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「英様。改めて感謝申し上げまする。此度は我が娘のためどれだけ骨を折って頂いたことか」


 異界羅城門での決闘から一月後。

 ようやっと身辺が落ち着いた。あちらもそれを待っていたのだろう。

 喜兵衛殿が縁殿を伴って私の屋敷を訪ねて来た。


「どうか御気になさらず。己の心に従い刃を振るっただけで御座いますれば」


 それに立役者というのであれば清明だろう。

 あの夜から姿を見ていないが……何やってるのかな。


「はい。清明様には先ほどお会いし御礼と心ばかりの謝礼をお渡しして参りました」

「おや、会えたのですか?」

「? ええ。少しお疲れのように見えましたが快く受け取ってくださって」


 何だ何だ。私のとこには灯を寄越して片付いた、とだけしか言ってくれなかったのに。

 会いに行っても居ないか居留守使われて顔も見れていないのでちと寂しい。

 灯に聞いても、


『女子には殿方に見られたくない顔というのがあるのですよぅ』


 と訳の分からんこと言われるし。


「それであの、樹様はどうなったのでしょう?」


 おずおずと縁殿が手を挙げる。

 樹は数日、屋敷に滞在してから諸々の始末をつけるため陰陽寮へと連れて行かれた。

 その間、世話をしていたのは縁殿だ。思うところはある。蟠りがないとは言えないだろう。

 それでも縁殿はあの夜、樹の境遇に心痛め、腹の底から怒った。

 だから衰弱しきった樹の世話も献身的に行っていた。

 そんな彼女からすれば事の顛末は気にかかって当然だろう。


(……子供だからと下手に誤魔化すのは礼を失するな)


