ああ。これ以上続けると熱が入り過ぎる」


 手合わせの域を越えてしまう。

 それもそれで悪くはないが今することではない。縁殿だって他にも色々見たいだろうしな。


「では次に参りましょうか」

「あ、はい。お邪魔致しました!!」


 ぺこりと頭を下げ訓練場を去る。


「次はどこを案内してくださるのですか?」

「良い時間ですし食堂に参りましょう。ここで出される食事は中々に珍しい。良い話の種になりましょう」

「珍しい、ですか?」

「はい。と言っても珍味や貴重な何かというわけではありませんが」


 縁殿を食堂へ案内する。

 勤務形態上、夜が本番なのだが数は少なくとも日勤の職員もいるので食堂は開いている。

 ただその者らも昼食を摂るのはもう少し後なので殆ど貸し切り状態だ。


「とりあえず水でもどうぞ」

「ありがとうございます」


 水瓶から水を救い器に注いでやる。

 少しワクワクしながら様子を見守っていると、


「……冷たい」


 予想通りのリアクション。

 家電などはないので冬場でない限り貯水しているものは基本、温い。

 だがここは退魔師の詰所。霊的な力もフルに活用されている。

 水は冷たいし、


「それに、これ」


 気付いたか。流石に鋭敏な感覚をしておられる。


「いわゆる霊水というやつですな。肉体に蓄積された疲労や穢れを薄めてくれるのです」


 美味いし体にも良い。最高だろう。

 生産には強い霊力持ちが必要なのでどこでも出されるようなものではないがここは退魔衆の本拠だからな。

 職務の内容的にも清めに使えるものは必需品なので常備されている。


「もしや、食事も?」

「ご名答」


 清浄を優先した食事となれば僧侶などが食べる精進料理が思い浮かぶだろう。

 実際あれも効果はあるのだが私たちは肉体労働系だからな。

 肉も魚も食わねば体が保たない。なのでガンガン肉を食べても効果がでるよう食材からして違うのだ。

 ここには鶏舎や生け簀などもあり霊力持ちが力を注ぎながらせっせと世話をしている。

 手間隙かかるが効果は抜群。その上副次効果で味も通常の食材より優れている。

 この時代にミシュランがあれば退魔衆の食堂が選ばれること間違いなしだろう。


「なるほど。そういうところにも気を遣っているから予算が」

「ええ。ですから節約できるところはしておかねばならぬわけです」


 相応に金もかかるがこれも必要経費だろう。


「陰陽寮もここと同じく?」

「ああいえあちらの食事もまあそれなりに特別なものではありますがうちほどこだわってはいませんね」


 肉体労働がメインでないというのもあるが人員の気質だな。

 学者肌というか食にこだわりがないタイプが多いのであまり予算はかけていないと聞く。

 飲食に金をかけるのは慶事ぐらいだ。


「退魔衆の皆さんは日頃の食事に力を入れ陰陽寮の皆さんは特別な日に特別力を入れるということでしょうか?」

「そんな感じですね。数が少ない分、金をかける時は随分と豪華ですよ」


 だから清明も元旦とかめでたい日には酒を集りに行ってる。


「いや集りというより盗みですね」

「ぬ、盗み?」

「一応アレも陰陽寮所属なので酒を飲む権利はあるのですが」


 普通に出席だと常識的な量で気兼ねなく楽しめないとのこと。

 そんな気遣いがあ奴にあるのか? と思わなくもないが本人はそう言ってた。

 だからこっそり忍び込んで酒樽の中身を幾つか入れ替えてたいるのだとか。


「当然あちらも気付いてはいるのですが陰陽頭が面白がってそれを催しにしてしまったのです」


 二年ぐらい前かな?


「と言いますと?」

「清明から酒を守護できれば金一封やら何やらが出るのです」


 ルールを決めてその中でやり合ってという感じだ。

 術者としての腕試しや鍛錬も兼ねているのだろうが今のところ清明の全勝である。

 よく頑張ったとか言って盗んだ酒を返すこともなく普通に頂いてるあたり実に清明だ。

 そして私もそのおこぼれに預かっている。陰陽寮の皆さんありがとうございます。


「っと、話はこれぐらいにしておきましょうか」


 水瓶を取りに行った時に食事を頼んだのだが出来上がったようだ。

 運んで来てくれた給仕に礼を言って膳を受け取る。

 山と盛られた白米に山菜がたっぷり入った汁物。漬物。煮物にメインは野鳥の塩焼き。

 現代の食事を思い出した私からしても美味しそうと感じるのはこの世界に順応したからか。

 あるいはこの世界の食事のクオリティが私の知識の上で知る平安より高いからか……多分両方だろうな。


「美味そうだ。さ、食べましょう」

「はい! いただきます!!」

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