 包み隠さず打ち明けるべきだろう。

 ちらりと喜兵衛殿を見やる。こちらの言わんとしていることを察したのか小さく頷いてくれた。

 許可は出た。ならば話そう。多分、喜兵衛殿も全容はまだ知らないだろうしな。


「一連の事件ですが特に隠蔽などはされずあるがままお上に伝えられました」


 下手に隠し立てするよりは全て明らかにして同情を誘う方が良い。

 餅麻呂様はそう仰っていた。

 改めて樹の罪を説明すると縁殿に怪異を差し向けたことも確かに罪ではあるがそれ自体は重要ではない。

 縁殿は確かに大店の令嬢ではあるが、お上が重要視するのは意図して怪異を都に引き入れたこと。

 怪異は自然発生するものだが、だからとて招き入れて良い道理はない。

 低級ならまだしも結構な強さの怪異も居た以上、そのつもりはなくとも問題視されるのは当然のこと。


「その上で情状酌量の余地ありとして樹は陰陽寮での勤労奉仕が決定致しました」


 ただ心身共にまだまだ不安定。職務には就けない。

 これまでのことを考えれば年単位での休養が必要になるだろう。


「なのでその間は私が樹の身柄を預かることになりました」


 何かあっても私なら即座に斬り捨てられる。

 心情はさておき事実としてそうなのだからそこは飲み込んで欲しいと餅麻呂様に言われた。


「そして樹がああなった元凶である父君ですが御家取り潰しの上、細君と共に流罪」


 まあ流罪と言っても実質、片田舎での隠居暮らしだ。

 今までの暮らしを比べれば不自由ではあるがそれでも庶民よりは良い暮らしをさせてもらえる。

 餅麻呂様曰く、


『大樹殿もある意味で被害者。ついでに言うと事情を知りながら他家のことと見て見ぬ振りをした負い目が麻呂にもある』


 とのことでそこまで酷くならないよう取り計らったらしい。

 流罪の場所も餅麻呂様の所有する土地になるとのこと。


「没収となった荘園含む財産の内三割が累なき他の親類に分け与えられることになったそうです」


 その親類の代表が天羽以外との血縁を利用して分家を興しそこに人を受け入れるとのこと。

 で、問題は残る七割だ。お上が接収するかと思えば……。


「思えば?」

「……私が継承することになり申した」

「英様が、で御座いますか」


 喜兵衛殿が目をぱちくりさせる。

 いやまあ一応、私も分類上は貴族ではある。

 退魔衆の組長である以上は、最低限の格をと組長は全員そうだ。

 しかしそれは名ばかりのものだし下っ端も下っ端。

 だが天羽の地位と財産が実質私に横滑りしたことで事情が変わった。

 職務内容に変わりはないし、貴族社会の中であれこれすることもないけど権威を得たことに違いはない。


「樹の身柄を引き受ける上で都合が良いのと天羽と繋がりのあった貴族の意向だそうで」


 ややこしい政治的なあれこれの末、私が引き受けるのが一番ということになったらしい。


「あまり嬉しそうではありませんね。大好きな仏像蒐集にも追い風となるのでは?」


 と縁殿。


「いやまあそうではありますが……どうにも」


 これまで得て来た金銭は自分で稼いだという意識があった。

 だから好きに使っても何ら罪悪感はなかったのだが今回のは違うだろう。


「端的に言って使い難いのです」


 心情の問題でな。


「なのでまあ銭と宝物の類は樹の生活費と家を出る際の餞別に取っておこうかなと」


 荘園の収入に関しては必要経費以外は退魔衆でやってる貧民救済事業の方に寄付すれば良いだろう。

 ちなみにこれは別に慈善事業ではない。

 怪異発生を少しでも減らすためにやってる退魔師の仕事の一環である。


「ふふ、明様は本当にお優しいのですね」

「根が小物というだけですよ」


 さて大体こんなところか?


「ああそうだ。近い内に喜兵衛殿の下に詫びの名目で色々話が行かれるかと」


 賠償っていうなら天羽の資産から払えば良いんだが餅麻呂様が持つとのこと。

 今回の件で骨を折ってもらった私の取り分が減らぬようにだそうで。


「相分かりました。それと遅くなりましたがこちら、どうぞ御納めくださいませ」


 と、風呂敷を差し出される。


「金銭よりもこちらの方がお喜びになると縁から聞いたのですが」


 はらりと風呂敷が解ける。

 中から現れたのは、


「お、お? おぉ……おっほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 泥舟から入手した例のアレと同じ仏師のものだ。見ただけで分かる。

 しかもこれ、堂々とお出ししたってことは正規の手段で譲り受けたということだろう。

 つまり私も堂々とこれを飾れるってわけだ。


「おいおいおい、私ん家が徳の光で満たされちまうなァ!!」


 夜でも照明要らずだぜ!


「お……お喜び頂けたようで何よりで御座います」

「おっと失礼」

「いえ。それはさておき英様」

「何でしょう?」

「権威を得たことで色々と求められることも多くなりましょう。どこそこから妻を娶れなどと」

「ああ、ありそうですねえ」


 お頭とかここぞとばかりに縁談持ってきそう。


「そこでどうでしょう? うちの縁など。親の贔屓目もありますが中々の器量良しと思っておるのですが」

「お、お父様!!」

「おぉ! 縁殿は愛らしくその上、気立ても良い。確かに妻としては打ってつけでしょうなあ」

「あ、明様……」

「が、私のような武骨者には釣り合わぬでしょう。縁殿にはもっと良き殿方が見つかるはずです」


 しかしふむ、この仏像どこに飾るかな。

 堂々と玄関に置いて客人に見せつけたい気持ちもあるが自室に置いて日がな一日眺めていたい。


「かわされてしまったか。しかし縁、脈はありそうだぞ」

「……も、もう!」


 とりあえず今度清明に保護の術を頼もう。

 いや私も手入れはしっかりするつもりだが仕事で家に帰れないことも多いしな。


「では私どもはこれで」

「ええ。御気を付けて」


 しばし雑談に興じていたが良い時間になったので二人は帰ることに。

 門の前で見送ろうとしていると、


「あ、あの」


 縁殿がどこか緊張した面持ちで声をかけて来た。


「何でしょう?」

「その、時々屋敷に遊びに来てもよろしいでしょうか?」

「勿論。樹も喜びます。無論、私も」

「……ありがとうございます」


 二人が見えなくなるまで見届け自室に戻ると、


「清明。来ていたのか」

「ああ」


 清明が縁側に座り我が物顔で酒をかっ食らっていた。


「君には色々と骨を折ってもらったな。本当にありがとう」

「そもそもからして私が持ち掛けた話ゆえな。やるべきことをしたまでよ」

「だとしてもだ」


 隣に座ると盃を差し出されたので受け取り一気に呷る。

 ……間接キス。これまでは気にならなかったがあの夜のことを思い出し少し気恥ずかしくなる。


「で、どうだった?」

「……実質負けだ。とは言え天羽樹や縁殿にはもう関わらんであろうよ」


 予想外の返答に目を丸くする。

 思わず本物かと清明の頬を抓ると口から火を噴かれ軽く焦がされた。うん、本物やな。


「君ほどの女が負けたとは信じられぬな」

「殺り損ねたからな。勝ちとは言えんだろう。とは言え奴も私を殺せなんだ」


 あ奴の勝ちでもないと邪悪な笑みを浮かべる。


「やっぱり好敵手なんだなあ」

「もう二月ほど休暇を延長させてやろうか?」

「ごめんなさい謝るのでやめてください」


 誤魔化すように盃へ酒を注ぎ清明に返す。


「まあ何にせよ、お疲れ様」

「そなたもな」


 一口飲んで再度、盃を渡される。

 交互に飲みながら益体のない話に興じていると何だかとても嬉しい気分になった。

 日常に帰って来られたのだな、と。


「? 便所か」


 日が落ち夜の帳が下りた。

 新しい酒を開けたのに清明が突然立ち上がったのでそう聞くと顔を蹴られた。

 言って気付いたが今のは私が悪いな。酒が入って気が緩んでいたようだ。


「フン」


 清明は小さく鼻を鳴らし胡坐をかく私の上に腰を下ろした。


「ちょ……い、いきなり何を」

「フフフ、何だ欲情したか? 付き合ってやっても良いがまた今度な」

「そ、そういうことじゃなくって!」

「抱き締めろ」

「は?」

「良いから抱き締めろ」


 有無を言わさぬ口調。とりあえず言われた通り腕を回し――気付く。


「……おいおいおい、大丈夫なのか?」


 結構な修羅場を潜って来たという自負がある。

 それでもここまで濃密な陰気を見たことはない。

 清明の体にこびりついているそれは私のような特異体質でもない限り早晩死に絶えていても不思議ではない。


「だからこうしておるのだろうが」

「……そういうことか」


 その華奢な体を強く抱き締め霊力を練る。


「過剰に注ぐなよ」

「分かっておるさ」


 一滴一滴、水を注ぐようにしなければ酷いことになる。


「すまぬがしばらくは世話になるぞ」

「気にすることはない。偶には私が君に何かしてあげねばな」


 日課が一つ、増えたな。

 役得ではあるがドキドキするのもまた事実。……からかわれるんだろうなあ。


「にしても、今宵の月は格別に美しいな」

「ああ。本当に綺麗な月だ」


 私の体に背を預けながら月を見上げていた清明が珍しく皮肉のない笑みで言う。

 私も何だか嬉しくなってしまい笑いながら答えた。


「死ぬならこのような月夜が良い」

「そうだな。こんな月の晩に死ぬるなら悪くはない」


 もぞりと清明が体勢を変えると何時の間にやら引き寄せていた盃を私の口に運んだ。


「今宵は月見酒だ。とことんまで付き合えよ」

「無論」

清明は素直にアプローチできないし明は鈍感で気付けない。

それでも同じものを見て極々自然に同じ想いを共有できる二人で〆。

本気の恋愛以外は大抵何でもできてしまうヒロインが書きたくて始めたお話に付き合って頂きありがとうございました!

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